第15話 驚くジーク
その翌日、ドジソン侯爵家には、バクスター公爵家からの書簡が届いていた。
当主であるドジソン侯爵は、執務室でその内容に目を通すと、次第に表情を険しくしていった。それは、バクスター公爵家からの正式な婚約破棄だ。さらに、ジークのこれまでの振る舞いに懸念があるとして、侯爵家としての見解を求める旨まで記されている。
「……婚約破棄だと?」
侯爵は思わず声を漏らした。
バクスター公爵家との婚約は、ドジソン侯爵家にとって願ってもない縁談だった。相手は王国でも屈指の権勢と財力を誇る筆頭公爵家であり、その一人娘と三男のジークが結婚することになれば、侯爵家の将来にとっても大きな利益をもたらすはずだった。
だからこそ、侯爵はジークに対しても、婚約者を大切にするよう何度も言い聞かせてきたのである。
婚約の継続が難しいというだけでなく、ジークの振る舞いについて侯爵家としての見解を求められている以上、先方は相応の事情を把握しているのだろう。しかも、あの温厚なバクスター公爵が、正式な書簡でここまで明確に意思を示しているのである。
(あいつ、いったい何をしでかしたんだ……)
侯爵は深くため息をつくと、すぐに使用人を呼びつけた。
「王立騎士団本部へ使いを出せ。ジークに至急、屋敷へ戻るよう伝えるんだ」
「かしこまりました」
「何をしていようと、できるだけ早く戻るようにな。大事な話があると伝えろ」
使用人が退出すると、侯爵はもう一度書簡に目を落とした。
もしジークの振る舞いが原因でこの縁談が破談になれば、侯爵家にとっては大きな損失となる。それだけに、まずは本人から詳しい事情を聞かなければならない。
侯爵は書簡を机に置き、険しい表情のまま息子の帰りを待つことにした。
騎士団本部で通常の業務をこなしていたジークのもとへ、実家から使者が訪れた。
「ジーク様。旦那様より、至急お屋敷へお戻りいただきたいとのことでございます」
「父上が? 何かあったのか?」
「詳しいことは存じませんが、バクスター公爵家から書簡が届いたそうでございます」
「バクスター公爵家?」
ジークは少し考えたあと、納得したように頷いた。
(ああ、コルデリアとの結婚の件か)
そういえば、婚約してから随分長い年月が経っている。そろそろ具体的な結婚の話が進んでもおかしくない。
先日、コルデリアも最後には機嫌を直していたことだし、あちらから何か話があったのかもしれない。
(まったく、コルデリアも素直じゃないな。あれだけ焼きもちを焼いておいて、やっぱり早く俺と結婚したいんじゃないか)
ジークは満更でもない気分になった。
「わかった。仕事が片付き次第、戻ると父上に伝えてくれ」
「いえ、旦那様は可能な限り早くお戻りになるようにと……」
「そんなに急ぎなのか?」
「はい。大変お急ぎのご様子でした」
ジークは少し不思議に思ったものの、結婚の話なら父が急ぐのも無理はないと考えた。筆頭公爵家との縁談なのだから、侯爵家としても早く話をまとめたいのだろう。
「わかったよ。すぐ戻る」
ジークは上機嫌で執務室をあとにした。
その後、侯爵邸へ到着したジークは、執事に案内されて父の執務室へ向かった。
「父上、ジークです。お呼びと聞いて戻りました」
「入れ」
扉の向こうから、いつになく低い声が返ってきたが、ジークは特に気にすることなく扉を開けた。
「バクスター公爵家から連絡があったそうですね。コルデリアとの結婚について、何か進展でも――」
「ジーク! お前はバクスター公爵令嬢に何をした?」
突然、父の怒声が執務室に響き渡った。
ジークは驚いて足を止めた。机の向こうでは、ドジソン侯爵が恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。
「……は? 何をしたとは、どういう意味ですか? 俺は何も問題など起こしていませんが」
侯爵は机の上に置かれた書簡を掴み、息子の前へ突き出した。
「バクスター公爵家から、婚約破棄されたんだぞ!」
「…………え?」
ジークの顔から、ようやく笑みが消えた。
つい先ほどまで、コルデリアが自分との結婚を待ちきれずにいるのだと思っていた男にとって、それはまったく予想していなかった言葉だった。




