第13話 公爵令嬢は父に願い出る
コルデリアがバクスター公爵の執務室を訪れたのは、ジークが帰ってすぐのことだった。
公爵は日頃から領地の管理や公爵家の仕事に追われていたが、一人娘のコルデリアが訪ねてくれば、よほど急ぎの用事でもない限り、時間を作っていた。
「お父様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ、コルデリア。何かあったのかい?」
公爵は書類を置き、娘に椅子を勧めた。
コルデリアは向かいに腰を下ろすと、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「実は、お願いしたいことが二つございます」
「ほう。何だね?」
「まず、現在わたくしの護衛を務めているベラ・クルエットを、正式にバクスター公爵家へ迎え、専属騎士にしたいのです」
「ああ、襲撃からコルデリアを守ってくれた女性騎士だね。傷の具合はどうなんだ?」
「おかげさまで順調に回復しております。本人も護衛の任務に復帰しておりますし、これからもわたくしの側で働きたいと言ってくれましたの」
「そうか。それなら異存はない。命懸けでコルデリアを守ってくれた騎士だ。王立騎士団には私から話を通しておこう」
「ありがとうございます、お父様!」
ベラは実力だけでなく、身を挺して護衛対象を守る覚悟も示していた。公爵にとっても、そんな騎士を娘の専属護衛として迎えることに反対する理由はなかった。
コルデリアはほっとしたものの、もう一つの頼み事を切り出すときには、再び表情を引き締めた。
「それから……ジーク様との婚約についてなのですが」
「ジーク君がどうかしたのかい?」
「わたくし、ジーク様との婚約を解消したいのです」
公爵は驚いたように娘を見た。
ドジソン侯爵家との婚約は、幼い頃から続く両家の取り決めである。それをコルデリアが自ら解消したいと言い出すには、よほどの理由があるはずだった。
「……何があったのか、聞かせてくれるかい?」
「はい。実は、以前からジーク様のことで気になっていたことがありまして……」
コルデリアは、これまでの出来事を順を追って説明した。
ジークが特定の女性騎士を特別扱いしているという噂は、一部の令嬢たちの間で広まっていたが、バクスター公爵の耳にまでは届いていなかった。
そのため、ジークがベラを騎士団の食堂で何度も隣に座らせ、腰に腕を回すなどの接触を繰り返していたことは、公爵にとって初耳だった。しかもジークの副騎士団長という立場を恐れ、ベラが強く拒めずにいるのを、自分への好意だと思い込んでいたことも。
さらに、コルデリアが注意しても嫉妬だと決めつけ、挙げ句の果てには、コルデリアがベラを虐めていると思い込み、本人の意思も確かめずにコルデリアの護衛の交代を進めようとしたのだ。
話を聞くうちに、公爵の表情は次第に険しくなっていった。
「……何ということだ。副騎士団長ともあろう男が、そこまで物事を自分に都合よく解釈するとは」
ジークは騎士として優秀だと聞いていた。だが、部下の意思を無視し、婚約者からの忠告にも耳を貸さないとなれば、能力以前の問題だ。
「ジーク様は最後まで、自分が正しいことをしていると信じて疑いませんでした。それどころか、『俺に焼きもちを焼くのは仕方ないが、だからってベラに八つ当たりするのはよくないぞ。公爵令嬢が立場の弱い平民を虐めるなんて、みっともないじゃないか』とまでおっしゃったのです」
「……何だと?」
公爵は思わず眉を吊り上げた。
「自分の婚約者をそこまで侮辱するとは!」
「ええ。実際はわたくしとベラは強い絆で結ばれていますのにね。お父様。わたくし、あの方とこの先何十年も夫婦として暮らしていく自信がありません。何を言っても自分に都合よく受け取られてしまうのですもの」
公爵はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……よくわかった。婚約の件は私からドジソン侯爵家へ話をしよう。コルデリアがそこまで嫌がっているのなら、無理に結婚させる理由などない。それに、今の話を聞く限り、ジーク君は夫として以前に、人としての分別を欠いている」
公爵はきっぱりと言い切った。
どれほど家柄がよく、騎士として優秀であろうと、娘の気持ちを理解できない男を婿に迎えるつもりなどない。
「ですが、両家の関係はよろしいのですか? 長年続いてきた婚約ですし、今さら解消となれば、バクスター公爵家にもご迷惑が……」
コルデリアが心配していたのは、その点だった。
貴族同士の婚約には家同士の事情が絡む。自分一人の希望で簡単に覆せるものではないことも、十分に理解していた。
ところが、公爵はあっさりと答えた。
「うん? いや、別に大した問題はないぞ」
「……はい?」
予想外の返事に、コルデリアは思わず聞き返した。




