第11話 勘違いする男
ジークがベラを騎士団へ戻そうと思い立ったのは、コルデリアに呼び出されてから数日後のことだった。
その日の午後、騎士団本部の執務室で書類に目を通していたジークは、ふと公爵邸で見かけたベラの様子を思い出した。
(そういえば、あいつ元気がなかったよな。……まさか、コルデリアに虐められているんじゃないか?)
思い当たる節は、おおいにある。コルデリアは自分とベラの仲にひどく嫉妬していたし、ベラに近づくなとまで言っていた。
しかも、相手は筆頭公爵家の令嬢だ。貧民街出身のベラでは、どんな理不尽な扱いを受けても逆らえないだろう。
(まったく、俺が好きだからって、ベラに八つ当たりするのはよくないよな)
もちろん、コルデリアがベラを虐めている事実などない。むしろ二人は良好な関係を築いており、ベラも今の仕事を気に入っていた。
しかし、そんなことはジークの頭には浮かばなかった。
(仕方ない。俺が助けてやるか)
婚約者の嫉妬が原因で部下が苦しんでいるのなら、上官として放っておくわけにはいかない。
幸い、騎士団にはベラ以外にも女性騎士がいる。代わりの者を派遣すれば、ベラを自分の下へ戻してやれる。
コルデリアは反対するだろうが、そこは自分がうまく言い聞かせればいい。
すっかりベラを救うつもりになったジークは、早速、護衛任務を担当する部署へ向かった。
「バクスター公爵令嬢の護衛を交代させたい。ベラの代わりになりそうな女性騎士はいるか?」
担当官は意外そうに顔を上げた。
「ベラ・クルエットの交代ですか? 先方から何かご要請があったのでしょうか?」
「いや、俺の判断だ。あいつも怪我をしたばかりだし、そろそろ慣れた職場に戻してやろうと思ってな」
「ですが、バクスター公爵家からは、ベラを名指しで派遣してほしいとのご依頼をいただいております。交代には先方の了承が必要ですが」
「わかっているさ。コルデリアには俺から話すから、候補者だけ選んでおいてくれ」
担当官は困った顔をしたが、候補者を探すだけならと了承した。ただし、正式な交代には公爵家の同意が必要だと念を押す。
「ああ、もちろんだ。きっとベラも喜ぶぞ」
ジークは満足げに頷いた。
自分を慕う部下を、嫉妬深い婚約者から救い出してやる。そんな頼もしい上官になったつもりで、意気揚々と執務室へ戻っていった。
翌日、ジークはバクスター公爵邸を訪れた。
案内されたサロンでは、コルデリアが優雅に紅茶を飲み、その少し後ろにベラが控えていた。
「ジーク様。今日はいったいどのような御用向きでいらしたのかしら?」
「コルデリア、今日は君にというより、ベラにいい話を持ってきたんだ」
ベラを見ながら、ジークは得意げに切り出した。
「おまえの代わりに派遣する女性騎士を探しているんだ。もう候補者の選定も頼んである。あとはコルデリアが了承すれば、騎士団へ戻れるぞ」
「……は?」
ベラが思わず間の抜けた声を漏らした。
コルデリアもカップを置き、怪訝そうにジークを見る。
「何のお話ですの? わたくしは交代などお願いしておりませんけれど」
「だから、俺がベラを戻してやろうと思ったんだ。怪我をしたばかりだし、慣れた職場の方が落ち着くだろう?」
「本人から、そのような希望を聞いたのですか?」
「いや、聞かなくてもわかるさ」
自信たっぷりに答えるジークに、コルデリアは眉をひそめた。
「……どうしてわかるのです?」
「そりゃ、ベラが辛い思いをしているからさ。コルデリア、俺に焼きもちを焼くのは仕方ないが、だからってベラに八つ当たりするのはよくないぞ。公爵令嬢が立場の弱い平民を虐めるなんて、みっともないじゃないか」
コルデリアは絶句した。
何をどう考えれば、そんな結論になるのだろう。
しかも、平民であるベラの立場を利用し、嫌がっているのに付きまとっていたのは、ほかならぬジーク自身ではないか。
ベラも呆然としている。
自分がいつ、コルデリアに虐められたというのだろう。むしろ公爵邸へ来てからは、以前よりずっと気持ちよく働けているというのに。
コルデリアは言い返したい気持ちを抑え、ベラに向き直った。
「ベラ、あなたに聞くわ。王立騎士団へ戻りたいと思っているの?」
「いいえ! あたしは、このままコルデリア様の護衛を続けたいです」
ベラは即座に首を横に振った。
「皆さんとても親切にしてくださいますし、何より、あたしはコルデリア様のお側にいたいんです。できることなら、ずっとお仕えしたいと思っています」
「ありがとう、ベラ。わたくしも、あなたにずっと側にいてほしいわ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
ベラの顔がぱっと輝いた。
二人の気持ちは、これ以上ないほどはっきりしていた。
ところが、ジークは困ったように首を振った。
「ベラ、そんなに無理しなくてもいいんだぞ」
「……はい?」
「コルデリアの前だから、本当のことを言えないんだろう? わかってるさ。俺がちゃんと助けてやるから安心しろ」
「いえ、ですから、あたしは……このままバクスター公爵家にいたいんです」
「大丈夫だって。遠慮するな」
ベラは開いた口が塞がらなかった。
何を言っても、自分の都合のいいように解釈されてしまう。
すると、コルデリアが静かに立ち上がった。
「もう本当に結構ですわ、ジーク」
「ん?」
「ベラは自分の意思をはっきり伝えました。それを信じられないのでしたら、これ以上お話しすることはありません」
「いや、だから俺はベラのためを思って……」
「護衛の交代はお断りします。騎士団にもそのように正式にお伝えください。それから、今後ベラに関することを、本人にもわたくしにも相談せず勝手に決めるのはおやめください」
きっぱりと言い切られ、ジークは不満そうに眉を寄せた。
しかし、コルデリアがこれ以上話す気のないことは理解したらしい。
「……わかったよ。そんなに怒るなって」
ジークは肩をすくめ、椅子から立ち上がった。
「まったく、そこまで俺とベラを引き離したいのか。そんなに心配しなくても、俺が結婚するのはコルデリアなんだから安心しろよ」
そう言って、片目をつぶってみせる。
この男は、最後までコルデリアとベラの話を何一つ理解していないのだった。




