第10話 自惚れる男
バクスター公爵邸を出たあとも、ジークはコルデリアに言われたことを、まったく深刻には受け止めていなかった。むしろ馬車に揺られながら、上機嫌で微笑んでいた。
コルデリアの抗議を、自分を独占したいがための嫉妬と受け取っていたのだ。ベラが迷惑しているという訴えも、彼には婚約者が本心を隠すための口実にしか聞こえていない。
(素直に自分だけを見てほしいと言えばいいのに。まあ、俺ほど顔がよければ、ほかの女に取られないか不安にもなるか。まったく、俺は罪な男だよ)
ジークはドジソン侯爵家の三男として生まれ、容姿にも恵まれていた。騎士としての腕もあり、若くして副騎士団長にまで上り詰めている。次期騎士団長候補として名前が挙がることも多く、女性から好意を向けられることには慣れていた。それだけに、自分を迷惑だと考える女性がいるなど、想像したこともない。
(ベラも素直じゃないんだよな、ツンデレってやつだ。俺を慕っているくせに……)
食事に誘えば遠慮するし、腰に腕を回せば嫌そうな顔をする。だが、本気で嫌ならもっと強く拒むはずだ。それをしないのだから、心の底では嬉しがっているのだ。
そもそもベラは貧民街出身の平民だ。そんな女騎士が侯爵家の人間である自分に目をかけられて、嬉しくないはずがない。
実際、ジークはずいぶんと面倒を見てやったつもりだった。食事を奢り、任務では融通を利かせ、自分の近くで働けるようにしてやった。ベラの腕を評価し、他の騎士たちの前で褒めてやったことも何度もある。
ベラが数多くの魔獣を討伐できたのも、自分の指揮と采配があってこそだと思っていた。だから、その功績が自分のものとして評価されることにも、何の疑問も抱いていない。
(俺が目をかけてやったおかげで、騎士団にいられたんだぞ)
もちろん、実際にはベラ自身の努力と実力によるものなのだが、ジークは本気で自分が彼女を引き立ててやったと信じていた。
馬車が騎士団本部に到着すると、ジークは幹部用の宿舎へ戻った。副騎士団長には一般の団員とは別に個室が与えられている。実家の侯爵邸へ帰ることもできるが、仕事の都合でこちらに泊まることも多かった。
部屋へ入って上着を脱ぎながら、ジークは二人の美女の姿を思い浮かべた。
コルデリアは、金糸のような髪に澄んだ青い瞳を持つ、誰もが振り返るほどの美女だ。白い肌に整った顔立ち、優雅な立ち居振る舞いは、まさに筆頭公爵家の令嬢にふさわしい。
一方のベラは、まるで違う種類の美しさを持っていた。背が高く、騎士らしく引き締まった身体に、日に焼けた肌。意志の強そうな目元が印象的で、華やかというより凛々しい。男に生まれていたなら、さぞ女たちを騒がせただろうと思わせる顔立ちだった。
(まったくタイプの違う美女二人に好かれるなんて、俺もなかなかのものだな。まあ、当然といえば当然なんだが……)
今はバクスター公爵家の護衛任務についているベラだが、いずれ騎士団へ戻ってくる。そうすれば、また以前のように自分の側で働かせてやればいい。
コルデリアには贈り物のひとつでも用意して、優しく抱きしめてやれば落ち着くだろうと、軽く考えていた
ジークは自分が二人から好かれていることを、疑ってみることさえなかった。




