密着三日目(2)
携帯ショップブチギレジジイは、街の中を凄まじいスピードで移動しているようです。歩道の上に点々と血痕が続いているものの、いつまで追いかけてもその姿は見えてきません。
町田さんは走りながら、ジジイがただの人間ではないと確信します。
町田「マカロフに使う弾丸の威力は低めですが、至近距離で撃てば人間一人を殺すには充分です。それを足に一発、腹に二発も喰らって動けるジジイがいるはずありません。寺村さんの言うとおり、奴は常人じゃないようですね」
町田さんが撃った弾丸は間違いなくジジイの体に命中し、大量出血させていました。命に関わる重傷のはずです。そんな傷を負った状態で、万全な私たちが走っても追いつけないスピードで動けるとは思えません。
同じ時刻に数百キロ離れた場所に現れたり、銃撃されても動き回れたりする……やはりジジイは、この世の摂理を超えた者なのでしょう。並々ならぬ経験をたくさんしてきた町田さんといえど、こんな存在と相対したのは初めてだそう。しかし、彼は弱気になるどころか、むしろやる気が湧いてくると言います。
町田「私がヒットマンだった頃に殺した六人、私情で殺した奴も含めると七人ですが、全員とても簡単に仕留められました。簡単すぎて物足りなく感じたくらいです。だから、もっとハードな殺しをしたいと思っていたんですよ。あのジジイを始末することは、私の長年の欲求を満たしてくれそうです」
ジジイを追うこと、およそ十分。血痕は歩道を外れて、とある地下鉄の駅の中へと続いていました。ジジイは地下鉄に乗って逃走したのかもしれません。階段を下り、改札を抜けてプラットホームに向かう町田さん。もし地下鉄に乗られてしまっていたら、血痕が途絶えて追跡が難しくなってしまいます。
しかし、それは杞憂でした。線路上に滴った血痕が見えます。どうやらジジイは地下鉄に乗らず、線路の上を走って逃げている様子。
辺りを見回し、近くに駅員さんがいないことを確認した町田さんは、ホームから線路に飛び降ります。そして血痕に沿って進み、トンネルへと侵入しました。私たちも彼に続きます。
トンネルの中は一定間隔で壁に照明が設置されているため、視界は良好。けれど、ジジイの血痕は線路が分岐した箇所から真っ暗な脇道へと逸れていくように続いています。ここから先の壁に照明はありません。町田さんが点灯したスマートフォンのライトだけが頼りです。
深い闇や、天井から落下する水滴の音、カビの臭いが不気味な雰囲気を醸し出します。それでも、お構いなしに歩みを進める町田さん。彼の念願だった「ハードな殺しをすること」を叶えてくれそうなジジイの追跡に、全神経を集中させているのでしょう。余計な情報は、今の町田さんの頭には一切入ってこないようです。ジャケットの内ポケットに仕舞っていた拳銃を取り出し、着々とジジイを追い詰めます。
三メートルほど離れた正面に、二本の足が照らし出されました。誰かが立っています。町田さんがスマートフォンを上のほうに傾け、正面に立つ人物の顔を照らしました。携帯ショップブチギレジジイです。息を切らしながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめています。
町田さんはジジイを照らしたまま、もう片方の手で握っている拳銃を向けました。引き金に指をかけようとした直前、ジジイが口を開きます。
ジジイ「帰還完了。引き継ぎを求む。帰還完了。引き継ぎを求む」
またも意味不明なことを繰り返すジジイ。町田さんは何も言わず、引き金を三回引きました。弾丸はジジイの眉間と首、胸の真ん中に命中。ちょうど三回、ジジイは身をよじらせると、仰向けに倒れました。
近づいて生死を確認します。目を大きく見開いているジジイ。瞬きはしません。呼吸も止まっています。どうやら絶命したようです。「念のため」と、町田さんはさらに一発、ジジイの頭を目掛けて発砲。額に穴が空きました。オーバーキルなのは素人目にも明らかです。けれど、それは相手が人間ならばの話。もしジジイが妖怪か何かなのだとしたら、これくらいやっておくべきなのかもしれません。
町田「もう少し粘ってくれるともっと面白くなったのですが、やや期待外れでしたね」
町田さんが求めていた手応えはなかったものの、ひとまずこれにて逆ハラスメント代行は完了。途中から町田さんの殺人欲求が先行していたように見えましたが、携帯ショップブチギレジジイを始末し、店舗からの依頼を達成したことには変わりません。
しかし、問題がすべて解消できたかというと、疑問が残るところ。ジジイがなぜ複数店舗に現れたのか、なぜ拳銃で撃たれても長時間動き続けられたのかはわからずじまいです。ジジイから話を聞き出したほうが良かったのでしょうが、町田さんは問答無用で命を奪ってしまいました。
町田「ジジイは錯乱していて、話が通じそうにありませんでした。尋問しても無駄だったと思いますよ。ならば、殺してしまうのが手っ取り早い。ジジイがどんなトリックを使っていたとしても、大元を断ってしまえばそれまでですから」
そもそも町田さんが発砲するのが早すぎたようにも感じます。ですが、マカロフPMの装弾数は八発。ジジイに七発撃ちましたから、あと一発分残っているはず。その一発がこちらに向きかねないので、町田さんには余計なことを言わないようにします。
町田「では、店に戻りましょう。これで──」
町田さんの言葉が、大量の「声」に遮られました。私たちを覆う暗闇の中から、いくつもの声が響いてきます。男性の低い声で「引き継ぎ了解。引き継ぎ了解」とささやいているようです。
声はトンネルの壁や天井に反響し、どこから聞こえてくるのかはっきりと掴めません。まるで何百人もの人に囲まれ、合唱されているかのようです。
あまりにも異様な状況。町田さんはきょろきょろと視線を動かしながら、狙いを定めることなく辺りにライトを向けます。
響く声を「何百人もの人に囲まれ、合唱されているかのよう」とたとえましたが、これはたとえではありませんでした。トンネルの天井から壁にかけて埋め尽くすように、うずくまった体勢の全裸の人間が大量に張り付いていたのです。木にとまるセミのように張り付き、私たちを包囲しています。私たちから見える範囲だけでなく、数百メートル先までずっと。
町田「なんだこれは……『エイリアン2』か……?」
張り付いた人間たちは、こちらに背中とお尻を向けながら、「引き継ぎ了解。引き継ぎ了解」と、無機質な声でささやき続けます。よく聞くと、先ほど町田さんが射殺した携帯ショップブチギレジジイの声にそっくりです。一人一人の肌の質感を見ると、シワが寄ってがさがさ。老人のそれを彷彿とさせます。町田さんもそのことに気づいたようです。
町田「まさか……こいつらすべて、あのジジイ……? 妖怪……増殖する妖怪……? この地下鉄を伝って各地の携帯ショップに……?」
携帯ショップブチギレジジイは無数に存在していました。町田さんが殺めたのは、大量にいるジジイの一人に過ぎなかったのです。
ジジイたちの合唱がピタリと止まりました。そして一斉に壁を蹴り、町田さんに飛び掛かります。上方と左右から迫り来る全裸のジジイたち。応戦すべく発砲する町田さんですが、マカロフPMに残った弾丸一発では到底足りません。
次々とジジイにのしかかられる町田さん。一瞬で姿が見えなくなってしまいました。ジジイたちの動きは、巣を襲うスズメバチに群がり熱殺しようとするミツバチそのもの。トンネルの天井に到達するほど高い、ジジイの山が出来上がりました。
その山の中から「早く逃げろ!」という声が微かに聞こえます。町田さんの声です。彼はジジイの大群にのしかかられながらも、まだ生きていました。生きているのならば助け出したいところですが、武器を持っていない私たちにはどうしようもありません。この場は、町田さんのお言葉に甘えて逃げます。
駅のホームを目指してトンネルの中を引き返す途中、遠くに二つの丸い光が見えました。光は徐々に大きくなっていきます。どうやら、地下鉄の車両の光のようです。地下鉄がこちらに走って来ています。このままでは轢かれてしまうため、すぐに線路から離れ、背中をトンネルの壁にぴたりと沿わせました。私たちの目の前を、車両が風を切って通過します。あと少し避けるのが遅れていたら、正面衝突していたでしょう。
その数秒後、けたたましいブレーキ音と、鈍い衝突音が聞こえてきました。地下鉄が、ジジイたちの山にぶつかったのだと思われます。
やはり私たちにできることは何もありません。トンネルを抜けて、駅に出ました。次の地下鉄が来ないうちに、プラットホームに上ります。
町田さんは、ジジイに押し潰されたか、先ほどの車両に轢かれたかして、お亡くなりになったことでしょう。彼への密着取材は、ここで中断となりました。




