密着最終日
地下鉄のトンネル内に巣食っていた携帯ショップブチギレジジイの群れ。あれが何なのか、解明せずにこの取材を終わるわけにはいきません。
私たち取材スタッフは、「ジジイが妖怪である」という仮説に基づき、その正体を明かすべく専門家の力を借りることにしました。妖怪を研究し続けて五十七年、K大学で民俗学を教える、斎木喪吉教授に、お話を伺います。
私たちが目にした一連の出来事を伝えたところ、斎木教授は「確かなことは言えませんが」と前置きした上で、見解を語ってくれました。
斎木「携帯ショップでキレるおじいさんの妖怪というのは、聞いたことがありません。ですが、群生する妖怪の目撃談は存在します。たとえば、中国地方や四国地方には『トウビョウ』という妖怪の伝承があって、これは数十匹の蛇だと言われています。そのおじいさんは、『トウビョウ』のような妖怪だったと考えることはできるかもしれません」
携帯ショップブチギレジジイが妖怪かはわからない。けれど、同じような特徴を持つ妖怪の言い伝えはあるため、ジジイが妖怪という可能性も捨てきれない。これが斎木教授の考えだそうです。
そもそも、妖怪は実在しているのか曖昧な存在です。専門家である斎木教授といえど、ジジイを妖怪だと断定するのは難しい様子。
一方、「私が知らないという理由だけで、携帯ショップブチギレジジイが妖怪ではないと言い切ることもできません」と、斎木教授は続けます。
斎木「新種の妖怪の目撃情報は、今も増えているんですよ。一九七〇年代以降にその存在が噂されるようになった妖怪は『現代妖怪』と呼ばれて、二〇〇〇年以降はインターネットの匿名掲示板などに目撃情報が書き込まれるようになりました。最近だと、二〇一九年ごろに書き込まれた『窓から首ヒョコヒョコ女』の話が有名ですね。何が言いたいかというと、私のような研究者でさえ認識できていない妖怪が、世の中にはまだまだ存在しているということです。携帯ショップブチギレジジイという妖怪がいたとしても、何ら不思議ではありません」
汚れを知らない少年のような瞳で、はきはきと語る斎木教授。研究者として客観的にジジイを分析しながらも、内心は新しい妖怪である可能性を感じて興奮しているようです。妖怪が好きで好きでたまらないという彼の気持ちが、表情や言葉に滲み出ています。
斎木「私も、携帯ショップに行くたびにブチギレているおじいさんと遭遇します。その頻度の高さを考えると、携帯ショップブチギレジジイは群生型の妖怪として実在し、日本各地のショップに出向いているのかもしれません。……いや、かもしれないではなく、そうなんだ……そうに違いない! 疑いようがない! だって見たんですもんね!? トンネルの中で見たんですもんね!? なら絶対にいますよ! 妖怪・携帯ショップブチギレジジイは実在する! うらやましいなあ! 私も見てみたい!」
突然ヒートアップし始めた斎木教授は、「今すぐトンネルに行ってきます」と言い出しました。確かに研究者ならば、その目で妖怪を見て調査したいと強く思うはず。しかし、ジジイは元ヒットマンの町田さんでさえ手に負えなかった危険な存在です。戦う術を持っていないであろう斎木教授を、ジジイの巣穴に向かわせるわけにはいきません。およそ一時間半かけて説得し、諦めてもらいました。
結局、携帯ショップブチギレジジイが本物の妖怪だったのかどうか、結論は出ませんでした。けれど、私たちが目の当たりにしたことと、妖怪の研究を続ける斎木教授がこれほどまでに興味を示したことを踏まえると、本物の妖怪だったと考えて良いのかもしれません。
ジジイの巣穴を発見した日から一週間が経ちました。今も町田さんとは連絡が取れていません。彼が在籍している会社も、無断欠勤が続いているそう。訃報は出ていませんが、十中八九、町田さんはもうこの世にいないでしょう。
町田さんが命をかけて対処した携帯ショップへのカスハラ。店員さんたちはもう、ジジイによるカスハラを心配しなくても大丈夫なのでしょうか。開店前のお店へ再び伺い、マネージャーの寺村さんにお話を聞きました。
寺村「今日は、いつも携帯ショップブチギレジジイがやって来る金曜日なんですよね。どうなるのか、私も不安で……。いらっしゃらないと良いのですが」
寺村さんのお話を伺っているうちに、開店時刻になりました。同時に、お店の自動ドアが開きます。入ってきたのは、あの携帯ショップブチギレジジイでした。町田さんが射殺したジジイと、見た目が完全に一致しています。
どうやら、ジジイによるカスハラはまだ続くようです。
この世に蔓延るハラスメント。それが消滅する日は来るのでしょうか。
<了>




