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緑の平和と闇の中に

本日2話目

少女イリースに拾い上げられた『生命の球』から声がする。

『皆にお礼を伝えておいて。それから勇者役の子にお願いがあるの。最後に叶えてもらえたら嬉しいわ』

「何でしょう」

少年シアンがまだ警戒を続けたまま、少女イリースの手の中に答える。


『私に向かって聖剣を捧げて「王様、魔王を倒してまいりました!」って言ってくれないかしら』

「どうしてです」


『思い出にね。勇者キッタ一行も、アツィエンも、それが言えなかったから』

「その前に、あなたは王様なのですか?」

少年シアンが訝し気に尋ねた。


『えぇ。そうよ。名前は知らなくて良いわ。昔の王様なのだから』

「・・・分かりました。気が済むなら従いましょう」

声に乞われるままに少年シアンは『生命の球』に向かって言った。

「王様。魔王を倒してまいりました!」


『ふふ』

嬉しそうな笑い声がした。

『ありがとう。良くやったわ。ご褒美をあげましょう。緑の樹と、暖かい日差しと、それから。好きなものをもって、好きなところで、好きな人と、美味しいもの作って食べて、一緒に暮らしなさい』


「シェラ様。魔王本体が、残っているはずです」

少女イリースが不安そうに言った。その隣で勇者シアンが、シェラ様という名に驚いた。

声は笑いを含んだまま告げた。

『いいえ、安心なさい。あの身体が崩壊した。向こうも大打撃よ。長年仕込んでいる魔法も発動した事でしょう。何なら神殿に確認なさい』


「そうでしたか。・・・シェラ様。第68代目神官長、ギルダルグからの言葉を、神殿を代表して申し上げます。『長いお役目を、お疲れ様でございました』」

『いいえ。あなたがたの方こそ、長い間、よく尽くしてくれました。感謝するわ。あぁ、私も、やっとこれで休めます・・・』

少女イリースの手の平の中、光が収まっていく。


その後、呼びかけても答えが返る事は無かった。


***


■ クレス暦 ■


511年

 勇者キッタ一行、魔王討伐のために魔族領に。消息を断つ。戦死と判断される。


552年

 ブエルティの修道院が魔族の襲撃を受ける。

 当時6歳の少女シェラ含め、合計22人が魔族に浚われる。死者多数。


558年

 モリフィア村周辺で魔族襲撃が頻発。

 当時12歳の少年アツィエン含め、合計15人が魔族に浚われる。死者多数。


563年

 当時17歳の少年アツィエンと少女シェラが、魔王を倒し人間界に帰還。

 王リテリア=ジョズ=ジーラ始め、王族と高位官僚が同時に没する。

 勇者を称え、アツィエン=マテイ=シュリクが王に、シェラ=ウェルが王妃に立つ。


566年

 王アツィエン、痴情のもつれより没。享年20歳。

 王妃シェラ、城を去り未だ魔族領であったモリフィア村に去る。


581年

 人間存亡の危機に、王妃シェラ、城に帰還する。当時35歳。恐怖政治の幕開け。

 王に即位し、女帝シェラ=バーテニア=ウェルと名乗る。


729年

 勇者シアンと聖女イリース、女帝シェラの討伐に成功。シェラ享年183歳。

 全土の憂いが晴れ、世の中に光が差し込んだ。

 魔族領が完全に消滅、魔王も姿を消した事が確認された。


856年

 勇者シアンを先祖とするルドハンテ=エン=ナルークが王に即位。


***


王妃シェラは、惨殺ざんさつを好む者であった。

城に戻ったその日に側近5人のうち4人の首を刎ね殺した。

死体は正しく埋葬せず、周辺に蒔き、彼女の好む草木を植え付けて育てさせた。

また自らを王位につけて女帝と名乗る。


圧政により、多くの者が命を落とした。

この時期まだ魔族と呼ばれるものが存在したが、魔族よりも女帝シェラが殺した方が多いとも言われている。


歳を経るうち、老いと死を恐れた女帝は、教会から秘宝を取り上げ、飲み込むことで長寿を得た。

彼女は、人間にはない体力や知識も備えていたと伝えられ、魔族に通じていたと言われている。幼少期にすでに魔族に洗脳されていたという説もある。

彼女の在位期間、少人数で領地を保っていたことが、魔族に通じていた証拠の一つに挙げられる。


彼女が滅びた後、大地は豊かに実り、魔族も急激に姿を消した。

勇者シアンは王位を辞退したため、王の座は長く空いた。


王城は崩壊が激しく、また周辺には女帝シェラの命により埋められていた死体が多かったために放置され、結果、神殿の管轄となる。

教会は、崩れ落ちたガラス窓をはめるなどして城を修復することで、死者の冥福を祈ったという。


***


「良いですか。ここから先は、決して他言無用です。代々の神官長を含めた上位5人にのみ開示される場所です」


カツン、カツンと閉ざされた地下空間では足音がよく響く。

ピチョンピチョンと、岩を彫って作られた洞窟の中、水滴が落ちる。

キィイ、と金属製の重い扉が押し開けられる。


「では、ここからは一人で進みなさい。地図はここに。迷わないよう気をつけて。砂時計が落ち切る前に戻りなさい。呼吸が苦しくなりますからね」


***


奥深く隠されたところに、書庫がある。

棚はいくつも並んでいるのに、置かれている本自体の数は少ない。


どこから手をつけて、どこから読むのかは訪れたものに任されている。

棚にはそれなりに分類名がつけてある。


広くはない空間をまずぐるりと歩いてから、ただ興味で手を伸ばす。

分類名が空欄だった棚に1冊だけ置かれたものだ。


『591年:第68代目神官長 ギルダルグ

 女王シェラが、自身が魔王の支配下に置かれた事実を我々に伝えた。

 魔王にどのように対抗するかの手段が講じられた。

 以前に魔王に取り込まれた王リテリア=ジョズ=ジーラの記録を持ち出し、女王に起こる物事を予想した。


 常に神聖魔法を詠唱させて会議をする事で、会議中の魔王の意識を封じることが可能であった。

 女王の意識を正しく保つため、生命の球を女王に飲み込ませるよう誘導する。

 魔王討伐の手段として聖剣が神殿に返還された。

 短期的な人間領奪還は難しいと判断し、長期的に準備を進めて一気に取り戻す方法を検討する。


 ・・・


 女王へ合図の単語を決める。

 勇者、聖剣、ガラス窓の修復。

 この言葉が一度に揃ったら意識を強めていただけるよう生命の球に術を施す。


 ・・・


***


勇者シアンが魔物女帝を倒したことで支持を得て、彼の子孫たちが王家を興した。そこから今の王家に続いている。


だから混乱の種になる記録は闇の中に。


緑の溢れる平和な人間の世の中で。

今はただ、女王シェラに酷い呼称へのご慈悲を願うばかり。



 

『魔物女帝と呼ばれた女』 了

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