51話 言霊ってあるやん? それや。(後編)
「その、えっと……カズくんに……カバンを投げられて……そしたら、うん……」
泣くのを堪えた顔で、水溜まりの前でしょぼくれている巫女に、ついため息が漏れ出そうになる。
彼女曰く、そのカズくんとやらに、カバンを取られ、木の上に投げられた時に、中身が転がり落ち、水溜まりの中に落ちたということらしい。
しかも、その本人は、とっくに逃げている。
「さっきみたいに、ズボン脱がせたれや」
それくらいしても怒られないだろう。
「カズくんは、そこまでひどいことしてないし……」
「いや、十分やろ」
不服そうに頬を膨らませている少女に、もう反論することもやめた。
この手の性格に、言っても通じることはない。
「せやったら、鍵探そか」
この辺りは、近くの神社の使い魔の管轄だし、妖怪たちは少ないが、それでも人の手の入りにくい林の中には、妖怪がいる。
巫女なら、その辺り注意されているだろうが、こいつの事だ。どうせ、使い魔に連絡していない。
考えてみたら、うちの巫女たちも連絡しない気がする。
というか、大婆様が放任主義な上に、多少どころでない危険なことも「おもしろいやん」の一言で済ませるのだから、連絡したところで何かしてくれるわけでもないからかもしれない。
「まぁ、普通は馬路とかの方やろ……」
あちらもあちらで、雅さに欠ける煩わしさだが、一般的に近いのは、馬路たちの方だろう。
彼らの様子を思い出しては、少女の事を見下ろす。
「ほんなら、おもろいもん見せたるわ」
あまり妖術は得意ではないが、指先に透き通った水の塊を出してやる。
そして、その水の塊を、濁った水溜まりに入れると、水底がはっきりと見えた。
隣に座って、目を輝かせている少女の方へ、水を向けてやれば、水底に見えた透明な鈴。
「あ、鈴!!」
その鈴を見た途端、少女は止める間もなく、水の塊に手を突っ込むと、その鈴を取り出した。
大きく振り回しても音の鳴らない鈴は、見覚えこそないが、その鈴に組み込まれた妖術に、呆れそうになる。
「防犯ブザーまで落としとったん……?」
それは、特定の使い魔たちにしか聞こえない、防犯ブザーのような代物だ。
「な、内緒ね……! また失くしたってバレたら、黒天だけじゃなくて、子睦にも怒られる……!!」
「首に巻かれる……」とどうやら前科があったらしく、頭を抱えている巫女に、もはや反応を返さず、水の塊を移動させる。
「あ、鍵!」
ほどなくして見つかった鍵に、巫女も嬉しそうに表情を明るくしていた。
「お稲荷様! ありがとうございました!」
「はいはい。もう失くしたらアカンでー」
というか、そのカズくんには、一発痛い目を合わせた方がいい。とは思うが、それを伝えたところで、この少女は意味を理解できないだろう。
せめて、使い魔にそのことを伝えてやるべきか。
だが、自分が言ってちゃんと通じるものか。
東で、狐がどう思われてるかは知らないが、全国的に狐につままれるというのだから、ろくな信頼はないだろう。
「お稲荷様?」
「ん? 一緒に町まで行った方がええ?」
心配そうな表情でこちらを見下ろす少女に、笑みを深めてあざとく首を傾げてやれば、少しだけ拗ねたように目を細めた。
「やっぱり、腕痛い? うちで手当てする?」
どうやら、腕が痛いのを我慢していると勘違いしたらしい。
「平気平気。せやから、こんな怪我、怪我に入らんって」
大丈夫だと手を振っても、無駄に頑固な少女は、じっとこちらを睨んでくるばかり。
少しめんどくさいと思いながらも、どうしたものかと考えていれば、ふと近づいてくる気配。
「瑞希ちゃん!!」
血相を変えて現れたのは、鉈を持った爺さんだった。
「田島さん家の子が、血相変えて戻ってきたから、何かと思ったけど……」
どこか覚えのあるイントネーションで、不審そうな目をこちらに向ける爺さんは、僕の身なりに、ただの妖怪ではないことは察したらしい。
だが、やはりまだ不審そうな表情のまま。
「その人は? ひとりで、林に入ったらダメ言われてるだろ?」
「ちが、ちがっ……!! え、っと……」
警戒を解いていない様子で、こちらに近づいてくる爺さんに、少女はこちらと爺さんを何度見見比べた後、思いっきり僕の袖を掴んできた。
「こ、この人、わ、私の使い魔ッッ!!」
必死に叫ぶ様に、耳と尻尾が微かに粟立つ。
「だ、だから! 心配ない! 大丈夫!!」
あまりにも拙すぎる言い訳に、爺さんと僕は、同じ表情をしていた。
「本当に、本当だもん……!! 嘘じゃないもん!! ほら、私、巫女だし! ほら!!」
あからさまな嘘に、爺さんの方が、こちらに助けを求めるような顔をしてきた。
いや、僕の方が助けてほしいんやけど。
しかし、一番事情を知らないのに、一番年上なのだから、ここはうまく収めてやるのが、年上の役割だろう。
「あー……えーっと、瑞希ちゃん? 別に怒っとらんから――」
「落ち着き?」
そう言いかけて、強い風と気配に、顔を上げれば、そこには黒い翼を広げた烏天狗がいた。
「なに騒いでる。アホ瑞希」
どうやら、この少女の使い魔のようだ。
さっきの叫び声で、鈴が反応したのだろう。
烏天狗は、こちらに呆れたような目を向けていたが、すぐに地上に降り立つと、瑞希の元にやってきた。
「どうせ、走り回って転んだんだろ。だから、今日はぬかるんでいるから気をつけろと散々注意しただろ。どんくさ瑞希」
「どんっ……!! どんくさくないし!! ねぇ!!」
「えー……知らんて……僕、会った数分やん……ポンコツやとは思うたけど」
「ポンッ……!?」
烏天狗とこちらを見比べては、拗ねたように頬を膨らませている瑞希の頬を軽くつついてやれば、文句ありげな目で、半開きの口で爺さんのところに歩いて行った。
「……うちのが迷惑をかけたみたいだな。礼は言っておく」
「かまへんよ。かわいいおべべ着て、お外走り回りたいお年頃やもんなぁ」
烏天狗の目が、至極めんどくさそうなものを見るように微かに細まる。
「あ、黒天! お稲荷様、怪我してるから、手当してあげないと」
「お前がしてるだろ」
「したけど……」
いくら雑な性格でも、さすがにこの絆創膏の貼り方はちゃんと手当てできていないとは思っていたらしい。
爺さんの傍で、少し不満そうな表情をしている瑞希に、烏天狗もこちらをめんどくさそうに指さしてきた。
「だいたい、こいつ、さっきから『さっさと解放してくれませんかね?』って顔してるだろ」
「し、してないよ……?」
烏天狗の態度はともかく、不安そうにこちらを見つめる瑞希には、ちゃんと笑顔を作っておく。
「して……して……る……?」
少しは成長したらしい。
「瑞希ちゃんの手当てだけで十分やで。元気盛り盛りや。せやから、この後も仕事も頑張ってくるわ」
「そ、そっか……がんばってね」
まだ少し不安そうな表情で、手を振る瑞希に、手を振り返す。
烏天狗が、瑞希と爺さんを連れ帰った後、すでに剥がれかけている絆創膏の塊を、もう一度押し付ける。
『こ、この人、わ、私の使い魔ッッ!!』
必死に引かれる腕と、嘘偽りのない本気の叫び。
自然と尻尾が揺れていた。
「……アカンわ。これ」
誰もいないぬかるんだ獣道を歩きながら、口元を覆いながら、ため息混じりにこぼれる言葉。
口端は、自然と上がっていた。
―― 3日後 鎹杜神社 ――
瑞希が、慣れたように神社の階段を駆け上がっていると、ふと見えた見覚えのない着物と白い尻尾。
「あれ? 誰かいる」
「あれ……本当だねぇ」
瑞希の声に、吽野も不思議そうに顔を上げれば、その人物もこちらに振り返った。
「あ」
その覚えのある顔に、瑞希も声を上げ、その狐の使い魔も嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「前のお稲荷様!」
「白亜や。これから、しばらくここにお世話になるから、よろしくなぁ。瑞希ちゃん」




