48話 解決・百鬼夜行(前編)
妖力の混じった雨が、ぬらりひょん率いる百鬼夜行の周囲を覆っていた。
それだけではない。こちらを射抜くように見つめる視線が幾何。
酔狂な連中だと、無数の妖怪たちの先頭を歩くぬらりひょんは、視線を巡らせては、ゆっくりと前に目をやった。
そこには、雨粒すらも避けて通る、華やかな狐たち。
「あらあら……どこぞの大名かと思うたら、ぬらりひょんの旦那はんやない。久しぶりやね」
中でも、ひと際目を引く、白銀に煌めく狐は、扇子で口元を隠している意味などないほど、薄ら寒い笑みを浮かべていた。
「相も変わらず、お連れ様も仰山おって……皆さま、ちゃんと通行手形はお持ちやろか?」
コテンと仕草だけは愛らしい姿に、ぬらりひょんも固く、呆れるような笑いを漏らす。
「相も変わらず、主は人間細工が好きなようでな。分厚い衣が、なお分厚く見えるぞ」
「いけずな旦那はん……一目惹かれて、愛らしくなってしもうたんやろか」
お互いに笑みをこぼし、朗らかな雰囲気こそ纏っているが、周りの空気は冷たく、冷め切っていた。
「そうさな。露ほどにも愛らしく思わぬが、長年の付き合いだ。窮屈そうな帯、解いてやろうか」
「まぁま……優し。そないな情熱的な言葉送られてしもうたら、年甲斐もなく昂ってしまいそうやわぁ」
カラカラと嗤う伏見とぬらりひょんの周囲の水たまりが、小波を立てる。
その様子に、ぬらりひょんの後ろに控える妖怪たちも、警戒するようにピリついた雰囲気を醸し出し始める。
まさに、どちらかが動けば、双方が動き出す。
そんな緊張感漂う雰囲気の中、気の抜けるようなパチリという音が響く。
「せやけど、残念やわ」
扇子を閉じた伏見だった。
「うちの子らが、祭りやなんやで、今忙しくてなぁ」
つまらないとばかりに、頬に触れながら、ため息をつく伏見は、未だに波を立てている水たまりにそっと目をやる。
「せやから、今日のところは、大人しく帰ってくれへん?」
お願いというには、随分と薄ら寒いものを感じる笑みだった。
ぬらりひょんの後ろに控えていた妖怪たちも、冷たいものを感じながら、つい頷きそうになる。
だが、ぬらりひょんだけは、静かに伏見を見つめ返していた。
「つれぬこと。のぅ? 絢よ」
そして、ひとりの女の名を口にした。
かつて、京の町で、人々を魅了し、狂わせた絶世のひとりの美女の名を。
その名に伏見の瞳が、弧を描いた。
「はぁい」
恐ろしくも美しい笑みの返事に、百鬼夜行の妖怪たちも、それを取り囲む狐たちも、静かに腰を落とす。
今回は言葉だけではない。本物の血の雨を降らせるような戦いだ。
妖怪と使い魔が、互いに獲物を狩ろうと、周囲に目をやった、その瞬間だ。
水音と共に、妖怪たちは姿を消した。
「…………あらま」
その様子をつまらなさそうに伏見は、頬に手をやっていた。
「大婆様!! 今、やる気満々だったやろ! マジで、時間ない言うたやん!!」
ため息をついている伏見の元に、カランと音を立ててやってきた来夢は、声を荒げていた。
「そんなん、夏コミ前に急に別の仕事増やした来夢のせいやん?」
「思いついちゃったんだもん!! あと、白亜おるから、収録に目途はついたし」
「久々に暴れるのも楽しそうやったんやけどなぁ」
「別日にして!」
本気で残念そうにしている伏見に、来夢も諦めたように、必要なくなった傘を麻布留へ渡す。
「とにかく、ぬらひょん共は飛ばしたから、もうええな!」
「はいはい。好きにしたらええよ」
足早に、伏見に尻尾を向ける来夢に、伏見もやれやれと息をついて、ふたりを見送る。
そして、物陰からずっとこちらを伺っている視線に、視線だけを向けた。
「なんや、今日はえらいええ匂いばっかさせられて、腹が減ってしゃぁないわ……」
扇子で口元を隠しながら、遠ざかっていく視線に、伏見は静かにつまらなさそうに眉を下げたのだった。
その頃、京都から離れた東京で、子睦がゆっくりを目を開いては、引きつった笑みをこぼしていた。
「どうした?」
その子睦の様子に、阿文も不思議そうに首を傾げていたが、子睦は首を横に振った。
「伏見さんが相変わらずだったってだけ」
「元気でなによりだ。それで、向こうの様子は大丈夫だったのか?」
つい数十分前に、御守りに異常が出たこともあり、子睦が同じネズミの使い魔たちと視界を共有していた。
すでに、危険な状況は過ぎ去っており、子睦たちが手を貸す必要はなさそうだ。
「うん。ぬらりひょんに関しても、無事解決したみたいだし。御守りの件は、目森ちゃんの方だったみたい」
「ほらな」
予想通りだと、黒天がいつものように縁側に肘をつきながら、阿文へ目をやる。
「うぅーん……瑞希以上のやんちゃっぷりだな……」
「同レベルだろ」
無鉄砲さならば、かつての瑞希とそう変わらない。
「でも、狐は拾って来てないだろ?」
「タヌキを拾ってただろ」
「……確かに! 類は友を呼ぶだな!」
「…………」
楽し気に笑う阿文に、黒天はもはや会話するのすらめんどくさそうに、ゲーム機へ手を伸ばすと、ボリュームを上げて起動した。




