43話 おいでなさいませ! 伏見様!(後編)
麻布留の言葉に、伏見もつまらなさそうに、大袈裟にため息をつけば、瑞希から手を離し、参拝客たちから少し離れた場所に移動した。
「うちの男の子らは、ホンマ、草食系やなぁ……」
「草食系の意味、ホンマ調べてくれへん? 全然、ちゃうから」
頭痛でもするかのように、頭に手をやっている白亜は、未だにこちらをおちょくるように、瑞希たち三人を尻尾で撫でる伏見に、小さく唸るしかない。
一名以外は、若干の気まずそうな空気で、白亜と自分のことを撫でては、去っていく尻尾を交互に見比べてしまっている。
「ねぇねぇ、これさ、触っていい感じ? 撫でていいと思う? 空気的にダメな気はしてるんだけどさ……!!」
「白亜さんの反応的に、ダメじゃない……?」
伏見の尻尾が、自分の足を撫でる度、目森は目を輝かせているが、撫でたいという衝動は抑えているらしい。
だが、そんな様子の目森に、伏見は笑顔のまま、またするりと目森の足を撫でた。
「めっちゃ苦労するやん。お前」
「もう、そこのアホは諦めようかと思っとる」
大好きな毛皮に塗れて死ねるなら、本望だろう。
白亜が半ば本気で諦めている言葉に、麻布留も楽し気にその様子を笑う。
「ま、ぬらりひょんの百鬼夜行だけならまだしも、来夢の無茶振りまで付き合うて……これに、初月のネズミの相手までは、さすがにやりたないわ」
「なら、大婆様、止めェや」
「ムリムリ。つーか、お前が原因やん。自分のケツぐらい、自分で拭けや。後詰まってんぞ」
「勝手に、姉やんの案件に巻き込むな」
「逃げられると思うとるん?」
「……」
本当に今すぐ帰りたい。
白亜の長いため息の中、瑞希の驚く声が、白亜の耳を揺らす。
「百鬼夜行?」
瑞希の言葉に、白亜の耳が静かに垂れた。
「なんや? 伝えてへんの?」
「伝えるわけないやろ。明日には、帰るんやから」
このまま、瑞希たちの耳に入れず、旅行は終わらせたかったが、さすがに”百鬼夜行”の単語が出れば、瑞希も無視はできなかったらしい。
「え、ちょっと、白亜、”百鬼夜行”来るの?」
慌てたように、白亜の方へ目をやる瑞希に、白亜もめんどくさそうに頭をかいた。
「あ゛ー……もう、ほら、瑞希、絶対気にする思うたから、言わんかったのに」
「気にするよ!? 気にしないわけないじゃん……!?」
百鬼夜行とは、伝承に残る通りの、妖怪たちが集まって、人里へ下りてくる行為であり、人に悪意を持つ妖怪たちの明確な敵対行為である。
それ故に、使い魔やそれを使役する神職たちにとっても、大きな意味を持つ。
「”百鬼夜行”って、あの妖怪たちが襲ってくるっていう、あの”百鬼夜行”?」
「うん。まぁ、今はだいぶ、妖怪側も大人しくなったとかで、実際戦うってことにならないことも多いらしいんだけどね」
昔は、本当に人が食べられることもあり、住人を避難させることもあったらしい。
今は、それほど大事にならないことが多いが、それでも、百鬼夜行が行われる気配があれば、複数の神社が協力して警戒に当たる大事だ。
「肝試しの時みたいなのが、いっぱいいるってこと?」
「うん。まぁ、人間が街を作ると、そこに住んでた妖怪たちは、退去させられるようなものだし……」
「そんな野生動物的なんだ……妖怪って」
「先住民とかそっちの方が、似てる気がするけど……」
とにかく、大人しくなったとはいえ、使い魔側も、隙を見せれば、人のひとりやふたり、軽々と食うような妖怪も存在する分、警戒はしている。
「東京と違うて、京都なんかしょっちゅう来るで?」
「さすが京都……」
「それで収めていいものでもないからね」
相変わらずの気楽さな目森に、瑞希もつい、眉を潜めてしまう。
伏見も含め、全員がそれほど緊張した様子もなく話すから、どうにも感覚がおかしくなるが、人死にが出る可能性もある大事なのだ。
「ホンマ、真面目なんやねぇ。愛い愛い」
するすると頭を撫でられる感覚に、何とも言えない表情で見上げてしまう。
「ま、今回は、ぬらりひょんの旦那やし、手癖悪い田舎者もおるんと違う?」
百鬼夜行を率いる、群れのリーダー。
このリーダーが性格によって、百鬼夜行の危険度が大きく異なると言われている。
温厚であるなら、人に被害は出にくいし、好戦的であれば、実際に戦いが起きることもある。
「ぬらりひょんって……頭がこんな……」
「せやせや」
特徴的な頭の形を、真桐が手で表現すれば、麻布留も大きく頷く。
「あぁ! なんだっけ、なんかいつの間にかいて、いなくなるっていう」
いつの間にか、部屋でくつろいだ後、不思議と消える。
その姿を見た者はおらず、何故伝承が残っているのか、そもそもその妖怪は何がしたいのか、いまいちよくわからない妖怪だ。
「そんな妖怪が来ても、別に大丈夫なんじゃない? いつの間にか、いなくなるんでしょ?」
鬼などの、いかにも人を襲いそうな妖怪とは違い、好戦的ではなさそうだ。
「そんな怠け坊主が、妖怪の総大将なわけないやん」
目森の言葉に、麻布留は楽し気に笑い声を上げると、目森たちを冷たい視線で見下ろす。
「『今日は、なんもない一日やった』なぁんて、小学生の夏休みの日記かて、書かへんやろ?」
課題が出されているわけでもない。
書く必要なんてない、『なにもなかった』なんてことを、わざわざ記録に残す人はいない。
ならば何故、『なにもしない』ぬらりひょんの伝承が残っているのか。
そこにいた人が、記録に残さなければならないと思ったのか。
「ついさっきまで、誰かが住んどった痕跡のある部屋に、家の人間すら、その部屋の住人を知らん」
家族か、友人か。
突然、ぽっかり現れた空白に、理解した人間は恐怖し、それを記した。
「ぬらりひょんはなぁ、存在ごと、人を食らうんや」




