42話 おいでなさいませ! 伏見様!(前編)
千本鳥居を越えた先。
目森たちは、ひと際、人の集まっている場所に目をやった。
「アレじゃない? 願い事が叶うかによって、石の重さが変わるってやつ」
願い事によって、石の重さが変わるという”おもかる石”。
瑞希たちもやってみようと、目森がその石に触れる。
「今度のVライブのチケット当選……フンっ!!」
気合の入った掛け声と共に、勢いよく持ち上がる石。
「フンって言った……」
「残念だったね」
それでは、重さはわからないだろ。と、瑞希も真桐も、物言いたげな表情で、目森に目をやっていた。
「持ち上がった!! 持ち上がったから、セーフじゃない!?」
”持ち上がる” ”持ち上がらない”の占いではなく、”重いか” ”軽いか”の占いである。
全力で持ち上げてしまっては、占いも何もない。
「力技は良くないよ」
「最後は、実力で手に入れるって言うじゃん……!!」
占いとは……?
そんなツッコミは野暮だとはわかっていたが、瑞希と真桐の視線は、言葉以上にその心境を物語っていた。
「神様へのお願い事だって、『お願いします』じゃなくて、『頑張るから、応援してください』の方がいいって、パパ言ってたもん!!」
願い事にも、挨拶からとか、氏名と住所を伝えろなど、色々こうした方がいいという話はある。
結局のところは、祀っている神によって、作法が異なることは多いし、一概に言えないのが事実だ。
ただ、目森のは、ただの占いの信じたい部分だけを信じるタイプのそれだ。
「ええこと言いはる、パパやね」
「へ――?」
瑞希が呆れたように、表情を引きつらせていれば、突然、寒気を伴うような指触り。
それに、体が包まれたと思えば、そっと頬に触れる手に導かれれれば、視界に入る特徴的な美しい耳。
「初めましてやね」
白く、艶やかで、見るもの全てを魅了してしまうような毛並みと、常世と思えない美貌。
「伏見、様……」
伏見稲荷大社の神代”伏見”だ。
慌てて瑞希が姿勢を正そうとするが、体に絡みついた、複数の尻尾のせいで、うまく動けなかった。
「あ、あの……! 尻尾を離しては頂けないでしょうか……!?」
そう声を上げれば、伏見の目はより細まる。
「ん~~? ええ心地やろ。溺れてくれはりませんの?」
耳障りのいい言葉に、心地の良い肌触りの尻尾だが、どこか心がざわついていた。
危険だと、瑞希の中の何かが、ざわついていた。
「あら……愚息だけやのぉて、龍に、ネズミ、犬、天狗……んふ、ふふふ……こら、愉し……」
頬を撫でる指先に、瑞希の喉が跳ねる。
笑っているのに、その目は、今にでも自分を喰らいそうな、妖怪の目。
逃げないと。そう思っても、逸らせない目に、喉の奥が震えた。
「瑞希!!」
そんな中、瑞希の腕を掴む手と声。
真桐だった。
真桐の腕に強く引かれながら、絡んだ伏見の尻尾から離れれば、ようやく地に足がつくような感覚がした。
「あらあら……怖がらせてしもたかな。ええ反応しはるから、愉しくなってしもうたわぁ」
カラカラと悪気なく笑う伏見に、瑞希にようやく大きく息を吐き出すと、半ば反射的に手と首を横に振っていた。
「アンタはんやろ? 白亜がご執心なの」
「は、い……?」
「はい。なんて、自覚おありで、お熱いんやねぇ。妬けてまうわ」
「は、あ、えっと、違います……!!」
この言葉ひとつで、振り回される感覚。
白亜そっくりだ。
「白亜のおかげで、うちも大変助かっています。伏見様には、白亜を派遣して頂いたことに、感謝申し上げます」
こういう時は、相手の調子に合わせないのが一番。
白亜とのやり取りで、すっかり慣れたものだ。
瑞希が心の中で、勝ち誇ったように頷いていれば、伏見はまた楽し気に、カラカラと笑った。
「欲しいのなら、どうぞ。お好きに納めてくれはってええよ。アレは、上等な毛皮やさかい、売って良し、夜の供に良し。あぁ……喰ろうても、美味やろなぁ」
美しい目が、弧を描き、尻尾が心底、楽し気に揺れる。
『いいか。狐の言葉は、信用するな。特に笑ってる時。人間の常識……いや、お前の考えとは、絶対に違う。心苦しかろうが、殴って逃げろ』
白亜が来たばかりの頃、黒天が何度も言ってきた言葉。
あの時は、何も理解できなかったけど、伏見を目の前にして、ようやく少し理解できた気がした。
「でもまぁ、隣の芝生は青い。言う言葉もおうてね」
背筋が震えるような美しい笑みのまま、伏見は、瑞希に手を伸ばし、その頬へ指先が触れた。
その時だ。
「その子、他所様の子やから!!!! 大婆様!!」
おおよそ、まともな道ではない道から、文字通り草の根をかき分けながら現れた白亜の声が響いた。
「おわっ……マジでおるやん……大婆様……」
「あれまぁ……なんや、用事がある言うてなかった? ふたりとも」
カラカラと笑いながら、息を切らしている白亜と麻布留に目をやる伏見だが、また少しだけ目を細めた。
「今、女子トーク中やから、野暮なことはせんといてなぁ」
瑞希の肩を抱きながら、白亜に目をやれば、白亜は頬を引きつらせ、麻布留も同じように頬を引きつらせた。
「ねぇ?」
瑞希の首を大切なもののように抱きかかえながら、白亜に微笑む伏見に、白亜は耳をパタリと一度動かすと、大きく息を吐き出した。
「ホンマ……誰彼構わず、手ェ出して……歳考えろや。大婆様?」
全く笑っていない目で、伏見へ反抗的な態度を取った白亜に、麻布留の肩が大きく震える。
「愛い愛い」
だが、そんな様子すら愉しげに笑うと、笑い声混じりに、尻尾をひとつはためかせると、白亜と麻布留の首元に、青い狐火の首輪が現れる。
「おわっ……!? 巻き込み事故やん!?」
「他人様、笑うなら、笑われるんは、道理やろ?」
「言ってることとやってることが、おかしいねん……!! つか、さっさと瑞希から、手ェ離せや!」
「えぇ~~……こないにかわいらしい子、なんで離さなあきませんの?」
「一ミリも興味ないくせに、瑞希に触るな。言うとるだけや。アホ」
狐火の首輪を解きながら、白亜が睨めば、伏見も心底楽し気に目元を歪めた。
「あ、あの!!」
ただならぬ雰囲気が漂う中、瑞希が声を上げれば、自然と集まる視線。
「場所、変えませんか……? 参拝客の皆さんの、邪魔になってますし」
おずおずと提案する瑞希に、麻布留も指先の熱を払いながら、随分と注目されている状況に、ため息を漏らした。
伏見稲荷大社は、使い魔がいることで有名な神社ではある。
だが、伏見が神事でもないのに、出歩いていることも、こうして一般客らしき瑞希たちと仲睦まじい様子なのも、珍しい光景だ。
目を引いてしまうのは仕方ない。
「まぁ、あんまりちょっかいかけ過ぎて、ネズ公に睨まれても、うっとおしいし……挨拶には、十分やろ」




