40話 おいでなさいませ! 伏見稲荷!(前編)
大きな鳥居の前で、ふと足を止めた白亜に、瑞希はすぐに足を止めて振り返った。
「白亜?」
目の前は、既に伏見稲荷大社。
白亜の様子から、入りたがっていないことは、さすがに瑞希も気が付いている。
だが、目の前まで来て、それを口にするのかと、少し表情を強張らせると、白亜は否定するように、手を横に振った。
「あー……僕は、裏から入って、さっさと挨拶済ましてくるわ」
「瑞希たちは、ゆっくり来ればええよ」と、見送るように手を振る白亜に、瑞希たちは顔を見合わせると、おずおずといった様子で頷いた。
「まぁ、白亜さんの実家だし」
「なんかあったら、連絡してくれれば、すぐ行くから。あと、ちゃんと参道歩くんやで?」
明らかに、目を向けられる目森は、慌てたように首を横に振って否定する。
今までも、あまりにマナーがなっていないことはやっていないが、いつかやりそう。という気持ちは、全員にあった。
「じゃあ、先行って……先じゃないかもしれないけど、行ってるね」
「おん。気ぃつけや」
白亜に見送られながら、瑞希たちは、鳥居を潜った。
夏休みの有名な観光地ということもあって、境内は混雑していた。
それは、本殿の先の、有名な千本鳥居の辺りでも、変わらなかった。
「写真撮ろ!」
他の観光客に混じって、目森たちも自分たちの携帯で、写真を撮っていれば、ふと近づいてくる影。
「写真、撮ったろか?」
それは、黄色い狐耳を生やした使い魔だった。
「いいんですか?」
隣で、目を輝かせている目森を、一旦置いといて、瑞希が聞き返せば、使い魔は頷いた。
「君ら、白亜さんと知り合いやろ? そんな子らに、妙な事はせぇへんよ。後が怖いし」
最後の言葉に、妙に力が入っていたことは、気が付かない振りをして、瑞希は使い魔に携帯を渡した。
「白亜さんと知り合いなんですね」
「そらまぁ、白亜さんの方は知らんけど、こっちからすれば、直系の人やからね。知らん方がおかしいわ」
「直系?」
目森が首を傾げれば、使い魔は少し意外そうな表情をして、一番詳しそうな瑞希にも目をやるが、瑞希も不思議そうな表情をしていた。
「あらま、ホンマに知らんの?」
「白亜、あまり自分の事を言わないので」
聞けば答えてくれることもあるが、はぐらかされることも多い。
”直系”というのも、おそらく使い魔の序列関係の言葉であることは、瑞希も想像がつくが、正確なところはわからない。
使い魔は、少し考えるように声を上げると、こちらを見ている観光客たちに、軽く手を振ると、瑞希たちに向き直った。
「あんま詳しいこと言うと、殺されかねんし、やめとくけど……白亜さんは、ここの神代の直系の息子さん」
「え」
”神代”
使い魔の中でも、最上位の存在であり、神と同等のものとして扱われている使い魔のことである。
その昔、人ならざる力で、人々を守った妖怪が、祀られることは、日本各地で起こった。
土地神の一種で、その力の大きさから、神に代わるもの”神代”と呼ばれてるようになっていった。
その成り立ち故に、大抵は地方の小さな祠などを守っていることが多いが、極一部、大きな神社にも存在している。
伏見稲荷大社は、その神代がいる神社の中で、神社と同じ”伏見”の名を冠する、狐の神代が鎮座している。
「まっ、直系の子供さんは、仰山おるんやけどね。狐やし」
カラカラと楽し気に笑う使い魔に、三人共、何とも微妙な表情になるしかなかった。
「そないな顔せんといてって。僕は、まともな方やで? 外、出歩いとるくらいなんやから」
「外って、千本鳥居の内側と外側とか言わないですよねー?」
目森が、「まさかー」と冗談交じりに口にすれば、使い魔はより楽し気に笑った。
「鋭いやん。君」
「うっひょん……本殿の方で見なかったのは、そういう……」
てっきり、使い魔の事を知らない観光客が多いから、本殿には、使い魔たちが姿を見せていないのかと思っていた。
だが、違うらしい。
これも冗談ならいいが、見事な使い魔の笑顔に、嘘か本当か、見分けはつかなかった。
「鳥居は、現世と神域の境界、っていうやろ?」
瑞希の携帯を返しながら、その目は楽し気に三人を見つめる。
「その鳥居が、仰山、並んどる意味――――なんやろね?」
嗤いながら、問いかける使い魔は、三人が返事するより早く、身を翻す。
「このまま階段上がっていけば、奥社やから、がんばってなぁ~~」
楽しそうな足取りで、階段を下っていく使い魔に、三人はゆっくりと顔を見合わせると、同時にため息を漏らした。
そして、大量の鳥居に囲まれた階段を上り始める。
「ああいうこと言うから、嫌われるんだと思う」
「「ホント、それ」」
だが、つい、真桐がため息交じりに漏らした言葉に、瑞希も目森も、勢い良く頷いた。




