38話 かけ馬というでしょう? 馬だけに!!(前編)
数年しか離れていないというのに、駅前の店は入れ替わりが激しい。
本当に、人間の世の中の進みの速さを、嫌というほど感じてしまう。
「…………」
ふと、空を駆けて行った、ビニール袋のような白いそれ。
「はぁ……えらい時に来てしもたかもなぁ……」
神社にいた、使い魔たちだけではない。
それ以外の街中も、どこかピリついた雰囲気が漂っていた。
幸い、瑞希も含め、全員が気づいていなかったため、このまま明後日まで、何事もなく過ぎてくれればいい。
「これは、これは! 久しい顔ですな! 白亜殿!」
白亜が、歩いていれば、蹄の音と共に、騒がしい嘶き混じりの声が響く。
「相変わらず、忙しないやっちゃな……」
声の主は、馬だった。
その口は、人の言葉を紡いでいるが、見た目は、まごうことなき馬だった。
「馬路が、こっちまで来るの珍しいやん」
正確に言えば、貴船神社の妖馬の使い魔である、馬路だ。
普段から、京都市北部を中心に、悠々自適に走り回っており、その見た目から、観光客から、脱走した馬と間違えられることも多い。
それを、自ら「違いますぞォ!」と声をかけて、誤解を解きに行く様は、相手からすれば、恐怖以外の何物でもない。
実際、観光客の多い、駅前が近いからか、今も馬路を遠巻きに、驚いた顔で見ている人たちは多い。
「せめて、神社関係者感出したらどうや?」
「優勝レイですかな? でしたら、是非『菊花賞』と――」
「アカンアカンアカン。なお、紛らわしいわ」
ただでさえ、見た目が馬な上に、より馬らしくなってどうすると、お馴染みの流れに、白亜は大きく肩を落とす。
「てか、今、面倒事でも起きとるんか?」
できることなら、自分の予想を裏切ってほしいものだと、馬路に問いかければ、馬路はあからさまに首を傾げた。
「まだ、なにも? 今はちょうど、第三コーナー辺りといったところです」
「わりと直前やん……それ……」
その状態なら、使い魔たちの気の立ちようも理解できる。
「今、面倒事起きるのは、勘弁してほしいんやけどなぁ……」
別に、白亜たちが動く必要はない。
昔からよくあることだ。京都に住む使い魔たちが、問題なく対応はするだろう。
ただ、それは大きな枠組みの話であって、ひとりやふたりといった、ごく少数に関しては、見過ごされることも多い。
「あぁ、ご一緒されている方々のことですかな?」
「やっぱ知っとんのか」
まだ京都について、半日程度だというのに、相変わらず耳が早い。
「馬の耳に念仏唱えりゃ、馬耳東風! 西へ東へ、駆ける馬にゃ、情報が巡ります故、聞き逃す馬の耳は、まさしく節穴!」
自慢気な嘶きと共に、胸を張っている馬路に、白亜も何度目かのため息が漏れる。
「あーはいはい。そんで、肝心の”百鬼夜行”は、どんなもんの規模なん?」
こちらの情報が筒抜けなら、さっさと本題に入ってしまおうと、白亜も”百鬼夜行”の名を口にした。
まさか、今回の旅行中に、被るとは思っていなかった。
多数の妖怪たちが、群れを成し、行軍する”百鬼夜行”。
しかも、その妖怪たちは、皆等しく、人間や人間の社会をよく思っていない。
敵対関係に位置する妖怪たちだ。
京都では、昔からよくある話ではあり、使い魔たちも対応には慣れている。
昔に比べて、お互い、血の気は減っていて、現状の”嫌がらせ”程度の認識ではあるが、お互いの気分ひとつで、容易に嫌がらせは、血の雨に変わる。
「相当な上に、殺意も高いと」
「最悪やん」
どうりで、偵察の妖怪が、空を飛んでいたわけだ。
本当に、明後日まで、待ってくれればいいが。
「ハハハ。なるほどなるほど……」
「?」
白亜が、頭に手をやっていると、馬路の何やら感慨深いような声に、視線を上げれば、妙に腹立たしい笑顔を向けられた。
「随分と、丸くなられたようだ」
「……まぁ、それは自覚あるわ」
十年程度の短い時間ではあるが、自分でも、丸くなった自覚はある。
瑞希だけではない。鎹杜神社の使い魔たちに関わって、京都にいた頃より、変わった自覚がある。
だからこそ――
「明日、ホンッッマに、伏見稲荷に行きたくないわ……!!」
それが心の底からの本音だった。
「ちなみに、大変心待ちにしておりましたぞ。主に、麻布留殿が」
「最悪やん」
嘶き混じりに、ろくでもないことを教えてくれた馬路に、白亜は一層、ため息しか漏れてこない。
どうにか逃げる方法を考えては、意味のないことを悟って、眉間にしわが増えていくだけ。
「しかし、白亜殿が突然、巡業ではなく、東京に行かれたと聞いた時は、耳を疑いましたぞ?」
答えの出ない問題に、頭を悩ませる白亜に、馬路が喉を震わせながら、言葉を漏らす。
馬路の言う通り、白亜が、鎹杜神社に行ったのは、突然の事だった。
それこそ、白亜が複数の分社を管理する巡行から帰った三日後には、鎹杜神社に居候していた。
「まぁ、数十年くらい、世話焼きたい子がおってな」
「龍神の加護の巫女ですかな?」
一緒に来ている三人を見たならば、白亜の言っているひとりが誰を指すかは、容易に判別がつく。
「ええ子やろ?」
獲物を見定めるような目ではなく、優しく微笑む白亜の姿に、馬路も小さく喉の奥を震わせる。
「犬は食いませんが、馬は蹴りますぞ? 是非、どうぞ!」
「今回、貴船神社は入っとらんねん。ホンマ、残ね――」
「なんと!? 馬はお好きでない!? アルパカレースの方がお好きで!? ただのお買物券ですぞ!?」
「未成年やねん」
徐々に近づいてくる馬路に、「近づくな」と軽く顔を叩いていれば、ショックを受けたような表情で、口を開けている。
「モフ度が足りんと違う? 血管浮き立つ皮膚とか、筋肉ファンなら好みそうやん」
「おしりの筋肉が美しいと絶賛頂けましたよ! 彼の有名なあの方に!!」
最近、嫌味を言っても、通じないか、勢いだけで潰してくるな。と、どこか遠い目になる白亜は、小さく耳を垂れさせた。
ホテルで待ってる、コンビニでスイーツでも買って戻れば、喜んでくれそうな三人が、とてもかわいく感じる。
「そうだ。白亜殿。再会の祝いに、こちらをどうぞ」
駅前にまだ開いている、若者に人気のある店があっただろうかと、考えていれば、馬路が体を白亜の方へ向けてくる。
そこには、括りつけられたカバン。
中を開けば、香ばしく、ほのかに甘い香りが広がる。
「あぶり餅やん」
まだ温かく熱を持っている、あぶり餅の袋が、詰められていた。
「夜のお供にと、もらったのですが、おすそ分けです」
「おおきに。なら、ひとつもらうわ」
白亜がひとつ、手にすれば、馬路も満足そうに、ひとつ嘶いた。




