33話 人の子ワクワク、狐げんなり(後編)
そして、迎えた答案返却日。
正直、なんとなく赤点を取っているか、取っていないか程度は、想像がつく。
なので――
「いざ、京都旅行ーーっ!!」
半分も取れていない点数でも、心底嬉しそうに、ピースサインをしている目森に、瑞希も真桐も、困ったように笑うしかなかった。
「というわけで、これ、旅の栞(仮)」
「「え」」
机に広げられたのは、まだ作りかけといった様子のファイルで、ネットの記事などが印刷して、綴じられていた。
以前、リストとして見せられていた神社や店のようだ。
「とりあえず、絶対行きたいところがここでー」
「おぉぉ……?」
「なにからなにまで……なんか悪い気がしてきた……」
「えーなんで? ふたりも行きたいところあったら、地図アプリにジャンジャン、ピン立てて」
旅の計画など、ほとんど立てたことはなく、並べられている記事を手にとっては、気になる場所を共有した地図に、印を立てていくことしかできなかった。
「――で、ここまで出来上がりました」
時間には限りがあるし、さすがに行くのが難しい場所もあるが、「ひとまずフィーリング」という目森の言葉に従って、ピンを立ててみた。
まだ完成ではないが、ひとまず三人でピックアップした場所を、白亜に見せれば、白亜も半ば呆れたような顔をしながら、瑞希の携帯を手に取る。
「ホンマ、元気やねぇ……」
少し前まで、試験勉強で文句を垂れていたとは思えない、元気の良さだ。
新幹線の切符の値段に、ホテルについても、安い宿をいくつか候補として上げられている。
この手際の良さは、瑞希ではないし、真桐が試験直後に、ここまで用意しているとは思えない。
おそらく目森によるものだろう。
一番、試験が怪しかったはずだが。
「清水寺とかはないんやな……」
「修学旅行で行ったところは抜いてて……」
「ふぅん……」
明らかに、使い魔がいる神社を選んでいることは、もはや白亜も諦めている。
今回の旅行は、それが目的にも近いので、付き添うだけの自分が口を出すことではない。
だが、そうなってくると、問題は場所だ。
白亜の懸念した通り、ピンが立っている場所は、飲食店を除けば、京都の中心地から離れている場所が多い。
「結界の都合とか、そういうのはわかるんだけど……結構、広くて困ってる……」
「せやろなぁ……都の中心にもおるけど、元々都を守るための配置やし。一日、二日で回れたら、意味ないしな」
元々、使い魔たちがいる寺院は、京都の都を守るために配置されている。
そのため、都市の四方に散らばっているし、技術が発達して、車や電車ができたとしても、営業時間に全てを回り切るのは難しい。
その上、おそらく目森が一番回りたいと言っている伏見稲荷大社は、京都の中心からは、少し南に離れている。
ここをどのタイミングで回るかというのは、旅行のスケジュールという意味では、大きな意味を持つ。
「って……お山巡りコースやん。普通に、山登りみたいなことになるで? 使い魔見たいだけやったら、奥社奉拝所にひとりぐらい、おるで?」
「そうなの? 一番行きたいみたいだったけど……一応、伝えとくね」
「おん。そうしや。せっかくの京都で、お稲荷さんだけで終わるの、つまらんやろ」
白亜から、携帯を受け取ると、瑞希も「さすがに、私も調べないと……」と足早に、階段を上っていく。
だが、何かを思い出したように、足音が止まる。
「白亜」
そしてまた、瑞希がリビングに顔だけ出すと、白亜も携帯から顔を上げて、瑞希の方へ目をやる。
「白亜も行きたいところ、印つけていいからね。おいしいお菓子の店とか!」
目的は、後半部分な気はするが、旅行を楽しみにしている瑞希に、わざわざ口を挟むというのは野暮だろう。
「はいはい。まだやっとるか、見とくわ」
こちらに来て、約十年だ。記憶通りというわけにもいかないだろう。
白亜が、手を振れば、瑞希も嬉しそうに、また部屋に戻っていった。
リビングに残った白亜は、共有したマップデータを見ながら、パタパタと忙しなく耳を動かす。
「そんなに京都に行くの、不満かい?」
そんな白亜の様子に、吽野も少しだけ笑いを堪えたような声色で問いかければ、また白亜の表情が固まる。
「別に、不満やないわ。子供らが、自主的に旅行の計画立てるなんて、偉いやん」
費用など問題は、未だに大人が肩代わりしている部分は大きいが、少しずつ大人になってきている子供たちを、そっと見守るのだって、彼女たちより長く生きてきた大人の役目だ。
「それに、友達との思い出、たくさん作った方がええし」
数年ぽっちの短い学生時代。
小学校とも、社会人とも違う、自分たちの意志で一緒にいて、利害関係もない、純粋な友人たち。
そんな彼女たちの行動を、危ないわけでもないのに、邪魔をしたいわけではない。
「ふぅ~~~~ん……」
淡々と答える白亜の耳を、楽し気に摘まみ、立ち上がらせる吽野に、白亜の口から音のない舌打ちが漏れる。
「子睦さんに、言いつけんで?」
「嘘。冗談。話し合おう。そうだなぁ……ニンジンジュースとかどう?」
耳こそ放しているが、全く懲りていない吽野に、白亜も苛立ちながら、椅子の背に肘をかける。
お中元で届いた缶ジュースの箱を漁りながら、明らかに余っているニンジンジュースを手に取り、白亜の方へ放る。
「それにしても、実家に帰るの、そんなにイヤなのかい?」
「別に、イヤやないわ。ただ……」
「ただ?」
少しだけ言い淀むように、缶を開けて、一口飲むと、白亜はため息をついた。
「自分で言うのもなんやけど……狐の、しかも大妖狐の大本尊やん……あそこ」
まさに気が重い。という表情で、ため息をつく白亜に、吽野も表情を強張らせるしかない。
「本当に、自分で言うのもなんだねぇ」
まさに、その伏見稲荷大社の出身の妖狐だというのに、自分でそれを言うかと、吽野も苦笑いしか出てこない。
「身内のことは、身内が一番わかっとる。けど、行動に予想がつかへんのが、あいつらやねん。ホンマに……もぅ……」
どうせ、妖狐の事だ。何かしてくる。その確信はある。
しかし、何をしてくるかはわからない。
どうせ、ろくでもないことだ。
予想可能。回避不可能。
これで、頭を抱えずにいられるはずがない。
「何度も言うとるけど、僕、マシな方やからな?」
「まぁねぇ……僕も昔、伏見さんに会ったことあるけど、今は大分大人しくなったじゃない」
「アンタが会うた時代のまんまやったら、完全、補導案件やろ」
げっそりとした表情で、自分が生まれるよりも前の話を思い出しては、呆れる白亜に、吽野もカラカラと笑う。
「随分と大人しくなったよねぇ……使い魔たちも。今風だと、草食系ってやつかな」
「違うってわかった上で、言うなや……」
ツッコミ待ちのコメントに、呆れながらも白亜は、残ったジュースを一気に煽るのだった。




