34話 平気だと思った時ほど、やらかすよね(前編)
京都への出発する日の朝。
瑞希は、目の前の白亜の姿に、驚いたように目を瞬かせていた。
「は、白亜が洋服、着てる……?」
そう。白亜が、洋服を着ていたのだ。
「似合おうとるやろ」
自慢気に、格好がよくわかるように腕を広げて見せているが、気にしているところはそこではない。
「だ、大丈夫なの……? 使い魔って、色々服装とかに、決まりあるじゃん」
使い魔となる妖怪には、いくつかの規定が設けられている。
そのひとつに、服装というより、容姿についての規定がある。
ひとえに、白亜のような姿かたちを偽れる妖怪たちが、意図的に人間社会に紛れ込むことを禁止する規定だ。
白亜や吽野たちが、耳や尻尾、翼などを生やしていたり、和装でいることも、この規定が理由だ。
しかし、今の白亜には、特徴的な尻尾はなく、耳も野球帽に隠れて見えない。
本当に、カジュアル系のお兄さんといった様相だ。
「普段と違うとる恰好しとる人には、一言褒めてから、質問しぃや。モテへんぞ」
呆れながらも、聞いてもいないコーデのテーマが『年下の親戚の旅行に、保護者役でついてきた、イケメンな兄ちゃん』であると、ほぼそのままの設定を口にする白亜に、瑞希も心のこもっていない「似合ってる」を送っておいた。
「決まりは決まりやけど、2、3日、出かけるくらい、役所の人にバレるわけやないし、平気やて」
「それは確かに……」
本来、使い魔が遠出する時には、役所か、神社庁に報告する必要がある。
子睦が、神社庁からの依頼で、両親と共に出張している時などのように、少なくとも使い魔の場所はわかるようにしているのだ。
ただ、あくまで依頼がない場合の個人的な旅行は、個人裁量に任されていて、今回は両親も旅行先が、白亜の古巣である京都であるため、いらないだろうと報告していない。
申請書類の用意などが、めんどくさいらしい。
確かに、鎹杜神社は、使い魔が複数人いるし、数日、一人がいなくなったところで、気付くはずもない。
まして、旅行先で、目立たないように人の格好をしているなんて、気が付くはずもない。
「あれま……お役所の人やったん?」
――と思っていた矢先にこれだ。
「えぇ、はい。神事管理課の目森です。娘がお世話になります」
駅で待っていた目森とその両親、そして、真桐とその母親と顔を合わせて、白亜が挨拶をしている矢先のことだった。
”神事管理課”
まさに、役所の中でも、使い魔などの登録を行う部署の人だ。
「何かあれば、すぐに迎えに行きますので。日中は、おそらくこちらの方が、連絡がつきやすいでしょうから、お渡ししておきます」
「わかりました。まぁ、かけへんように願っとります」
飄々と返事をしている白亜と、目森の父親に、瑞希は、真桐と会話していたことも忘れて、そちらに目をやってしまっていた。
「ヤダぁ……! 陽ちゃんの言ってた数倍、かっこよくない? 画面外の方が映えるとか、反則じゃん」
「でしょでしょ!? しかも、洋服……!! かっこよっ……!!」
目森と母親が、興奮気味に手を取り合って、小さく跳んでいるのは、見なかったことにしよう。
「てか、パパ、キツネさんのこと知ってたの? ズルくない!?」
「あ、いや……白亜さんのことは知ってたけど……動画のことは、一昨日見せてもらってだし」
「一年前にも見せたことあるけど」
「ごめんって……」
頬を膨らませている目森と、気弱ながらも謝っている父親に、瑞希はそっと近づき、声をかける。
「あ、あの、あのぉ……!!」
「はい?」
「白亜の服装なんですが……!」
「アホ」
服装について口にした途端、真桐の母親に挨拶をしていた白亜の手刀が、瑞希の後頭部に落ちてきた。
「あぁ……それについては、私は見ていないということに。その名刺も、以前渡していたものということで」
それでいいのだろうかと、言葉に詰まっていると、目森の父親は、困ったように言葉を続けた。
「実際のところ、使い魔制度は、使い魔側の善意で成り立ってるところがありますから。今回のように、はっきり目的が分かっているなら、正直、目を瞑ることも多いんです」
「そ、そうなんですね……」
「巫女の方々や、宮司様方には、使い魔の方々と友好な関係を築いて頂いていますし、旅行程度は、ね」
「なんでも馬鹿正直に聞いたらアカンってことやで。白黒はっきりさせへん方が、お互いのためってこともあるんや」
「う゛……スミマセンデシター」
呆れるような、嘲るような声色の白亜に、瑞希はやや不満そうに謝るのだった。
「ほぁぁ……だから、モフモフ成分少ないのか……」
新幹線の中で、目森の視線は、本来白亜の耳や尻尾のある辺りへ向けられるが、そこには確かに何もない。
「目立ってしゃぁないしな。あと、席からはみ出しても、迷惑やろ?」
「アタシは、席からはみ出してきてても喜ばしいですが」
「ファンと一般人を、同じ土俵で考えんといてな」
目森の勢いに、白亜も、呆れたようにため息交じりに答えるのだった。
「あ、せや。忘れん内に……瑞希」
白亜に言われ、瑞希も思い出したように、お守りをふたつ取り出した。
「ふたりに渡しとくね。京都は、比較的妖怪が多い場所だから、一応、持っておいて」
古来より、人の多く行きかう京都には、妖怪も多く存在する。
それこそ、現代まで伝奇が伝わるくらいには、妖怪という存在はメジャーだった。
今でこそ、使い魔たちによって、妖怪が京都で悪事を働くことは少なくなった。
だが、それでも、妖怪や歪みの数は、東京の比ではない。
しかも、今回は、ただの観光とは異なり、『使い魔を見たい』という部分も含まれるため、子睦たちから、安全のために渡されたのだ。
「やっぱ、京都って多いんだ。そういうの」
ついこの間、肝試しで出会った妖怪。
あの妖怪が、目森は初めて出会った妖怪だ。
なんとなく、京都や奈良などの古い町には、妖怪などがいても不思議ではない。
以前の自分では、『いたらきっと楽しい』程度の認識で、信じてはいなかっただろう。
「人も妖怪も、にぎやかなところが好きな奴は、多いからなぁ」
「じゃあ、東京もですか?」
「江戸に都が移ってから、2、300年くらい経っとるし、それなりに東京にも、移ってきとるとは思うで?」
とはいえ、人間とは異なり、数百年単位で住処や縄張りを形成してきた妖怪たちの居住区というものは、そう簡単に動くものではない。
結果的に、未だに京都や奈良のような場所の方が、妖怪たちは多く存在している。
「ま、数が多いと、妙な奴らも増えるからなぁ」
以前、肝試しの時に現れた妖怪のような、人に危害を加えたり、捕食しようとする妖怪も、必然的に多くなる。
「安倍晴明が戦ってた的なアレですか」
ゲームや漫画にも、妖怪と戦う陰陽師は人気がある。
安倍晴明も、多くの伝説が残る人物だ。
「せやね。昔は、妖怪も今ほどおとなしくないしな。大江山の鬼退治とか、有名やろ。ああいうのが、平然とある感じやな」
「なるほどぉ……」
少々わかっていなさそうな表情で頷いている目森は、そっと真桐の方に顔を近づける。
「”大江山の鬼退治”ってなに……!?」
「源頼光が討った鬼の話だった気がする……確か、酒で酔わせて、首を切ったら、その噛みついてきたとか、そういう感じの」
「ヤマタノオロチ……?」
「そういえば、それも似たようなことしてたね……」
おそらく、日本で一番有名な妖怪の倒し方も、同じだったことに、真桐も乾いた笑いが漏れる。
「あ、もしかして、白亜さん、その鬼退治見てたとか?」
詳しい年齢は「覚えとらん」と答えてくれないが、数百年単位で生きているというなら、使い魔として実際に見ていたのかもしれない。
期待する目森の眼差しに、白亜は困ったように、苦笑いを溢した。
「期待しとるとこ悪いけど、僕、案外若いねん。というか、その頃は……」
言いかけて、やめた白亜に、目森と同じように、真桐と瑞希も首を傾げている。
「まだ、妖怪も使い魔も、ゴチャゴチャしとった時期やから、ノーサイドやねん」
「ノーサイドって、そういう意味だっけ……」
確かに、その時代から生きている子睦たちの話でも、似たようなことを言っていた。
今のように、妖怪の中でも、敵や味方は存在しておらず、人は人の縄張りを守るために必死だったと。
「今は、結界とかちゃんと整備されとるし、心配する必要は、ほぼないんやけどな」
でも、ちゃんとお守りを持っているようにと、もう一度念を押す白亜に、目森と真桐の元気な返事が返ってきた。




