70. 17歳 コールド・スリープ
アクシオスが開いた扉の中へと入っていく。そして、その瞬間に部屋の中の照明がついた。
「す、凄いぞ。魔導具の山だ!」
壁一面に張り巡らされたシリコン・ディスプレイ。そして、イスや机の前に並べられたガラス板には文字が刻印されている。前の世界の私が知っているパソコンなどに比べると、かなり形状が洗練されているけれど、どれも見覚えがある。というか、それらの機能について類推することができる。
私は恐る恐るイスに座った。イスも壊れていないようだ。
ガラス板に触った。恐らくこれが操作版であるだろう。接触式入力パネル。私が触ると薄らと光を放つ。まだ、動力が生きているということだ。
ガラス板の文字盤には、『ローマ字』と『日本語』が刻印されている。完全に私が知っているキーボードで、おまけに文字配列が『QWERTY』であった。
精霊術の呪文が、ほぼ漢字の音読みであること。それに、このキーボードの配列が、『ローマ字』に『ひらがな』に加えて、『QWERTY』であること。
この世界が、地球とはまったく違う異世界であったとして、ここまで一致することなどあるのだろうか?
この里に来る前に私が宇宙から眺めた星の地形。
私が知っている星、地球と違和感がなかった。ユーラシア大陸があり、アフリカ大陸があり、南北アメリカ大陸があり、オーストラリア大陸があった。
ここは、地球だ。おそらく、未来の。
「エステル! この奥に道があるぞ!」
アクシオスが発見した道。それは、中央司令室の一番奥の高くなっている場所から続いている。位置関係から言って、司令官がいる場所のすぐ後ろ。そこに通路が開いていた。
「アクシオス、ちょっと待って。この部屋調べなくていいの?」
私はそう言いながら、映し出されたモニター画面上を見る。遺伝子認証とパスワードが要請されている。センサーに触れて見ても、エラー表示しかでない。扉を開くよりももっと特定の人でなければこのパソコンらしきものは操作できないのだろう。おそらく、この司令室で働くオペレーターでないと起動できない。
「ざっと見て、どれも魔導具として使えないものばっかりだ。今は動いているようだけど、里へ持って帰ったらウンともスンとも言わなくなる。そいつらはただのゴミだぜ」
まぁ、シリコン・ディスプレイも、キーボードも、電源とCPUから切り離したらただのゴミではある。パスワードも分からないし、全部ただの箱であることに間違いはない。
「エステル! 先に行くぞ。絶対、きっとすごい魔導具が眠ってる!」
アクシオスは興奮気味である。誰も踏み入れたことのない遺跡に足を踏み入れた。未発見の遺跡。トロイの遺跡を見つけたシュリーマン、エジプトで王家の谷を発見した考古学者もきっとアクシオスのように興奮したのだろう。
だけど、私の頭は混乱中だ。ここは、地球で、そして、私が生きていた2103年よりも、もっと未来?
キアランたちエアフルトの文明レベルは中世ヨーロッパ程度であった。それなら科学技術が圧倒的に後退している。悪い予感しかしない。
「アクシオス、待って!」
「待ってなんかいられるかよ! 先行くぜ、エステル!」
更に奥へと進んで行くアクシオスを私は追いかける。
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「なんだ? ここは」
『中央司令室』の奥から続いていた小道は、深い、深い場所へと繋がっていた。ここが軍事上の施設なら、より地中深くにあるということは、より重要な施設であるということだ。
辿り着いた部屋の真ん中には棺桶らしきものが幾つも設置されている。棺桶からは幾つものチューブが伸びていて、それらが稼働をしていることは明らかだ。一個を除いて停止しているようではあるけれど。
「見て見ろよ、エステル。中に人間がいるぜ?」
棺桶のガラスをアクシオスが覗き込んでいる。人間!?
私も透明なガラスを覗き込む。黒い髪。明らかに日本人の顔立ちだ。
「冷たっ。痛ってぇ〜」
アクシオスは、ガラスに手を触れてしまったようだ。超低温になっているから、触れたら火傷する。
私はこの技術を知っている。間違いない。コールド・スリープの装置だ。2103年にはとっくに技術的に確立している。現代では治療不可能だが、将来において治療技術が開発される可能性のある病気になった人だけが使える医療用装置。
「凍ってる? こいつ、死んでるのか?」
いや、生きている。正常にコールド・スリープは作動している。
「寝ているだけだと思う。起こしてみよう」
私はコールド・スリープの装置の操作版を見る。解除ボタンを押した。
年月を示すメーターは、『9999年12月31日23時59分59秒』から動かない。メーターが振り切れたんだろう。少なくとも、私が生きていた時代から7800千年以上経っているということだ。
「寝てるって本当かよ? 凍ってるだろ」
コールド・スリープで数千年以上寝ていた例はおそらくないだろう。もう、死んでいるかもしれない。
「このまま起きないかもしれない。どのみち、はっきりするのは1日くらい経ったあとだと思う。それまでに色々調べてみようよ」




