第1話
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少年は明かりのついていない玄関の前に立っていた。
扉の向こうからは、何の音もしない。手の中の鍵に一度目を落とし、それから階段の方を見上げた。
廊下は静かで、頭上ではセンサーライトだけが点いていて、数秒すると少しずつ暗くなっていく。
「今日も帰ってこないのかな」
返事はなかった。少年はそれ以上待たず、扉を開ける。鞄を靴箱のそばに置き、靴を脱いだ。そして一人、真っ暗な部屋へ入っていった。
――『もし明日も誰も帰ってこなかったら』
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雨粒が少女の髪に落ちている。
彼女は歩道橋の真ん中に立っていた。背後には人混みがあり、誰もが前へ進んでいる。立ち止まっていたのは彼女だけだった。
「どうして家に帰らなきゃいけないの?」
隣に立っていた少年は、しばらく考えてから口を開く。
「分からない」
「え?」
「でも、今日帰りたくないなら、僕が付き合うよ」
少女は一瞬、目を見開き、。数秒後、笑った。
「変な人」
――『世界の果ての土曜日』
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風が草原を吹き抜けている。夕日は遠くでゆっくりと沈んでいた。
少女は旅行鞄を背負い、少年の少し前を歩いている。
「ねえ」
「うん?」
「もし、いつか本当にあの場所を見つけたら?」
少年は答えなかった。少女は振り返り、そのまま後ろ向きに数歩歩く。
「そこにはきっと、誰かが私たちを待ってるよね?」
「たぶん」
「何、その『たぶん』って」
「だって……」
少年は顔を上げた。
「僕も誰かが待っていてくれたらいいって思ってるから」
――『地図のない遠くへ』
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マウスホイールを下に回すたび、文字が次々と画面の中央を流れていった。やがて、赤く表示されたいくつものコメントのところで止まった。
「台詞が明らかに翻訳っぽい」
「こういう日本語の言い方はかなり不自然だ」
「正直、日本人が書いた文章にはあまり見えない」
さらに下へスクロールした。
「もしかしてAI?」
寮の部屋では、机の上のスタンドライトだけが点いている。机の上には、パソコンのほか、きれいに並べられた日本語の単語帳しかなかった。
陳汪瑶は椅子の背にもたれたまま、長いことパソコンの画面を見つめている。
ほかにも、いくつかのタブが開いたままになっていた。
「PV分析」
「xxx平台 投稿方法」
「日语常用表达整理」
さらにもう一つ、すでに一次選考を終えた新人賞の結果ページも開いていた。
陳汪瑶はページを閉じず、そのままパソコンの電源を落とす。眼鏡を外し、目を軽く揉んだ。
「……果然还是不行啊。」
<……やっぱり、まだ駄目か>
声はとても小さく、誰にも聞こえなかった。
そのとき、机の端に置いてあったスマートフォンが震える。
陳汪瑶が視線を落とすと、友達申請が一件届いていた。
アイコンは窓辺に立つ一羽の小鳥で、申請メッセージには短い一文だけが添えられている。
「こんにちは。言語交換についての投稿を見ました。私は日本人で、中国語を勉強しています。よければ、お互いに勉強しませんか?」
陳汪瑶は一瞬、目を見開いた。
疲れの見えていた目が、わずかに明るくる。
指はすぐに「承認」をタップした。
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【天津07:31/東京08:31】
歯ブラシをくわえたまま、陳汪瑶は片手を洗面台につき、もう片方の手でスマートフォンを持っていた。画面には、すでに十数件のメッセージが届いている。
「おはようございます」
「昨日は遅くまで起きてたんですか?」
「中国の大学生も、こんなに早く起きるんですか?」
「それとも、実はもう遅刻してたりして?」
陳汪瑶は最後の一文を二秒ほど見つめ、それから時刻を確認した。
まだ七時三十一分だった。
「あなたこそでしょう」
送信した直後、少し言い方がきつかったかもしれないと思って、慌ててもう一文付け足した。
「いえ、そういう意味じゃなくて、そちらも早いですね、という意味です」
少し考えて、さらに一文。
「おはようございます」
送信。
すぐに返信が来た。
「かたいですね」
陳汪瑶は画面を見つめ、少し首をかしげた。
「それと、さっきの『あなたこそでしょう』ですけど、そのまま『あなたこそ』とは言わないほうがいいですよ」
「どうしてですか?」
「チャットで相手のことを『あなた』って呼ぶと、ちょっとよそよそしく聞こえることがあるんです」
歯ブラシをくわえたまま、陳汪瑶は小さくうなずいた。そして、低い声で繰り返す。
「あなたこそ……」
隣で顔を洗っていたルームメイトが振り向いた。
「大早上念啥呢?」
<朝っぱらから何ぶつぶつ言ってんだ?>
「没事。」
<なんでもない>
陳汪瑶は口の中でもごもごと答え、またスマートフォンに視線を落とした。
「じゃあ……どう言えばいいんですか?」
「文脈によりますね。たとえば今なら、『雨宮さんも早いですね』とか」
「なるほど」
陳汪瑶は相手のアカウント名にちらりと目をやった――雨宮さん。昨日フレンド申請が届いたときから、その名前は覚えている。
雨宮……
陳汪瑶はその名字をしばらく見つめる。なんとなく、日本のライトノベルに出てくるヒロインっぽい名字だと思った。
そんなことを考えていると、相手からまたメッセージが届く。
「さっき、歯磨きしてました?」
陳汪瑶は一瞬固まった。
「どうして分かったんですか?」
「さっきのボイスメッセージ、ずっと歯磨きの音が入ってましたよ」
陳汪瑶の動きが止まった。次の瞬間、勢いよくスマートフォンへ目を落とす。
――いつの間にか音声ボタンに触れていたらしく、十二秒ものボイスメッセージを送ってしまっていた。
再生してみると、最初に聞こえてきたのは、何を言っているのか分からないくぐもった声。そのあとに歯ブラシを動かす音が続き、最後にはルームメイトの――
「大早上念啥呢?」
<朝っぱらから何ぶつぶつ言ってんだ?>
という声まで、しっかり入っている。
陳汪瑶は目を閉じた。
「……忘れてください」
「嫌です」
「お願いします」
「もう保存しました」
「なんで保存するんですか!」
画面には、ほとんど間を置かずに笑顔のスタンプが返ってきた。
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【東京08:34/天津07:34】
雨宮はドレッサーの前に座り、笑いをこらえながらスマートフォンを机の上に置いた。
鏡には、小柄な少女の姿が映っていた。髪はちょうど肩の後ろへ流したところで、制服の襟元もきっちり整っている。
リボンもきちんと結んであり、袖口にも皺ひとつなかった。
けれど、手元のスマートフォンには、あの十二秒のボイスメッセージがまだ表示されたままだ。
雨宮は鏡の中の自分を数秒見つめ、それから少しだけ顔を横に向ける。唇の端から、小さな八重歯が覗いた。
雨宮は唇をきゅっと結び――けれど、二秒ももたずに肩が小さく揺れた。
「ほんと、ばか」
もう一度スマートフォンを手に取る。
相手は入力中……
「そういえば、今日もこんなに早く授業なんですか?」
雨宮はぱちりと瞬いた。
「八時過ぎにはもう授業の準備してるなんて、日本の大学も辛いですね」
その一文を数秒見つめ、それからゆっくり顔を上げる。
(……大学?)
もう一度、自分が着ている高校の制服へ視線を落とした。そのあと、口角が少しずつ上がっていく。
――なるほど
雨宮はすっと目を細めた。
入力欄に何文字か打ち込み、そこで手を止める。そして、全部消した。
最後に、改めて一文を打ち込む。
「まあ、そんな感じです」
送信。
それから、もう一文。
「大学生なんですよね?」
「はい、一年生です」
「入ったばかり?」
「まあ、そうですね」
「じゃあ、楽しい時期じゃないんですか?」
今度は、少し間が空いた。
「まあ、そうですね」
雨宮は首を傾げながら、その返事を見つめた。指先で画面を二度ほど叩く。
入力欄に一文が現れた。
しばらく見つめてから、一文字ずつ消す。
最後に送ったのは――
「そうなんですね」
そして、話題を変えた。
「そうだ。さっき『日本の大学もけっこう辛い』って言ってましたけど、『大変』と『辛い』は少し意味が違うので、気をつけたほうがいいですよ」
すぐにメッセージが返ってくる。
「え? どっちも同じような意味じゃないんですか?」
「だから間違えやすいんですよ。」
雨宮は仕方なさそうに首を振った。
「『大変』は『苦労する、手がかかる』って感じです。『辛い』だと、『苦しい、耐えるのがつらい』って感じになります」
「じゃあ、僕が『日本の大学も辛いですね』って言ったら……」
「大学生活がつらくてしょうがない、みたいに聞こえます」
「……そんなに重いんですか?」
「ちょっとだけですけどね」
雨宮はついでに、笑顔のスタンプを一つ添えた。
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【天津08:02/東京09:02】
陳汪瑶は鞄を背負い、寮の建物を出た。
朝のキャンパスには、まだ少しひんやりとした空気が残っている。道端には自転車で授業へ急ぐ学生もいれば、片手に肉まんを持ち、もう片方の手にスマートフォンを持って画面を見ながら歩く学生もいた。
眼鏡をかけた陳汪瑶は、人混みの中でも目立つくらい背が高い。けれど、本人はそんなことにはまるで気づいていなかった。
視線はずっとスマートフォンの画面に釘付けだ。
「趣味って何ですか?」
ついさっき、『雨宮さん』から届いたメッセージだった。陳汪瑶は数秒考える。
「小説を書くことです」
送信。
ほとんど間を置かず、返事が来た。
「えっ?」
「変ですか?」
「いえ。全然そんなイメージなかったです」
「どうしてですか?」
「だって……そういう感じに見えないので」
陳汪瑶は足を止めた。
「僕のこと、見たこともないのに」
「チャットの感じでも、なんとなく分かりますよ」
「じゃあ僕って……どんなふうに見えるんですか?」
数秒、間が空く。
「宿題を三日前には終わらせてそうなタイプです。なんていうか……真面目そうってことです」
陳汪瑶は黙った。それから鞄に目をやった――中には、昨夜十一時になってようやく仕上げた高等数学の課題が入っていた。
「全然違います」
「うそでしょ」
「本当です」
「じゃあ、どんな小説を書くんですか?」
「いろいろです」
「恋愛?」
「書きます」
「ファンタジー?」
「それも」
「ミステリー?」
「書いたことあります」
『雨宮さん』から「?」だけが送られてきた。
「じゃあ、何を書くのが好きなんですか?」
陳汪瑶は少し歩みを緩めた。画面を見つめたまま、しばらくしてようやく文字を打った。
「少しでも、いい終わり方をする話ですかね」
「いい終わり方?」
「はい」
「どうしてですか?」
陳汪瑶は足を止めた。指先が画面の上で止まる。
後ろから自転車のベルが二度鳴った。そこでようやく我に返り、慌てて横へ一歩避ける。
「別に、特に理由はないです」
「じゃあ……読ませてもらってもいいですか?」
「何をですか?」
「小説です」
陳汪瑶の足が今度こそ完璧に止まった。
「ほ、本当ですか?」
「なんで急にボイスメッセージなんですか……」
その一文を見て、陳汪瑶も思わず笑った。
「ありがとうございます!」
「……急にすごくテンション上がりましたね?」
陳汪瑶はURLをコピーする。指先はすでに送信ボタンの上にあったが、そこで一度止まった。
リンクを開き、ちゃんとページが表示されることを確認してから、ようやく送信する。
その直後、『雨宮さん』からまた一件メッセージが届いた。
「でも先に言っておきますね。読んでて変だと思ったところがあったら、はっきり言いますよ」
陳汪瑶の笑みが、一瞬だけ固まった。指先に、無意識に力が入る。
「もちろんです」
返事はすぐだった。相手が気を変える暇もないくらいに。
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【東京09:08/天津08:08】
雨宮は席に座り、スマートフォンをこっそり机の下に隠していた。
まだ先生は教室に来ていなかった。教室のあちこちから、生徒たちの話し声が聞こえている。
雨宮は、さっき相手から送られてきたリンクを開いた。ページが表示されると、そのまま何画面か下へスクロールした。
「……長い」
隣の女子生徒が身を寄せてきた。
「七海、何見てるの?」
「な、なんでもないよ」
「えー、怪しい~」
雨宮はすぐにスマートフォンを伏せて机の上に置く。クラスメイトが離れていくのを待ってから、教壇の方へちらりと目をやった。
――まだ先生は来ていない。
開いたままの教科書を自分の前に置き直し、それからもう一度スマートフォンを机の下へ隠して、さっきのページを開いた。
小説のタイトルの下には、日本語であらすじが書かれていた。
雨宮は数行読み進め、やや眉をひそめた。
下手だから、というわけではない。ただ――
「やっぱり、ちょっと変かも」
ところどころ、日本人ならあまり使わないような言い回しが混じっていた。まるで、別の言語からそのまま持ってきたみたいな文章だ。
雨宮はさらに少し下へスクロールする。
そのとき、画面上部に新しいメッセージが表示された。
「その……また午後四時に」
雨宮は二秒ほどそれを見つめてから、すぐに理解した。
「もちろん」
笑顔のスタンプも一つ添える。返信を終えると、雨宮はまたスマートフォンへ視線を落とし、続きを読み始めた。
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【天津08:11/東京09:11】
届いた「もちろん」を見て、陳汪瑶は小さく息をついた。
スマートフォンをポケットにしまう。けれど二歩ほど歩いたところで、また取り出して、もう一度確認してしまった。
午後四時。初めて、ちゃんと日本語で通話する。そう考えた途端、なぜか胃のあたりが少し重くなった気がした。
「……なんであんなにすぐ『もちろん』って返してくるんだよ」
陳汪瑶は小さく呟いた。
すれ違った学生が不思議そうにこちらを見る。陳汪瑶は何事もなかったふりをして、そのまま足早に校舎へ入っていった。
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【天津10:26/東京11:26】
教室では、先生が黒板に数式を書いていた。
陳汪瑶は片手で頬杖をつき、もう片方の手で、机の下に隠したスマートフォンをいじっていた。画面では、日本語を教える配信者が真面目な顔で解説している。
「『そうですね』は、単に『そうです』という意味だけではなく、考えているときの間をつなぐ表現として使うこともあります――」
陳汪瑶は片耳にイヤホンをつけたまま、小声で繰り返した。
「そうですね……そうですね……」
スマートフォンが震える。『雨宮さん』からのメッセージだった。
「授業中にサボってる?」
「どうして分かったんですか?」
「私もサボってるから」
陳汪瑶は眉を上げた。
「真面目なんじゃなかったんですか?」
「いつそんなこと言いました?」
「昨日、勉強は大事だって言ってました」
「勉強が大事なのと、今こっそりスマホ見るのは別に矛盾しませんよ」
陳汪瑶は危うく吹き出しそうになった。俯いて文字を打つ。
「强词夺理。」
<強弁ですね>
送ってから、ふと何かを思い出した。
「これ、日本語ではなんて言うんですか?」
すぐに返信が来る。
「こういう場合なら『屁理屈』って言えますよ。たとえば『屁理屈を言わないで』で、『無理やり理屈をつけないで』みたいな意味です」
陳汪瑶はその三文字を見つめ、不思議そうに首を傾げた――中国語の感覚だと、この三文字が一緒に並ぶことなんて、一生なさそうなんだけど!
「へりくつ?」
「うん」
陳汪瑶は小声でもう一度繰り返し、それからまた文字を打った。
「じゃあ、雨宮さんは今『屁理屈してる』んですか?」
「違う違う。『屁理屈してる』とは言わないです。『屁理屈を言ってる』か、『屁理屈をこねてる』ですね」
「おお……」
次の瞬間。
「でも、この言葉はあんまり気軽に使わないほうがいいですよ」
「どうしてですか?」
「ちょっと言い方が強いので」
陳汪瑶は黙った。
「またそれです」
「何が?」
「なんというか……日本人の話し方って面倒ですね」
数秒、間が空く。やがて、一文が返ってきた。
「中国語のほうがよっぽど面倒です」
「どこがですか?」
「『还行 』って一言、結局いいんですか、悪いんですか?」
陳汪瑶は一瞬固まった。それから真剣に考えた。
「言い方次第です」
「ほら、同じじゃないですか!」
陳汪瑶は画面を見つめ、堪えきれず笑ってしまった。
先生がチョークを止め、後ろの席へ視線を向ける。
「后排的同学,什么事情这么开心?」
<後ろの人、何がそんなに面白いんですか?>
教室が一瞬で静まり返った。陳汪瑶は顔を上げる。周囲から十数人分の視線が、一斉に彼へ集まった。
スマートフォンの画面はまだ点いたままで、『雨宮さん』からちょうど新しいメッセージが届いていた。
「まさか先生に見つかったんじゃないですよね?」
陳汪瑶はゆっくりとスマートフォンを伏せて机の上に置く。
「……見つかってません」
数秒後。
「嘘つき」
陳汪瑶は俯いたまま、耳の先まで少しずつ赤くなっていった。
その頃、遠く離れた東京の教室では、雨宮が腕に顔を埋め、肩を小さく震わせていた。
前の席の生徒が、不思議そうに振り返った。
雨宮は慌てて、腕の中で笑い声をさらに噛み殺す。
しばらくして、ようやく顔を上げ、もう一度スマートフォンを手に取った。画面には、さっき送られてきた小説のページが表示されている。
雨宮は数行ほど下へスクロールした。
物語の中では、少年が固く閉ざされた扉の前に立っていた。ノックはせず、ただ一人で扉の前に座り、いつまで待っても現れない誰かを待っている。
雨宮の笑みが、少しずつ薄れていった。その文章を長いこと見つめてから、そっと画面を一度タップした。
「この人……」
もちろん、誰にも聞こえていなかった。ただの独り言だ。
すでに先生は教室へ入ってきていた。
雨宮はページを閉じ、スマートフォンを机の中へしまう。
けれど、頭の中にはすでに一つの疑問が浮かんでいた。
どうして――この人の書く物語は、どこか寂しいんだろう。




