第九話「宿敵ですわ、おほほほほ」
谷の終端が近づくにつれ、ハルカの眉間の皺が増えてゆく。
それは谷の終端までの距離が係数になった一次関数で表せるほど顕著である。
そして見上げる首の仰角も大きくなる。
完全に人間六分儀だった。
その見上げる山腹には、道路がある。
遠目でもはっきりと道路が何回もヘアピンカーブを繰り返しながら登っていくのがわかる。
絵に描いたような九十九折りである。
カーブに順番に仮名を割り当ててもなお余ると思われる。
「ここに鉄轍を通す…の…ですの…!?」
「この山、高い。
でも、ハルカ、がんばる。
上、温泉、目的地」
「がんばるのは魔道荷馬車(馬はいない)ですわ…」
ヴォルフィンが言うにはこの山はだいたい2700ポミュらしい。
相変わらずどういう単位かわからない。
人間が扱う単位なので、基準は人間が扱うことが困難なサイズにはならないはずだが、それでも1キロと1マイルでは雲泥の差がある。
ハルカは昔の記憶が、国際的な単位が基本の国で育って当たり前の感覚が当たり前では無いのだと、その存在の偉大さを思い知らされた。
「ここ、トンネル掘る可能性高いですよね?
ボーリングしときますか?」
「おほほほほ、そうしますわ…」
魔道荷馬車から鉄の管を運び、繋げて、ハンマーで叩きながら地面に沈めていく。
そして管を引き上げて管で取った土の種類を調べる…のだが。
パカっと二つに割れるタイプの管が勝手に割れた。
「え?」
地面に空いた穴はみるみる塞がっていく。
「ええ??」
しばらくして、今度はその塞がった穴から水が染み出してきた。
しかも湯気が出ている。
「どういうことだ?」
ハルカには思い当たる節があった。
「ここ、掘ってはいけない山ですわ…。
掘るなら相当の覚悟とお金が必要ですの」
ヴォルフィンが言った。
「山、穴、掘る、すぐ、生き返る」
「今見ましたわ…」
「あと、穴、出てくる、温泉」
「それも見ましたわ」
「あと、穴、出てくる、燃える、ガス」
「…………。」
この国は山を掘らないわけではない。
今の所トンネルはまだ見かけていないが、切り通しは見た。
恐らく、この山でも試した人はいたのだろう。
そして得た教訓がヴォルフィンが言った「山、穴、掘る、すぐ、生き返る」だったのだろう。
そのあとハルカが吐き気を催していたのは、カーブだらけの山道のせいなのか、この山をどう鉄轍で越えるか考えすぎたせいなのか、誰にもわからなかった。
「ハルカ、食え、ワカサギ、佃煮」
「おほほほほ………うぷっ」
膨張性地山
山を構成する土に水分を吸うと膨張する性質の粘土が混ざっている場合に、この膨張性地山と呼ばれる山の状態になる。
トンネル工事をすると、掘った穴の周囲の土が膨らんで穴が埋め戻されたかのように見える。
鍋立山トンネル
新潟県にある北越急行ほくほく線の、鍋立山を貫くトンネル。
この鍋立山トンネルは国内でも屈指の難工事トンネルであり、昭和49年に国鉄の路線として掘り始め、国鉄の再編が絡み工事が一時中断された期間はあったとは言え、完成したのは平成7年であった。
ショートベンチ工法でも通常は上段と下段で掘るところ、上段、中段、下段と三段で掘ったり、新オーストリアトンネル工法という最新技術を投入したり、もう機械で掘れず手掘りで小さい穴を掘ってから広げていく方法にしたり、掘り方だけでも難工事だった。
しかも、可燃性ガスが充満して発破したらトンネル内全体に引火、そして新潟といえば国内で石油が湧くことで知られるが、その石油がトンネル内に染み出していて、爆発後しばらくちょろちょろと火が燻っていたという。
当然、作業員が大勢逃げた(辞職者が大勢出た)




