第十話「登山ですわ?おほほほほ」
その峠道は異常だった。
魔道荷馬車(馬はいない)なので、標高だけで言えばすいすいと登ってはいるが、全く順調ではない。
魔法動力装置はうなっている。
途中で最後尾の魔道荷馬車(馬はいない)に積んであるドラム缶の燃料を各魔道荷馬車(馬はいない)に給油する必要がありそうになってきた。
上り坂の途中でそれが可能だろうか?
車列を運転している運転士たちは崖から転落しないように緊張しすぎて肩がパンパンに張っている。
一緒に乗っている測量隊のメンバーも、自分が運転するわけではないが固唾を飲んで前方を見ていた。
揺れる魔道荷馬車(馬はいない)に振り回されてハルカの三半規管は悲鳴をあげている。
少しでも吐き気を落ち着かせようと水を飲んでいた。
「ハルカ、元気、出せ、食え、ワカサギ、佃煮」
ヴォルフィンはすっかりワカサギをハルカの気付け薬として記憶してしまっている。
しかしこの佃煮だが、ハルカが昔の記憶で知っている佃煮とは違っていた。
醤油のような風味、みりんのような風味は一応あるのだが、保存性を高めるために濃い塩分とニンニクと唐辛子が使われている。
ほとんどアンチョビペペロンチーノである。
酔っているところにそんな物を口に詰め込まれ、ハルカが限界を迎えた。
「うぷっ、上からも下からも漏れそうですわ…」
「ちょ…エチケット袋と携帯トイレを荷物に入れろって言ってたのハルカ嬢ですよね?」
整備士が「マジで勘弁してくれ」という口調で言う。
「ハルカ、吐く、漏らす、汚い」
「生理現象ですわ」
「あと、200ポミュ、我慢。
休憩、場所、ある」
「その200ポミュの距離感がわかりませんのよ。
しかも鉛直方向と水平方向で全く意味合い違いますわよね?」
因みに、「ポミュ」は古いスタッキア原住民族の言語で飛び跳ねるという意味らしい。
つまり飛び跳ねた高さを基準に1ポミュが定められたらしい。
個人差がありすぎて絶対に単位にしてはいけない基準であった。
とは言っても、元の意味を辿れば1フィートも足の長さ次第ではある。
その足で距離を測るため測量隊は歩測の訓練さえしたのだが、1歩の長さは個人差があるのでその人の平均値で計算をする。
相変わらず1ポミュがどれくらいなのか全くわからないまま200ポミュ先に到達した。
九十九折りのカーブの一つが、今まで通ってきた峠の展望広場と同じようになっていた。
しかも、徒歩道のど真ん中に陣取っていたような便所小屋と無人売店小屋も、温泉の湯に足を浸すための水たまりまであった。
驚いたことに、無人売店には人間用の携帯食だけでなく馬用の餌まで売られている。
さながら「駐車場が広大な田舎のコンビニ」と「野菜の無人販売所」を足して割ったかのような存在である。
何より、湧き出ている温泉水を水分補給用に飲めるようにした水汲み場があったのが、酔いを誤魔化すためにちびちびと水を飲み続けて水筒を空にしたハルカにとっては助かる存在だった。
そのままだと飲みにくいが、一晩置くことで飲みやすくなるタイプの泉質らしく、上からの管が巨大な木製のタンクで受水して一定時間経過して冷めた湯が蛇口のような筒からチョロチョロと流れ出ている。
「設備に感心していないで漏らす前に早くトイレ行ってください」
「ハルカ、子供、みたい。
でも、頭、すごい」
尿意と好奇心が拮抗するあたり、興味のあるものへの情熱だけ子供の時のまま大人になった町工場のガンコ職人のようなところがある。
ハルカ自身がチョロチョロしてしまう前に、何とかトイレに間に合った。
しばらく温泉の湯に足を浸して三半規管が復旧したハルカが次に興味を持ったのが、休憩所ではなくこの峠道そのものだった。
「因みに、この峠というか坂道、名前とかありますの?」
「名前、正しい、ない。
みんな、呼ぶ、登山道、馬、一緒の」
ハルカがふと目をやった看板にはこう書かれていた。
「825ポミュ、1合目」
いろは坂
日光の中禅寺湖にアクセスするための凶悪な坂。
上り専用線と下り専用線が用意されていて、ヘアピンカーブが48個ある。
そして「いろはにほへと…」とカーブに仮名が振られている。
観光バスでここを通ると三半規管が耐えられない可能性がある。
乗り物酔いしやすい人はエチケット袋を用意しよう。




