第十二話「馬と一緒の宿ですわ、おほほほほ」
二合目宿場町を観察していたハルカはあることに気がついた。
「この宿場町、切土してますわね」
麓付近でボーリングした時には、土が膨張して山が勝手に塞がった。
ヴォルフィンは「生き返る」と表現しているが、仮にトンネルを掘っても掘っても埋め戻されたのではたまったものではない。
斜面に至っては、切土したら膨張しながら崩壊してきそうである。
だから斜面を削った道は存在しなかった。
一合目の休憩所は元々比較的平らな部分の起伏を盛り土で埋めたように見えた。
展望デッキのようなものが設けられていたが、それが盛り土で支えているのが擁壁のようだった。
にもかかわらず、この宿場町は斜面に数段の平場を、斜面を削って作っていたのである。
「おほほほほ、もう一度、この付近ボーリングしますわ」
おそらく標高900ポミュ付近で、掘ったり削ったりしても生き返ってこない地質に切り替わっていると考えられる。
ハルカ含め測量隊一行は相変わらず1ポミュの具体値を知らないままではあるが…。
測量隊は手際良くボーリングマシンを組み立てる。
穴が空いた。
推測通り今度は勝手に埋まらない。
そして、地表近くはかなり硬い岩盤の層があるようだった。
スチパー山脈全体に広がっているのと同じような玄武岩である。
「この付近であれば、掘れそうですわね」
「ガス、出る、燃える、心配」
そう言われて可燃性ガスが出てこないかを確認した。
かなり深い位置からガスが噴き出している。
「そうなるとガス層がどう分布しているかですわね。
ガス層が水平ならトンネルを掘る時には当たらなさそうですの」
説明しながらボーリング穴に砂利を詰め、ハルカ自らセメントを練り始めた。
「ハルカ、土の仕事、ドレス、汚れる」
「そのセメントやモルタルは洗ってどうこうなるやつじゃないですよね?
私も仕事柄作業着がオイルで真っ黒になりますが」
「セメントと水の割合と練り具合、お伝えしていませんでしたわ。
今は私しかできませんの」
因みにハルカとしては、今回の測量隊への同行で持ってきたのはもう作業用と割り切ったドレスであり、多少セメントがつくのは気にしないが、ペチコートに付着して固まると、歩くたびに足に硬いものが当たる事になるので、そこは慎重であった。
貴族学院にいた頃は制服を頻繁に汚すので、メイドのフサが「作業用の制服」を限定して欲しいと言ってきたことがあった。
それは学校指定のジャージがないのが悪い。
そして今回は測量隊の作業着と同じものを着ようと思ったのに、「殿下の婚約者として…」とアカリの助言もありドレスは着てきた。
アカリとしては「あなたは立場上フィールドワークの実地作業への参加はしてはいけません」と遠回しに言っているのであって、ハルカもそれを理解した上で確信犯的に「作業ドレス」を選んで荷造りしたのだ。
貴族令嬢で将来の王太子妃なのに巷の現場監督すぎる。
麓の土について、トンネルにとっては宿敵ではあるが、ボーリングした穴が勝手に塞がるのは、埋め戻し不要という点だけは楽だった。
そして宿の風呂で気づいた。
温泉が無い。
ボーリングにた時の前回との比較でもわかったが、山頂のカルデラ付近を除くと、麓のあの地質の部分では温泉が染み出すが、二合目付近の玄武岩質だと温泉が染み出さないようだ。
「ハルカ、風呂、入る、一緒に。
背中、流す」
そしてその風呂で、ハルカは現実を見た。
「湯加減どうでしょう?
ふーっ、ふーっ」
屋外で宿のスタッフが筒で薪に息を吹いていた。
「………そういえば先ほど湧いてきていたあのガス、うまくすれば有効利用できますわね、おほほほほ」
大多喜ガス
南関東一帯に広がるガス層の中でも、とりわけ天然ガスの埋蔵量が多い大多喜町・茂原市周辺で天然ガスを採掘して周辺に都市ガスとして供給する企業。
また周囲では同様のことを市営・町営ガスとして事業化している自治体もある。
この千葉周辺のガス層は、埋まっているのがガスそのものではなく、メタン等の可燃性のガスとヨウ素が塩水に溶け込んでいる「天然ガスかん水」なのが最大の特徴。
地盤沈下防止のため、ガスを取った後の水は還元井で地中に戻している。
水田地帯にちょこちょこある林の中には結構な数のガス関連施設がある。
「地元の醤油製造業者が井戸を掘ったが真水が湧かず茶色い塩水ばかりで、落胆して井戸にタバコを投げたら引火した」という記録がある
なお、大多喜町や茂原市周辺では普通に地面からガスが湧いてくる場合もある。
九十九里いわし博物館爆発事故
いわしが町のアイデンティティな千葉県九十九里町の博物館で、配管を伝って湧き出した天然ガスが資料室内に流れ込んで溜まり、燻煙式殺虫剤に引火し大爆発した事故。
天井は崩壊、臨時職員1名が死亡、もう1名が重症となった。
天然ガスが湧くので周辺のガス代はかなり安いのだが、当然デメリットも存在するのである。
因みに展示中のイワシたちは片貝漁港付近の「海の駅・九十九里」に移され、今日も元気に水槽内を泳いでいる。




