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77話 吸血鬼

「——魔女様は、最初からマキオ様の好みを探るためにこの縁談を……?」

「うむ、その通りだ」


 別室にて、リデューシャは目的をメロリアに語る。


「わたくしは、何となくそうだと思っていました。以前、”かわいい”とは何か知りたがっておられましたものね」


 ユレナは、二人の隣でティーポットを傾けながら微笑んだ。


「魔女様は、マキオ様のことを愛しておられる……ということでしょうか?」


 メロリアは、おずおずと真意を確認する。

 聞くべきではないと思っていても、気になってしまう。


「改めて言われると、どうもむず痒いな」


 明言は避けつつも、リデューシャは認めた。


「な、何故それを私に?」

「妾がアンリアという女について根掘り葉掘り聞き出そうとする理由を知っておいた方が良いかと思ってな」


 変に警戒されて口を閉ざされるより、親近感を覚えさせて心を開かせた方が良い。

 メロリアに対する手荒な真似は、牧緒から禁止されている。

 恐怖と痛みによって吐かせるわけにもいかない。


「マキオ様とアンリアの関係は、アンリアの手紙で知ることができた範囲でしかお話しできませんが——」


 まさか、アンリアの記憶があるとは言えない。

 誤魔化しながら、メロリアはリデューシャの知りたいことを話す。

 内心では、自身が≪終末級≫であると悟られないかと怯えている。

 同時に、この縁談は誰も選ばれない只の茶番なのかと落胆しながら、どうやって牧緒の傍に居続けられるか考えていた。


「——っ!」


 話の途中で、リデューシャがバンと椅子を倒して立ち上がった。

 幾何魔法【心眼(クレーデレ)】が何かを捉えたのだろう。

 リデューシャは、無言で部屋を出て行った。


「え、あ、えっと」

「まぁまぁ、お茶でも飲んで待ちましょう」


 困惑するメロリアをユレナが宥める。

 リデューシャはやたらと踏み込み強く歩を進め、すぐ隣の部屋の扉を蹴飛ばした。

 

「丁度いい時にきてくれたな。俺は、このルピス嬢を妃に迎えることにした」


 胸元にできたマントのシワを整えながら、牧緒は宣言した。


「まだ試練は残っていますが、どうやら魔境の王は決心されたそうですわ」


 ルピスは、しおらしさを前面に押し出しながらほくそ笑む。


「ほう、面白い」


 腕を組んだまま、リデューシャは唾を吐きかけるように唇を窄めて「ぷっ」と息を噴きかけた。


「みゃ?」


 どんな感覚が体を巡ったのか……ルピスは呆けた声を出した。

 途端、パンッと首から上が砕け散る。

 不思議なことに、牧緒は全く反応しない。


 ルピスの体は膝を付いてから、ベチャリと赤い床に倒れた。

 にもかかわらず、吹き飛んだ肉片はピチピチと元気よく跳ねながら、元あった場所へ帰って行く。

 見る見る内に肉片は頭の形を取り戻して、床に流れた血液すら吸ってしまう。


「ぷはっ……!」


 ルピスは体をバタつかせてから勢いよく起き上がった。


「吸血鬼は初めて見るな。いや、意識したことが無かっただけか」


 リデューシャは、ルピスの正体に気が付いた。


「とはいえ、ただの眷属だろうがな。殺すのは一度きりにしてやる。マキオを元に戻せ」

「はぁ……はぁ……、む、無理ですわ……。わたくしの唾液を介して、既に彼の肉体は吸血鬼の細胞と結合して——」


 パンッ——再び、ルピスの頭が消し飛んだ。

 グニャリと倒れた体に、同じように肉片が集まる。


「面倒だな。次は下半身にしておくか」

「……っ、待って! 待ってくださいまし!」


 完璧に頭が復元しきる前に、ルピスは声を上げた。


「人間に戻す方法は無くとも、意識を取り戻させることはできますわ!」

「なら、早くしろ」

「えー、えっと……わたくしにはできませ——」


 話には順序がある。だが、魔女はせっかち。

 少しでも言い訳がましい言葉が聞こえただけで、ルピスの下半身は吹き飛んだ。


「ぎゃあああああ! ああああああ、あああ! 痛い痛い痛い痛い痛いいいいい!」

「ふぅ、やはり頭にしておくべきだったか……」


 甲高い悲鳴が響き渡る。

 それを聞きつけて、ユレナとメロリアが走ってくのが分かった。

 リデューシャの指先を吹き抜けた風が、部屋の扉を固く閉ざしてしまう。

 メロリアはともかく、ユレナはただの好奇心で覗きにきただけだ。構う必要はない。


「もう一度言うぞ。牧緒の意識を元に戻せ」


 これほど悲惨な状況にもかかわらず、牧緒は棒立ちのまま。

 最初のセリフも、ルピスが操って言わせていたに違いない。


「あぁぁぁ……、ぐっ、眷属は……眷属を増やすことしかできませんの……。簡単な命令に従わせることはできても、自由意志を与えられるのは始祖(マスター)だけ」

「では、その始祖(マスター)とやらを呼んでこい」

「日が落ちれば、始祖(マスター)に連絡が取れますわ」


 スカートの中で、肉片はようやく動きを止めた。

 血色が悪いのは元から。痛みが引いて、ルピスの顔に生気が戻った。


「あと2時間といったところか。いいだろう、それまで話を聞いてやる」


 扉が開き、奥に立っている二人が見える。


「一体何があったのですか?」


 リデューシャがいる限り、牧緒の無事が保証されていると疑わないユレナは憚らずに聞いた。


「大したことではない。マキオならすぐに戻ってこられるだろう」

「戻る?」


 一体どこから戻るというのか。

 ユレナは疑問に思うも、それ以上は聞かなかった。

 血まみれのルピスが、ひょこっと部屋から出てきたからだ。


「まぁ、大変!」

「……ぐす」


 涙を浮かべるルピスを慰めようと、ユレナが近づく。


「止めておけ。其方が吸血鬼になっても妾は助けぬぞ」

「吸血鬼って、あの吸血鬼ですか!?」

「どの吸血鬼かは知らぬ。妾も詳しいわけではないからな」


 緊張感の無い会話が交わされる中、一人の男が廊下の向こうから現れた。


「やってしまいましたね、お嬢様。こんなにアッサリ見破られるとは……期待外れも大概にしていただきたいものです」


 それは、ルピスの付き添い人の男だった。


「不老といえど、魔女の命は有限。このアングラス・マガナエルがお相手いたしましょう」


 アングラスは、胸元から杖を取り出して突くように振った。

 

「……ん?」


 だが、何も起きない。堂々としたアングラスの態度が、疑問符と共に小さくなる。


「第二の試練で勘違いしたかぁ? 妾がその気になれば、其方らの魔法を封じることなど容易いのだよ」


 リデューシャは、世界で唯一魔力を自在に操作できる存在。

 相手の体内の魔力に手を付けることはできずとも、体外に排出された魔力であれば、即座に捻じ曲げて散らしてしまうこともできる。

 魔力を魔法具に流し込めなくなれば、当然魔法を成すことはできない。


「見せてやろう。吸血鬼の殺し方を」


 そう言うと、廊下の壁と天井を一周囲むように複数のツタが伸びる。

 ツタの先端はアングラスの体を貫き、更に細いツタを派生させて皮膚の内側を這う。


「う、ぐぐぐ……やめっ、ろ!」


 ギュッと絞られたように体が萎れていく。

 ほんのりと赤く染まっていくツタを見て、ユレナは状況を把握した。


「血を吸っているのですね……」

「そうだ。不老不死なら無限に血液を生成できるのだろうが、赤目の女を見る限り、それなりに時間を要するとみた。永遠の無力化は、即ち死に等しかろう」


 リデューシャは淡々と語った後、ルピスの方へゆっくりと顔を向けた。


「さぁ、洗いざらい全て話してもらおうか」

「……はいぃ、よ、喜んでぇ」


 くしゃくしゃの顔とふにゃふにゃの足で、ルピスは言われるまま従った。


 ***


 リデューシャの号令で、一部を除く関係者たちがとある貴賓室に集められた。

 牧緒の意向が無いので、わざわざ食堂を使う必要も無い。

 『惡の特異点』の他、責任者でもあるジルクが同席する。


「顔色がよろしくないですな。別室で休んで頂いても構いませんが」

「……いえ、心配は無用です。全ては……私の責任ですから……」


 肩を落としたジルクを、オルガノが案ずる。

 ジルクは呼吸を整えながらなんとかこの場に留まった。

 彼の失敗は三つ。

 ベールで顔が隠れていたとはいえ、シューリが偽物であることに気付かなかったこと。

 ルピスが吸血鬼であることに気付かぬまま、縁談への参加を許したこと。

 そして、違和感に気付きながらもそれらを阻止できなかったこと。

 ジルクは本気で殺してほしいと願う程に焦心している。

 取り返しは付かないが、責任は果たさなければならない。

 その心意気が、彼を辛うじて突き動かしている。


「さて、其方が何者か、何故マキオに近づいたのか、全て順に話してもらおうか」


 足を組んだリデューシャが、細い指で顎を支えながら言った。

 肖像画でも描かせるのかと思える甘美な体勢。

 それは、極限の威圧感となってルピスを刺した。


「……わたくしは、ルピス・ヴァン・パリスティアン。そこに嘘はありませんわ」


 ユレナが軽くジルクを一瞥すると、彼は小さく頷いた。

 姿だけで判断するのなら、彼女はルピス本人で間違いない。


「ジルク殿下の使者の方々が訪れた日……、わたくしたちは吸血鬼の眷属たちに襲われました」


 切っ掛けは分からない。

 感染はいつの間にか民衆に広がり、いずれ貴族たちの屋敷を襲った。

 

「ジュノス辺境伯閣下は無事なのですか!? リジン君たちは……!?」


 ジルクは思わず割り込んだ。

 声を上げた後に、ハッとして口を手で塞ぐ。

 大袈裟に振る舞うことで、反省の意を表した。

 だが、誰もその問いを無下にしようとはしない。

 

「お父様や、使者の方がどうなったのかは分かりません。わたくしはあの日、厩舎に居ましたから。あ、わたくし乗馬が趣味で——」


 言いかけて、鋭い魔女の眼光が釘を刺した。

 話の脱線は許されない。


「……眷属と化した者に噛まれてから、わたくしも吸血鬼になってしまいましたの」

「で?」


 リデューシャの強い語気が、話を急がせる。


「その後は始祖(マスター)に意識を戻していただき、ここへ送り込まれた次第ですわ」

始祖(マスター)とやらの目的はなんだ?」

「呪詛の真髄を探れ……と」


 ルピスは、それ以上話すべきか悩んだ。

 吸血鬼を殺せるのは、始祖(マスター)だけ。

 始祖(マスター)を裏切れば、命は無い。

 それでも、ついさっき感じた死の痛みが忘れられない。

 頭部が膨らみ、数千の針で串刺しにされるような痛み。

 脚が張り詰め、石臼ですり潰されるような痛み。

 魔女の機嫌を損ねれば、死ねないからこその痛みを味わい続けることになる。

 その恐怖が、自然と言葉を引き出した。


「不老の呪詛、血毒の呪詛、それらを腐乱の呪詛で塗り替えることができるのか……。始祖(マスター)は、それを知りたいと仰っておられましたわ」


 腐乱の呪詛——それは人を吸血鬼に堕とし、感染させる呪い。

 永遠の命と尽きぬ細胞は、腐乱の号と矛盾するかに思える。

 しかし、腐乱とは本来あるべき生命の形と生き方を腐らせ、吸血鬼という望まぬ生命へと変えてしまうことを意味している。

 始祖(マスター)は純粋な生き物としての吸血鬼。それが、腐乱の呪詛を撒き散らしているのだ。


「血毒の呪詛……?」


 リデューシャは、覚えのない呪いに眉をひそめた。

 不老の呪詛は、間違いなくリデューシャに掛けられた呪いだろう。

 では、血毒の呪詛とは誰が抱える呪いのことか。


「魔境の王の血は人を操る……恐らく、それが呪詛の力だと思っているのでしょう」


 ジルクは、独り言のようにボソボソと語った。

 自信が無いからなのか、それとも再び割って入ることを恐れたからなのか。

 隣にいたオルガノは、それをはっきりと聞き取った。


「魔境の王にそんな力はありませぬ。ジルク殿下との決闘を有利に進めるための嘘でしょうな」

「えぇ、存じております。それを……私は……、魔境の王にそのような力があると広めてしまった……。それが、吸血鬼が魔境の王に目を付けた原因になってしまった……」


 ジルクは、頭を抱えながら声を震わせた。


「ふむ、なるほど。それで、吸血鬼の体系はどうなっている?」


 リデューシャは、ジルクを放置して質問を続けた。


始祖(マスター)は一人。眷属は、眷属でも増やせます。マキオ様は、わたくしにとっての眷属。わたくしは、マキオ様にとっての上位眷属……まぁ、先輩といったところですわね」


 ルピスは自身の立場を少しだけ柔らかい言葉へ言い換えた。

 だが、リデューシャは鼻で笑って取り合わない。

 

「上位眷属は、眷属に対して簡単な命令を下せる。が、意識を取り戻させ、より高度な命令に柔軟に従わせられるのは始祖(マスター)だけということか」


 自分に言い聞かせるように、リデューシャは整理した。


「あのぉ、人間に戻ることができないのなら、シューリさんに時間を戻してもらうというのはどうでしょうか?」


 ユレナの提案に、間髪入れずにリデューシャが言い返す。


「ダメだ。借りを作るわけにはいかぬ。唯一竜を助けるのに利用するなら、尚更な」


 その上、時間を巻き戻す前の記憶を保持できるのはシューリだけ。

 状況を自分勝手に利用される可能性もある。


「単純な方法を取るぞ」

「どうされるのですか?」

始祖(マスター)とやらを殺す」


 始祖(マスター)が死ねば、全ての吸血鬼が意識を取り戻すかもしれない。

 ルピスを介し、始祖(マスター)を誘い出す。

 あとは、不老不死の吸血鬼を殺すだけ——。

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