76話 第三の試練
牧緒は、黙ってオルガノの背中を見送った。
それにユレナは疑問を呈する。
「あれ? 行かせてしまっていいんですか?」
「まぁ、オルガノが言う通りキュラハに聞けばいいしな」
現状、キュラハは『惡の特異点』に頼らざるを得ない状況にある。
裏切ることになった『霊長教会』はもちろん、後ろ盾を失えば兄である勇者レトロも脅威となる。
もはや、牧緒の質問を拒むことは無いだろう。
「それにしても、あまり興味が無さそうじゃないか」
リデューシャは、暇つぶしに牧緒を問い詰めてみた。
「異世界転移の方法は世界中が調べてくれてるしな。今はシューリに興味がある」
「意外だな。あの女が好みなのか?」
「違うよ。季の魔法なら、バルバラを助けられるかもしれない」
「亜空間の法則を捻じ曲げようというわけか」
バルバラは、召喚獣として亜空間に囚われている。
亜空間内の生命の時間は停止する——それを、季の魔法で進ませるのが牧緒の目的だ。
治療する者の時間を常に稼働させ、治療の瞬間だけバルバラの時間も稼働させる。
繊細な作業にはなるが、理論上不可能ではない。
「過去に戻るってのは色々問題になりそうだからな。できれば、今までのことを無かったことにせずバルバラを救いたい」
季の魔法にそれが可能であるかは分からない。
まずは、本人に確認して協力させる必要がある。
「ふむ、マキオが相手を魅了しなければならぬ立場となったか」
縁談とは真逆の状況。牧緒が選ぶのではなく、選ばれなければならない。
「俺を殺すつもりは無さそうだったし、やってみるさ」
「ならば、次の試練は丁度良い」
リデューシャは、広い食堂を陽気に歩きながら話す。
「第三の試練は、面談だ」
「何だか嫌な予感がする……」
「マキオには、花嫁候補たちと順に一対一で話してもらう。もちろん個室だ」
「はい! はい!」
説明の途中で、ユレナが元気よく手を挙げた。
リデューシャは、ピシャっと指を差して発言を許す。
「魔女様はルピスさんを警戒されておられましたが、その点は大丈夫なのでしょうか?」
≪終末級≫のシューリと一緒にしておくことで、ルピスの動きを牽制している。
だが、面談では牧緒とルピスは二人きりになってしまう。
「同伴は無いが、妾は別室で全て見ている。マキオの命は妾が保証しよう」
幾何魔法【心眼】ならば、どこにいても牧緒の状況を把握できる。
「あ、あのぉ、命以外の保証はないんでしょうか?」
「無い。そこまで過保護に扱って欲しいのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
やはり試されているのだと、牧緒は確信した。
リデューシャは、何故か牧緒が窮地に置かれても自分の力で何とかできると思っている。
「それで、ルピスさんの何がそんなに危険なんでしょうか?」
項垂れながら感情表現を優先した牧緒に先んじて、ユレナは最も重要な点を詳らかにするべく声を上げた。
「妙に血の臭いが濃いのだ。犬ころがいれば正体がハッキリしただろうがな」
「血の臭いが濃いと、危険なのか?」
「あの小娘は生粋の令嬢であることは疑いようがない。そんな者が、血生臭い世界の前線に生きていはずもあるまい」
血の臭いが濃いというのは、文字通りの意味らしい。
他人の血か、それとも自身の血か……いずれにしても、流血を伴う環境に身を置き続けなければ香らない鉄の臭いを纏っている。
「流石に攻撃はされないだろうけど……気を付けるよ」
小さく背筋を震わせながらも、牧緒は立ち向かう決心をした。
「あ、それと——メロリアって子の喉はちゃんと治してやってくれ」
「うむ、そうしよう。面談で声も出せぬというのは不公平だろうからな」
「もう、あの子には手荒な真似はするな」
いつもの牧緒のお人好し。そのはずが、リデューシャは引っかかった。
「……なるほど、メロリアという女が好みなのか」
「はぁ?」
再び勝手に好みを断定され、牧緒は不服そうに口を曲げた。
しかし、今度はまるっきりの見当違いというわけでもなさそうだ。
「他の女には手荒な真似が許されるのか? 赤目と≪終末級≫はともかく、ミローナという女は気にしてないみたいだな」
”あの子”——と限定した言い方になってしまったのが発端だ。
牧緒は、手の平で額を押さえて発言を悔いた。
「別にそんなつもりは無いよ。さっさと始めようぜ、次の試練!」
語気を強めながら、牧緒は荒々しく椅子が床を走る音を立てて食堂を後にする。
その様子を横目に、リデューシャはユレナの方へ顔を向けた。
「あの4人の内、誰が一番『かわいい』と思う?」
まるで、おどけた少女のような会話。それでいて、リデューシャに笑顔は無い。
「そうですね……やっぱりメロリアさんでしょうか。何と言うか、こう、無垢っぽいというのでしょうか。とても可愛らしいと思います」
「無垢、か。あまり参考にはならなさそうだな」
ユレナの回答を参考に、リデューシャは悩ましそうに目を細める。
彼女の呟きは、目の前のユレナにも聞き取れない程に小さかった。
一瞬静まり返った食堂に、牧緒が戻ってくる。
「それで、面談ってどの部屋でやるんだ?」
段取りを聞かぬまま勢い任せに立ち去った牧緒は、少しだけ頬を赤らめていた。
***
リデューシャが案内したのは、誰も使っていない寝室。
ほのかに古臭い匂いが漂うだけで、僅かな埃すら積もっていない。
伏魔殿の中では、比較的小さな部屋だ。
意図は不明だが、部屋の半分を占める巨大なベッドには新品のシーツが敷いてある。
牧緒は、向かい合った椅子の一方に腰を下ろした。
「最初に誰と話すか、要望はあるか?」
部屋を後にしようとしたリデューシャが、ドアノブを握ったまま聞いた。
牧緒は、一度だけ喉を詰まらせる。
「……メロリアから頼む」
リデューシャは口の端を下げ、「やっぱり好みか」と言わんばかりの不満げな顔で扉を閉めた。
——暫くして、扉が叩かれる。
「どうぞ」
牧緒が答えた後、数秒の間を置いてメロリアが姿を現した。
「失礼します」
定型通りの挨拶から始まり、仰々しい空気の中でメロリアは席に着く。
「声が出るようになって良かった」
「あっ、はい。魔女様に治していただきました」
「傷つけたのもリデュ……魔女だけどな」
緊張しているのか、メロリアの声は上擦っている。
「わ、私はメロリアと申します」
ミローナやルピスは、第一の試練の食事会にて自己紹介を済ませている。
一方で、メロリアは終始牧緒に近づくことができずにいた。
会話できたのは、この面談が初めてだ。
「あぁ、名前は事前に聞いてるよ」
「そうでしたか……」
この面談に決まったルールは無い。
だからこそ、メロリアは何を話していいのか今になっても悩んでいた。
それを察したのか、牧緒の方から質問を投げかける。
「君は、アンリアの家族か?」
その言葉は、メロリアの全身を痺れさせる。
第一、第二の試練の様子から、牧緒が自身の顔に気付いているはずも無いと思っていた。
だが、真っすぐ目を合わせて核心を突かれる。
ベイランの意向は、自ら明かさず牧緒に気付かせること。
苦労せず、それを成し遂げた。
それなのに、メロリアの顔色は優れない。
「私は、アンリアの双子の妹です」
アンリアの記憶を介して、牧緒のことを知っている。
2年間を共に過ごしたからこそ、牧緒が何を思うか分かってしまう。
「いつか……いつか会いに行こうと思ってた。でも、自分のことで頭がいっぱいで……蔑ろにした」
静かにゆっくりと、牧緒は言葉を紡ぐ。
「アンリアは、俺が殺したも同然だ。悪かった……」
そう言って、頭を下げる。
「いつ、私に気付きましたか?」
メロリアは、にまッと笑って話を変えた。
「君が魔女に攻撃された時だ」
「……怖い思いをさせてしまいましたね」
牧緒の表情は硬く、膝を握る手は小刻みに揺れている。
謝罪は嘘ではない。でも、感じているのは罪悪感ではなかった。
それをメロリアは知っている。アンリアは知っている。
「俺は、君をアンリアと同じ目に遭わせてしまうのが怖かった。君に罵られるのが怖かった。君と……、向き合うのが怖かった」
それが牧緒の本音。
アンリアに報いるべき行動を牧緒は何も取っていない。
ビシャブ王の命を絶つこともせず、家族を探すこともしなかった。
全ては自身の心を守るため。
どこまでも利己的な判断で生き永らえてきた。
「私は、あなたを責めるつもりはありません」
メロリアは、優しい言葉をかけた。
アンリアを含め、全ての複製体は互いを家族と定義している。
そう思っていても、実際には代えの利く複製でしかない。
だから、互いの死を悼むことは無い。
あるとすれば、残された記憶に感化され、その者の人生を補完したいという使命感。
「私はただ、アンリアの代わりにあなたの側にいたいだけです」
アンリアがそう望んでいたから、自分もそうしたい。
それが、メロリアの本音。
「俺は……」
牧緒が言い淀んだ瞬間、バタンッと騒がしく扉が開いた。
そして、肩を上げたリデューシャが言い放つ。
「面談は終わりだ!」
まだ、10分も経っていない。
それなのにリデューシャは、ツカツカと近づいてメロリアの肩を掴んだ。
「まさか、間接的にマキオと関わりがあったとはな……。ズルだな」
「ズ、ズルですか?」
「おい、リデューシャ。失礼だろ」
リデューシャは、身勝手にメロリアへ退室を促す。
「あの、私は失格……なんでしょうか?」
「ん、そうでない。だが、話を聞かせてもらうぞ」
牧緒の心を揺るがすアンリアという存在を、リデューシャは深く知りたくて仕様がなかった。
「次は、ルピスだ。やたらと張り切ってたからな」
それだけ言い残して、二人は去った。
牧緒は大きく溜息をついて、頭を抱える。
「何で俺なんかに……」
メロリアとアンリアの本当の関係性を知らない牧緒は、何故自分が許されたのかすら分からない。
それどころか、本気で傍にいることを望んでいる。
復讐するために縁談へ参加したとさえ思っていたのだから、混乱するのも無理はない。
平静を取り戻した頃、再びノックの音が響いた。
予定通り、現れたのはルピス。
彼女は、軽くスキップしながら近づいて、牧緒の腕を取る。
「堅苦しいお話など望んでおりませんわよね? さぁ、じっくりしっぽりお話ししましょう」
「し、しっぽりって……ちょ、わわわ」
牧緒はベッドまで腕を引かれた。
二人はそのまま、ぽふりと腰掛ける。
「早くこうして、近くで、見つめ合いながら、身を寄せ合って、お話ししたいと思っていましたの」
吐息に熱を感じる程の距離。ルピスは腕を絡ませて、胸を押し当てる。
「近いからさ、ちょっと離れ……ぐっ……」
必死に突き放そうとするが、やたらと力が強く、まるで磁石のように離れない。
魔力で肉体を強化されると、魔力の無い牧緒は赤子も同然。
「不躾な質問ですが、魔境の王は呪詛を抱えておられるのですか?」
「へ? いや、そんなことないけど。何で?」
額に汗を滲ませながら、牧緒は答えた。
かつて、ヴァーリア監獄でオルガノに呪詛を掛けられたことはある。
しかし、それは既にユレナを脱獄させる条件を達成して解除されているはずだ。
「お気付きになっていないだけなのでしょうか……? でも、ご安心くださいまし。わたくしが解放して差し上げますから——」
ルピスは、唇を牧緒の首筋に押し当てた。
「痛てっ」
子猫に手を噛まれたような感覚が走る——。




