75話 第二の試練③
「剣森——」
リデューシャは、ミローナたちが使用した創造魔法を真似た。
魔力の流れをシューリに纏わせる。魔力には形が与えられ、魔法と成る。
それは、即興で生み出された創造魔法。
突如として空中に出現する鍔。それは瞬く間に刃と柄を伸ばす。
まずは一本——。
シューリは半歩体をはためかせ、それを華麗に避ける。
だが、その一本は湖へ投げ込まれた石に過ぎない。
波紋のように広がった魔力が、全て剣へと具現化される。
四方八方から突き出される切っ先は、空気を切断する音を立てながら咲き乱れる。
ウェディングドレスの切れ端が、花びらのように舞った。
それは白く、僅かな赤も存在しない。
「ほう、全て避けるか」
リデューシャは感心するとともに、幾本もの剣の隙間に風を通した。
不可視の斬撃——視界に映る剣へ意識を集中させ、目に見えない攻撃で仕留める。
その小細工は、シューリには通用しなかった。
ビュン、と短く強く爆発した突風が、全ての剣を吹き飛ばす。
「また斬ったのか。妾の魔法を」
剣は避け、魔法は斬る。シューリの完璧な立ち回りを加味することで、リデューシャは確信を得た。
「季の魔法か。その魔剣は、斬ったという結果を先取りするものであろう」
シューリは、未だに一度も剣を振っていない。
それなのに、彼女は斬った。
ただの魔法具と異なり、魔剣はそれそのものが魔法への対抗手段と成り得る。
魔法を斬れる。首も斬れる。だが、金属の剣を斬ることはできない。
先取りできるのは『斬る』という事実だけ。『弾く』ことも『受ける』ことも先取りできなかった。
「理論上、季の魔法は存在し得るが……、適性を持つ者がいないために誰も証明できなかった魔法だ。其方が、歴史上たった一人の適性者だと?」
「そうだとしたら、どうするのかしら?」
「ふふ、殺せるか試してみよう」
シューリが攻撃に対して完璧に対処できる理由は、時間を巻き戻しているから。
恐らくそれは、原型魔法であるとリデューシャは推測した。
だとすれば、無敵。
無敵を殺すべく、リデューシャは挑戦する。
無数の剣が生み出され続け、それは風の魔法に乗って大蛇の如くシューリを追い回す。
太い柱をぐるりと旋回し、シューリは後ろ走りで逃げ続ける。
防戦一方に見えるが、距離も時間も無視した必中の斬撃がリデューシャを襲う。
ドチュ、バシャ、ザシュ……何度も何度もリデューシャの全身から血飛沫が噴き出す。
一歩も動かず、両腕を振りながら魔力を操作し、魔法を成し続けるリデューシャは意に介さない。
頭が割れようと、心臓が細切れになろうと、命の灯が完全に消える前に完璧に肉体を修復する。
「一体何度死んだ?」
「大丈夫、まだ5桁はいってないから」
もはや、シューリは隠す気も無い。
勝利を確信しているからではない。むしろ、勝ち目が無いと分かっているからだ。
リデューシャは、言葉の真意を理解した。
「無限回の試行が可能ならば、妾が其方を殺すことは叶わぬということか。だが、無限回の試行でも妾を倒せぬということは——世界は詰んだに等しい」
時間を巻き戻す魔法など、適性があったところで魔力が足りない。
シューリが膨大な魔力を保持しているとしても、数千回も記憶を保持したまま過去に戻ることなどできるはずもない。
つまり、時間が巻き戻れば消費した魔力も巻き戻る。実質、無限に時間を遡ることができるのだ。
リデューシャはそれを察して「世界は詰んだ」と嘆いた。
永遠に決着がつかなければ、永遠に未来はやってこない。
「やめだ。全く無意味な時間だったぞ」
リデューシャは、両手を軽く上げて投げやりに言った。
ガララララ、と剣が床に落ちる。
「良かった。また数百万年も繰り返したくないもの」
どうやら、シューリは過去にも似たような状況に陥ったことがあるらしい。
その時どうやって”詰み”の状態から抜け出したのかは不明だが、言葉巧みに休戦に持ち込める程には経験は生きたようだ。
「其方、人間ではないな?」
唐突なリデューシャの問い。だが、そう思うのも当然である。
「……そう、ね。私は人間じゃない。でも、それを説明するのは縁談が終わってからね」
「何が目的だ?」
「もちろん、魔境の王のお嫁さんになることよ」
意外にも、シューリは純粋に縁談を望んでいた。
何故、魔境の王と結ばれたいのか——リデューシャはその理由を問おうとしたが、思い直して口を閉じる。
シューリ本人が危険人物であることは変わらないが、目的は縁談の本分から逸脱していない。
ならば、リデューシャにとっての不穏分子は別の者であった。
静まり返った謁見の間に、カツカツとリデューシャの足音だけが響く。
その足音が段々と大きくなっていくことに、ルピスは気付いた。
机の下で床に伏せながら、汗を滲ませる。
ふと視線を上げると、眼前でリデューシャの頭が逆さに揺れていた。
「ひゃっ……!」
ガタンッ、と机が僅かに跳ねた。
上半身が切り離されたのかと思う程、リデューシャの腰は不自然に曲がっている。
故に、ぶら下がるように揺れながらルピスに迫る形となった。
「其方の目的はなんだ?」
その問いに、ルピスはすぐ答えられない。
それが恐怖によるものなのか、それとも——。
リデューシャは、ルピスの心の内が分かったようだ。
「まぁ、良い」
それ以上問い詰めることもせず、リデューシャは上半身を起こした。
「これで第二の試練は終わりだ。次の試練までしばし休憩とする」
リデューシャが脱落者の名を挙げることはなかった。
***
『惡の特異点』の面々は食堂に集まる。
「会議室として使える部屋は腐るほどあるだろうに……何故食堂にこだわる?」
オルガノは図体に釣り合わない小さな椅子へ腰掛けて、不満を口にした。
「落ち着くから……かな」
牧緒はマントを無造作に机の上に投げつけて一息つく。
「それより、あの強そうな方をジルク殿下と一緒に残して大丈夫なのでしょうか?」
ユレナが不安そうにリデューシャに聞いた。
ベイランの名が出ないことから察するに、元婚約者に対する情が僅かに残っているのだろう。
「さぁな。気にする必要があるのか?」
「……無いですね!」
リデューシャの態度に気圧されたのか、ユレナは吹っ切れたように笑顔を浮かべた。
「むしろ安全だ。そうだろう、魔女よ」
どうやら、オルガノは全てお見通しのようだ。
「どゆこと?」
突飛な発想でいつも周囲を困惑させる牧緒が、珍しく蚊帳の外だった。
「ふむ、警戒すべきは赤目の女だ。それと……その付き添い人もか」
「魔女様と互角のあの方がいれば、ルピスさんは牙を剥かないということですわね」
「其方には、あれが互角に見えたのか?」
「ん、んん、いえいえ、決して。柱の一本も傷つけずに戦ってらしたのですから」
ユレナは即座に自らの発言をフォローした。
牧緒たちの身の安全を考慮する必要が無いのであれば、伏魔殿すら破壊して全てを屠る魔法を行使していただろう。
「まぁ、奴も本気は出していないだろうがな」
リデューシャは満足げにほくそ笑む。
「話を聞いた限りだと、あいつは時間を巻き戻せるのか?」
「流石、察しが良いな」
二人の戦闘時、ハッキリとは名言されていなかった事実を牧緒は言い当てた。
柱の陰に隠れながらも、しっかりと聞いて、見て、考えを巡らせていたのだ。
「恐らく、あれは≪終末級≫の一人だろう。季の魔法が使えるのなら、それだけで世界をひっくり返せる」
意外にも冷静に、オルガノはシューリの正体を語った。
「”花嫁”と呼ばれる≪終末級≫の話を聞いたことがあります。最初からウェディングドレスを纏っていたのも、そういうことなのでしょうか?」
ユレナにも、思い当る節があった。
「多分、本人には過去に戻る前の記憶があるんだよな? でも、使った分の魔力は取り戻せるのか……」
シューリが敵であるかは不確定だが、対峙すべき相手という前提で牧緒は対策を考える。
「時間遡行は無理が無いか……? もしかしたら、未来視の能力だったりとか」
「難しく考えるな。魔法に理屈は無い。事象と結果があるだけだ。それに、未来視程度であれば、妾が奴を殺せぬわけも無い」
頭を抱えた牧緒の肩に手を添えて、リデューシャは諭した。
「それでは、一体どこまで時間を遡れるのでしょうか?」
「少なくとも、2年以上だ」
ユレナの疑問に、牧緒は即答した。
言葉は無くとも、ユレナがその根拠を求めているのが、唇を尖らせた表情から見て取れる。
「あいつは、俺に『元の世界に戻せる』と言ったんだ。時間遡行の魔法を使うなら、きっと俺がこの世界にくる前まで時間を戻せるってことだと思う」
「ふんっ、貴様らしくない馬鹿げた考察だ。眼前に餌を撒かれて、視野が狭くなっているぞ」
オルガノは、巨躯をビクンと揺らす程に大きく鼻で笑った。
「貴様が異世界に戻ろうとしていることは、今や世界中が知っている。だが、どうやって貴様がこの世界にきたかを知る者は少ない」
時間遡行で牧緒を元の世界へ戻すのなら、牧緒をこの世界に召喚した原因を断たなければならない。
だが、シューリはそれを知らないはず。にもかかわらず、『元の世界に戻せる』と言い切った。
「嘘だって言うのか?」
「あぁ、そうだ。真っ赤な嘘か、それとも……」
シューリの発言が嘘だとすれば、戻せる時間はもっと短い。
「あいつが、魔術師デルバの関係者って可能性も考えられるだろ」
事実、デルバと面識のあったエルフのヒュリューカは、出会う前から牧緒の存在を知っていた。
シューリもデルバ経由で牧緒を知ったというのは、十分にあり得る話だ。
「デルバは嘘の魔法で貴様から身を隠した。シューリがデルバの味方なら、わざわざ貴様に接触する必要が無い。敵なら、素直に協力を求めるはずだ」
「もう、オルガノ様! ちょっと極論が過ぎませんか? 彼女がデルバの味方でも敵でもないことだってあり得ますよ?」
ユレナが明るく叱りつけた。
オルガノも、牧緒を言い負かしてやろうと、少し躍起になっていたことは間違いない。
「……そうだな。儂が悪かった」
ユレナの前では、素直になってしまう。
オルガノの見せるギャップよりも、牧緒には気になることがあった。
「嘘の魔法?」
「……詳細は異端審問官——ではなくなったのだったな。キュラハに聞くことだ」
”迷いの森”で、オルガノだけが聞いたキュラハの真意。
デルバが嘘の魔法を使って、自身の居場所をかく乱したことを知るのは二人だけ。
開示するつもりの無かった情報を、オルガノはうっかり口にしてしまった。
バツが悪そうに腰をポンポンと叩きながら、オルガノはスッと立ち上がって去っていく。




