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74話 第二の試練②

 オルガノは戸惑うことなく、直ちに目配せする。

 それを受け取ったフォリパスは、ユレナの肩を抱いて玉座から離れ、脇の扉を開いてその場から消えた。

 オルガノにとって、魔女が暴れることなど想定内。

 至極冷静に、ジルクとベイランを誘導する。


「さぁ、こちらへ」


 オルガノの声に従って、ジルクは謁見の間から退室した。そこに自らの身を守る意図は無い。

 魔女の取り仕切る縁談の邪魔をしたくないという想いが、ジルクの行動を迅速にした。

 逆に、ベイランは後ろ髪を引かれるように二の足を踏んだ。


「メロリア……! 君もくるんだ、早く!」


 小声でありながら力強く呼びかけた。

 アンリアの双子の妹——ということになっているメロリアの命を危険に晒すわけにはいかない。

 ビシャブ王が仕出かした罪を清算するために、メロリアを保護して厚遇している……という言い訳をベイランは考えている。

 上手くいけば、牧緒の怒りを鎮められるかもしれない。

 しかし、ここでメロリアが命を落とせば、ベイランもビシャブ王と同じ罪を背負う形になる。

 そうなれば、ウオラ王国は終わりだ。

 『惡の特異点』は容赦なく国と民を屠るだろう。実際にどうなるかはともかく、ベイランはそう思っている。


「私は大丈夫です。殿下はお逃げください」


 そう言って、メロリアは差し出された手の平に向けて首を振った。


「馬鹿っ! 良いからくるんだ!」


 メロリアの勇気を買うことなどできない。

 ベイランの頭の中は、保身でいっぱいなのだから。


「ベイラン殿下。ここは危険ですよ」


 オルガノは、ベイランの腕を掴んで強引に連れて行く。

 力でその腕を振り払うことなど叶わない。それ以前に『惡の特異点』の一人に逆らう態度を取ること自体、ベイランには許されない行為だ。

 素直に消えるしかないベイランを背後に、メロリアは魔女を見据えて間合いを取る。

 

「もういいのか? 死にたくない者は出て行って構わぬのだぞ?」


 リデューシャは、最後通告を言い渡した。

 4人の花嫁候補たちは、誰も引かない。

 それどころか、ルピスの付き添い人とミローナの付き添い人も覚悟を決めたように全身に力を込めている。

 そんな中、牧緒は静かに後ずさって後方の柱に寄り掛かった。


「全く……何てこと始めるんだ、リデューシャは……」


 彼女が人を殺さないと信じている。何なら、取り返しがつかない損傷も与えないと考えている。

 少なくとも、牧緒が目の前で見ている状況ではあり得ない。

 だからこそ、牧緒は第二の試練に文句も言わず見届けることにした。


「さて、それではいつでも——」


 リデューシャが、ストレッチがてらに首を曲げたその時。

 真っ先に跳びかかったのはミローナだった。


「ふっ……!」


 一息に肺の空気を吐き出しながら、巨大なブーメラン型の武器を叩きつける。

 リデューシャの脳天にそれが触れた瞬間、その体は水となってバシャリと散った。

 魔力の込められた強力な一撃。それは玉座を粉々に砕く。

 再び姿を現すにしても、破片の飛び散る方向はあり得ない。

 だから、ミローナはそのまま体を捻って武器を振り抜ける。

 だが、そこには誰もいなかった。

 

「違う——下だ!」


 ミローナの付き添い人である、兄のザルダが声を上げて跳びかかる。

 両手に握った二本の短剣を掲げ、ミローナの足元へ突き刺した。

 ザルダの言った通り、リデューシャは下にいた。

 飛び散った水の中から、這い出た腕が動きを止める。

 その手は人差し指を立てて、クルリと小さな円を描く。


「ぐっ……!」

「ミローナ!」


 途端、二人の体は手の平のように床から突き出した木の枝に飲み込まれた。

 同時に、飛び散った水が集まって、再びリデューシャの体を成す。


「ふむ、予想外だ。まさか其方らが最初の相手になるとはな」


 リデューシャが眉を傾けて木の枝を撫でると、ミシミシと軋む音が響く。

 幾本ものトーテムポールが突如として現れて、枝を押し広げて砕いた。


「いいかミローナ、奴に距離を取らせるな」

「……分かった」


 二人は近接戦に持ち込めば、可能性はあると考えている。

 しかし、実際には純粋な戦闘であればリデューシャが最も得意とするのは白兵戦だ。

 無限に等しい魔力で、際限なく強化された肉体を振るえば、周囲には塵すら残らないだろう。

 しかし、それは奥の手。リデューシャもこんな所でお披露目するつもりは無い。

 

「ふふふ、お手柔らかに頼むぞ」


 まるで遊ぶように舞うリデューシャを、ミローナたちは必死に捉えようと武器を振る。


「……あの方たち、どこから武器を取り出したのかと驚いたけど……あれは創造魔法ですわね」


 机の下に隠れて様子を窺うルピスが、ミローナたちの魔法を分析した。

 土の魔法に分類される創造魔法は、魔力を具現化する。


「お嬢様、お忘れですか? あなたは恐れる必要など無いのです」


 丸まって小さくなったルピスに、付き添い人の若い男が声を掛けた。

 男の瞳は、ルピスと同じように真紅に光っている。


「わ、分かっていますわ! でも、だからといって魔女に勝てるわけではないでしょう……」

「魔境の王は孤立しています。目的を果たしてください」

「……む、無茶を言わないで。強欲の魔女が、たった二人に翻弄されると思う? 遊ばれているだけよ。隙なんて無いですわ」

「いいですか、目的を果たせなければ——」

「わたくしは必ずやり遂げてみせますわ! だから、黙ってて頂戴!」


 ルピスが怒鳴ると、付き添い人の男は黙って引き下がった——。

 

(私は……何で上手くやれないんだろう)


 メロリアは、戦うミローナたちを見守りながら嘆いていた。

 原型魔法【複製(オムニス)】を有しながらも、単体としては魔女に敵うべくもない。

 メロリアは戦えない。その上、複製体の中でも出来が悪いと自覚していた。

 リラルカ程に聡明ではなく、アンリア程に冷静でもない。

 元は一人の人間でも、複製されてから過ごした環境で性格や能力も変わってくる。

 いつも要領が悪く、先を見据えることができない。

 本当なら、もっと早くアンリアの妹として魔境に潜入できていたはずだ。

 それが、ベイランの口車に乗せられて王都に隔離され、『惡の特異点』に近づくことができなかった。

 メロリアは己の無能さを呪いながら、必死で第二の試練を越える方法を考える。


(私が持つ力は……2000万を越える私の記憶。そこから得られる知識……!)


 全ての複製体と記憶を共有するメロリアは、頭がパンクするほどの情報の中から起死回生の一手を探る。

 砂漠の中から、たった一粒の砂を探すに等しい無謀。

 目的の砂の形や色すらも分からない。だが、奇跡は起こる。

 偶然、魔女を倒し得る唯一の魔法を探り当てた。

 どこに潜入しているどの複製体の記憶かは分からない。

 それでも、メロリアはそれに賭けた。

 魔法具も魔法陣も無い。この場でその魔法を成すことは不可能。だが、呪文は分かる。

 それを口にすれば、魔女は警戒するに違いない。

 互いに銃口を向けることができれば、話し合いに持ち込むことができるだろう。

 だから、メロリアは躊躇しなかった。


「魔女に与える十二の鉄槌——」


 呪文の一節を唱えると同時——メロリアの喉は吹き飛んだ。


「ごっ……こひょっ……」


 風のように眼前に現れたリデューシャが、手を振って肉を吹き飛ばしたのだ。


「リデューシャ!」


 牧緒がその名を叫ぶ頃には、リデューシャは潰れた喉に手を当てて元通りに戻していた。


「慌てるな、マキオ。今の呪文は……妾を滅ぼし得る。身を守っただけだ」


 リデューシャは、そっと喉に当てた手をどける。


「ほうら、治してやったぞ。完全ではないがな」


 嘲笑うような不気味な声がメロリアの体を震わせる。

 確かに治っている。出血も無ければ傷痕すら残っていない。

 だが、声が出なかった。


「あ……はあう……」


 音は出せるが、声にならない。

 メロリアは、己の愚かさに打ち震えた。

 魔女を相手に、何故ハッタリが通用すると思ったのか。

 呪文を唱えきる時間さえ与えられず、声を奪われた。

 これでは、牧緒に自身がアンリアの家族であることを説明することすらできない。


「何故、其方がその魔法を知っているのかについては、今度聞くとしよう」


 リデューシャはスカートをブワリと大きく揺らしながら振り返る。


「ほうら、どうした。今が好機であっただろう。何故かかってこない?」

「……ふっ、好機……なんてない」


 ミローナは息を荒らげながら答えた。

 既に魔女に敵わないことは十二分に理解させられている。

 全力を出し切ったミローナたちにできることはもう何もなかった。


「この試練は、本当は最後に行う予定だったのだが……。予期せぬ輩が紛れていたのでな。前倒しさせてもらったのだ」


 リデューシャが真意を語った。

 そして、その視線は真っすぐウェディングドレスを纏ったシューリに向けられている。


「其方は誰だ?」

「……私に名前なんて無いわ。でも、それだと困るわよね。だから、引き続きシューリと呼んで」


 そう言って、シューリは顔に掛かったベールをめくり上げた。

 この場にジルクがいれば、驚愕の声を上げただろう。

 だが、本物のシューリ・ラ・フォーゼルクの顔を知る者は居合わせていない。

 

「この試練は、私を脱落させるための試練というわけね。でも、思い通りにはならないわよ?」

「ふふ、試してみれば分かる」


 リデューシャは僅かに肩を上げて、両の手の平を上に向けた。

 ようやく、魔女は構えた。それに呼応して、シューリは右手を上げる。


「召喚器——魔剣デメテル」


 空間が裂け、魔剣が現れる。

 掲げられた手の平に収まる剣の柄は、木の根をそのままの形であしらったかのように歪であった。

 リデューシャは、魔剣の召喚が完了する間、手を出さずに静かに佇む。

 空間の裂け目がパチンと消えた瞬間、無詠唱による(いかづち)の魔法が光りを放つ。

 そして、光の先端は何かにぶつかったように裂けた。

 バリバリと弾ける音が周囲の耳に届くより速く、リデューシャの頭が切り離される。


「ふははは、魔法と妾を同時に斬るとはな。触れもせず……それどころか、剣を振りもせず」


 リデューシャは素早く片手で首を叩いた。

 光の糸が瞬時に縫合し、頭が地面を転がることは無い。

 

「さて、あなたはどうやったら死ぬのかしら?」

「さて、其方は何度死にたい?」


 二人は同時に微笑んだ。

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