73話 第二の試練①
ずらりと並ぶ料理たちは、とてもこの場にいる者たちで平らげられる量ではない。
牧緒は徐に骨付きチキンを手に取った。
テーブルマナーなどお構いなし。
その一挙手一投足は、完全に取り繕うことを放棄していた。
魔境の住民を招いて、盛大なパーティーを催すのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えながら、牧緒はチキンを口に運ぶ。
しかし、脂の乗った肉が舌の上で踊ることはなかった。
「マキオ様!」
メロリアはそう呼びかけて駆け寄る。
顔を突き合わせ、会話を重ねることでアンリアを思い出させるつもりだ。
だが、牧緒が振り返る前にメロリアは弾力のある臀部で突き飛ばされた。
「うぎゃっ!」
幸い、料理が零れて台無しになることは無かった。
艶やかなドレスが摩擦を奪い、体はテーブルの隙間を滑って行く。
間抜けな退場を他所目に、彼女を突き飛ばした張本人であるミローナが牧緒の手首を掴む。
「それは……止めておいた方が……よろしいかと」
牧緒が握ったチキンは、行き場を失った。
「ん、何が?」
「毒……の臭いがします」
「えぇ!? これが!?」
驚く牧緒の様子を見て、ジルクは更に声を張り上げて戦慄する。
「そ、それが本当なら、とんでもないことだ! 料理人たちを全員連れてくるんだ!」
ジルクが小間使いとして連れてきた3人の男に命令した。
同時に、オルガノは杖で行く手を阻んで小間使いたちを制止する。
「じゃあ、これは?」
新しいチキンを掴んで、牧緒は確認した。
ミローナは、スンスンと鼻を動かしてコクリと頷く。
「大丈夫……です」
「おぉ、ありがとう。鼻が利くんだな」
その言葉を鵜吞みにして、牧緒は躊躇なくチキンを咀嚼する。
「ま、魔境の王よ……、危険です! 私共がすぐに対処いたします。もちろん、如何なる罰も受ける所存……!」
ジルクは襟を乱しながら牧緒に駆け寄って食事を止めさせようとした。
あまりの焦り様に、牧緒は口いっぱいに頬張ったチキンを飲み込む前に返事をする。
「あぁ、んぐ、だいりょうぶ」
そして、慎ましい声量で遠くにいる者を呼ぶように声を上げた。
「ニャプチー。毒入りは全部食べて良いぞー」
即死魔法すら撥ね退けるニャプチの胃袋を頼る。
長いようで短い静寂の後、牧緒は寂しそうに呟く。
「そっか、そういや居ないんだったな」
気を取り直して、牧緒はミローナに向き合った。
「悪いんだけど、良かったら皆の食事もサポートしてくれないかな」
「はい……よろこん……で」
ミローナは目を合わせずに、素直に従った。
ちょっとしたトラブル程度に事をあしらい、淡々と食事を続けようとする牧緒の所業に、ジルクはますます感嘆する。
「あぁ、何と寛大で豪胆な……」
自然と口に出た心の声を置き去りにして、ジルクはバッと振り返ってオルガノの下へ走り提言する。
「オルガノ殿。不届き者を介入させてしまったのは私共の落ち度。魔境の王は意に介しておられないようですが、早急に対応が必要です」
「……気にする必要はないでしょう」
オルガノはリデューシャの方へ視線を移した。
それが、ジルクの小間使いたちを制止した理由だ。
「案ずるな。毒は妾が入れた。『試練』と銘打ったのだから、それらしさを出さねばなるまい」
仕方なく、リデューシャは種を明かした。
「そ、そうでしたか。魔女様のご判断であれば、異存あるはずもありません」
滅茶苦茶な理屈にもかかわらず、ジルクは素直にそれを受け入れてホッと胸を撫で下ろした。
(ジルク殿下がおられると、清々しい気分で過ごせるなぁ)
ベイランは、毒が入っていないことが確定したワインを飲みながら、奔走するジルクの姿を楽しんでいた。
そこへ、トボトボとメロリアが近づく。
「話すタイミングを失ってしまいました……」
「まぁいい、気にすることはない。今日、胃腸をやられるのは私ではなさそうだからな。ははは」
何故か上機嫌なベイランに、メロリアはギョッとした。
「毒入り……。なるほど、これが本当の試練ということですわね!」
一方で、ルピスは試練を自分なりに解釈して高ぶった。
「毒を見抜く臭覚……恐れ入りましたわ。しかし! わたくしには必要ありません!」
そう言って、ルピスは毒入りだと判定されたオリーブを摘まんでプチッと噛んだ。
「あ、馬鹿、それは……!」
牧緒が慌てて手を伸ばすも、ルピスは手の平を向けて飲み込んだ。
「ほほほ……おーほほほほ! わたくしに毒など通用しませんことよ!」
ルピスは目に涙を浮かべながら、高らかに宣言した。
「大丈夫だ。死ぬような毒ではない」
見かねたリデューシャが、全員に聞こえるように開示した。
それを聞くと、ルピスはますます増長して、次から次へと毒入りの食事を敢えて口に運んだ。
彼女は毒を見抜くでもなく、それをきっかけに牧緒に近づくでもなく、毒を制することこそが第一の試練の本質と見ていた。
だが…………リデューシャにそんな深い考えはない。
「おほ、おほほっごほっ……おっほほ……ほほほ!」
「食欲が強い奴に鼻が利く奴……ニャプチみたいな奴が多いな」
牧緒は、笑いながら毒を喰らうルピスを眺めながら友人に思いを馳せた。
「あらら、思っているよりキャラは被っていないかもしれませんね」
「そうですね。ちょっとだけ安心しました」
フォリパスが励ますと、ユレナは納得して頷いた。
その横で、リデューシャは玉座に腰を下ろして会食の様子を観察する。
それを不敬だと感じる者はいない。
だが、堂々たる魔女の姿をジッと見つめる者はいた。
「……何を見ている。其方も参加しろ」
リデューシャは視線の正体を一瞥もせずに促した。
「失礼しました」
シューリは……いや、シューリを演じている何者かは、小さく頭を下げて背を向ける。
ゆらゆらと左右に揺れながら、牧緒の方へ近づく。
その前にルピスが立ちはだかった。
「シューリ・ラ・フォーゼルク。その格好はどういうつもりなのかしら? 無礼ではないの?」
身に着けたウェディングドレスは、縁談に集まった他の候補者を侮辱する行為ともとれる。
その上、ベールを下ろしたまま顔を晒そうともしない。
その態度を良く思わないルピスは、彼女を邪魔する気でいた。
「大丈夫です。見ていてください。お手本を見せて上げます」
そう言って、シューリは両手で握ったブーケを軸にクルリと回転しながら大げさにルピスを躱した。
「一体何の手本だと言うのかしら?」
ルピスは腕を組んで怪訝そうに眉をひそめて、はためくベールの端に向けて投げかけた。
本当は聞くまでもなく、分かっている。
この縁談は、如何に牧緒を魅了できるかのバトルロイヤル。
やることはただ一つ。
そして、シューリは牧緒の耳元に顔を近づけて、簡潔に一言だけ——心を掴む言葉を紡ぎ出す。
「あなたを元の世界に戻せるわ」
ここにニャプチはいない。
だから、その言葉が真実であるか正確に判断する方法はない。
だが、魔境の王に対して、こんな大それた嘘を付くはずもない。
そう考えた牧緒の手は止まり、噛み砕いていないチキンの塊を強引に飲み込んだ。
「全く……とんでもないモノを呼び込んでくれたものだ……」
リデューシャは、手の平に顎を乗せて珍しく溜息をついた。
嫌な予感がしたオルガノは、直ちにその正体を具体化しようとする。
「何が気になる?」
「あのウェディングドレスの女だ。いや、あいつもか……」
「問題があるなら、ハッキリ言え。対処する」
「対処するぅ? 笑わせてくれるな。犬ころを呼び戻した方が良いかもしれんぞ」
「そう思うならば、貴様が転送魔法を使って呼び戻せ」
「すぐ来られても困る。そうでなければ、面白くないからな」
リデューシャの視線は、牧緒を捉えていた。
”迷いの森”では自らを犠牲にしてまで、敢えて深淵の魔法に飲まれて牧緒を窮地に追いやった。
その時と同じだ。リデューシャが試練を与えたのは、花嫁候補たちだけではない。
根拠のない絶対的な信頼を以って、牧緒がどう乗り越えるのか観察しているのだ。
***
第一の試練が開始されてから2時間余り。
牧緒が元の世界へ戻るための方法を聞き出そうとしても、シューリはくるくると回転しながら踊るようにはぐらかし続けた。
少しでも隙があれば、ルピスが声を掛けて甲高い声を響かせる。
動き疲れたら、すぐにミローナが小皿に分けた食事を持ってくる。
常に人が取り巻く牧緒へ、メロリアは近づけずにいた。
「そこまでだ。もう良いだろう」
リデューシャが手を叩いて立ち上がる。
全員が動きを止めて顔を向けた。
「少し卑怯な方法でマキオに取り入った者もいるようだが……、女としての魅力を存分に使うことをお勧めする」
ウェディングドレスを睨みつけながら、リデューシャは警告した。
「な、何言ってんだあいつは……」
牧緒は動揺して、横腹にチクリと痛みを感じた。
「それでは、第二の試練を開始する」
「試練の度に誰かが脱落するわけではないのですわね」
ルピスがボソリと口にした。
同時に、メロリアは目を瞑り肩で息をする。何の成果も無く脱落すると思っていたからだ。
「第二の試練は簡単だ」
リデューシャは両腕を広げた。
試練は全部で4つ。徐々に難易度が上がっていくことが予想される。
気の強いルピスや、一族を背負ったミローナにはまだ余裕があった。
「妾の首を取れ——さぁ、試練はもう始まっているぞぉ」
誰一人声も上げられず、逃げ出すことすら叶わない。
不気味に舌を出した魔女を前に、誰もが思い浮かべた想定が覆る。
第二の試練にして、難易度は天井を越えた。




