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71話 訪問

 牧緒は、気だるげに頬杖をついて食堂の隅を見つめていた。

 自室に居ても寂しいだけ。自然と食堂へ入り浸るようになった。

 ここなら、いつかは皆が集まるからだ。


 裁判から暫く――既にやれることは無くなった。

 当面の目標は、バルバラを復活させる方法の模索。

 しかし、リデューシャも知らない情報を既存の図書から得られるはずもない。

 知見を持つ者がいるとすれば、全知の王子か『霊長教会』の最高司祭だろう。

 問題は、彼らが≪終末級≫であるということ。

 素直に協力してくれるとは思えない。

 バルバラという戦力が失われていることを悟られるのもまずい。


「どうしたもんか……」


 牧緒は左手に視線を落として呟いた。

 決闘で失ったはずの腕がそこにある。加えて、右手の火傷や体中の切り傷も跡を残さず消え去った。

 感触に違和感はないが、不思議な感慨はあった。


「まさか、痛むのか?」


 いつの間にか傍に座っていたリデューシャが不安そうに聞いた。

 実際には、彼女は心配などしていない。

 自身の治癒魔法が完璧であることを理解しているからだ。

 特に、牧緒には魔力が無いから治癒の効果が薄れることも無い。

 わざわざ声を掛けたのは、感謝の言葉を今一度引き出したかったからだ。

 

 牧緒は、神出鬼没のリデューシャに驚きもせず、彼女の思惑通りに言葉を投げかける。


「大丈夫、ありがとう。本当に助かってるよ。治ると分かってなきゃ、あんな無茶できないからな」


 リデューシャさえいれば、死なない限りは五体満足が保証されている。

 だからこそ、牧緒は恐れに飲み込まれず戦えた。


「いいや、治らずともマキオはやる」

「ははは、無理だよ。俺を何だと思ってるんだ」

「いいや、やる」


 リデューシャは頑なに認めようとしない。

 仲間からの評価が無駄に高いことを牧緒は自覚している。

 自己評価との乖離にやるせなさを感じながらも、スルーすることにした。

 泳いだ視線は、バンと豪快に食堂の扉を開いた者へ吸い込まれる。


「やっぱりおかしいんだよねぇ。決闘があった日から、天記の書に何も追記されなくなっちゃってさぁ」


 現れたのは、キュラハだった。

 白い修道服は脱ぎ捨てて、ダボッとしたラフな服を身に着けている。


「大方、其方の持つ複製品と原書の接続が断たれたのだろう。裏切り者の其方は、既に異端審問官ではないだろうからな」


 リデューシャが下した判断に、キュラハも納得せざるを得ないようだ。

 それ以上の反論や推論は無く、眉間にしわを寄せて唸るだけだった。


「……それで、何でまだキュラハに意識があるんだ?」

「ううむ、それが妾にもさっぱりだ」


 本人に聞こえないように、二人は小声で話す。


「キュラハの魂は、今も”迷いの森”にあるんだろ?」

「そのはずだ。考えられるとすれば、妾の魂が分離した……というところか」

「そんなことあり得るのか?」

「ないな。道理も通らぬ。しかし、絵空事でしか説明がきかん」


 裁判が終わり、一同が魔境へ帰還した後、リデューシャはすぐに魂を取り戻した。

 再び肉体だけとなったキュラハは眠りにつく……はずだった。


「別に困りはしないけどさ。原因が分からないってのも気持ち悪いな」


 害が無ければよいが、それを判断する方法も無い。

 いずれにしても、静観する他なかった。


「マキオ様。お時間よろしいでしょうか?」


 続いて、ミシェルが食堂に現れた。


「あぁ、どうした?」

「いっそ、食堂にも電信機を設置してはいかがでしょうか?」

「……ごめん」


 それは魔石で稼働する、電報の送受信を可能とする魔法具。

 両腕に抱える程大きなそれは、牧緒の部屋に設置されている。

 だが、ほとんどの時間を食堂で過ごしている所為で、”バルバラの町”に駐屯するミシェルたちの連絡を即座に受け取れない状態にあった。

 牧緒からの返信がないから、わざわざ伏魔殿まで足を運んでくれたのだろう。


「んん、プフトゥール王国のジルク殿下がお越しです。今は町の客館にて待機していただいておりますが、いかがいたしましょう」


 ミシェルは、軽く咳をして話を戻した。


「え? 本人がきてるの? アポなしで?」

「はい、そうです」

「なんか面倒くさそうだな……」


 ついこの間、裁判で負かした相手だ。

 不服申し立てにでもやってきたのか、それとも何かしらの交渉にきたのか。


「オルガノに頼めないかな」

「オルガノ様は不在にしております。それと、是非マキオ様と直接お話がしたいと」

「俺って結構怖がられてるはずだよな? 友達の家に行くみたいな感覚で会おうとするものなのか?」


 牧緒は大きく溜息をついた後、リデューシャに投げかけた。


「さぁな。だが、土産は期待できるぞ。かつて妾のもとを訪ねた者たちは、皆大層な献上品を寄こしたものだ」

「それは下手すると殺されるからなんじゃあ……」

「その通りだ。本当にマキオが恐れられているのであれば、期待できるという話だ」


 ≪終末級≫たる傍若無人。

 牧緒は、リデューシャの前に積み上げられた金銀財宝と、それを取り囲んで首を垂れる者たちの姿をありありと思い浮かべることができた。


「じゃあ、悪いけどここに呼んできてもらえるかな?」


 牧緒は諦めて、ジルクと会うことを決める。


「ここに……ですか?」


 ミシェルは瞳だけを動かして、殺風景な食堂を見回した。

 そして、我慢できずに提言する。

 

「もっと相応しい場所があるのでは?」

「やっぱダメか。久々に玉座にでも座ってみるとしよう」


 伏魔殿にやってきて、一度しか踏み入れたことのない謁見の間。

 牧緒はぶつくさ言いながらも、頭を尊大モードに切り替えた。


 ***


 謁見の間の長く赤黒いカーペットの上をジルクが歩く。

 その後ろに数人の従者たちが続いた。


 ドシリと玉座に構えた牧緒の前で、ジルクは自然と膝を付く。


「ご多忙の折、私共の訪問を歓迎してくださり、心より御礼申し上げます」

(忙しくも無いし、歓迎もしてないけどな)


 牧緒は手の平で口を覆い、言葉を押し殺した。


「本日は、我が王国に伝わる至宝を陛下に献上したく参上いたしました」


 ジルクは敵意を微塵も感じさせない透き通った声で申し出た。


「ほうれ、やっぱりだ! 妾の言った通りであろう」


 玉座の縁を撫でながら、リデューシャの声が活気だつ。


「……私のことを陛下と呼ぶのはやめろ。形だけの王だ。この態度もな」


 少しの本音を交えながら、牧緒は自身の立場をできる限りジルクに近づけようとした。

 無駄に敬われるのは気疲れの原因になる。

 できれば普通に話したい。


「では、魔境の王と呼ばせていただきます」


 ジルクはそう改めた。牧緒の真意は伝わっていないようだ。

 そして、懐から小さな箱を取り出した。

 牧緒はリデューシャを一瞥するも、その瞳だけは子供のように宝を見つめている。

 その様子から、危険物ではないと牧緒は判断した。


「それは?」

「こちらは、ブラックダイヤを施した指輪でございます」


 パカリと開かれた箱の中から、漆黒の輝きが溢れ出す。

 禍々しさは微塵も無く、闇が光を放つという矛盾した美しさを牧緒は垣間見た。


「魔法具は必要ない」

「こちらは魔法具ではありません。……スウェン公爵閣下からお聞きではありませんか?」


 ジルクの喉元に一筋の汗が伝う。


「婚姻の儀にて、お使いいただければと思ったのですが……」

「婚姻? 何の話だ?」


 全ての段取りが済んでいると思っていたジルクは、状況を頭の中で整理する。

 先走ってしまったということだけは、すぐに理解できた。


 気まずい沈黙が続く中、意を決してジルクが喉を鳴らした瞬間、カツカツと杖の音が謁見の間に響き渡る。

 それは、紛れもない救いの手であった。


「間に合わなんだか。儂が話そう」


 脇から現れたオルガノが、説明を買って出た。

 全てのやり取りを代わってもらえると期待した牧緒は、表情を崩して縋るようにオルガノへ顔を向ける。


「これはスウェン公爵閣下の思い付きだ。複数の縁談が既に組まれている。選ぶのは貴様だ」

「縁談……? 何のつもりだ。断っておいてくれ」

「馬鹿め。選ぶのは、どの相手にするかだ。縁談を受けるかどうかではない」

「なんでだよ。そんなの必要ないだろ」

「……スウェン公爵閣下には世話になっているのだ。無碍にするわけにはいかん」


 シェルタ公国は七ヶ国同盟の加盟国。

 想定外の縁ではあるが、関係を良好に保つことに意義はある。

 裁判官の買収に協力してくれたスウェン公爵を通して摂政とも深く関係を築くため、オルガノはシェルタ公国へ足を運んでいた。

 そこで、縁談の話を聞いたのだ。

 既に多くを巻き込んで話が進んでいると知って、オルガノは牧緒を説得するべく急いで魔境へ戻ってきた。

 だが、一足先にジルクがやってきたのだ。


(流石、魔境の王。魔女を従えながらも、部下を同等の立場で語らせるとは……なんと懐の深いお方だ)


 二人の様子を見て、ジルクは勝手に盛り上がっていた。

 (あるじ)に対するオルガノの言葉遣いや態度から、風通しの良さを感じている。


「面白い。良いではないか」


 オルガノの説得を遮って、リデューシャが声を上げた。


「相手は何人だ?」

「……4人と聞いている」

「ふむ。では、その者たちを伏魔殿へ招き、競い合っても貰おうではないか」


 リデューシャは、ほくそ笑みながら話を進める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさか、リデューシャも縁談に参加するつもりか?」


 乗り気な態度から、牧緒はそう察した。


「ん? 何故、妾が参加するのだ?」

「あ、あぁ、いや、そうだな……」


 牧緒は少し肩を落とした。

 リデューシャは他の候補者を蹴散らして、自分が妻になると躍り出る……なんてことになると思っていた。


「妾は縁談を取り仕切る側に立とう。あのガキんちょにもそう伝えておけ」


 そう言われて、オルガノは渋々承諾した。

 命令されることに苛立ちながらも、何も言わず顎を引く。


「さぁ、マキオ。指輪を受けっておけ。縁談を進めるぞ」

「……まぁ、リデューシャがそれでいいんなら、別にいいけど」


 牧緒は拗ねたように視線を外し、投げやりに縁談の話を受け入れた。


「安心いたしました! では、スウェン公爵閣下と調整いただいた通りの日程で進めさせていただきます」


 ジルクがチラリと視線を向けると、オルガノは小さく頷く。

 今後の予定についてもスウェン公爵と話が付いていることを確認できたジルクは、胸を撫で下ろして再度指輪を差し出した。

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