70話 選抜
一人目の花嫁候補――。
先日、王都に完成した総合施設の政務の間にて、ベイランは事のいきさつを話した。
それを聞くのは、魔境の王の下で働くことを申し出たメロリアであった。
「全て受け入れるのなら、今までの身勝手な行動は不問としよう」
メロリアの目的は変わっていない。
リラルカの複製体として、全知の王子クォーツの命に従って魔境へ潜入し『惡の特異点』に近づくこと。
だが、その心はどこにあるのか一個体のメロリアには決めきれない。
クォーツに情報を流すためか。それとも、アンリアに変わって牧緒を守るためか。
「ありがたいご提案です。マキオ様に選んでいただけるよう、全力で取り組みます」
メロリアは、成り行きに身を任せることにした。
花嫁候補となることは、目的達成の近道となる。断る理由は無かった。
「しかし、私でよろしかったのですか? マキオ様のためを思った行動ではありましたが――」
「もうよい。こうしてわざわざ戻ってきたんだ。君の言葉に嘘は無いと信じよう」
ベイランはメロリアの言葉を遮った。
裁判の後、メロリアはすぐにウオラ王国の王都へ戻った。
数日は再び軟禁されたが、花嫁選抜の件があってベイランに利用されることとなったのだ。
「魔境の王にとって、君は非常に繊細な存在だ。君の姉の命を奪ったのは私の父……。魔境の王は、当然そのことを許していない」
「承知しております。私は恨んでおりません。むしろ、殿下とマキオ様の良好な関係を維持するための橋渡し役になれればと存じております」
「……うむ、助かる」
ビシャブ王が見つかっていない以上、ベイランに取れる手は無い。
魔境の王の恩情に預かりながら、自身と王国に牙が向かないように祈るだけ。
だが、メロリアが上手くやれば活路も見えてくる。
ベイランはメロリアを信じているわけではない。信じざるを得ないのだ。
***
二人目の花嫁候補――。
場所はサリサルマ公国の国境沿い。
少し南に下れば、資源の豊富な未開拓の地が広がっている。
『渡り鳥の賛歌』の一行は、辺境貴族の屋敷に訪れていた。
豪華な貴賓室で、ふかふかの椅子に腰掛けて要人の登場を待っている。
「こういうのって、もっとこう、相応しい人たちがやるべきなんじゃないの?」
ラランは普段通りの冒険者の服装できたことを後悔している。
口から出てくるのは、他責の言葉ばかりだ。
「まぁ、一応プフトゥール王国の使者ってことになってるからね。それに、S級冒険者の肩書は信頼してもらえそうだし」
リジンは苦笑いを浮かべてラランを嗜めた。
シェルタ公国は『惡の特異点』との繋がりを表向きにはしていない。
プフトゥール王国のジルク主導で行われる見合いとなっている。
「辺境貴族ってのは武闘派だからなぁ。強ぇやつが前に出た方が話が進むだろうな」
ゾノンは頭を掻きながら納得した。
国防の要である辺境貴族は、軍才に長けた貴族が国境沿いの領主となることが多い。
「ま、身元も経歴もトーチさんお墨付きの相手だ。大丈夫でしょ」
リジンはそれほど深く考えていない。頼まれたことを粛々とこなすだけだ。
との時、貴賓室の扉が開いた。
「お待たせした」
現れたのは、ジュノス辺境伯。
だが、肝心の令嬢の姿が見当たらない。
「残念ながら、ルピスは不在でね。だが、できれば申し出を受けたいと思っている」
「おぉ、ありがとうございます!」
勢いよく立ち上がり、リジンは喜びを素直に声にした。
ルピスと呼ばれた花嫁候補の同意も既にあるのだろう。
「だが、いささか不安もある。『惡の特異点』との関係は、七ヶ国同盟と亀裂を生む。だが、協力的な者たちも多いと聞く」
”安楽椅子作戦”は密かに世界を動かし続けていた。
『惡の特異点』を排除したいからこそ、異世界へ渡る方法を各国が協力して模索している。
見方によっては、『惡の特異点』に与する形にも見えるだろう。
故に、ジュノス辺境伯は状況を好意的に受け止めていた。
いずれ大国となるであろう魔境と縁組を結ぶメリットは大きい。
「そのご不安を解消するためにお伺いしたと言っても過言ではありません!」
リジンは再び腰を下ろして拳に力を入れる。
その姿をラランは不安そうに見つめていた。
「これはご内聞にお願いしたいのですが、実は七ヶ国同盟の一国は既に魔境を支持しているのです」
「ほう。では、我々が敵視されることも無いと?」
「もちろんです! ジルク殿下の文をご覧になったかと思いますが、プフトゥール王国を通して既に手回しは済んでいます」
言葉を詰まらせることなく、リジンは次々に情報を開示する。
しかし、手回しの話を含め、未確定の情報を交えて事を円滑に進めようとしていた。
要するに、嘘をついている。
裏にスウェン公爵が居るのだから、後からどうとでもなるだろうと高をくくっているのだ。
その様は、さながら悪徳営業マンのようだった。
「――正確には、魔境は国ではありません。だから、サリサルマの公爵閣下に話を通す必要もないでしょう」
「くくく、なかなか大胆なことを言ってくれるじゃないか。気に入ったよ」
二人の話は徐々に盛り上がって行く。
あまりに口の回る姿を見て、ゾノンは眉を下げて呆れたような顔をした。
だが、心の奥底では強さを兼ね備えたしなやかなその性格に感服している。
「辺境伯閣下!」
突然、不躾な声が貴賓室に響き渡った。
扉を勢いよく開いた従者が、息を荒らげている。
「暴動です! 民衆たちが屋敷を取り囲んでおります!」
「何……? 一体何故だ。不満は与えていないはずだ」
「え、えぇ。目的は不明ですが、彼らは武力行使に出ております!」
「押されているのか? だとすれば、どれほどの数が……」
何故こんなことになったのか、状況を理解できる者は誰もいない。
だが、S級冒険者たちは冷静に立ち上がった。
「色々とご事情があるのでしょうが、今は安全第一! 俺たちが何とかしましょう」
リジンは魔法具のロープを掴み、胸を張って余裕を見せた。
***
三人目の花嫁候補――。
ジルクは自国へ戻った後、内陸に広がるサバンナへ足を踏み入れた。
乾いた土の上に複数のテントが張られているのが、遠くに見える。
ポルコルーダと呼ばれる民族の集落だ。
豊かな色彩のテントは不規則に、それでいて整然として並んでいる。
ポルコルーダは洗練された魔力を持ち、独自の魔法を多く生み出してきた。
掟を貴び、支配されることを許さない。
「問題は無いな?」
「はい、族長とも話は付いております」
ジルクは、集落の前に構えていた先遣隊の隊長と短い会話を交わした。
「……炎のタトゥーが族長のルーダリンです」
隊長は小声でジルクに伝えた。
こちらに向かってくるポルコルーダの一団の中で、一際歳を召した老人が目に入る。
「あの娘が例の……」
「はい、その通りです」
しかし、ジルクの視線は一人の女性に釘付けとなる。
褐色の肌に白いタトゥー。
切れ長の目に漆黒の瞳。
身に着けた民族衣装は、三つ編みに縫い込まれた生地が折り重なり、艶やかに光を反射している。
「わざわざ一国の王子がお越しとは……」
ルーダリンは、曲がった腰を押さえてゆっくりと話した。
「話を受けていただき、感謝します」
ジルクはそう言って、ルーダリンの細い手を握った。
「この子がミローナです」
紹介されたミローナは、目を伏せたまま一言も発しようとしない。
ただ静かに受け入れている。
ポルコルーダの掟では、18歳を迎えた最も美しい娘を外界へ放つことになっている。
強く地位のある人間を選び、婚姻させるのだ。
一方的に迫る婚姻が拒絶されることはほとんどない。
数が多く、魔術に長けたポルコルーダを敵に回したくないからだ。
何なら、ポルコルーダの後ろ盾が得られることはメリットとも言えるだろう。
「こちらが選ばれる立場というのは少々不服ではありますが……、この時代においてミローナに相応しい相手は魔境の王しかおりません」
ルーダリンは、平静のまま尊大に言い切った。
常に選択する側であることを当たり前にするだけの力と数。
だからこそ、ジルクはポルコルーダに話を持ち掛けた。
「これからの時代は、魔境が造り上げていくと考えています。もし、ミローナ様が選ばれたのなら、そのご不満は杞憂に終わると断言いたします」
ジルクは自信を口にし、全力でサポートすることを約束した。
***
四人目の花嫁候補――。
シューリ・ラ・フォーゼルク。
シェルタ公国で最も力を持つ貴族の一つである、侯爵家の次女。
縁談については摂政を通して裏で話しており、公にしない形でスウェン公爵と面会することが決まっていた。
事は滞りなく。そして、円満に終わろうとしていた。
しかし、招かざる客が全てを覆す。
「本当はもっと早く来られるはずだったのだけれど……時間を間違ってしまってごめんなさい」
ほんのりとくすんだ白いウェディングドレスを纏った女は、困ったように微笑んだ。
重なった死体の上に腰を下ろして、じっとりとスウェン公爵を見つめる。
「……ふィッ……はぁ、あぁぁ」
スウェン公爵は、涙を浮かべて声を漏らす。
息を吸っているのか吐いているのか、それすら自覚しないまま、蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
辺りは一面、血の海と化している。
招かれたシューリは真っ先に首を飛ばされて、残った体は細切れにされた。
摂政は潰れた状態で壁に貼り付き、兵士たちの胸には拳大の風穴が空いている。
「魔境の王との婚姻……こんな素敵なイベントに私を呼んでくださらないなんて、とっても悲しいわ」
女は楽しそうに淡々と語った。
「……な、何でそのことを……?」
スウェン公爵は意を決して言葉を紡ぐ。
普通の子供の胆力では、既に機嫌を損ねて殺されているだろう。
流石、一国を統べる者。覚悟は大人に劣らない。
「実際に見てきたからかしら」
顎に指をあてて、飄々と意味不明なことを言う。
この時点で、交渉は不可能だとスウェン公爵は悟った。
「先に花嫁候補を殺して、閣下に私を売り込むつもりだったのだけれど、間に合わなくって」
気味の悪い顔で、女はペロッと舌を出した。
「僕……わ、私は、決してお前を花嫁候補なんかにしない……!」
「そう、そうでしょう。やり方が良くなかったわ。どうすればよかったかしら?」
スウェン公爵は、硬く目を閉じた。
恐らく、助かる道はない。
何が起こったのか理解できない程に素早く、自身以外の人間が殺された。
救援が間に合っても、意味は無いだろう。
だから、精一杯の抵抗の証として取り合わないことを選択した。
「そうだ、この子に成り代わるのがいいわ!」
女は、血だまりからシューリの頭を掴んで持ち上げた。
「でも、どうしましょう。顔も似てないし、性格もきっと違う……。となると、脅して言うことを聞かせるしかないわね」
全てがぐちゃぐちゃになった後なのに、女はさも段取り立てて事を運ぼうとしているかのようだ。
スウェン公爵は、つい目を開いてしまった。
一体何がしたいのか、何をするつもりなのか、全く見当がつかず混乱してしまったからだ。
「あ……あぁ……」
目と鼻の先に女の姿が見えた。
迫る手の平が、スウェン公爵の頭を掴む。
「眠りなさい。次に目を覚ました時には、もっと良い明日が待ってるわ――私にとっての……だけれどね」
ゆっくりと五本の指が皮膚と肉を裂いて、頭蓋にめり込む。
「い、嫌だ……あぁぁぁ」
バツン、という音が響くと同時に、スウェン公爵の意識は無となった。
途端、転がっていた死体が人形劇のように踊り出す。
流れた血は空中に跳び上がり、渦を巻いて飛散する。
室内に差し込む日光が、影を喰らいながら移動した。
「全ては無に帰し、新たな道を指し示す――」
そう呟くと、女の体は灰のように消えて行く。
世界の時間は巻き戻り、誰も女の後を追うことはできない。
後を追うのは、常に彼女。
魂の片割れを探し続ける花嫁は、かつて世界を滅ぼしたことすら無かったことにした。
それでも人類は、彼女が≪終末級≫であることを知っている――。




