69話 花嫁
裁判の決着から幾ばくもなくして、秘密裏の集会が催された。
招かれた4名は、シェルタ公国のスウェン公爵が目を付けた者たち。
議題は、『惡の特異点』に与する者たちの今後について。
「――という縁があり、私たちはオルガノ様を通して信頼をより強固にし、裁判官の買収にも協力する運びとなったわけです」
その場に摂政は同席しておらず、ひたすらスウェン公爵が得意げに『惡の特異点』との関係性を話している。
参加者の一人であるベイランは、微笑みながら耳を傾ける。
しかし、内心では招集に応じたことを後悔していた。
スウェン公爵はあまりに幼い。
きっと我儘のままに、ごっこ遊びに付き合わされたのだと考えた。
(我が国は『惡の特異点』には逆らえない……。かといって、七ヶ国同盟の声を無視するわけにもいかない……)
ベイランは心の中で溜息をついた。
七ヶ国同盟の加盟国が『惡の特異点』と協力関係にある状況も理解しがたい。
その成り行きをスウェン公爵本人の口から聞いていても、ベイランはいまいちピンとこなかった。
「今日、皆様に集まってもらったのは、私たちが『惡の特異点』のためにできることを話し合いたかったからです」
スウェン公爵の語り口は、まるで馬鹿げた新興宗教のよう。
ベイランは、温くなった紅茶に口をつけながら他の参加者に目を移した。
(何故、プフトゥール王国の王子まで……?)
参加者の中で唯一、ベイランが顔を知る人物がジルクであった。
決闘に敗北したことで、裁判での訴えは棄却された。
『惡の特異点』を恨むことはあっても、その逆は無いはずだ。
「スウェン公爵陛下も、魔境の王に惚れ込んでおられるのですね」
ジルクの言葉は、嫌味でも皮肉でもない。
まるで自身が魔境の王に全幅の信頼を置いているかのように穏やかであった。
「まぁ、私が心酔しているのは魔女様ですが……。しかし、その魔女様が身を捧げる程のお方。そういう意味では、私もあなたと同じ思いです」
そう言って、スウェン公爵は満面の笑みを浮かべ、態度だけは子供らしく振舞った。
「魔境の王は支配しない。彼が望むのは統率の道。世界に普遍的な秩序をもたらせるのは、魔境の王以外にないでしょう」
うんうんと頷きながら、ジルクは口にした自身の考えに納得する。
彼の中で牧緒の存在は世界の脅威ではなく、むしろ世界を救う救世主のように昇華されていた。
「賛美はそれぐらいにして、本題を進めませんか?」
参加者の一人、トーチが割って入った。
「まさか、清廉潔白な裁判官であるあなたが招集に応じてくださるとは思っていませんでした」
トーチの意は無視され、スウェン公爵は彼女を紹介するように声を掛けた。
『惡の特異点』は世界の敵。それはほとんどの国の共通認識だろう。
中立を重んじる裁判官が、世界の敵を崇拝する集まりに参加したのだ。
「……恐らく、私には彼らの行く末を見守る義務があると思うので」
『彼ら』とは、牧緒とレトロのこと。
世界を牽引できるであろう二人の人物。トーチは、彼らの本音を知っている。
彼らの衝突が避けられないであろうことも。
だからこそ、少しでも身近で彼らを見届けられる場所に身を置きたかった。
「なるほど。それは、裁判官故の正義感……ということですかね?」
スウェン公爵は、好き勝手に真意を推察して受け入れた。
『彼ら』というのも、『惡の特異点』を指したものと認識している。
「俺も魔境の王はいい人だと思ってますよ!」
次は自分の番だと言わんばかりに、『渡り鳥の賛歌』のリーダーのリジンが声を上げた。
「きっと、その言葉に最も説得力を持たせられるのはあなたでしょうね」
それが、スウェン公爵の所見。
公正な決闘を行ったジルクとは異なり、自ら魔境に攻め込んで一戦交えた人物。
その上で、五体満足で帰還した。魔境の王が邪悪であれば、あり得ないことだ。
「さて、本題に戻りましょう。ジルク殿下が語ってくれたように、『惡の特異点』延いては魔境は無くてはならないものになったと考えています」
抑止力という点においても、『惡の特異点』は有用である。
特に、会話が可能な牧緒の存在は大きい。
ほとんどの≪終末級≫が忌避される理由は、凶悪な強さだけではない。
強い故に、感性が異常であるためだ。つまり、話が通じない。
埒外の常識を持った≪終末級≫と協力するのは非常に難しく、リスクが高い。
だが、魔境への強襲と裁判で見せた牧緒の態度と動向は、どちらかと言えば外交向きであった。
「しかし、魔境の王にも寿命はあります。彼なくしては、魔女様をはじめとする≪終末級≫と協力関係を維持するのは難しいでしょう」
「あれ? 確か魔境の王は吸血鬼なんですよね?」
リジンが疑問を投げかけた。
吸血鬼に寿命は無い。呪詛や魔法などではなく、生物としての特性だ。
「……申し訳ない。あれは私が発端となって広がった噂。事実ではないのです」
視線を落として、ジルクが釈明した。
決闘後の聞き取り調査――何故、ジルクは突然負けを宣言したのか。
不正の有無を確認するために、何があったのかは包み隠さず話している。
その内容が、噂として広まったのだ。
続けて、スウェン公爵が説明する。
「吸血鬼は、”聖域”には足を踏み入れられないらしいのです。”聖域”内のヴァーリア監獄に収監されていた魔境の王は、吸血鬼ではありません」
「そのことは、全てが終わった後に知ったのです」
ジルクは自身を責め、意気消沈している。
「決闘で私を生かすため、魔境の王は嘘をつかれた。そのお心遣いが、巡り巡って吸血鬼などという不敬極まりない噂となってしまったのです」
牧緒が吸血鬼に類似した特殊な能力を持っている人間である可能性も捨てきれない。
だが、ジルクは勘違いしている。『霊長教会』の圧力を察した牧緒が、ジルクを助けるためについた優しい嘘だと。
「ともかく、私は未来永劫に魔境の王の意思を受け継ぐ者が必要だと考えています」
閑話休題。スウェン公爵は考えを述べた。
「……と、言いますと?」
全く会話に参加できていなかったベイランが、ここぞとばかりに問うた。
「私たちが、魔境の王の花嫁を用意してはみませんか?」
スウェン公爵の提案に、一同は言葉を失った。
余計なお世話としか言いようがない。
自国の姫との縁組を打診することはあるだろう。
しかし、スウェン公爵に子供がいるわけも無く、政略結婚を考えるのはまだ早い。
幼い発想からくる荒唐無稽な提案としか思えない。
「よく考えてください。このまま順当にいけば、魔境の王は誰と子を成すと思いますか?」
静寂を切り裂いて、スウェン公爵は力強く言った。
「魔女様に違いないではないですか」
それを聞いて、ベイランは口を開く。
「それに、何の問題があるのでしょうか?」
「魔女様はかつて、強欲の魔女と呼ばれていました――」
(今は違うのか……?)
月の魔女の異名を知らないベイランは、話の核心とは異なる部分で疑問が生じる。
「そんな魔女様の血を受け継いだご子息は、さぞ強欲に違いありません! それでは、再び世界の脅威となる可能性もあります」
そして、スウェン公爵は結論付ける。
「私たちが世界の行く末を制御するために、魔境の王のお気に召す花嫁を引き合わせるのです。野心家でありながら、身分の証明された由緒正しき淑女を」
理屈はこうだ。
魔境内での婚姻を避け、他国との結び付きを作る。
花嫁の性格や立場を適切に厳選すれば、いずれ生まれてくる子供の性格の傾向すら決定できる。
人類の未来を守るために、世界規模のお見合いを執り行おうとしているのだ。
「そのお若さで、何と言う慧眼。敬服いたします」
本音か建て前か、ジルクは頭を下げて言葉を紡いだ。
「感心はできませんが、まともな世継ぎを求めたい気持ちは分からなくもありません。何せ、≪終末級≫を指揮する者になるわけですから」
トーチは唸りながら述べた。
「俺にできることあるかなぁ」
ぼそりとリジンが呟く。
S級冒険者とはいえ、立場的にはできることが限られている。
まさか、友達を紹介するわけにもいかない。
「大丈夫。すぐに結論を出す必要はありません。じっくり話し合っていきましょう」
スウェン公爵は、自身の考えが概ね受け入れられたことに満足していた。
暫く話し合いは続き、各々が協力して花嫁候補を探し出すこととなった――。
皆が解散するのを一人待っていたベイランが、スウェン公爵に声を掛ける。
「公爵閣下。私は、最も花嫁に相応しい者を知っています」
「そうですか。しかし、それは魔境の王が決めること」
「身分や気立ての良さという話ではありません。魔境の王に深く関わる者……そして、完全に我々の支配下に置ける者です」
「では、その者を花嫁候補に挙げてください」
「……代わりというわけではないのですが、少しお願いが」
ベイランは拳を強く握った。
一国の代表とはいえ、こんな幼い子供に自国の未来を託そうとしている自分に嫌気がさしたからだ。
なりふり構っている場合ではないことも分かっている。
「我が父、ビシャブ王を解放していただくよう、七ヶ国同盟に掛け合っていただけないでしょうか?」
「残念ながら、ビシャブ陛下は逃げ出したと聞いています。今、どこにいるかは分かりません」
「では、捜索に人員と人脈をお貸しいただけないでしょうか? 父の証言が、『惡の特異点』の心証を悪くしている一因でもあります。それを払拭するためにも、今一度本人の言が必要なのです」
「なる……ほど。分かりました。検討しましょう。3日以内に方針を固めます」
「ありがとうございます」
もはや、父の身など案じていない。
生きているのか死んでいるのか。それだけでも分かれば、立ち回り方を決められる。
どちらにしても、ビシャブ王を犠牲にして国を守るつもりだ。
「花嫁を探すご提案、まことに卓見でございました」
事を思い通りに運ぶため、ジルクを真似して媚びを売る。
それを聞いて、スウェン公爵はますます満足そうな顔をした。
「では、失礼いたします」
ベイランが部屋を立ち去ったことを確認してから、スウェン公爵は本音を漏らす。
「本当は魔女様と結ばれてほしくないから提案したことだけれど……上手く誤魔化せたみたいで良かった。ふふふ」
人類の未来など見据えていない。
「魔女様は不老。いずれ僕も魔女様に相応しい男へ成長する。その時は……」
見据えているのは、自身の恋が成就する未来だった。




