表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/68

68話 異世界召喚:Epilogue

 とある国の境。

 林の中に点在する空隙に、短草を焼いた魔法陣が描かれている。

 青い長髪を巻いたうら若き乙女の喉から、男のような濁った太い声が発せられた。


「宵闇を彷徨う胡乱の使者よ、肉体無き魂に集え――(こいねが)うは、(いくさ)稀人(まれびと)


 何もない空間から、しゅるしゅると包帯のようなものが揺れながら溢れ始める。

 それは根元から赤く染まり、血肉と化す。

 次第に色は淡くなり、黒い毛が舞う。

 

 肌を覆うのは、絢爛な直垂(ひたたれ)に甲冑無き陣羽織。

 そして、腰に差された一本の刀。


「ここは、どこだ?」


 成されたのは、異世界召喚。

 呼び出されたのは、一人の侍。

 第一声は、戸惑いの声。

 だが、その視線は泳がない。


「君が大体1万人目だ。もう、まともに数えていないがね……」


 召喚者は、侍に向けて言った。

 その言葉の意味は通じていない。

 しかし、言葉そのものは通じている。


「置かれた状況を知りたければ、あの男を殺して見ろ」


 日本語で、侍は指示される。

 召喚者が視線を向けた先には、斧を持った大男が立っていた。


「女子供に指図される謂れはねぇが……おのれがやりてぇんなら、やぶさかじゃねぇ」


 侍は刀を抜いて、上半身だけを捻って斧の男に向いた。


「俺は八景(やかげ)だ。やるなら名乗れ。」


 八景の言葉は通じない。

 

「今日はてめぇで10人目だ。これで金貨100枚は、ぼろい仕事だぜ」

「何弁だ? 聞き取れねぇよ」


 互いに、別の世界の言語をありのままに口にする。

 伝わらないことを承知で、男は小馬鹿にしながら無策に八景へ近づいた。

 男が斧を振り上げると、奇妙なことが起こる。

 見下ろしていたはずの八景が消えた。

 両手で掴んだ斧の柄が、視線を遮った一瞬の出来事。

 

 八景はすり足で距離を詰め、男の脇腹から逆袈裟斬りを試みた。

 しかし、まるで刃が通らない。


「……鎖帷子かぁ? いや、これは肉の感触だ」


 八景はポカンとして、弾かれた刀を眺める。


「はんっ! 速ぇだけかよ、ビビらせやがって!」


 男は力いっぱい斧を振り下ろした。

 八景は刀を背中に当てて踵を上げる。

 冷たい川に足を付けて、子供がピョンと飛び跳ねたような滑稽な動き。

 だが、最小限にして最速の回避行動。

 透かさず、八景は肩を捻って小手を取る。


「これも駄目か」


 相変わらず、刀は通らない。

 確かに、むき出しの手首に刃を当てた。

 それなのに、男は鉄のように意に介さない。


「避けてんじゃ、ねぇぞ!」


 男は芸の無い動きで再び斧を振り下ろす。

 八景は、それをひらりと躱した。

 一度目と異なるのは、魔法が行使された点だ。


「のほぉ! おのれは奇術師かぁ!?」


 斧が振り下ろされた衝撃で、地面が弛んで大きく上下する。

 八景の体は、トランポリンの要領で宙に投げ出された。


「これで避けられねぇだろ!」


 逆さの状態の八景に、斧が真横に振り抜かれる。


「よっほぉ!」


 八景は膝を曲げ、踵を斧の平に叩きつけた。

 そのまま、それを支えに体を起こして縦に回転する。

 柔軟で、羽のように軽い動き。

 それは常人を遥かに逸した身のこなし。


 今だ足は地面に付かず。

 その状態で、刀の切っ先は男の眼球を狙う。


「いでぇっ!」


 ようやく男はたじろいだ。

 それでも、眼球を潰すことすら叶わない。

 強い衝撃を与えたに過ぎなかった。


「竿竹で戦ってもこうはならん。おのれは、まるで仙人だ。気……というやつか?」


 八景は魔力を有していなかった。

 魔力を纏うものは、同じく魔力を以てしか破壊できない。

 男は普段通り身体を魔力で強化している。

 ただそれだけで、八景にとっては鉄の塊。


「そうか、気……気、気か。ならば目ん玉は駄目か」


 八景は何か付け入る隙を見つけたかのように、ボソボソと呟きながら男の周囲を回るように歩く。


「鬱陶しい奴め……!」


 男は全力で斧を振り回す。

 どうせ、八景の攻撃は効かない。

 恐れる必要が無いのなら、そこに技術も魔法も必要ない。

 ただ、一度でも刃が触れさえすれば、その肉体は粉砕されるのだから。


「見える見える。おのれのやりたいこと、やることが手に取るように分かるぞ」


 八景は歯茎を見せて、男の神経を逆撫でする。

 恐怖を微塵も感じていないのか、全て寸前で踊るように避けて見せた。

 そして、僅かな隙をついて刀が男の喉を叩く。

 

「ぐっ」


 少しだけ苦しそうな声を漏らすも、やはり刃は通らない。

 だが、それは首の話。

 八景は直垂(ひたたれ)に隠した脇差を抜いた。

 その切っ先は、男の肋骨の隙間を縫って突き刺さる。

 

「さぁさ、仙人様よ。心の臓を突かれても立ってられるかぁ?」

「が……なん、で……」


 男は簡単に事切れた。


 何故、魔力の無い脇差が通ったのか。

 八景は、魔力の隙を直感で探し当てたのだ。

 男は魔法のバリアを纏っているわけではない。

 それは、魔力による身体強化に過ぎない。

 魔力を変幻自在に操れる人間はただ一人。

 優れた実力者であっても、意識的に魔力を偏らせられる程度だ。

 つまり、そこには必ず隙が存在する。

 意識の向きやすい所には、自然と魔力が溜まる。

 眼球のようなむき出しの弱点は尚更だ。

 

 存在を知られていない脇差。

 肉と骨で守られた、意識の向きにくい心臓。

 体のどこかに生じる隙間に刀を差し込むことさえできれば、必殺は完遂される。

 意識の隙を突くことこそが、八景に残された唯一の勝機なのだ。

 

「同じ世界でも、時代が異なるとこうまで違うか」


 誰と比べているのか、召喚者は手を叩きながら言った。


「おのれは誰だ?」

「私はデルバ。()()魔術師のデルバだ」

「女の体で男のような声……気味が悪ぃな」

「人の身体的特徴を悪く言うものではないよ。まぁ、君にこの世界の常識は通用しないか」


 デルバは肩をすくめた。


「この世界で日本語が通じるのは私だけだ。君を唯一救える人間だと考えてくれていい」

「誰も助けてくれとは言ってねぇ。言ってはねぇが……おのれが助けたいと言うなら、やぶさかじゃねぇ」


 この世界に、日本語を話せる者は他にもいる。

 だが、それを正確に伝える意味は無い。

 デルバは、八景を自身の護衛に据えようとしている。


「それで、俺たちを囲んでる奴らは敵か?」


 八景は鼻の穴を広げながら溜息をついて聞いた。


「囲む……?」


 デルバすら気付いていない不届き者。

 一人が、ゆっくりと林の陰から現れる。


「その者も、魔力を持たないのですか?」

「なんだ、アンリア君か。久しぶりだね」

「アンリアは死にました。私は――」

「いい、いいよ。君の存在はややこしい。私は誰であってもアンリアと呼ばせてもらう」

 

 デルバが初めて接触した複製体の一人。

 それがアンリアだ。


「君の質問に答えよう。どうやら、開いた門は常に同じ場所に繋がっているようでね。ハチノキ・マキオと同じ世界からしか召喚できないというわけだ」


 当然、魔力の存在しない世界の住人が、魔力を有しているわけも無い。


「だが、今回は別の時代の者を用意した。戦力として多少の足しになる。いずれ魔力を移植する方法が見つかれば、彼の原型魔法は猛威を振るうだろう」

「彼……とは、その男のことですか?」


 複製体の視線は、退屈そうに欠伸をする八景に向けられた。


「そうだ。しかし、ハチノキ・マキオも同じくだよ」


 デルバは、楽しそうにその場で一回転した。


「まさか、一人目でここまで上手く世界をかき乱せるとは思わなかった。ハチノキ・マキオを支えたアンリア君には、感謝に堪えないよ」

「感謝は必要ありません。アンリアはただの観測者に過ぎませんから」

「アンリアは君だ。私は君に感謝しているんだよ」

「……私はアンリアとは別人です。だから、あなたの仲間でもない」


 デルバの協力者はアンリアであり、その他の複製体は記憶を共有する別人でしかない。

 しかし、記憶と感情の清算がそれほど簡単ではないことをデルバは知っている。


「少しだけでいい。君の本音を語ってはくれないか? 私は、今でもアンリア君を仲間だと思っているんだ」


 複製体は、伏し目がちに息を整えた。


「私は、多くの()()を失いました。ある日突然、共有していたはずの記憶が途絶える。それはまるで、ページをめくったら白紙だったかのようで……物語から取り残された気分になります」


 淡々と語られる想いに、デルバは耳を傾ける。


「アンリアの記憶には、愛が感じられた。そんな気がしています」

「ならば、私とアンリアがやり遂げようとしていたことを……再び共に成そうじゃないか」


 デルバは手を差し出した。

 だが、それが握られることは無い。


「アンリアは、きっとマキオ様を愛していた。もし、やり遂げる必要があるのだとすれば、その愛を成就させること」

「……さては君、私に言及される前からそう決めていたね?」

「えぇ。デルバ様には申し訳ありませんが、私はあなたからマキオ様をお守りします」


 デルバとアンリアの思惑が何だったのか、それは明らかではない。

 しかし、アンリアの意思を継いだ複製体の総意は、デルバの都合に適しなかった。


「なら、私に構っている場合ではないな」


 丸まった背中を向けて、眉を下げたデルバは忠告する。


「何故だか知らないが、巷では魔境の王が吸血鬼なのではないかと噂されている。これが世界中に広まれば、あの一族が黙っているわけがない」

「腐爛の吸血鬼……」

「そうだ。それに、君の仕える全知の王子も、いつかは魔境の王の敵となるのだろう?」

「それは……」

「私にもやることがある。ここで失礼するよ」


 デルバは、八景の肩をポンと叩いて去って行く。


「魔力を持たない男一人護衛に据えて、何ができるというのですか?」

「いずれ分かるさ。その時は、吟遊詩人のデルバとして語ってあげよう」


 牧緒を中心に、世界は混沌に沈んでいく。

 そうなる前に彼が元の世界へ戻るためには、あまりにも多くの謎が立ちはだかる。

 その謎が何なのかすら、牧緒はまだ何も知らない――。

3章完結です。

こんな拙い小説をここまで読んでくださり、ありがとうございます。

作品を気に入ってくださった方や、続きを期待してくださる方は、

是非ともブックマークや評価、リアクションなどで応援していただけると大変励みになります。


また、繁忙期で執筆の時間を確保できておらず書き溜めも無いため、4章以降は少し遅れます。

GW明けの再開を目指しております。

その頃になっても、この作品の存在を覚えてくれている方がいてくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ