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66話 決闘

「被告……いえ、ここでは挑戦者と呼ばせていただきましょう! プフトゥール王国の第一王子、ジルク・ローマン・プフトゥール!」


 進行役は、もはや実況者と言って良いほど声を爆発的に張り上げて煽り立てる。

 上がる歓声に手を振って答えるジルクに、笑顔は無い。


「対して、魔王の魂を防衛するのは『惡の特異点』の盟主にして魔境の王、ハチノキ・マキオ!」


 高ぶる紹介は、恐れることなく敬称を省く。

 牧緒は毅然とした態度で前方だけ見据えて、王たる風格を匂わせた。

 決して……、決して緊張しているわけではない。


「合計して自重を越えない武器は、魔法具を含めて持ち込みが許可されています」


 止まない歓声に埋もれない進行役の声が、粛々とルールを説明する。


 制限時間は無し。

 常に一対一が保たれ、召喚獣の使用や外部の干渉が確認された場合は即失格となる。

 敗北の宣言、または死を以って勝敗が決する。

 発声が難しい場合は、両膝を付いた状態で両の手の平を晒すことで敗北と見做す。

 上空を含め、定められた範囲から1分以上逸脱した場合も敗北と見做す。

 

「鐘の音を開戦の合図とします!」


 進行役の背後には、人が抱えられる程度の大きさの鐘。

 その上部には小さなハンドルが付いている。

 それを握り、焦らしながら歓声が鎮まるのを待った。


「ジルク……お前の命が、民の平穏に繋がる。どうか、許してくれ」


 我が子を犠牲にする選択を今更ながらに悔い始めたプフトゥール王国の国王は、静かに涙を流す。

 彼は、ジルクの死を確信していた。

 

「君を助けられる者は誰もいない。勝ち目の無い相手にどう戦う?」


 観客席の隅で、レトロは立ち見をしながら楽しそうに呟く。

 彼は、牧緒の敗北を確信していた。


「正直、アタシもマキオ君がどうやって勝つつもりなのか分かんないんだよね……」

「わたくしにも皆目見当がつきません。でも、不可能を可能にしてきたのがマキオ様です」


 キュラハとユレナは漠然とした不安を抱えながらも、目を逸らさない。

 彼女たちは、牧緒の勝利を願っている。


(やっぱり、パッチが生き物だとは気づかれてないみたいだな)


 牧緒の左手は、パッチを纏っている。

 パッチはバルバラの原型魔法が生み出した生命。

 本来なら、一対一のルールに抵触する。

 だが、傍から見れば炎そのもの。

 魔法で生み出したのであろうとしか思われない。


 パッチは、体を揺らしながらパチパチと普段より大きな音を鳴らす。

 何を言っているかは分からないが、やる気に満ちていることを牧緒は理解した。


「作戦通りに頼むぞ」


 ぼそりとパッチに声を掛ける。

 その関係はペットと主人ではない。

 命懸けの戦いに挑む戦友。

 極限の状況が、一晩で二人の関係をより高い位置まで押し上げたのだ。


「開戦っ――!」


 進行役の一声と共に、遂に鐘が鳴らされる。

 少し高い、耳に残る音が長く響く。

 その音に紛れて、誰もが意識を遅らせる。

 鐘の金属が触れた瞬間、既に先手は打たれていた。


「なっ――」


 牧緒本人すら、何をされたのか理解するのに時間を要する。

 痛みがいつもよりゆっくりと届く錯覚。

 それほどに、初手は早かった。


 光の魔法による光線。

 威力の向上を捨てた無詠唱による速攻。

 それは牧緒の左肩を貫いた。

 

(通った……!)


 防ぐ間も、避ける暇も与えない。

 ジルクは破裂しそうなほど大きく鼓動する心臓の音に頭をくらませながらも、魔境の王に一撃を入れたことに興奮する。


「――想定通りだ」


 牧緒はほくそ笑んだ。

 左肩を貫かれ、腕が思うように上がらない。

 恐らく、左手のパッチを警戒してのことだろう。

 つまり、狙いは的確。逸れたわけではない。

 ならば、心臓や頭部といった急所を狙えば良かったはず。

 牧緒の立てた仮説から想定されること――それは殺意の有無。

 ジルクは牧緒を殺す気が無い。

 それが、初手から読み取れる可能性。


「向かってくるのか」


 ジルクは思わず声を上げた。

 牧緒が平然とした顔で、真っすぐ歩いてくるからだ。

 午後の陽気に庭園を散歩する貴族の如く、優雅にマントを揺らしている。

 遠距離魔法による反撃があると想定していたジルクは、その様子に僅かにたじろいだ。

 だが、すぐに体制を整えて再び指の先から光の魔法を放つ。

 キィィンという高音をその場に残して、光線は牧緒の右腿を抉った。


「これは……どういうことだ?」


 ジルクの驚愕はもっともだ。

 牧緒は貫かれたはずの右足を踏み込み、血飛沫を散らす。

 その表情が歪むことは無い。

 まるで何もなかったかのように、歩みは止まらない。


(付け焼き刃の修行が効いたな。感情を全部飲み込める……!)


 牧緒は昨晩の拷問に等しい修行を思い出す。

 食いしばった歯が割れる程の痛みを受けて尚、声を殺した。

 今では、全身の筋肉をリラックスさせた上、冷や汗一つ流さない。

 全ては、相手に畏怖を与えるため。


「何故だ……」


 思惑通り、ジルクの思考はまとまらない。

 何故、防ごうとしないのか。

 何故、避けようとしないのか。

 何故、傷を癒そうとしないのか。

 何故、反撃しようとしないのか。

 全てが腑に落ちない。

 まさか、魔境の王に魔力が無いというのは本当だったのか。

 ジルクの脳裏にそんな噂が過るが、眼前の王は何食わぬ顔で向かってくる。

 そんな者が、弱いはずがない。


「そんなに近づきたいのなら、遠ざけるまで!」


 ジルクは顔の前で拳を握り、薬指の指輪を天に向ける。


「非業の流水よ。憐憫を泡とせよ――!」


 唱えると、ジルクの背後から生き物のように蠢く何かが溢れ出す。

 それは大量の水。魔力を水に変換する魔法によって生み出されたものだ。

 魔力の操作はできずとも、魔法の指向は操作できる。

 荒波は、アリーナの半分を埋め尽くしながら牧緒を襲う。


「うぐっ!」


 成すすべなく、牧緒は波にのまれてアリーナの端に追いやられた。

 その身が流れるままに、壁に背中を打ち付ける。

 岩礁にぶち当たった波のように、水はせり上がった。


(炎が消えていない……!)

 

 刹那の間に、ジルクは状況を漏らさず観測する。

 懸念の一つは、牧緒の左手の炎。

 火の魔法の相反魔法である水の魔法をぶつけながらも、淡い光を照らしている。


 パッチは生物。

 酸素を糧に燃える炎とは、根本的に性質が異なる。

 物質ではないが、肉体という概念を持っている。

 酸素が途絶えても、即座に肉体が消滅することは無い。

 人間と同じように、呼吸を止めていられる間は死にはしない。

 だが、そんな非常識な存在であることなど、少ない情報から暴き出すことは不可能。

 ジルクは、その炎が膨大な魔力によって維持され続けているものと考えた。


「これをどう避ける?」


 いたって冷静に、ジルクは次の手を取る。

 腰に掛けた剣を抜き、流れる水に切っ先を付けた。


「魔剣ヴィーナス」


 その刀身は、水に溶ける。

 波紋のように広がり、揺蕩う波の花は全て刃と化す。

 急流の如く迫る無数の斬撃が、波が打ち付けた壁をブロック状に斬り刻んだ。


 観客の悲鳴が響く。

 壁が崩れる衝撃と、波の引く勢いで牧緒の体はむしろジルクの方へ転がった。


「……やるな」


 牧緒は、気道に入った水を無様に吐き出すこともなく、静かに敵を称賛する。

 体をゆっくりと起こして、水を吸って重くなったマントをその場に脱ぎ捨てた。

 複数個所に裂傷が確認できる。それでも、斬撃は直撃していない。

 水に浸かっている以上、絶対に避けられない斬撃のはずだ。


 魔境の王を殺せない誓約が、ジルクを苦しめる。

 できることは、相手を威嚇することだけ。

 与えた傷で膝を付かせることができればいいのだが、牧緒には通用していない。


 牧緒は、赤く滲んだ水を滴らしながら歩く。

 そしてようやく、互いの間合いが触れた。

 

 一切の反撃が無いことに困惑しながらも、ジルクは一旦様子を見ることに徹する。


「まさか、握った剣を振らないつもりか?」


 牧緒は、濡れた髪をかきあげて挑発した。


「あなたが望むのなら……受けて立とう!」


 ジルクは魔剣ヴィーナスを強く握る。

 現状、戦況はジルクの優勢。

 魔境の王に負けを認めさせることも叶うかもしれない。

 そんな一縷の希望が、ジルクの眼光を鋭くさせる。


 牧緒は右手で腰の剣を掴んだ。

 名高い剣でもなければ、魔法具ですらない。

 ホテルの一室に装飾用として飾ってあったものだ。


 二人は、牽制しながら(せい)の時間に神経を尖らせる。


 先に動いたのは、ジルクだった。

 だが、そう思わせない程の速度で牧緒も剣を抜く。


(狙いは小手か!)


 ジルクはそう察して、咄嗟に手首を捻る。

 そして、二人の剣は根元で噛み合った。


 牧緒の本当の狙いは奪刀。

 受けた相手の剣を絡めとり、弾き飛ばす。

 力で敵わないのなら、技術で翻弄するしかない。

 だが、その考えは甘かった。


「だあああ!」


 ジルクは力任せに剣を振り抜いた。

 ただそれだけで、牧緒の手から剣は弾け飛んで壁に突き刺さる。

 魔力の無い牧緒が、魔力で強化された人間の手から剣を奪うなど不可能。

 それは、迫るトラックをバットで打ち抜いてホームランを決めるに等しい無謀だった。


「――っ」


 ジルクの瞳に、オレンジ色の光が映る。

 無造作に剣を振り抜いたことで体勢は大きく崩れ、隙が生まれる。


 牧緒は剣を弾かれる衝撃に合わせて、体を振った。

 遠心力のままに、左手でジルクの顔面に食らいつく。


 寸前の所で、魔剣ヴィーナスの切っ先が地面に触れた。

 砂の色を変えた水に、刀身が溶け込む。

 突如として地面から付き上がった水の斬撃が、牧緒の左腕を両断した。


(斬れた……こんなに簡単に……)


 極致に至って尚、魔境の王の体は脆いまま。

 魔力で強化していれば、肉体は刃を受け止められたはず。

 不気味に感じながらも、ジルクは勢いのまま宙に吹き飛んだ左腕へ視線を移した。


「炎が……」


 そこに、警戒し続けてきた炎の光は無い。

 それは既に、牧緒の右手に移っていた。

 バスケットボールでいうところの、クロスオーバーの要領だ。


 もはや、それを避けることはできない。

 そんなことを考える余裕も無く、咄嗟にジルクは剣を振る。


 刃は緩やかに牧緒の右腹部を通った。

 同時に、牧緒の右手がジルクの頬を弾いた音が鳴る。


「ごふぅっ」


 牧緒は血を吐き出した。

 よろめきながら後退り、先ほどまでより激しく燃える右手で脇腹の傷を抑える。

 肉の焦げる臭いが広がる代わりに、焼けた傷が癒着して内臓の露出と出血を防ぐ。


「魔境の王よ……。負けを認めて欲しい。あなたに勝ち目はない」


 ジルクは困惑しながらも、懇願する。

 勝ち目が無いと思っていた魔境の王を、結果的に圧倒している。

 一歩間違えれば、殺してしまっていた。

 既に魔境の王は満身創痍。

 その命が尽きる前に、負けを認めさせたい。

 決闘が終われば、治療ができる。

 生き永らえて初めて、ジルクは役割を果たせるのだ。


「……違うな。負けを認めるのはお前の方だ。ジルク殿下……」


 牧緒は、憐れみの目を向けて言った。


「何を……うっ、あぁ、ああああ!」


 途端、ジルクは苦しみ出す。

 剣を放り出し、自身の首筋を掴んだかと思えば、脳を掻き回すつもりかと思う程に指を耳の中に突っ込んだ。

 目をむき出しにして、ガクリと膝を付く。


「私の……体に……何をっ! 何をしたっ!?」

「俺の血を浴びただろう。それが、お前の中で蠢いているんだ。いずれ、意識すら乗っ取られる」

「ば、馬鹿な……っ! そんな、吸血鬼のようなことが……」


 吸血鬼と同じ特性であるとすれば、それは魔法ではない。

 ならば、相反魔法で相殺することすら叶わない。


 ジルクは喉元を掻きむしりながら天を仰いだ。

 眼球の裏側、脳みそと頭蓋の隙間、全身の皮膚の下を何かが這いまわる感覚が止まらない。

 内側から熱が生じ、強い痒みを誘発する。

 触れることすらできない違和感が、ジルクを狂わせた。


 その正体は、決して牧緒の血液などではない。

 今、ジルクの体内を走り回っているのは、パッチである。


 最後に牧緒がジルクの顔面を弾いた時、右手に纏っていたパッチを口から体内に侵入させた。

 気体でありながら生き物であるパッチは、自在に体の隙間という隙間を縫いながら移動する。

 火傷すら引き起こせない温い炎であっても、得も言われぬ不快感を与えることができる。


 牧緒は、袖に発火装置を隠していた。

 それは家事に使うための汎用魔法。

 魔石が施された、所謂ライターのようなもの。

 だが、出力を誤れば激しく燃え上がって事故も起こる。

 それを利用して、牧緒は右手を燃やしてパッチの不在を隠したのだ。

 当然、右手は重度の火傷を負う。

 その痛みにすら、牧緒は耐えきった。


「俺は真っ先にお前の国を奪う。お前の体を操って、自然に魔境に組み込ませよう」

「や、やめろ……やめてくれ……」

「だが、それは俺も望んでいない。だから、負けを認めれば治してやる」

「それを……信じろと言うのか……」

「よく考えろ。このまま肉体を乗っ取れば、殺すことも負けを認めさせることもできるんだ。交渉に嘘があるなら、お前と話す理由は無い」


 牧緒は余裕を見せながら悠然と交渉する。

 しかし、血を流し過ぎた所為で、顔は血色を失っていく。

 瞼も下がり、今にも気を失いそうだ。


「わ……たし……は」


 ジルクは決断できない。

 ここで負けを認めれば、『霊長教会』の思惑に反してしまう。

 結果、握られた弱みで国は崩壊し、民は拠り所を失う。

 ここで意地を張れば、魔境の王に体を乗っ取られてしまう。

 結果、国は魔境に取り込まれ、民は自由を失う。


「お前は、この俺をここまで苦しめたんだ。十分な健闘だ。恥じらうことは無い」


 牧緒は後押しの言葉を送る。

 それを聞いて、ジルクは狂った頭で良いように解釈した。

 今まで攻撃を避けも防ぎもしなかったのは、自分に花を持たせるためだったのだと。

 それこそが、最も平和的な解決であると判断し、魔境の王は自ら傷を負ったのだと。


「もしも、他に理由があるのなら話を聞こう。俺……、私が救ってやる」


 魔境の王の言葉は、今のジルクにとって唯一縋れるもの。

 砂漠の中のオアシスだ。

 

 ジルクは、ゆっくりと立ち上がって拳を振り上げた。

 体中の不快感に吐き気を催しながらも、声を張り上げる。


「私の負けだ!」


 同時に、砂粒が踊る程の歓声が轟いた。


「なんと! 終始圧倒されていたはずの魔境の王が勝利を収めました! 一体何が……何が起こったんだぁああああ!」


 進行役の興奮が響く中、牧緒はジルクに近づく。


「しゃがんで口を開けろ」


 ジルクは、若干痙攣しながら牧緒の言う通りにする。

 おもむろに右手の指を口に突っ込んだ。

 ジュッ、と舌が焼ける。


「もう大丈夫だ」


 それは一瞬だった。

 ジルクの口から、パッチは牧緒の右手に戻る。

 同時に、本物の炎はパッチがペロリと平らげた。


「助けて欲しければ、いつでもこい」


 そう言って、牧緒は背を向ける。

 流石にふらつきを誤魔化すことはできない。

 ゆっくりと一歩ずつ進み、再び開かれた格子の向こうへ姿を消す。


 取り残されたジルクは、尻餅をついて息を吐いた。


「結局、最後まで私を殺そうとしなかったな……」


 初列で聞いた、軽々しいと思っていた魔境の王の言葉が、全て嘘でなかったのだと感じた。


「彼こそが……、本物の王だ」


 ジルクの瞳からは影が消え、羨望の眼差しが光る。

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