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65話 覚悟

 シャンデリアが照らす貴賓室で、異端審問官第一席のオーギュオン・ベヘルがソファに腰掛ける。

 向かいのソファで、プフトゥール王国の国王がふくよかな肉体を弛ませた。

 彼らに背を向けて、ジルク王子はカーテンの隙間から夜の街を望む。


「ふふふ、トーチ裁判官が継続して担当されると聞いて、肝を冷やしましたが……何とか想定通りに収まりましたね」

「えぇ。欲を言えば、次列での勝訴で魔王の魂を手に入れたかったですがね」


 オーギュオンの言葉に、国王は笑顔を崩さぬままに口の端を引き結んだ。


「締列ともなれば、もはや魔王の魂はおまけのような物。殿下がしくじらなければ、何の問題もありません」

「ご心配なく。我が息子の覚悟は決まっていますゆえ」


 国王はジルクの背中に視線を移し、誇るように念を送った。

 そこに憂いは無い。

 

「分かっているとは思いますが、魔境の王は殺してはなりません。魔女の恨みを買うのは厄介だ」


 かつて独断にて牧緒の命を狙ったオーギュオンの意思は、最高司祭によって既に矯正されていた。

 

「肝に銘じております」


 それを受け入れた国王へ歯向かうように、ジルクが割り込む。


「本当に、私が魔境の王に負けを認めさせられるとお思いなのですか?」


 冷たい窓に、吐き捨てるように息をぶつけた。


「私は魔境の王と一戦交えています。足運びや視線の動かし方……あれはとても戦い慣れたものではなかった」


 オーギュオンは、自身の見解を語る。


「恐らく、強力な召喚獣に頼った戦いをしてきたのでしょう。だが、締列の決闘では原則一対一。召喚獣を使用した時点で失格です」


 典型的な魔法使いのジレンマ。

 強力な魔法に傾倒した者は、本体が脆弱となる。

 逆に魔力の捻出や維持の技術に傾倒した者は、魔法の扱いがおざなりになる。

 オーギュオンは、牧緒が前者であると予想した。

 見当違いも甚だしいのだが、それを知る者はここにはいない。


「召喚獣を使役するためには、使役する魔物に勝る実力が無ければならない。あなたの理屈は通りませんよ」


 責めるような、それでいて語気の滑らかな反論。


「そう深く考えずに。どうか気楽に臨んでください」


 まるで勝利を望んでいないかのように、オーギュオンは軽く笑い飛ばした。

 その意味をジルクは理解している。

 締列の決闘でジルクに許される結末は二つ。

 魔境の王に負けを認めさせるか、殺されるかだ。


 魔女の暴走を懸念し、魔境の王は生かしておかなければならない。

 負けを認めさせることができれば、魔境の王の立場は失墜し、魔王の魂も手に入る。

 だが、彼らの認識では万が一にもその可能性は無い。

 だからこそ、自ずと結末は決まっていた。

 法に基づいた決闘であっても、プフトゥール王国の次期王が殺されたという事実さえあれば、いかようにも印象を操作することができる。


 魔境の王は卑劣である。

 魔境の王は法の下に裁判を受け入れる。

 

 この矛盾した要素を悪意を以って吹聴すれば、あることが起こる。

 それは、集団訴訟。

 間接的に害を被った、またはそうなる可能性のある国や団体が立ち上がるだろう。

 『惡の特異点』は元々脱獄囚。

 訴える内容には事欠かない。

 

「……何故、こうまで回りくどいやり方を?」

「『惡の特異点』の時間と注意を奪うためです。裁判に集中すれば、他が疎かになる。その間に、我々は魔女を殺す手筈を着々と進めることができる」


 魔境から魔女の心臓を持ち帰ったことで、それが現実味を帯び始めた。

 『霊長教会』は、人類史を思うままに操る。

 その立場を盤石とするためには、負の歴史に関わった長寿の者を始末しなければならない。

 その一人は魔王でもあり、魔女でもある。

 締列に持ち込まれた時点で、計画の指針は魔女に向いた。

 魔女を滅ぼすための入念な計画を練るための時間。

 この裁判は、それを得るための前座となったのだ。


「殿下が頭を悩ませる必要はありません。ただ、やるべきことをすればいい。それが、あなたたちの贖罪なのですから」


 ジルクは窓の外を眺めたまま、頑なに振り向かない。

 国王は、代わりに深く頭を下げた。


 魔王の顕現は二度確認されている。

 一度目は内密に処理されて事なきを得た。

 二度目は王城の全壊を伴う大惨事となり、事の詳細はあっという間に国外にも広まった。

 ユレナの死刑が実施されていれば、問題は終息しただろう。

 しかし、それは実現しなかった。

 次第に魔王の存在が脅威として認識され始め、ユレナを生み出したプフトゥール王国への憎悪となる。

 そこを『霊長教会』に付け込まれたのだ。


 天記の書の原書は、あらゆる者の動向を記す。

 それは、あらゆる弱みを炙り出す。

 魔王の魂の件を除いても、プフトゥール王国には知られたくない闇がある。

 

 ジルクは、命を懸けて贖罪を成さなければならない。

 そうしなければ、自国民が『霊長教会』の最高司祭、≪終末級≫たるウォーデンの餌食となってしまう。


「そうだ! ディナーはいかがですか? 息子には明日の準備がある。今日はここまでにしておいて、是非お食事を」


 流石の国王も、息子を気遣ってオーギュオンを遠ざけようとした。


「いえ、結構。私はこれで失礼します」

「そ、そうですか。それは残念だ」


 そう言って、苦い笑顔を振りまいた。

 見送ろうとした矢先、オーギュオンは振り返る。

 

「そうそう、例のメイドですが、発見しました」

「おぉ、そうでしたか! いやはや、お手数をおかけしました。それで、彼女はどこに?」

「お気になさらず。こちらで始末しておきましたから」


 それを聞いて、初めてジルクは面と向かった。


「それは、彼女の命を奪ったということか!?」

「そう言ったつもりですが」

「彼女は……我々が無理を言って証人として同行していただいただけだ! それを……、何てことを……!」

「しかし、そのメイドは証言台に立つことなく姿を消したではありませんか。この国に入国できるのは、許可を得た者だけ。証人でなければ、ただの侵入者だ」


 プフトゥール王国の使者は、とある国のとある人物を証人として用意していた。

 かつて魔境の王の傍に付き、弱みと素性を誰よりも知る者。その双子の妹。

 彼女はただのメイドでありながら、ウオラ王国の王子が丁重に隔離していると噂がある。

 その異様な状況から、魔境の王を打ち倒す鍵となる人物なのではと、プフトゥール王国の国王は考えた。

 秘密裏に密偵を送り、その者の協力を得て遥々シオンレウベまで連れてきたのだ。

 だが、彼女は忽然と姿を消した。


「くくく……、ははははは!」


 ジルクは顔を伏せたまま声を漏らし、遂には高らかに笑いだした。

 その様子に、オーギュオンは僅かに背中を逸らせて目を細める。


「お陰で吹っ切れることができた。元々、私に王たる資格など無かったのだ。だから、この地で散ることに悔いはない……!」


 罪悪感が、ジルクの背中を押す形となった。


「そうですか、期待しています。見送りは結構。では」


 オーギュオンは憚ることなく扉の向こうへ消えた。


「ジルク……今は我が国の民のことだけを考えるんだ」

「言われなくても分かっています」


 息子が乱心したのだと思った国王は、責務を思い出させることで落ち着かせようとした。

 当の本人は、熱く冷静に受け流す。


「この街で手に入れた魔法具を用意させてください」

「いいのか?」

「あちらにはユレナがいます。私の手の内は知られていると考えた方がいい」

「しかし……使い慣れた魔法具でなければ、魔法の制御がおぼつかないのではないか?」

「父上――」


 ジルクはゆっくりと顔を動かして、冷たい視線を向けた。


「私を見くびらないでいただきたい」


 彼は、光の魔法と水の魔法に強い適性を持つ。

 その範疇であれば、初めて触れた魔法具であっても使いこなす。

 国務の合間に取得したB級冒険者の資格など、国民の支持を得るための訴求でしかない。

 ジルクは過小な評価に憤ることなど無い。

 だが、崇高な矜持を刺激するには十分だった。


 ***


 一夜明け、街が賑わう頃。

 普段は市場に集う者たちが、コロッセオへ向けて列を成す。

 今では闘牛場として運用されている場所。今日、そこは(いにしえ)の役割を取り戻す。


 長く、暗い通路。アリーナを隔てる開閉式の格子を見つめながら、牧緒はマントの肩をはたいた。

 砂利や埃が、容赦なく風に乗って黒い紳士服の端を白くする。


「自信があるのか?」


 オルガノは、通路の壁際に設置されたベンチへ腰を下ろして問う。


「……どうだろうな。俺の仮説が外れてれば、きっと勝てない。その時は負けを認める」


 仮に魔王の魂をユレナごと奪われたのなら、”安楽椅子作戦”で手に入れた調和は捨て置くしかない。

 容赦なく武力を以って取り返す。

 それは牧緒の望まない展開だが、命には代えられない。


「仮説か……。貴様はどう見ている?」

「敵は、次列での勝利にこだわっていない気がした。そこに付け入る隙があるはずだ」


 トーチの殺害に失敗したのなら、次に狙われるのはオルガノが買収した3名の裁判官のはずだ。

 しかし、そういったアクションは見られなかった。


「派手に動けない理由があったのかもしれんぞ」

「それは無い。一般人を巻き込んでまでトーチ裁判官の命を狙ったんだからな。多分、締列に持ち込まれても問題なかったんだ」

「やはり、貴様が無能であることは見破られているか」

「……それも違う気がする」


 それは牧緒の感覚でしかなく、根拠は無い。


「仮説が正しかったとして、それが何の役に立つのだ?」


 オルガノは訝し気に聞いた。

 語られた仮説をまとめると、「相手は牧緒を強者と見越した上で締列に臨む手筈だった」となる。


「貴様に魔力が無いのは変わらん。そのパッチとかいう炎も武器にはならんぞ」


 結局、牧緒には戦う術がない。

 決闘の最中、対話に持ち込むにも切っ掛けが必要。

 実力が拮抗していない限り、そんな暇は無い。


「仮説が正しいかどうかは、初手で分かる」


 牧緒は、その理由を聞かれる前に大きく深呼吸してから続けた。


「ま、がんばってくるさ」


 ニカッと笑って、鼻先が触れる距離まで格子に近づいた。


「勝利したのなら……、儂は本当に貴様を認めねばならんな」


 背中に向けて放たれたオルガノの声は、吹き抜ける風に阻まれて届かない。


 ***


 コロッセオの観客席。

 一般客とは隔絶された特等席で、ユレナは日傘を差して待機していた。


「遅いですわね」


 もうすぐ決闘が始まる。

 しかし、キュラハとゲルンがまだやってこない。

 

「やっと見つけたぜ……」


 そこに、疲れ切ったゲルンが姿を現した。


「クソ人間共、獣人(オレ)をまともに案内しねぇ。こいつは役に立たねぇしよ。無駄に迷っちまった」


 シオンレウベに亜人の国民は存在しない。

 魔法大国であるが故にプライドも高く、特に奴隷の多い獣人に対して差別意識があるのだろう。

 ゲルンは身を以ってそれを体験し、不満を漏らした。

 しかも、不満の矛先はキュラハにも向いている。


「ど、どうしたのですか? そのお顔……」

「ングッ……別に泣いてなんかないからね」


 キュラハは、真っ赤に目を腫らしていた。

 今でもうっすらと瞳が潤んでいる。

 時折鼻をすする様は、言い訳の仕様も無い。


「昨晩、マキオ様と一体何をされていたのですか?」

「あぁー……、修行だな」

「たった一晩の修行ですか?」

「そうだな。でもよ、効果はあると思うぜ」


 ゲルンは、どことなく誇らしげに言った。

 決して牧緒と仲が良いとはいえなかった彼が、笑顔を見せて決闘に期待している。


「でも、何でそれでキュラハさんが泣いてるんですか?」

「だから、泣いてないって!」


 キュラハは震える声を張り上げた。


「ありゃ、実質拷問だったからな。致命傷を避けて痛めつけるのは中々難しかったぜ」


 顎を上げて笑うゲルンを、キュラハはムッと睨みつける。


「ちょっと待ってください。どういうことですか?」


 話を聞いて、ユレナも段々不快な気持ちになってきた。


「俺が攻撃して、そいつが回復させる。一晩中、その繰り返しさ」

「マキオ君に魔力が無いから、アタシの魔法でも綺麗に治せたけど……もしそうじゃなかったら……!」


 キュラハは再度睨みつけて、杖の先を脛にぐりぐりと当てた。

 ゲルンはそれをペイッと蹴り払って、椅子にもたれ掛かって優雅に決闘の開始を待つ。


「それでマキオ様は本当に強くなれたんですか? どういう理屈なんですか!?」


 困惑するユレナの疑問は解消されないまま、ファンファーレが響き渡った。

 アリーナの両端に設置された格子が、ガラガラと音を立てて開く。


 二人の男が、ゆっくりとアリーナを歩く。

 数歩進んでから、互いの間が約10メートル程度の場所で立ち止まる。


 全ての楽器が演奏を止めた。

 進行役と思しき男が、魔石を使った拡声器で開演を宣言する。

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