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64話 判決

「俺は、両親を二度奪われた」


 一度目は事故。

 居眠り運転のトラックが、両親を亡き者にした。

 二度目は一時の衝動。

 少なからず悪意を孕んだ凶行が、新しい両親を襲った。


 それらは古い出来事。もはや、悲嘆は無い。

 しかし、問題は加害者側の心根。

 実刑を終えて罪を償ったはずの加害者たちは、共謀して報復を企てた。


「逆恨みされたんだ。人生を台無しにされた、ってな」


 いたずらレベルの嫌がらせから始まり、最終的には弟妹たちの身に危険が及ぶ程度にまでエスカレートした。

 町のチンピラを雇った、本人たちが直接手を下さない形での報復。

 警察は役に立たなかった。


「俺は……殺してやろうと思った。実際に、そのチャンスは何度もあった」


 その気になれば、いつでも可能だった。

 加害者の身辺を調べ上げ、待ち伏せしたこともある。

 あと一歩でも踏み込めば、それは実現していただろう。


「それで、君は殺さない選択をしたわけか」

「……殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだ」


 道徳を重んじたわけではない。

 ただ、勇気が無かった。

 弟妹の顔が浮かんだわけではない。

 ただ、自分の人生を台無しにしたくなかった。

 非道な行いに恐怖したわけではない。

 ただ、拍子抜けするほど冷静になってしまった。


「今でも、殺すべきだと思ってる。だから、俺は誰も殺したくない」

「矛盾してるな」

「あぁ、そうさ。綺麗ごとを貫き通すことで、俺は自分を正当化したいんだ」


 牧緒は逃げた。

 やり遂げるべきだと信じて疑っていないのに、その先に待ち受ける罪から逃げ出した。

 あたかも不殺の信念があるかのように振る舞うことで、その事実からも逃げ続けている。

 ”殺せなかった”のではなく、”殺さなかった”と思い込みたい。

 それが、逃げることしか能の無い牧緒の不純な動機。

 

「こうやって本音を話したのも……きっと、俺は罪悪感を抱えた本当は優しい人間なんだ……って思い込みたいからだ」


 牧緒は、くだらない胸の内を全て明かした。


「そうか。実に”つまらない”物語だ。でも、完璧だよ」


 レトロは笑った。


「僕は、両親をこの手で殺した。僕の進むべき道の邪魔になったからだ」


 牧緒は眉間にシワを寄せて、嫌悪感の視線を突き刺した。


「だから、キュラハはお前を怖がって……いや、嫌ってるのか」

「まぁ、そういうことになるね」


 二人の立場と心は逆転している。その生い立ちすらも。

 それをレトロは酷く気に入った。

 運命的な対立を勝手に感じ取り、好き勝手に物語を想像する。


「んん、私は聞いてはならないことを聞いてしまったのでしょうか?」


 トーチの咳払いが静寂を切り裂いた。

 これ以上、黙ってはいられなかったようだ。


「あー、いえ、何も問題はありません」


 牧緒は会話内容を頭の中で反芻しながら取り繕った。

 自身が弱いこと、異世界人であることは既に知られている。

 牧緒の強さについては、曖昧なまま様々な憶測が飛び交っているため、今更デメリットは無い。


「私は、偶然あなたたちの話を聞いてしまったまで。これが次列の結果に影響することはありません」


 トーチは明言した。

 それが建前なのかどうかは、牧緒には判断できない。

 だが、レトロは確信を得たようにほくそ笑んだ。


「これは失礼しました。次は場所を選びます」


 小さくお辞儀して、レトロは手を差し出した。


「次列まで僕があなたを護衛しましょう。それでいいだろ? マキオ」

「あぁ、頼む」


 トーチは被告側と共にいることを選ばないだろう。

 完全な第三者である勇者であれば、その身を預けやすい。

 予想通り、トーチはその手を取って立ち上がった。


「勇者レトロ。あなたは、両親を殺めたことを後悔していますか?」


 飛び出した言葉は、謝意ではなかった。

 

「するわけない」

「そう、ですか」

 

 眼帯の所為か、レトロの感情を表情から読み取れない。

 トーチは手を離して続けた。


「今後あなたが法廷に立つことがあっても、今の話は判断材料にはなりません。ご安心を」

「えぇ、分かっています」


 今度はハッキリと分かる笑顔を見せて、レトロは小さく振り返りながら背を向けた。


「ありがとう。また明日」


 トーチは牧緒にも声を掛けてから、レトロの後を追う。


「本当にこれで大丈夫なのか……?」


 終始レトロに振り回されていただけな気がして、牧緒は不安を呟いた。

 

 ***


 翌日、牧緒たちは再び裁判所を訪れた。

 裁判官たちよりも早く入廷し、証言台に立つ。

 ジルクと目を合わせ、固唾を飲む。

 

 先日と変わらず、傍聴席は埋まっている。

 どうやって席を確保したのか、そこにはレトロの姿もあった。


「どうやってトーチ裁判官を言いくるめた?」


 見届け役のオルガノが問う。

 あの後、ホテルに戻った牧緒はそれを散々説明した。

 だが、結果を受け入れられないオルガノは、未だに何度も同じ問いを繰り返す。


「だから言ってるだろ。分からないって」

「これは、貴様だけの問題ではないのだ。理解しているのか?」

「ユレナは大丈夫だ。負けたらリデューシャに魔王の魂だけ分離してもらう」

「それがユレナに悪影響を及ぼさない保証はあるか?」

「……無い」

「全く、貴様という奴は……」


 オルガノは頭を抱えた。

 最悪の場合、”安楽椅子作戦”は捨て置いて武力で判決を覆すしかない。

 そうなれば、牧緒とオルガノは決定的に決裂する。

 『惡の特異点』内の不和が、どんな不都合を生じさせるかは未知数だ。


 そうこうしている内に、裁判官が一人ずつ入廷し始める。

 トーチは最後に現れた。


「無事でよかった……」


 それを見て牧緒は胸を撫で下ろし、レトロを一瞥した。


「それでは、次列を開廷する」


 騒めいていた傍聴席が、シンと静まり返る。


「順に、判決とその根拠を述べる」


 そう言うと、右端の裁判官が小さく右手を上げた。


「原告の請求を認容する。根拠は――」


 最初の裁判官は、原告側。

 牧緒は、被告側に付いた裁判官が誰か知らない。

 だから、チラリとオルガノの顔色を窺う。

 平然とした態度を見て、ひとまず安堵する。

 もし、動揺が見えれば買収した裁判官が裏切ったことになるからだ。


「原告の請求を棄却する」


 次の裁判官は被告側。

 もはや、初列での内容が意味を成すのはトーチの判決のみ。

 他の買収された裁判官の判決理由は耳に入れる必要すらない。

 長々と語られる根拠を聞き流しながら、判決は続く。

 三人目の裁判官から順に、認容、棄却、棄却となった。

 三対二で被告側が優勢。

 本来であれば、この時点で負けは無い。

 だが、締列の決闘で勝ち目の無い牧緒は、トーチの判決で棄却を得なければ実質的に負けとなる。


「原告の請求を認容する」


 死神の如き一声が、無常にも法廷に広がった。

 牧緒の全身から力が抜ける。

 俯きそうになるのを必死に堪えて、まるで意に返していないかのように顎を上げた。


「魔境の王、ハチノキ・マキオ。あなたの存在はとても異質で、その言葉は私には受け入れがたい」


 根拠を述べるトーチの言葉は、冷たく牧緒を拒絶した。

 初列でのやり取りが決定打となったのか、それともレトロとの会話が起因となったのか。

 それは本人のみぞ知ることだ。


「耳当たりの良い平和を語りながらも、決して争いの芽を摘もうとはしていない。命懸けで積み上げた経歴を持ちながら、どこか命の価値を定量的に捉えている節がある」


 公正な判断に基づいた思考。

 それは牧緒の運否天賦で、いい加減な計画を如実に表していた。

 魔境という曖昧な領域の主張。

 世界中から獣人たちを攫った短絡的な行動。

 そして、魔境の王を名乗りながら傍観的な立場を崩さない逃げ腰の姿勢。

 それら全てが、トーチには受け入れ難いものだった。


「人を動かしているのではなく、まるでサイコロを振って駒を動かしているかのように感じます。あなたの理想としている世界には、全く現実味がありません」


 同じく認容を宣言した裁判官たちですら、ここまで完膚なきまでに否定的な言葉をぶつけはしなかった。

 情けなさが涙腺を刺激するも、まさか魔境の王が子供のような涙を見せるわけにはいかない。

 牧緒はぐっとこらえた。


「だから、私は見たい。あなたが命を懸けている様を。あなたの正しさを理解するためにも」


 トーチの最後の言葉を聞いて、牧緒は目を見開いた。

 それは、傍聴席のレトロも同じだ。


 きっと、牧緒とレトロの会話が無ければ、トーチは棄却の判決を下していただろう。

 初列での証言のみであれば、魔王の魂を管理できるのは魔境の王しかいないと判断した。

 だが、牧緒の心の弱さ――その危うさを知ってしまったからこそ、トーチは請求を認容した。

 『惡の特異点』という武力で世界を飲み込めるはずの男が、不殺を掲げたままどのように闘うのか知るために。

 トーチは、好奇心に負けたのだ。


「くふふ、そぉなるかぁ」


 喜劇のどんでん返しを目にしたように、レトロは笑いながら呟いた。


「次列での判決は割れた。よって、締列によって判決は下される」


 裁判官が締めた後も、傍聴席は静かなままだ。

 その視線は、ジルク殿下への憐れみに溢れていた。


 何度も繰り返すが、牧緒の実力についての情報は錯綜している。

 魔法の使えない無能であると言う者もいれば、複数の召喚獣を使役する程の傑物であると言う者もいる。

 だが、『惡の特異点』の盟主が、実は弱いのだと信じられる者は少ない。

 傍から見れば、既に牧緒の勝利が決定しているのだ。


 ***


 ホテルの一室。

 暖炉の明かりが、牧緒たちの顔をオレンジ色に照らす。

 熱のこもっているはずの部屋の中で、当の本人は寒気を感じていた。


「あああぁぁ、終わった……」


 牧緒は、震えた声で悲観した。


「マキオ様ならきっと大丈夫です!」


 思考停止で、ユレナがひたすら根拠のない励ましの言葉を送る。


「すぐに降参すればいいんじゃない? 一旦ユレナごと魔王の魂を渡しちゃって、その後取り返せばいいじゃん」

「そんなことをするぐらいなら、今すぐシオンレウベとプフトゥール王国を落として、全てを無かったことにすればいい」

「それじゃあ、マキオ君のやってきたことが無駄になっちゃうじゃん!」

「結局は同じことだ。馬鹿は黙っていろ」


 すっかり元気になったキュラハとオルガノが言い争う。


「ふはっ、やっぱり口だけの男じゃねぇか」


 部屋の隅で燻製肉を頬張りながら、ゲルンは嘲笑った。

 その失笑が、牧緒に覚悟を決めさせる。


「降参はしない。勝つしかないだろ」


 体の震えを強引に止めて、立ち上がる。


「ユレナ。ジルク殿下のことを教えてくれ」

「え、えぇ。分かりやすい強さの指標であれば、殿下はB級冒険者の資格を持っています」

「……ごめん、俺には全然分かりやすくない」


 冒険者の経験も無ければ、そもそも関わった冒険者がS級しかいない牧緒にとって、B級がどれほどの強さなのかピンとこない。


「貴様では絶対に勝てない相手ということだ」


 オルガノが顔を背けて答える。

 全てを諦めているような態度だ。


「じゃあ、ジルク殿下がどんな人間なのか教えてくれ」

「え?」


 ユレナはすぐに答えられなかった。

 それを知ることに何の意味があるのか分からなかったからだ。


「……えぇっと、ジルク殿下はとてもお優しい方です。人望も厚く、立派な指導者です」

「ユレナも好きだったのか?」

「な、何を仰るんですか! わたくしは、色恋沙汰に構っている暇などありませんでしたから。だからこそ、婚約破棄に躊躇いはありませんでしたわ」

「ジルク殿下は、今でもユレナのことを想ってるんじゃないか?」


 初列でのジルクの態度を見て、牧緒はそう感じた。


「わたくしには関係のないことです」


 そう言って、ユレナは鼻で笑った。

 本当に、ジルクに対する心残りはないようだ。


「それよりも。ジルク殿下の魔法適性ですが――」

「もう大丈夫だ。知りたいことは知れたから」


 その場にいた全員が言葉を失った。

 まだ何も解決していない。

 それなのに、牧緒は満足そうにしている。


「どんな魔法だろうと、知ったところで俺にそれを防ぐ術は無いんだ」

「で、でも!」

「明日の決闘までにやるべきことは……パッチと息を合わせることだな」


 牧緒は、いつもうなじに貼り付いている炎のパッチを手の平に乗せた。

 生きた炎は、パチパチと小さく音を立てながら飛び跳ねてから、牧緒の腕を転がった。


「それに何ができると言うのだ」


 オルガノは知っている。

 それが炎とは名ばかりの、ただの温い光の塊に過ぎないことを。


「やりようはあるさ」

「これは一対一の決闘だ。ハッタリに意味は無いぞ」


 そう言われても、牧緒は怯まない。


「もう一つ、やるべきことがある。ゲルン、キュラハ。二人に頼みがあるんだ」


 牧緒は、僅かでも勝率を上げるために策を練る――。

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