10 魔界の日常は意外と平和です!
第一次勇者軍大規模侵攻作戦は失敗に終わった。
勇者軍の死者、行方不明者は参加数の五割を超えることとなった。魔王によって飛ばされた勇者たちは各地で発見され、続々と無事に帰還を遂げた。
しかし今回の戦いでは、結果として、勇者軍は大きな痛手を負うことになった。
「今回の作戦の損害は大きい。しばらく大規模な作戦は行えないだろう」
「どうなっているんだ!今回の作戦は、魔王城を焼き払い、魔王の根城を叩くだけの筈だっただろう!?」
「事前の予測と大きく異なっているではないか!」
「作戦指揮官が無能だったのではないか。どうなのだ、勇者ライよ」
会議をしている数人の男たちはライを見た。
呼び出されたライは、僅かに俯きながら、静かな声を落とす。
「…此度の作戦の失敗は、我々の準備不足と――予想を遥かに超える悪魔たちの戦闘力にありました。つきましては――」
「御託はいい!君はこの責任をどう取るつもりだ?」
「そうだ。あれだけ大口叩いておいて失敗とは――世間になんと公表すればよいのか…」
「今回の作戦での死者数も多い。批判の声は覚悟したほうがいいだろう」
「ギルドのスポンサーになんと説明すれば…」
どいつもこいつも。
ライは俯いたまま胸の内で呟く。
私たちは世間体のために戦ったのではないのに。オルヴォ殿も、無能と言われる謂れはないのに。
私たちは、正義のために戦い――そう、そして負けたのだ。
ライは静かに拳を握りしめる。
もっとできたことがあったはずだ。もっとうまくやれたはずだ。それがどうだ?私は無様に負け、オルヴォ殿すら守れなかった。
この様は何だ?何が聖剣に選ばれた勇者だ。何が――何が勇者だ。結局私は弱い悪魔を狩っていい気になっていただけの無様な男に過ぎない。
私は――
ライが胸の内で問うているうちに、話は一段落したらしい。男たちの一人がライを見る。
「…もういい、下がれライよ」
「…は」
ライは胸に手を当て、一礼すると、会議室を出る。ライが出る直前も、男たちはまだ何かを言い争っていた。
「ライ殿!お疲れ様でした!」
ライが部屋を出ると、一人の勇者が出迎えた。彼は心配そうな顔でライを見る。
「その、どうでしたか、報告会議は」
「…心配するほどのことではない。大丈夫だ」
「それならいいのですが…」
ライは廊下を歩く。その後に続く勇者は不安げに口を開いた。
「それにしても、だいぶ勇者が減りましたね…俺たちはこれからどうすればいいんでしょう」
「…しばらくは今まで通りだ。人間界でクエストをこなす。こちらの治安を守るのも、我々の仕事だ」
「でも…このままじゃやられっぱなしですよ!そんなのって…!」
「…そうだな」
ライは静かに声を落とす。
「私とて、同胞たちの仇を取るために今すぐにでも魔界に殴り込みに行きたいところだ。だが――今のままでは駄目なんだ。今の勇者軍では、魔王に…魔族に対抗できない。だから、今は耐えなければならない。力を――牙を、研がねば」
ライは立ち止まり、自身の手を見る。
そして、強く、拳を握りしめた。
「そしていつか必ず、魔界を滅ぼす。悪魔共を皆殺しにする。それが私たちの――勇者の、責務だ」
低く、低く、唸るようなその声は這うように響く。
「そのためなら、どんな手を使ってでも――」
そう語るライの瞳には、強い決意と――激しい憎悪が宿っていた。
「だから、死ぬかと思ったんですよ、俺は」
「むう、しつこいな。だから加減したであろう?」
「陛下の手加減は手加減じゃないんですよ。転送魔法だったからよかったものの、攻撃魔法ならどうなってたと思います?俺ならともかく、うちの部下たちまで巻き添え食らいそうになったんですよ?さすがにそれは王としてどうかと思いますけどね」
「むう、悪かった。いい加減機嫌を直せ、ソイドラよ」
魔王城の王の間で、魔王と向かい合っているのは、暗黒騎士団団長、ソイドラだった。
あの戦いから数日が経過していたが、お互いあの戦いの事後処理で忙しく話す暇がなかったので、今更お互い愚痴を零している。
「というか、ソイドラよ。我にも文句がある。そなたもそなただぞ。何故すぐに我に連絡を入れなかったのだ。我、おこであるぞ」
「だからそれは、あの時みたいに陛下がご自分でさっさと解決しちゃうからでしょう。俺らにも面子ってもんがあるんですよ。その辺陛下は分かってるんですかね」
「うむ、知らぬな!我は我がしたいことをする!」
「そういうところですよ陛下」
「何がだ?」
「いいえ、別に。それよりどこから知らせを聞いたんですか」
「うむ、カティとジルダからな。魔術院と魔技研からの知らせが飛んできたのだ」
「げえ、あの二人も一緒だったんですか。くそ、しくったな」
「ソイドラ~?」
「何も言ってませんよ~?」
魔王は思い切り睨むが、ソイドラは目を逸らす。
「ところで、勇者たちは何で陛下の留守に攻めてきたんですかね」
「うむ、それは我が数日前にSNSでバカンスに行くと言っていた故、そのせいだと思うのだが…」
「アンタのせいかよ。何やってくれてんですか」
「まあまあ、結果的に楽しめたしよいではないか」
「それアンタだけですから。…それで、休暇はどうだったんですか。今回のこともあってあまり楽しめなかったでしょうが」
「うむ、短い時間であったが満喫したぞ!海魔と戦ったり、頭が5つのサメと戦ったり、海賊の王と戦ったり」
「バカンスに行ってきたんですよね?」
「あとでソイドラにも海魔の足の土産をやるぞ!」
「いらねえです」
そんなやり取りをしていると、突如王の間に青黒い光が瞬いた。
その光の中から魔界の門が現れる。
扉が開くと、魔王が見知った顔が二つ出てきた。
「おお、カネダ!カネダではないか!あとイシドロ」
「俺の扱い雑じゃないです?陛下?」
イシドロが不満げに口を尖らせる。
そんなイシドロを気にせず、隣にいたカネダは一礼をする。
「お久しぶりです、魔王様…と、こちらの方は?」
カネダは魔王を見たあと、ソイドラに視線を移す。
ソイドラは気だるげに口を開いた。
「俺は暗黒騎士団の団長、ソイドラ。アンタが噂のカネダか。話は聞いてるよ」
「…じゃあ貴方が…!こちらこそ、噂はかねがね…」
「へえ、どんな噂?」
「ええと、よく居眠りをして部下の方に怒られてるとか…」
「陛下~?」
「ふふん、知らぬなあ?」
ソイドラは魔王を睨むが、魔王は視線を逸らした。
「ところでカネダ、待っておったぞ。此度の戦いの取材に来たのであろう?」
「ええ、まあ。もっと早く来たかったんですけど、なにぶん勇者軍にも死者が出ていましたから…不謹慎だって、贔屓にしてもらってる担当の方に怒られて」
カネダがそう言って苦笑いを零すと、ソイドラが面白そうに口を開く。
「はは、人間は難儀だな。でも、俺が言うのも何だけど、そんな大変な状況なのに、取材なんか来ていいのか?日にち経とうが人間の言うフキンシンには変わりないだろ」
その言葉に、カネダは視線を落とす。
「…その通りです。死者が出ている以上その取材をするなら、死人を糧に記事を書いていると言われても仕方がない。でも、僕は――僕には、どうしても金が必要なんです。世間から石を投げられようと、金になる取材をしますよ。――それに、僕もジャーナリストの端くれです。誰も知らない真実があるなら、飛び込んでみたい。…そう、思うんです」
カネダは静かに瞑目する。
カネダがカメラを握る手には静かに力が籠められていた。
その様子を見て、ソイドラは口笛を吹く。
「へえ、こいつは肝が据わってるな。アンタ、人間よりどちらかというと俺ら寄りだな。陛下が気に入るのも分かる気がする」
ソイドラが魔王を振り返ると、魔王は得意げに胸を張る。
「うむ!この豪胆さ、強欲さ!まさに我が見込んだ通りよ!カネダならきっと見えるものがあるであろう!」
「はは。俺もそう思います」
イシドロは適当に相槌を打つ。
「はは…だといいですけど」
そう言ってカネダは苦笑する。
魔王が期待するほどのものが自分にあるのだろうか、とカネダは自問した。
「ところで、カネダはともかく、イシドロはどうしたのだ?」
「ほら、陛下の方がごたついていて話できなかったでしょう?あの戦いの時の俺サイドの話を報告しておこうかと思いまして」
「そういえばまだであったな。あの時どうしておったのだ?」
「いやあ、本当に大変だったんですよ?」
イシドロは大仰に手を振りながら、大袈裟にため息を吐いてみせる。
「いきなり魔界の門に大勢連れてきたと思ったら『魔都の西と東に連れていけ。できなければ殺す』って脅されちゃって。魔界への道は一つだし、しょうがないですけど、絵面が面白すぎて笑っちゃって。そしたら数人がかりで襲われるしもう大変でしたよ」
「そなたのそういうところがそういうところであるぞ、イシドロよ」
「えー、そうですか?」
魔王は呆れたような目でイシドロを見るが、彼はどこ吹く風である。
そんなイシドロに、カネダが尋ねる。
「というかイシドロさん、敵の勇者軍を通しちゃったんですか?」
「うん、誰であれ通すよ?だって陛下の命令だもん」
「うむ!」
魔王は何故か胸を張る。
「魔界は基本的に、来る者拒まず去る者追わず、だ!だってその方が面白いであろう!」
「そんな理由だったんですか…というか魔界の門から去る魔族の人たち見たことないんですが…」
「まあ、基本的に魔族が魔界を出入りするときは独自のルートを用いるな。ちなみにその独自ルートを人間が使った場合、体が爆発する故、我が大昔に人間用の安全な魔界出入りルートとして、魔界の門を作ったのだ」
「そうだったんですか…どこからつっこめばいいのか分かりませんが…」
「まあそんな話はさておき」
「もうさておかれちゃうんですか、俺の話」
口を尖らせるイシドロを無視して、魔王はカネダの方を振り返る。
「さて、カネダよ!さっそく魔都の取材に行こうではないか!」
「え、いいんですか?」
「もちろんだ!今は街の復興中ゆえ、この前とは景色が違うぞ!」
「はあ…それはいいんですけど、魔王様、仕事は?」
「うむ、ちょっとくらい抜け出しても問題なかろう!」
「ええ…」
「ソイドラとイシドロも来るか?」
「いや、俺はヤタたちにどやされるんで。騎士団長は仕事に戻りますよ」
「俺も戻りますかねえ。お客さん来るかもしんないし」
「そうか、残念であるが…仕事に励むのだぞ、ソイドラ、イシドロ」
「へいへい。精々励みますよ~」
「頑張りまっす」
ソイドラは気だるげに答えると、片手を振りながら王の間を出ていった。
イシドロも青黒い光を纏って消える。
魔王は改めてカネダを振り返る。
「では我らもゆくぞ、カネダ!」
「というか、魔王様も来るんですね…」
「うむ、面白そうであるからな!」
「ええ…」
カネダは魔王に無理やり手を引かれるがまま、魔都へと繰り出したのであった。
あの戦いから数日が経っているはずだが、魔都に戦火の跡はほとんど見当たらなかった。
市も機能し、建物が崩れている様子もない。カネダが以前見た通りの景色が広がっている。
「…何か、全然変わってないみたいなんですが…」
「そんなことないぞ?ほら、あの辺とかちょっと焦げておるし」
「微妙ですね…」
魔王は以前カネダとデートした時のように、髪色や服装を変え、年頃の少女に擬態していた。これで、誰にも魔王だと気づかれることはないであろう。
「それにしても、本当に戦いがあったとは思えません。皆さんいつも通りみたいなんですが…」
「うむ、実際建物の損傷は僅か。市民の被害もまあまあ少なかったから、立て直しは容易だったであろうな」
「そうだったんですか…」
カネダは改めて魔都を見渡す。
つい先日まで戦いがあった様子など微塵も感じさせず、活気のある市場が広がっていた。
と、その時である。
「はいどいたどいた!ぼーっと突っ立ってると邪魔だよ!」
「わ、すいませんって…あ」
カネダは後ろからの声に振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「ん?アンタたちは…この前ウチの店で買ってってくれた奴らじゃないかい」
「貴女は…!」
カネダの前に現れたのは、以前ガラオサンドを売っていた獣人族の女性だった。
彼女は大きな荷物を軽々と抱えながら、カネダたちを見るとピンと耳を立てる。
「久しぶりだね。アンタたちは、こないだの戦いに巻き込まれなかったかい?」
「え、ええ、僕は人間界にいたので…」
「私も大丈夫だったよ!」
声色を変えた魔王が元気に答える。
カネダは本当に器用だな…と感心しつつ女性に尋ねる。
「僕らはともかく、貴女は大丈夫だったんですか?この辺りは戦いがあったようですが」
「それがねえ、アタシは無事だったんだけど、屋台が壊されちまって。やっと今日建て直したところさ。全く、勇者だか何だか知らないけど、迷惑なもんだよ」
そう言って女性は大きくため息を吐く。
「…あの、もしよろしければ、詳しくお話を伺っても?また買わせて頂きますので…」
カネダが尋ねると、女性は気前よく笑う。
「おう、そりゃこっちも助かるね!もちろんいいよ!今日はカネ持ってんだろうね?」
「はい、今日は大丈夫です」
「じゃあ、おじさんのおごりだね!」
「はは…」
何だか魔王様のふるまいが見た目相応なはずなのに慣れないな…とカネダは胸の内でぼやいた。
「…と、いう訳で、騎士団に助けてもらいながら何とか逃げ延びたのさ」
「なるほど、大変でしたね…ご無事でよかったです」
「何だい、心配してくれんのかい?変わった奴だねえ」
「はあ…そうでしょうか?」
「そうだよ」
女性は呆れたように笑った。
他人の心配をすることが、こちらではないのだろうか。
カネダはそう思いながら、ふと、隣にいる魔王を見る。魔王は、一心不乱にガラオサンドを頬張っていた。どうやら相当気に入っているらしい。
カネダは魔王をそっとしておき、改めて女性に尋ねる。
「今回の突然の勇者軍の侵攻作戦、貴女はどう思いましたか」
「いやあ、びっくりしたよ。何せ突然だったからねえ。いつも通りガラオサンドを売っていたら、急に火の手が上がってね。そのあとすぐに騎士団と保安隊が避難誘導してくれたんだけど、みんな大混乱でてんやわんやだったよ」
「そうでしたか…」
カネダはメモをとりながら女性の言葉を聞く。
そして、ふと、手を止めた。
「それで、その…貴方には聞きづらいことを聞いてしまうんですが…」
「何だい、何でも聞きな」
「…その、今回の戦いで、少なからず魔界にも被害が出ました。ですから、その、恨んでいますよね、人間を」
「えっ別に」
「えっ」
カネダは目を丸くして女性を見た。
女性はきょとんとした顔でカネダを見ている。
「まあ店壊されたのはそりゃ腹立つけどさ、ここは魔都だ。そういうこともあるだろうさ。戦いに巻き込まれるなんて何百年も昔からしょっちゅうだったよ。だから何ていうの、久々に巻き込まれたなー、としか思わないよ」
「で、でも…少なくとも魔族にも死者が…」
「それは、やられた奴が弱かっただけだろ?」
女性は呆れたように言う。
「突然戦いに巻き込まれても、最低限自分を守る手段を持っていなかったそいつらが悪いのさ。だってここは魔界なんだから。別にそんなことでいちいち人間なんか恨んじゃいないよ」
女性はさも当然だというように語る。
これが、魔族の考えなのか。
カネダは改めて、横から頭を殴られたような衝撃を得た。
何でもないことなのだ。彼らにとっては。戦いに巻き込まれたことも、それにより死者が出たことも。全て、当たり前の日常の一部でしかないのか。
「ああ、でも」
ふと、女性は声を落とす。
「実はさ、アタシの知り合いの飲み仲間が殺されちゃってね」
「え…そんな…」
「それだけは、ちょっと残念かな。あいつのことは、そう、気に入っていたから」
女性は苦笑いをする。
そう語る女性の目は、どこか寂しげに伏せられていて。
「…ご友人だったんですね」
カネダがそう尋ねると、女性は目を瞬かせる。
「ユウジン?ユウジンって、アンタたち人間がトモダチって呼ぶ、あれかい?」
「ええ。違うんですか?」
「……そうかい」
女性は少しだけ、はにかんだ。
「アンタの言う通りなら、アイツとはトモダチだったのかもね」
女性はそう言って、寂しそうに笑った。
ああ、そうか。
彼女はきっと、寂しいのだ。
カネダはその時、理解した。
彼ら魔族と自分たち人間は大きく異なると、さっきまでの自分も思っていた。
でも。
魔族に心がないなんて誰が言ったのだろう。
彼らにも心があるのだ。ただ、それに名前をつけていないだけなのだ。
人の心と、ほんの少し、違っているだけなのだ。
「何だか、聞いてもらったら元気が出たよ。ありがとね」
「いえ、僕は何も…」
「ふふ。…さて、私はそろそろ仕事に戻るかね」
「あ、ありがとうございました。ガラオサンド、おいしかったです」
「おねーちゃん、バイバイ!」
「どーも。また買っておくれね」
そう言って女性は快活に笑うと、手を振りながら去っていった。
カネダも手を振りながら、彼女を見送った。
「いやあ、やはりあのガラオサンドは美味であったな。王城であのようなものは食べられない故、やはり買い食いはいいものである!」
「はあ…王城で作ってもらえばいいのでは?」
「わかっておらぬなあ、カネダ。買い食いするからこそよいのだ!」
「そうなんですか」
「そうなのだ」
カネダと魔王は女性と別れ、魔都が一望できる小高い場所を歩いていた。少女の姿の魔王は大層ご機嫌な様子で、塀の上を手を広げながら歩いている。
「さてカネダよ。どうであった?此度の取材は」
「そうですね…やっぱり、魔都に住んでいる魔族の方々はたくましい、と思いました」
「ほほう?」
魔王は興味深そうにカネダを覗きこむ。
カネダは考えるように目を伏せる。
「僕は、魔界の人たちは切り捨てて前に進んでいるんだと思っていました。人間とは違う死生観で、弱者を切り捨てて進むんだと。――でも、きっと切り捨てるだけじゃないと思うんです」
だって彼女は、寂しそうな顔をしていたから。
「きっと、今回みたいな辛いことを何度も乗り越えてきてる。だから――心が、強いと思うんです」
「――こころ?」
「はい」
カネダは強く頷く。
「だから、魔界の魔族はたくましい。…こんな生き方は、僕たち人間ではできないと思うんです。だから、素直に、感心しました。僕たちには持っていないものを、持っているから」
カネダはそう言い、静かに瞑目した。
自分の目に映った魔界が、恐ろしいものばかりではないと、カネダは思っていた。
「そうか、そなたは、そう思うのか」
水底のような、静かな声が響く。
「――そなたは本当に、面白いな、カネダよ」
魔王は穏やかに笑った。
その笑顔が、今まで見てきた魔王の笑みと全く違うものであったため、カネダは目を剥いた。
だが、次の瞬間には魔王はいつものような得意げな笑みに戻る。
「確かに!魔界では、此度のようなことは日常茶飯事。大して騒ぎ立てるほどのこともなかった。それに、そなたの申した通り、魔族はたくましい!だから――」
魔王はくるりとその場で一回転すると、大きく胸を張った。
「魔族は――魔界の日常は、これで意外と平和なのだ!」
「…平和、って、それ魔界基準じゃないですか」
カネダは小さく吹き出した。
それを見て、魔王も笑い返す。
「うむ!魔界基準なのだ!…それにしてもカネダよ、我の前で初めてマトモに笑ったな」
「…あれ、そうでしたっけ」
「そうである!そなたはもっと笑うがよいぞ。――人の一生は短いのだから、せめてもっと楽しむべきである」
そういう魔王は楽しげに笑っていたが、一瞬だけ、彼女が目を伏せたのに、カネダは気づいた。
それはまるで、誰かを重ねているような――
「さて、そろそろ城に戻とするか、カネダ!」
「え、あ、はい!」
魔王とカネダは一度、魔都を見渡してから、城へと戻っていった。
城に戻ると、真っ先に三怪人が出迎える。
「あ!陛下!どこ行ってたんですか!」蝙蝠姿のブラムは慌てたように羽ばたき寄った。
「…今回は、帰りが早かったですね」ジャンが小さくため息を吐く。
「陛下!御無事でなによりです!」ルゥが心配そうに駆け寄る。
魔王は少女の擬態を解き、彼らに笑みを返した。
「うむ、戻ったぞ!ちとカネダと魔都を見てきたのだ!」
「またですか。それはいいんですけどせめて一声掛けて下さいよ」
ブラムはジャンの肩に乗りながら大きくため息を吐いた。
魔王は悪びれもせずに胸を張る。
「まあそう言うな。善は急げというし」
「…カネダ、お前からも陛下に注意してやってくれ」ジャンが困ったように言う。
「いや、僕は言いましたよ…」カネダは引き攣った笑みで答える。
「本当ですかカネダ?」ルゥは僅かに眉を寄せた。
ブラムは諦めたようにため息を吐く。
そして、改めて魔王に向かって尋ねた。
「それで、どうだったんですか」
「うむ!」
魔王は笑う。少女のような、無邪気な笑みで。
「魔界は今日も、平和であるぞ!」
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
ひとまずここまでで完結といたしますが、続きは考えております。
少し時間が必要になりますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。




