9 第一次勇者軍大規模侵攻作戦2
「なあ、レオモンド。よかったのかよ」
「…何がだ」
「いやいや、分かってるでしょうが。勇者軍の大規模侵攻作戦に参加しなくて、本当によかったのって話」
「…参加したいならお前たちだけでもすればよかっただろう」
「何言ってんの。チームでしょ俺ら。なあ、エミィ?」
「そうだよレオ君!ハルト君の言う通り!チームは一緒じゃなきゃ!」
「……」
レオモンドは暗い表情で視線を落とす。
ここ、勇者ギルド内の食堂は静まり返っていた。いつもは勇者たちで溢れかえるこの食堂も、今はレオモンドたち三人以外誰もおらず、閑散としきっている。
ハルトは心配そうにレオモンドに尋ねる。
「んで?暗い顔してどうしたんだよレオモンド」
「……」
「何でも言って!私たち、力になるから」
「……俺は」
ハルトたちの声に応じるように、レオモンドはぽつりぽつりと口を開く。
「俺は、今回の作戦は、間違っていると、思っている」
レオモンドは自分の手元に目線を落とす。
その声は、いつになく暗いものだった。
「俺たちの敵は間違いなく悪魔だ。それを率いる魔王だ。理解している。理解している、が…だが、奴のいない隙に王都を手に掛け、魔族の市民を襲うなど――」
「納得いかない?」
「そういうことだ。…個人的な問題だ。俺の中の正義に反する、という――どうしようもない、子供っぽい言い訳だ」
「そんなことないよ!」
一際大きい声で、エミィが言う。
「何が正しくて、何が間違っているかなんて、自分にしかにも決められないもの。レオくんの中で違う、って思ったら、きっとそれは違うんだよ。自分の心に嘘を吐く方が、よっぽど間違ってる。だから、今回のことは、きっとこれでよかったんだよ」
エミィがそう言って穏やかに笑う。
レオモンドは、エミィが人の心を思いやれる優しい女性だと知っていた。
ハルトも呆れたようにため息を吐く。
「そうそう、エミィの言う通り。そもそも、今回の作戦だって任意での参加なんだから、別にサボったっていいわけだし。それに、ギルドはギルドで何か考えて動いてるかもしれねえけど、俺たちは俺たちで動いたっていいだろ。世界に平和を取り戻す方法は一つって限らないんだから。俺たちは俺たちのやり方でやっていこうぜ?」
ハルトはそう言ってにやりと笑う。
レオモンドは、ハルトが軽薄そうに見えて、思慮深い男だと知っていた。
レオモンドは息を吐く。
深く、深く。
「――ありがとう、二人とも」
レオモンドは顔を上げる。
その瞳には、いつもの光が宿っていた。
「俺たちは俺たちのやり方で――そうだな、俺は…正々堂々と、魔王を打ち倒したい」
「はあ…言うと思ったぜ。無茶だってのに」
「でも、きっとできるよ、私たちなら」
「…そうだな、今は、そんな気がする」
ハルトは深く息を吐き、笑う。
それはいつもの、諦めた笑顔ではなかった。
レオモンドは剣をとり、立ち上がる。
「行くぞ、ハルト、エミィ」
「おう!」
「うん!」
三人は立ち上がる。それぞれが武器を持って、歩き出す。
「ところで、どこ行くの?」
「まずはクエストを受ける。最近またこの辺りも物騒になってきたからな」
「お、レオモンドがマトモなこと言ってる」
三人は揃って、クエストへと赴いた。
その足取りに、もはや迷いはなく。
彼らは真っ直ぐに、前だけを見据えていた。
一方、魔界では。
魔都は未だ戦火に呑まれていた。魔都に住む魔族は戦う者、逃げる者に分かれ、その様相は混沌としていた。
暗黒騎士団は保安隊と連携をとりながら市民の避難誘導も行っているため、後手に回っている。
この突然の事態に、すぐに対応できる者は少なかった。だから、魔都の市民たちは突然の出来事に逃げ惑うばかりであった。
「どりゃあああ!」
雄たけびと共に勇者が剣を振るう。
横一文字に振るわれた剣は、魔族の体をたやすく斬り払った。
体を斬られた魔族は悲鳴を上げることすら叶わずに、そのまま地面に倒伏する。
「どうしたどうした!魔族ってのはこんなもんかよ!」
勇者の一人が雄たけびを上げる。
そこへ、もう一人の勇者が近づいた。
「おい、お前、やりすぎじゃないのか」
「んな訳あるか!俺たちは今までこいつらに散々やられてきたんだ!やり返してバチでも当たるってのか!?」
「まあ、それもそうか」
そう言ってもう一人の勇者は銃を手に取る。
そして、逃げ惑う一人の魔族の頭部を打ち抜いた。
撃たれた魔族は絶命し、そのまま地面に倒れ伏す。
「それにしても、テキトーに悪魔共を殺してるだけでいいのか?」
「そういう指示だろ。何せ俺らは―――」
「待たれえええぇぇい!!」
二人の勇者が話しているところに、一際大きな声が響く。
勇者たちがそちらを見ると、天から何かが降ってきた。
――否、飛び降りてきたのだ。それは、一体の魔族だった。
身の丈ほどもある大刀。それを背にしながら、小柄な女性――ヤタは、勇者たちを見て大きく叫ぶ。
「やあやあ我こそは!暗黒騎士団所属、騎士隊統括、ヤタでござる!蛮行を繰り返すそこな勇者共よ!このヤタが成敗してくれる!」
ヤタはそう叫びながら身の丈ほどある大刀を抜いた。
それを見ていた勇者たちは、にやにやと笑う。
「おいおい、隊長クラスが来たぞ。アタリじゃねえか」
「仕留めたら、ボーナスが弾みそうだな」
煽るような言葉を聞き、ヤタはむっと眉を寄せる。
「ほほう、拙者を侮るとは、笑止千万!これでも騎士隊を預かる身!そう簡単に、この首獲らせる訳には参らんぞ!」
そう吠えるヤタであったが、勇者たちはなおも笑う。
それも当然である。小柄な体に似合わぬ大刀。既に重そうにそれを構えるヤタを見て、勇者たちは嘲笑った。
「そんなデカい武器振り回せんのかよ、おチビちゃん?」
「大人しく家に帰った方が身のためだぞ」
「むむ、なんですと!拙者、魔族であるが故に人間たちより長生きでござる!馬鹿にされる謂れはござらん!」
「そうかい、まあいいや。じゃあさっさと――死ね」
勇者が呟き、銃を構える。
銃口は真っ直ぐにヤタを捉えた。
銃声が轟く。
銃弾がヤタを貫く、かという直前、ヤタはその大刀を振り回し、銃弾を弾いていた。
「何だと…!」
「なんの、この程度!――次はこちらの番でござる!」
ヤタは大刀を構える。
低く、低く、体勢を落とす。
勇者たちは、ヤタの圧を感じていた。
マズイ、と。
「…っおい!ランクC共!出番だぞ!」
勇者がそう叫ぶと、後方から多くの勇者が駆け付けた。
勇者たちは各々の武器をヤタに向ける。
「多勢に無勢でござるが…相手にとって不足なし!」
ヤタは笑い、体勢を低くしたまま――地を蹴った。
瞬間、風が吹き抜ける。
否、それは刃だった。
吹き抜けた刃は勇者たちの間をすり抜ける。
目にも止まらぬ速さで駆け抜けたヤタは、刀を下ろす。
その瞬間、多くの勇者の体が崩れ落ちた。
斬られたのだ。あの一瞬、あの速さで。
なすすべなく倒れた勇者たちは、二度と動くことはなかった。
残ったのは、二人の勇者のみである。
「馬鹿な…あの一瞬でか…!」
「てめえ…よくも!!」
勇者の一人がヤタに斬りかかる。
ヤタはその刃を大刀で受け止めた。
「何でだ!何で俺たちは奪われなければならない!」
勇者は咆哮する。
互いの刃がぎりぎりと音を立てる。
「いつもいつもいつも!俺たちはてめえら悪魔に奪われる!何でだ!何の罪もない市民に対してもだ!何故奪う!お前たち悪魔は――」
ぎりぎりと鍔迫り合いが続く。
その時、もう一人の勇者は銃口をヤタに向けた。
「人間がそんなに憎いのか!!」
銃口が轟く。
ヤタに銃弾が届く直前、彼女は大刀で銃弾を弾いた。
「――何を言っているのか、まるで分らんでござる」
静かな、静かな声が響く。
ヤタは静かに二人の勇者を見据えた。
「人間が憎い?そんな感情、魔族にはござらん。“心”なんて魔族には不要。そんな理由で、魔族は人を襲わぬ。…何故奪われるか、とお主は言ったが、そんなの、決まっているでござる」
ヤタは刃を下ろし、真っ直ぐに勇者を見つめる。
「弱いからでござる。魔族にとって、人間は弱者。弱い者から奪うのは、当然のことでござろう?だって、弱い者が悪いんでござるから」
そう語るヤタの瞳には、迷いがなかった。
至極当然だと言うように。何故当たり前のことを問うのかというように。
それが、ヤタ個人の意見ではないことを、勇者たちは理解した。
「悪魔め…やはり貴様らはこの世に存在してはいけない!」
「何を。この世に在ってきたのは、いつだって強い者だけだったでござろうに。――そうでござるな。そう、在って欲しいのであれば」
ヤタは大刀を構える。
「拙者を殺して、証明してみせるがよかろう」
「――上等だ!殺してやるよ悪魔!!」
勇者がヤタに斬りかかる。
もう一人の勇者は、既に銃口を向けていた。
ヤタは低く構える。
勇者の刃がヤタに届くか、という直前、ヤタの姿は消えた。
既に、ヤタは勇者の背後にいた。
剣を持った勇者は振り向いた――瞬間。
首から上は、宙を舞った。
ごとりと音を立て、地面に落ちたそれを、もう一人の勇者が呆然と眺める。
「なに、が」
瞬間、勇者にヤタが肉薄する。
勇者は銃を構える。
しかし、遅い。
勇者の体を、ヤタの大刀が斬り裂いた。
「…畜生…どうして…」
そう呟いた勇者は地面に倒れ伏す。
ヤタはそんな勇者を見下ろして呟く。
「全く。力もないのに願いはいっちょまえでござるな。身の丈に合わない願いを抱くのは不合理だというのに」
ヤタはそう呟いて、背中の鞘に大刀を納めた。
「…なーんて!拙者ちょっとカッコつけすぎたでござるかあ!?いやー何だか恥ずかしいでござるなあー!」
「ヤタ殿!こちらは終わりましたか!」
「お」
ヤタの後ろから、一人の兵が駆け付ける。
「そちらの首尾はどうでござるか?」
「は、順調に制圧が完了しております。つきましては、北西の方が戦力が拮抗しておりますので、ヤタ殿に加勢して頂きたく」
「分かったでござる!では早速出発――ん?」
その時、ヤタは空を見上げた。
その瞬間、空に流星のような光が輝く。
それは光の軌跡を描き、街に落下していった。
「あれは――」
「南西の方ですから、ネフ殿たちでしょうね」
「でござるな。まあ心配はしてござらんが…いや、やっぱり心配でござる」
「と、言いますと?」
「うむ」
ヤタは大きくため息を吐く。
「なんせネフは、いい加減な男でござるからなあ」
「畜生!どうなってんだ!」
勇者は叫ぶ。
叫んでいる間にも、隣の勇者は倒れていく。
「何が起こってやがる!向こうからこっちの姿は見えないはずだぞ!」
勇者たちは物陰に身を潜めて様子を伺っていた。
隣にいた勇者も恐怖に満ちた様子で叫ぶ。
「そのはずです!何が起きているのか…魔法を使っているとしか…ぎゃっ」
今さっき隣で話していた勇者が倒れる。
その首には、弓矢が刺さっていた。
「畜生!またか!…なんで…何でだ!見えないはずなのに…!」
そう叫んだ次の瞬間、勇者の首には弓矢が突き刺さった。
「――見えてるんだよなあ」
高台からそう呟いたのは、暗黒騎士団所属、弓兵隊統括、ネフである。
彼は再び弓を構える。
弓につがえた矢が、光り輝く。
「…ばきゅーん!」
矢が放たれる。
矢は弧の様な放物線を描き街に落ちる――訳ではなく。
右へ、左へ、あり得ない軌跡を描いて街に落ち――
「がっ!」
それは一人の勇者の首元に突き刺さった。
「よっしゃあ、ヒット!」
「ネフ隊長、いつもヒットしてるでしょう」
「そりゃそーっすよ!オレといえば百発百中!百発百中といえばオレ!っすからね!」
「はあ、そうですね」
ネフの部下は微妙な顔で相槌を打つ。
部下は無表情で淡々と口を開く。
「それにしても、隊長のその目、便利ですよねえ」
「ああ、これっすか?」
ネフは部下の方を振り返る。
その右目は、異形のものだった。
一つの眼球の中に三つの瞳が入っている。それぞれが違う動きをするそれは、おぞましいと言えるものであった。
「この死鷹の瞳があれば、隠れてる敵も何のその!あとはオレのスーパー凄腕弓術でばきゅーん!っすよ!」
「はあ…しかしよく手に入れましたよね、それ」
「いやあ、これは苦労したっす。死鷹との激闘は三日三晩に及ぶ長いものだったっす…」
「あ、その話長くなりそうなんでいいです」
「ひどいっすね!?…しかし、この目、便利なのはいいんすけど、見た目がアレっすからねえ…女の子に見せられないのが難点なんすよ」
「キモイですからね」
「ハッキリ言うっすね!?」
ネフが部下と言い合っていると、街の方から矢が放たれる。
どうやら勇者たちも反撃してきたようだ。
部下が矢を剣で斬り払い、ネフを守る。
「反撃してきましたよ、どうします」
「どうせ居場所はバレバレっす!行くぞお前ら!狙い撃つぜ!」
「何となくそのワード危なそうですね」
ネフは再び矢を構える。後ろにいた部下たちもそれに続いた。
矢が放たれる。光の軌跡を描き、矢は縦横無尽に行き先を変えながら、街に落ちる。
ネフの瞳は、その矢が勇者たちに命中するのを捉えた。
「よーし、いい調子っす!」
「でも、ただ弓引いてるだけもヒマですね。あんまり反撃もないし」
「ホントっすよ。かわいい女の子勇者でも来ないっすかねえ。食べたくなるようなかんじの」
「それ、どっちの意味でですか?」
「やらしー意味で!」
「サイテーですね。せっかく最年少で隊長に上り詰めるだけの腕があるのに…」
「悪かったっすね!」
その時、弓兵隊の後方から悲鳴が上がる。
ネフが振り返ると、そこには数人の勇者が来ていた。
「悪魔共!これ以上弓は引かせんぞ!」
先頭でそう叫ぶ女性の勇者は、レイピアと小型の盾を携えていた。
「……やば」
ネフは呟く。
勇者たちは弓兵たちを斬り払い、前進してくる。
「やばいですね、どうします隊長」
「……やばいっす。本当にやばいっす。だって――」
ネフは俯き、肩を震わせ――勢いよく顔を上げる。
「めっちゃタイプっす!!」
「…またですかアンタ」
ネフの隣にいた部下はため息を吐いた。
ネフは勇者の方へと一歩前に出る。
「やあやあそこのお姉さん!どうっすか、オレとお茶でも――」
「死ね!」
「どわあ!?」
ネフは振りかざされた剣をすんでのところで避けた。
ネフは数歩下がって距離を置く。
「ちょっとちょっと!穏やかじゃないっすね!話だけでも――」
「貴様ら悪魔と話すことなどない!」
「どわっちゃ!危ないっすねもう!」
女性の勇者はネフに剣を突きつける。
「何が茶だ!侮辱するな!私は貴様ら悪魔を殺しに来た!散々殺してくれた同胞の仇、ここでとらせてもらう!」
そう言って女性はネフに斬りかかる。
その瞳は殺意に満ちていた。
ネフはそれを避け――距離をとる。
「――お姉さん、アンタ、気が強くてちょーオレ好みっす!」
ネフは笑い、手に持っていた弓を手放す。
「――貴様、何を…!?」
「俄然、やる気出てきたっすよ!」
ネフは懐から何かを取り出す。
それは、二丁の拳銃だった。
ネフは銃口を女性に向ける。
女性は盾を構えそれに備える。
銃声が轟く。
放たれた二つの弾丸は盾で防がれる――直前。
銃弾は軌道を変え、女性の両足を撃ち抜いた。
「ぐっ!…貴様…っ!?」
「おー、魔技研の新作、やるっすね。あとでジルダちゃんにお礼言わないと」
ネフはそう言って銃を納める。
そうしている間に、両足を撃たれ崩れ落ちた女性は、後ろからネフの部下たちに拘束された。
「おのれ!離せ悪魔共!」
「よっし。このコ縛ってどっかに監禁しといてくれっす。あとでオレがおいしく頂くっすから」
「それはいいですけど隊長。全部終わってからにしてくださいよ」
「分かってるっすよ」
「ふざけるな悪魔め!殺すなら殺せ!」
「?何言ってるっすか?」
ネフは首を傾げ、女性に顔を寄せる。
「弱い奴は、死に方も選べない。アンタの誇りも栄誉も命も、何もかもを握っているのは今、オレだ。アンタはオレが食べたあと、ちゃんと人間界に帰してやるっすよ。呪うなら、自分の弱さを呪うんだな」
ネフは笑う。その3つの邪悪な瞳が、女性を捉えた。
女性はその邪悪な瞳を見て恐怖に囚われ――体がすくんでいた。
「それはそうとスケベ隊長。襲ってきた勇者たちの処理は終わりましたよ」
「誰がスケベっすか誰が!まあ間違ってないけど…おほん、でも、大したことなくてよかったっすね。ちょっと時間とられたっすけど」
「そうですね。早くこの場を終わらせて、他に加勢に行きたいところですが――」
「何言ってんすか。そんな必要ないっすよ」
「…と、言いますと?」
ネフは笑う。
「西はオレとヤタの奴がいるから問題なし。んでもって東は――」
ネフの3つの瞳が、笑っているかのように歪んだ。
「あのタオ爺がいるんだから、今頃血の海っすよ」
その戦場は、赤い色に染まっていた。
建物に、地面に、赤い色が飛び散り、数多の屍が転がっている。
それは、まさに地獄絵図であった。
「畜生…畜生…」
一人の勇者が震えた声を落とす。
勇者は震える手で剣を持つ。
眼前には、一体の悪魔がいる。
「おうおうどうした?やるのか?やらんのか?」
悪魔は笑う。
その老齢の悪魔は槍を携えていた。その槍も、悪魔自身も返り血にまみれ、赤く染まっている。
血にまみれた赤い悪魔、タオは笑う。
「来ないのなら、こちらからゆくぞ?」
「あ…あ…」
勇者は剣を握りしめる。
待っているだけでは殺されるだけだ。――ならば。
「ああぁぁああぁぁ!!」
勇者は雄たけびを上げてタオに斬りかかる。
勇者は剣を振りかぶる。
「遅い!」
一突き。
神速の槍は、勇者の喉元を貫く。
勇者は声を上げることすら叶わず絶命し、地面に倒れ伏した。
「なんじゃ、もう終わりか。つまらんのう」
タオはため息を吐き、槍を下ろす。
その時、一つの影がタオに近づいた。
タオがそちらに目を向けると、1人の勇者が剣を抜いて佇んでいた。
勇者はタオを静かに睨むと、冷静に声を落とす。
「ランクA勇者、ユラ。その剛槍、敵ながら感服した。是非ともお相手つかまつりたい」
「…ほう」
タオは目元を歪めて笑う。
「少しは骨のある奴が来たようだな。いいだろう。このタオ・ティエが相手しよう」
その言葉に、相手の勇者、ユラは目を剥いた。
「タオ・ティエだと…?まさか…かつて東の国に巣食った四凶の魔の一人、饕餮か!」
「いかにも。この身はかつて饕餮と呼ばれた身。…確かに四体揃って四凶なんて呼ばれた時もあったなあ。でも――」
タオは笑う。
愉快そうに、邪悪に。
「他の四凶は、ワシがみんな喰っちまったよ」
そのあまりに邪悪な殺気に、ユラは気圧される。
一歩後ろに退きそうなところをなんとか堪え、震えそうな体を抑えて口を開く。
「…なるほど道理で。それほどの悪魔を相手取るのであれば、私も相手にとって不足はない」
ユラは剣を構える。
「ほう、ならば来い。貴様も喰ろうてやろう」
タオも、独特の姿勢で槍を構えた。
緊張感が場を包む。
静寂が流れる。
最初に動いたのはユラだった。
ユラは素早い動きでタオに肉薄する。
一閃。
しかしユラの振った剣は、タオに届かない。
ユラの剣をすんでのところで避けたタオは槍を構える。
一突き、二突き。
神速の槍がユラの体を掠めていく。
ユラはその一つ一つの突きを見切り――穂先が下がった瞬間、剣を突き出した。
剣はタオの脇を掠める。
タオは笑う。
タオは一歩引いて、大きく槍で薙いだ。
ユラはそれを剣で受け止める。
「くっ…」
「はははは!いいぞ!そう来なくてはな!」
タオは叫び、次々と攻撃を繰り出す。
ユラはその神速の一撃一撃に翻弄される。
このままでは――
ユラは数歩引いて距離をとる。
「――はあっ!」
ユラは大きく踏み込み、肉薄する。
そして、タオの構える槍を弾く。
「ぬうっ…」
好機。
ユラは剣を一閃する――
その瞬間、ユラの横を炎が駆け抜けた。
あまりに突然の出来事に、ユラは数歩退いて距離をとった。
「何だ、今のは――」
「ぬう、シロンの奴め、支援は不要だというのに…」
「まさか貴様…最初から他に仲間がいたのか!」
「おうとも。当然であろう?これは試合ではなく戦争。殺し合いよ」
タオは口の端を上げて笑う。
「殺し合いに栄誉など求めるな。殺すか、殺されるか。その結果を導き出すための戦いに、他の理由など不要。結果が全てだ。一人で戦おうと、徒党を組もうと、結局は生き残った者勝ちよ」
タオは再び槍を構える。
「さあ、続きといこうぞ、若造。ワシに突かれて死ぬか、炎に焼かれて死ぬか、お主はその二択よ」
ユラはぎしりと歯を食いしばる。
それは、ユラにとって酷い侮辱であった。
「おのれ…貴様は必ず、私が斬る!」
「やってみよ」
勇者と悪魔は再び構える。
互いが同時に地を蹴り――剣戟の音が響き渡った。
「あらあ~心配して援護しましたけど、いらなかったかもですね~」
シロンは穏やかに笑いながら呟く。
魔都東部の高台には、シロンが率いる魔術隊が陣取っていた。
「シロン隊長、どうします?」
「う~ん…タオさんの援護は後回しにしましょう。楽しそうですし、そっとしておいたほうがいいかもですね~」
「了解しました。では北東の方ですか」
「はい~。街に防御結界は張ってますね~?」
「はい。結界は万全です。市民の避難も完了しています」
「では~」
シロンは杖を持つ。大きな結晶のようなものがついたその杖は、淡く輝いている。
「始めましょう。爆破、開始~」
シロンが杖を掲げた瞬間、空に巨大な魔法陣が現れる。
大きな魔法陣は一瞬大きく輝き――、一気に収束した。
そしてそこには火の玉が現れる。
「そ~れ!」
シロンは杖を降り下ろす。
その直後、火の玉が市街目がけて飛んでいった。
火の玉が落下した、瞬間。
大きな爆音が響き渡る。
燃え上がる炎と熱風は、あっという間に市街を飲み込んだ。
建物も何もかもが同時に吹き飛ばされる――かのように見えた。
しかし建物には、傷一つない。淡く輝く結界が、建物を守っていた。
「よし、これでだいぶ片付きましたかね~。第二弾、第三弾もどんどん放って下さい~」
「はっ!」
シロンの指示で部下たちは杖を掲げ、先程と同じように次々と魔法陣を生み出していく。
「それにしても~、団長はどこにいっちゃったんでしょうか~?」
シロンは辺りを見回しながら首を傾げた。
既に、戦いの時から二時間が経過しようとしていた時のことである。
逃げ惑う悪魔を斬り払う。
斬り払った悪魔を一瞥もすることなく、先を急いだ。
聖剣使いの銀の騎士、ライは、仲間たちと共に市街を駆け抜けていた。
ここに来るまでどれだけの悪魔を斬り払ったのか分からない。
ライには目的があったのだ。必ず為し得なければならない目的が。
目標まであと少しだった。
逃げ惑う悪魔を再び斬り払い、道を開き。
ただひたすらに駆け抜け、ようやく――
ようやく、辿り着いた。
そこは、魔王城の門前。
ライたちの目的は、魔王城にあった。
しかし。
「来ると思ったよ、勇者御一行」
眼前に、漆黒の騎士が立ちはだかる。
漆黒の剣に漆黒の鎧。
漆黒の騎士、ソイドラは、後ろに部下たちを連れながら、勇者たちの前に立ちはだかっていた。
ライはそれを見て、驚いた様子もなく、落ち着いた声を落とす。
「…よく分かったな。さすがは騎士団長か」
「分かるに決まってんだろ。市街を襲ってるのは囮。どうせ城が目的だろうと張ってたらビンゴかよ。もうちょっと分かりにくい作戦にしたほうがよかったと思うけどね」
「…予想以上だよ、悪魔共。そこまでの知恵はないと思っていた」
「舐められたもんだな、俺たちも」
ソイドラは大きくため息を吐く。
そしてゆっくりと、剣を抜いた。
「んで、お前、大将か?」
ライもそれを見て剣を抜く。
「まあ、似たようなものだ」
「そうか。だったら首は置いてってもらう」
「そいつは断る」
「へえ」
ソイドラは剣を構える。
「やってみろよ」
ライも剣を構えた。
瞬間、轟音のような剣戟の音が響き渡る。
既に互いは剣を振り終わっていた。
互いに距離は離れているはずなのに、彼らは既に刃を交えたのだ。
「へえ、聖剣使いか、珍しいな」
「…そういう貴様が持っているのも、魔剣だろう」
「ああ、そういえばそうか。安心しろ、魔剣の力は使わないから」
「…戯言を」
ライが踏み込み、ソイドラに肉薄する。
銀の剣が輝く。
ソイドラの漆黒の剣が、それを受け止めた。
連撃。
鋼と鋼がぶつかり合う音が、辺りに響く。
その戦いは既に、この場にいる者たちには見えていなかった。
勇者軍も、魔王軍も、その戦いに加わらない。
邪魔になると分かっていたのだ。
彼らの領域に、決して踏み入ってはいけないと。
剣と剣がぶつかり合う。
互いに鍔迫り合いの状態になった時、ソイドラは口を開いた。
「一応聞くけど、何で攻めてきたのお前ら」
「敵に簡単に情報を渡すと思ったか」
「だよねえ」
ソイドラが剣を弾く。
ライが後ろに数歩下がる。
瞬間、光が瞬く。
その光の一つ一つを、ソイドラは叩き落とした。
力の差は僅かだ。
この場にいる誰もが、それを理解していた。
そして誰よりも、ライ自身が。
ライは剣を構える。
そして静かに呟いた。
「――光の剣、クラウ・ソラスよ、私に力を――」
銀の剣が輝きを増す。
それは、神々しい光を放っていた。
瞬間、ライは剣を一閃した。
光の刃が、一直線に斬撃がソイドラの喉元を狙う。
「…!」
斬撃が届く直前、ソイドラは漆黒の剣でそれを受け止めるが――受けきれない。そう思ったのか、斬撃を受け流すように弾いた。
光の斬撃は後方へと飛び、城壁に命中する。
城壁には、大きな斬撃の跡が残った。
「うわ、陛下に怒られるじゃんかよ…」
ソイドラが振り返り、呟いている間に、ライは踏み込む。
ソイドラに肉薄し、その喉元を狙う。
「――遊びは終わりだ」
ぐるん、とライの視界が一回転する。
足を蹴られたのだ、とライが理解した時には、もう遅かった。
ライの体は地面に倒れる。
ソイドラが剣を振り上げる。
ライは仰向けになり、降り下ろされた漆黒の剣を受け止めた。
鋼と鋼がぎりぎりと押し合う。
「…っ!」
「ライ殿!」
勇者軍がざわめき始める。
ライは絶体絶命の危機に陥っている。
それを見て勇者軍の数人が動き、ライに加勢せんと駆けつける。
「ライ殿今行きます!」
だが、それを見逃す魔王軍ではなかった。
「させるか!」
騎士団の数人が、勇者軍を止めるため斬りこんだ。
ライとソイドラの周囲で、戦いが始まる。
「お仲間は助けに来てくれないみたいだな」
「くっ…」
漆黒の刃はどんどんライに迫る。
ライの力が弱まっていく。
漆黒の刃がライの喉元に届くか、という瞬間――
「おおぉぉ!!」
突如、雄たけびを上げて大男が突っ込んできた。
ソイドラはそれを見て、とっさにライから退く。
ライは起き上がり、加勢に駆けつけた人物を見る。
「…オルヴォ殿!」
「すまない、遅くなった、ライ殿。無事か」
「は…なんとか」
ソイドラは仕留め損ねたライと、ライを助けたオルヴォを見て、ため息を吐く。
「マジかよ援軍?めんどくさいなあ。おい、お前ら!何で止めとかなかったんだよあのオッサン!」
「すいません、団長!あのオッサン、猪みたいな突進してきたもんですから!」
「全く…給料査定にペケつけとくからな!」
「そんなあ!」
「さて…」
ソイドラは剣を構え直す。
ライとオルヴォも、剣先をソイドラに向けた。
「…オルヴォ殿」
ライは、ソイドラに聞こえないような小声でオルヴォに話しかける。
「私はあの黒い騎士を抑えます。その隙に、オルヴォ殿は作戦通り城に火を」
「構わんが…君は大丈夫なのか」
「抑えきってみせます」
ライの声は、決意に満ちていた。
オルヴォは静かに頷いた。
瞬間、ライは地を蹴り、ソイドラへと肉薄する。
それと同時に、オルヴォが戦線を離脱した。
「――!」
剣戟の音が響く。
その音を背後に、オルヴォは勇者軍に向かって叫ぶ。
「お前ら、作戦続行だ!半数は残って足止めしろ!あとは俺に付いてこい!」
「はっ!」
そして、勇者たちが一斉に動き出す。
騎士団はそれを抑えきれず、城門への侵入を許してしまった。
その一連の動きを、ソイドラは見ていた。
「―――あいつが大将か」
「……余所見をするな!!」
ライは剣を一閃する。
ソイドラはそれを受け止めた。
「邪魔なんだけど?」
「ここから先には行かせん!」
「そういうのはさ、実力がある奴だけが許される言葉だよ」
ソイドラは冷たく言い放つ。
そして低く、低く、体勢を構えた。
――来る。
ライは先手を打ち、ソイドラの懐に飛び込む。
――瞬間、ライの視界を土煙が覆う。
ソイドラは土を蹴り上げ、ライの視界を奪っていた。
一瞬だけ、ライの刃が鈍る。
漆黒の剣が一閃する。
高々と音を立てて、ライの剣は弾き飛ばされていた。
「……な」
瞬間、ライの腹部に衝撃。
蹴り飛ばされたのだ、と気づいた時には、ライは地面を転がっていた。
「お前は後回しだ」
ソイドラはライを見下ろして言い放つと、地面を蹴り、オルヴォの後を追う。
「ぐ…待て!」
ライは叫ぶが、既にソイドラの姿は遠くへ消えていた。
ソイドラは戦場を駆ける。
その速度は、並の勇者たちを遥かに上回っていた。
追手に気づいた勇者が斬りかかってくる。
だが、ソイドラの剣が一瞬だけ動いたか、と思った時には、勇者の体は真っ二つに斬られていた。
やがて、ソイドラの前方に、オルヴォの姿が映る。
まだ城の中に侵入はされていない。
「いた」
オルヴォが気づいて振り返る。
ソイドラはオルヴォに剣を叩きつけた。
オルヴォはかろうじてそれを受け止める。
「ぬう…っ!」
「死んでもらうぞ、大将首」
神速の剣。
その連撃がいともたやすく、オルヴォの剣を弾き飛ばした。
「――オルヴォ殿!!」
追いついたライが叫ぶ。
瞬間。
オルヴォの首は、宙を舞っていた。
重い音が地面を転がる。
赤い血が、地面に線を描いた。
ソイドラは、剣についた血を振り払う。
「ひっ…」
「な、オルヴォ殿が…」
「そんな…」
周囲の勇者たちは恐怖の色を滲ませながら後ろへ下がる。
士気が下がったのは明白だった。
しかし、ライは。
「―――」
息を止め、ソイドラに斬りかかる――
その瞬間、一人の勇者が後ろからライを羽交い絞めにして制止した。
「お止めください、ライ殿!このままでは貴方まで…!」
「離せ!!私はあいつを…」
「しかし!もし指揮官が倒れた場合は撤退せよと…」
「それでも!!私は!!」
ライが咆哮する。
ソイドラは冷たい目でそれを見ていた。
――まだ、終れない。
ライの闘志は消えていなかった。
まだ、まだ――
「――――これは一体、どういうことだ」
その時、空からどす黒い声が降ってきた。
重く、のしかかるような、冷酷な声。
その声を聞いた瞬間、全員の背筋が凍り付いた。
「―――げ」
ソイドラが声を落とす。
勇者たちは、その声の主を確かめるため、上を見上げた。
「我の留守中に――何をしている、貴様ら」
重く、重く、地を這うような、その声は。
「――控えよ。この魔王を前にして、不敬であろう」
邪竜のような翼を広げた魔王が、宙に浮いていた。
魔王が、帰ってきた。
その事実を理解した瞬間、勇者たちは青ざめた。
それは、彼らにとって、絶望を意味していた。
魔王は冷たい瞳で勇者たちを見下ろす。
「…これほどの勇者たちが魔都に攻め入るとはな。今までになかったことだ。――何故」
魔王は俯き、震えた声を落とす。
そして顔を上げ――叫ぶ。
「何故――我を混ぜてくれなかったのだああぁぁ!!」
その叫びは、魔都中に響いた。
魔王は心底悔しそうに頭を振る。
「何故!こんな盛大な祭りに!我を混ぜてくれなかったのだ!何故!我がいない時にこんな楽しそうなことをしておるのだ!勇者軍対魔王軍!最高の面白ネタではないか!」
魔王は頬を膨らませて怒りを露わにする。
勇者たちは。
分からなかった。理解できなかった。何故、そんなことで魔王が怒るのか。
魔王はなおも叫ぶ。
「怒ったぞ!我は怒った!魔界に攻め入るなら魔王を仲間はずれにしてはいけないであろう!我、怒り心頭である!――故に」
魔王は頭を振るのをやめ、顔を上げる。
「――貴様らにはちと仕置きをせねばあるまいな?」
魔王は笑っていた。
この世の何より、邪悪な笑みで。
その瞬間、ライに嫌な予感が走った。
「おい!全員撤退を…」
「ひっさーつ…」
魔王は構える。
それを見て、ソイドラは叫ぶ。
「ちょっと陛下!俺たちもいるんすけど!?」
しかし、魔王は構えを解かない。
「すぺしゃるうるとら――」
赤い光が魔王の手の中に収束していく。
――間に合わない。
ライはそう思った。
「光の剣よ――!!」
ライは剣を構える。
魔王は勢いよく両手を前に突き出した。
「――魔王波!!」
瞬間、魔王の手から赤い光が放たれる。
赤い光は轟音と共に、勇者たちを呑み込んだ。
音が、消える。
光が辺りを呑み込んだ。
辺りに静寂が流れた。
ライは、知らずに閉じていた目を開ける。
やっと目が慣れた頃に映った、目の前の光景は。
誰もいない、景色だった。
さっきまであれほどいた勇者たちが、今では誰一人見当たらない。
だけど、景色はさっきと同じだ。
建物も、敵の魔族もそのまま残っている。
人だけが、ぽっかりといなくなっていた。
「…何が」
ライの持っていた光の剣の輝きが消える。
それを見て、魔王は興味深そうな瞳を向けた。
「おお!それは光の剣!そなた聖剣使いか!久々に珍しい勇者がきたものよ。うむ、我は嬉しいぞ」
「…っ答えろ魔王!貴様、何をした!」
「うむ?分かっておらぬのか?」
魔王は首を傾げる。
「焼き払った、…というのは冗談で、さっきの我の魔王波で人間界に送り返しておいたぞ。そなたは聖剣があったから我の魔王波を防いだようだが――他の勇者共は人間界で散り散りであろうな。ま、死にはしておらん故、安心するがよい――ただ」
魔王は冷たい瞳でライを見下ろす。
「我がその気になればいつでも殺せたこと、忘れるでないぞ」
その瞳はまさしく、邪悪な魔王のものであった。
ライは戦慄した。
本当に、この魔王が本気になれば今頃全員が――
ふ、と、魔王は殺気を収め、無邪気に笑った。
「うむ、まあ我の留守中に攻め入ってきた不敬はこれで許そう。二度とするでないぞ?――さ、今日のところはとっとと帰って休むがよい。我も長旅で疲れている故、寝る」
魔王は大きなあくびをした。
ライは、ただ呆然と、立ち尽くしていた。
「何故――」
ライは、声を落とす。
「何故、殺さない」
「うむ?」
魔王は振り返る。
「何故って、そんなの――」
そして、少女のような顔で、笑った。
「その方が、面白そうだからに決まっておろう?」
それは、まさしく。
魔界を統べる悪しき王なのだと、ライは理解した。
「ではな、弱き聖剣使いよ。次会う時を楽しみにしておるぞ」
魔王はそう言い残し、翼をはためかせると、魔王城へと飛び去った。
ライは、ただ呆然とその場に立ち尽くし。
己が宿敵の強大さに、打ちひしがれていた。




