⑤ヒロシ、拘束!
その後もヒロシは、手に負えないほど暴れたが、やがて取り押さえる事に成功した。
玄関の隅で埃をかぶっていた、二つの縄跳びで、ヒロシの体をグルグル巻きにしたのだ。
ちなみに、この縄跳びは祐介と凛が、小学生の頃に使っていたものだ。
まさか、こんなふうに役立つとは。
兎にも角にも、これでヒロシはもう動けない。
さらに、ヒロシの口をタオルで縛ると、彼はフガフガと唸るだけになった。
「……噛まれてないよな? 凛」
ふと祐介が、凛に問いかけた。
ゾンビに噛まれると、ゾンビウイルスに感染するかもしれない。
祐介は、それを心配したのだ。
「大丈夫、噛まれてないよ。それより、ヒロシどうする?」
「うーん、こんな奴がいたら、生活出来ないしな。もういっそ、ゾンビですって公表しようか。テレビの取材が殺到して、お金を稼げるかもしれないぞ!」
「そんなのイヤ! クラスのみんなから、気持ち悪がられちゃうよ」
祐介は、しかめっ面で再び、うーんと唸った。
こめかみをポリポリと掻きながら「じゃあ、畑に埋めるか?」と、提案する。
「畑?」
「母さんが、野菜を作るために買った、農地があるじゃないか。今はヒロシが、ビールのつまみにと、枝豆を植えているんだけど、そこにヒロシを埋めようぜ。埋めた後、枝豆の葉っぱや蔓を上に置いて、カムフラージュすれば、分からないだろう」
「……殺して、埋めるの?」
「殺すっていうか、すでに死んでるけどな。ゾンビの弱点は頭だから、頭をカチ割れば、やっつけられるよ。どのゾンビ映画でも、そうだったから」
またヒロシが、暴れ出した。
首を左右に振り、ウガウガと唸っている。
そんなヒロシを押さえつけながら、凛が言った。
「でも、ヒロシがいなくなったら、さっきのおじさんが探すよ。きっと警察も来るよ」
「大丈夫。酔っ払って外に飛び出し、そのまま行方不明になったっていう事にするよ。ヒロシが暴れていたのは事実だからな。そのおじさんが証人だよ」
凛は感心したように、何度も頷いた。
「お兄ちゃん、頭いいね!」
妹に褒められた裕介は、得意げな顔をした。
しかし、そんな会話の最中も、ヒロシは延々と暴れ続けている。
凛は、苛立った声を出した。
「じゃあ早く、ヒロシをやっつけてよ! うるさいから」
「ここじゃあ駄目だ。ヒロシの太った体を、二人で運ぶのは大変だぞ。畑まで歩かせた方が、どう考えても楽だろ?」
「あ、そっか、そうだね!」
さっそく兄妹は、ヒロシを起き上がらせた。
外は肌寒いので、祐介は上着を着る。
ヒロシには、黒いロングコートを羽織らせた。
だが玄関を出たところで、祐介が困惑した顔で振り返った。
「畑は、すぐそこだけど、それまでに人に顔を見られたら困るな」
「全員、マスクすれば? もう十一月だし、おかしくないでしょ?」
「おっ、それはナイスアイデアだな」
祐介は、凛から差し出されたマスクを着けた。
さらに凛は、玄関棚に置いてあった個包装のマスク二枚を、自分とヒロシに着けた。
「よし、俺がヒロシを引っ張って先頭を行くから、お前は後ろからヒロシを押してくれ」
「うん、分かった」
◇ ◇ ◇
暗い夜道を進む、三つの影。
風に転がる落ち葉を踏みしめながら、祐介は街灯の光に近寄らないよう、注意して進んだ。
途中、何度かアツシが暴れたが、その度に祐介と凛が、蹴って殴って強制的に進ませた。
畑は、すぐに見えてきた。
約五メートル四方の、狭い土地だ。
周りには他人の畑があり、近くに家はない。
ここまで来るのに、誰ともすれ違っていない。
それはとても幸運だったが、ここにきて、祐介の具合が悪くなる。
「……なあ凛、このマスク変じゃないか? ずっと思ってたんだけど、煙草とニンニクの匂いがするぞ」
「あ、それ玄関に落ちてたマスク。あのおじさんが着けてたやつだよ」
「おぶぉええ……!」
祐介は、嘔吐しそうになった。
急いでマスクを取ると、地面に叩きつける。
「お前、ふざけんなっ! おっさんが着けてたマスクを渡してくるか、普通!」
「だって、マスク二枚しかなかったんだから、しょうがないよ。誰かが、あのマスクをしないと」
「だったら、ヒロシでいいだろ! ゾンビなんだから、気にしないだろ!」
「あ、言われてみれば、そうだねー」
「……ふざけんなよ、まったく!」
ペッペッと、何度も唾を吐く祐介。
その時、遠くで車の走る音がした。
続けて、犬の遠吠えも聴こえると、祐介は焦りを覚えた。
いつまでも、気持ち悪がってはいられないのだ。
誰かに目撃される前に、事を済まさなければ。
祐介は気を取り直し、少し離れた茂みの中にある大きな木に、ヒロシを縛り付けた。
ヒロシに着せていたロングコートを脱がし、それを使って動けないようにしたのだ。
ヒロシの見張りは、凛に任せる事にして、祐介は土を掘るためのスコップを探した。
街灯の弱い明かりが、それらしき農具を照らしている。
「お、スコップ発見!」
祐介は、誰かの畑に放置されていた、長さ一メートル程の鉄製のスコップを見つけた。
ヒヤリと冷たいスコップを両手で持ち上げると、枝豆を植えている畑へと戻った。
畑の枝豆は、辺り一面、乱雑に生えていた。
ちゃんと畝にしていないからだ。
ヒロシらしい、いい加減な植え方だが、それがかえって好都合。
人一人なら、隠せるだろう。
祐介は力を込めて、中央付近をスコップで掘り始めた。
つづく……
(次回、完結)




