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⑥ヒロシ、絶叫!


 一方、木に縛ったヒロシを監視している凛は、とても暇だった。


 鼻歌を歌ったり、木の枝を振り回して時間を潰していると、性懲りも無くまたヒロシが暴れだした。



「もうっ! ヒロシ、しつこいよ!」


 怒り顔で凛が近づくと……ゴツンッ!


 ヒロシが凛に、頭突きをした。



 それは大きな石と石が、ぶつかるような音だった。


 突然の衝撃に、凛は膝の力が抜け、大の字で倒れる。



 ほどなくして、頭を押さえ半身を起こす凛。


「いたたた……」


 パラパラと、土や枯れ葉を落としながら立ち上がると、ヒロシを睨みつけた。


「いったぁい……もうっ、何すんの! ヒロシのバカ! ハゲ! デブ! エロオヤジ!」



——その時だった!



「おい凛、助けてくれよぉ!」


 なんと、突然ヒロシが喋り出した。



 凛は驚きのあまり、思考が停止する。


 口を縛るタオルが外れたヒロシは、次々に言葉を発した。



「凛、聴いてるのか? 早く縛ってるこれを取ってくれよ! 俺はゾンビじゃないって! ずっと演技してたんだよぉぉ!」


 ぽかんと、口を開けたままの凛。


 言葉が出てこない。


 まるで静止画のように、ピタリと動きを止めたまま、立ち尽くした。



「お前、俺に精力増強のドリンク、飲ませただろ? あの時に目が覚めたんだよ! それでムカつくから、ゾンビのふりして、お前に襲いかかったんだよ! 懲らしめてやろうと思ってな! だって、こっちは階段から落ちて死にかけたんだからな!」



 何度も瞬きを繰り返した後、凛は恐る恐る、やっとヒロシに問いかけた。


「……呼吸してなかったって……お兄ちゃん言ってたよ」


「それ、たぶん睡眠時無呼吸症候群だよ! 今月から病院に通い出したって、言っただろう?」



 そういえば最近、ヒロシが無呼吸がなんとか言っていたような気がする。


 そんな事を思い出しながら、凛は再び問いかけた。



「……じゃあ、ずっと演技してたの? 人が訪ねて来ても?」


「平井のオヤジの事か? あいつ、金の催促に来たのが分かってたからな。ああやって、追い払ったんだよ」


 凛は頭を抱えて、顔を左右に振った。



「嘘よ、そんな訳ない。これは夢よ。私、頭を強く打って幻覚を見てるんだ……絶対にそうよ。だって、ゾンビが喋るわけないもん……」


「だから、ゾンビじゃないって! 祐介にも言ってくれよ! このままだと、あいつに頭をカチ割られて、埋められちゃうよぉぉぉ!」



 頭が混乱していた凛だが、ふと昨日読んだ少女漫画を思い出した。


 その内容は、今の状況に酷似している。


 頭を打った少女が、不気味な男の幻覚に操られる話だった。



 ……私は、この少女のようにはならない。


 ……操られてなるものか。



 凛は、ヒロシを鋭く睨んだ。


 それは何かを決意した目だった。



 ヒロシに近づくと、緩んだタオルを再び口に押し付け、きつく結ぶ。


 ヒロシは、またフガフガと唸り、喋れなくなった。


「私、騙されないからね!」



 そこへ、穴を掘ったばかりの祐介が、スコップを肩に担いでやってきた。


 薄っすらと、汗をかいている。


 穴を掘る作業は、かなりの肉体労働なのだ。


 息を整えながら、凛に問う。



「どうした、凛?」


「早く、ヒロシを……幻覚を見せてくる、このゾンビをやっつけて!」


「幻覚?」


「いいから早く、やっつけて!」


「ああ、分かったよ」


 祐介はヨイショと、重い鉄製のスコップを高く持ち上げた。



 それを見上げて、ヒロシは激しく、顔を左右に振った。


「フガーッ! フガーッ!」


 助けてくれと訴えるように、ジタバタしている。


 それは、まるで生きた人間のようだった。



「悪く思うなよ、ヒロシ。いや、生きた屍、ゾンビ!」


 殺意に満ちたスコップが、ギラリと光る。


 次の瞬間、それは勢いよく振り下ろされた。




「オラーーーッ!!」と叫ぶ祐介。



「行けぇぇぇ!!」と叫ぶ凛。



「フンガーーーッ!!」と叫ぶヒロシ。






 ——任務完了。


 祐介が、土をかぶせる。


 その上に、寄せてあった枝豆の蔓を元どおりに置いた。



「これでよし! まさか育てている農作物の真下に、ゾンビが眠っているとは、誰も思わないだろう」


「やったね、お兄ちゃん。まさに、木を隠すなら森の中っていうやつだね!」


「いや、ちょっと違う。とにかく、もう帰ろうぜ。腹が減ったよ」


「そうだね。冷蔵庫にローストビーフがあるから、あれ食べようよ」


「いや、ちょっと肉はいいや……」



 そんな会話をしながら、祐介は、ふと空を見上げた。


 秋の夜空には、満天の星が輝いていた。










 ……ウゥゥゥ……。


 どこかで、地獄からの呻き声がする。


 そして、モソモソと土が動き出した——







おわり


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