④ヒロシ、狂乱!
「ねえ、ヒロシおかしいよ。どうしたんだろ?」
前髪の乱れた凛が、問い掛ける。
しかし、裕介には見当もつかない。
「分からねえよ……」
ヒロシは、なおもドアを叩きながら、狂ったように「うがぁ、うがぁ!」と、凶暴な声を出し続けた。
「お兄ちゃん、あれって、もしかして……ゾンビじゃないの?」
「ゾンビ?」
「小学生の時、お兄ちゃんとゾンビを撃つゲームをやったよね。あれにそっくりなんだけど」
まさか、そんなわけ……。
祐介は考えた。
確かに一度死んでいたし、蘇った後の変貌ぶりは、まるでゾンビのようだ。
祐介は顔をしかめて、凛を見た。
「認めたくないけど……もしかしたら、本当にゾンビかも……」
祐介がそう言うと、凛はウンウンと頷いた。
ピンポーン!
唐突に、家のチャイムが鳴った。
こんな時に一体誰だ?
祐介と凛が、顔を見合わせた。
もう一度、チャイムが鳴ると、続けて玄関ドアをノックする音も聴こえた。
すると、トイレの外にいたヒロシの気配が、フッと消えた。
凛がドアに耳をあて、確認する。
ヒロシの荒い息づかいが、全く聴こえない。
「お兄ちゃん。ヒロシいなくなったよ」
「……そうか! ゾンビは、音のする方へと向かうんだ。ゾンビが出てくる海外ドラマを見たことあるけど、そんなシーンがよくあった」
「え、じゃあ玄関の方に行ったの?」
「きっとそうだ。よし、後ろからヒロシを捕まえようぜ」
祐介達は、トイレの中で武器になりそうな物を探した。
祐介はハンドタオルを、凛は便所ブラシを、それぞれ手に持った。
準備が整うと、そっと鍵を外し、玄関へと目を向けた。
そこには、フラフラと歩くヒロシの後ろ姿があった。
祐介達は音を立てぬよう、慎重に近づいた。
「それっ、今だ!」
祐介は、両手で引っ張ったタオルを、ヒロシの首に巻きつけた。
とたんに暴れ出す、ヒロシ。
凛は正面から便所ブラシで、ヒロシの顔面を突こうした。
だが、ヒロシが寸前で避けたため、後ろにいた祐介の顔面に、汚いブラシ部分が命中する。
「ぶわっ! 汚ねえ!」
「あ、ごめーん」
「ごめーんじゃねえよ!」
顔を濡らした祐介が、憤慨する。
だが、今は怒っている暇もない。
またヒロシが、襲いかかってくるからだ。
祐介が、ヒロシと取っ組み合いを始めると、気の強い凛も加勢する。
凛は、おんぶのようにヒロシの背中に飛び乗ると、彼の薄い髪の毛を引っ張った。
ピンポーン!
コンコンコン!
ずっと玄関にいたのは、初老の男だった。
彼は苛立っていた。
家の明かりがついていて、声や物音も聴こえてくる。
人が居るのは、明らかだ。
それなのに、いつまで経っても、誰も出てこない。
「はよ出ろや、ほんま!」
男の名は、平井。
関西出身だ。
彼はヒロシの麻雀仲間で、吉岡邸に来た理由は、ただ一つ。
麻雀でのヒロシの負け分を、取りに来たのだ。
ちなみに平井は、この日、風邪気味でマスクを着けていた。
「おーい、ヒロシ!」
とうとう我慢が出来なくなった平井は、大声で呼びかけた。
それと同時に、ドアノブを掴んでみる。
意外にも、ドアは力なく開いた。
実は、凛が帰宅した時、鍵をし忘れたのだ。
「なんや、開いとんのかい」
平井が隙間から、顔を覗かせた。
そこには組んず解れつ、取っ組み合いを繰り返す兄妹達がいた。
その異様な光景に、平井は眉間に深いしわを作る。
「……お前ら、何やっとんねん?」
平井の声に、祐介と凛が振り向いた。
一瞬、力の抜けた祐介達は、ヒロシに払いのけられた。
そしてヒロシは、玄関にいる平井の存在に気づくと、足早に彼へと歩み寄った。
「おっ、ヒロシ! おまえ、この前の麻雀の負け分、今日こそキッチリ払えよ!」
「うがぁぁぁ!」
ヒロシが叫びながら、平井に襲いかかる。
「うわっ、何やヒロシ! 気ぃ狂ったんか!」
平井の首を締めるアツシ。
祐介は急いで、その手を引き離した。
「すいません! ヒロシの友人ですよね? この人、ちょっと酔っ払っているんです!」
「いや、酒乱にも程があるやろ! 悪魔が乗り移っとるやないかい!」
平井はマスクを取ると、痛めた首を押さえて激怒した。
「あの、すいません。今日のところは……」
「言われんでも帰るわ! こんな発狂男、はよ縄で縛っとけや、ほんま!」
平井は怒鳴りつけると、大きな舌打ちをして、仕方なく帰って行った。
つづく……




