23.公爵令嬢12
コフィ伯爵子息ジョシュアは長じるにつれ、父母との風貌に似ず、口さがない者たちに不義の子だと噂されていた。父と同じく騎士を志していたジョシュアは、気に病んでいた。
そんなジョシュアの悩みを聞きだし、払しょくしてくれたのは幼馴染たちだ。
ジョシュアの気持ちの吐露に耳を傾け、両親と腹を割って話すほかはないと何度となく言われた。なかなか踏み出せずにいた背中を押してくれた。
ようやっと話をすることができたのは、学院入学直前である。両親は驚いたものの、ジョシュアの悩みを笑ったりすることなく、真摯に受け止め、けれど、不実はなかったときっぱりと言い切った。それで、ジョシュアは疑念を晴らすことができたのだ。簡単なことだった。けれど、その一歩を踏み出すことがなかなかできないでいたのだ。
それをする助けとなってくれた幼馴染たちに、ジョシュアはとても感謝している。
だから、いかな権力者であり、いかなうつくしさの持ち主とは言え、メレディス王女の要望に応える気にはならなかった。それに、王女の権力やうつくしさ以上のものを、リディアとその守護者たちは持っている。戦力差が大きく開いているというのに、当事者ともなれば気づかないものなのだ。
ジョシュアはメレディス王女の話に乗る振りをしつつ、情報をルーファスに流すことにした。
その日、陰干ししていた魔導書が姿を消した。リディアとセシリアは懸命に捜索したが、見つからない。思い余ってカーライル侯爵家に使いを出したところ、すぐにギルバートがやって来た。
詳しい事情を聞いたギルバートが表情を曇らせる。
「これだけ捜索し、使用人も知らないと言っているのですから、持ち去られたとしか考えられません」
「まさか、そんな、」
「ああ!」
ギルバートはその日の来訪者を尋ねた。
「ダヴェンポートの王子殿下と侯爵子息がおいでですわ」
「そのふたりには聞かれましたか?」
「いいえ」
「では、そちらはわたしが確認してまいりましょう」
ジェイラスとルーファスはリディアとセシリアが不安げにするものだから、今一度、使用人たちに探し物をするように指示をする。
そんな慌ただしい最中であったから、リディア宛てに手紙が届いたときも、誰も注意を払わなかった。それを受け取って内容を読んだリディアが思いつめた様子だったのに、気付く者はいなかった。
そして、いつの間にか、リディアの姿はフェアクロフ公爵家から忽然と消えていたのである。蜂の巣をつついたようになった公爵家で、馬車が一台消えていることが判明した。同時に、四頭の聖獣のうち、三頭の姿もまた見当たらない。国からすれば由々しき事態だが、フェアクロフ公爵家としてはリディアひとりではなく聖獣が共に行動しているのであれば、最悪の事態はまぬかれる可能性が高い。
遅まきながらそれらに気づいたころ、ジョシュアとギルバートが訪ねて来る。
ギルバートはダヴェンポートの第四王子ランドルフに会い、一行の行動を確かめ、従者のわずかな不自然な動きから問い詰め、王女の要求を聞きだした。そして、彼の取った行動も。
従者はリディアが大切しているものの、あくまで単なる書物だと思っているようだったので、ギルバートはさすがにすぐその足で王女の宮に乗り込んで返却を求めることはせずに公爵家に舞い戻って来たのだ。
そして、ジョシュアがメレディス王女から聞かされたことを語って見せた。
使用人が告げたリディア宛ての差出人不明の手紙は、状況から見てもメレディス王女からであると予想された。
もはや、氷の公爵とその子息、並びに宰相補佐の怒りを鎮めることができる者はいなかった。ただ、公爵夫人の言葉で、なんとか理性を保って行動することができていたのだった。
ジェイラスが使用人たちに館の外も含めてリディアを探すように命じているところへ、エヴァレット公爵エドワードとコフィ伯爵エリオットが飛び込んでくる。
「国境に軍勢が集結しているとの報告を受けました」
騎士団長エリオットの言葉に、ジェイラスは片眉を跳ね上げる。しかし、彼がどこの軍勢か問う前に、ギルバートが答えた。
「ああ、クウィアンでしょう」
それは国王の側室の生国の名であった。
「ご存知なのですか?」
「いえ、状況から考えてそうだと思ったまでです」
目を見開いたエリオットに、ギルバートは微笑んだ。しかし、その奥にある灼熱の苛立ちが垣間見え、百戦錬磨の騎士団長は背筋が凍る思いだった。
ジェイラスはエドワードとエリオットに口早にリディアの姿が消えたことを説明する。エリオットは素早く従者に伝えて騎士団に捜索を指示する。
ギルバートが宰相補佐としての役割を果たすべく口を開く。
「騎士団長は軍を率いて、現場へ向かってください。ただし、決して開戦しないように。兵士にくれぐれも挑発しない、挑発に乗らないように申し伝えて下さい」
了解したエリオットにひとつ頷いたギルバートは、今度はエドワードの方を向く。いつもは面白げに輝く垂れ目は今は真剣味を帯びている。
「エヴァレット公爵は父とともに陛下へ奏上をお願いします」
「分かった。決して開戦するなというのだな?」
「話が早くて助かります。フェアクロフ公爵はおふたりとは別口で、陛下へ王女の身柄を要求して下さい」
前者をエドワードへ、後者をジェイラスに告げる。
「当然だな。こんなことをしでかした報いをしっかりと受けていただかなければならん」
「わたしはクウィアンに潜伏している配下に連絡を取ります」
居並ぶ者たちは呆気にとられた。軽く言ってのけるが、未だ宰相となっていないのにもかかわらず、自国だけでなく、他国にも人を潜ませていたのだ。この様子では周辺諸国を網羅しているに違いない。
「おそらく、クウィアンの狙いは聖獣、ひいては聖女でしょう」
「そこにメレディス王女が絡んでくるのか」
「どちらが言い出したのかな」
ギルバートの予想に、ジェイラスが唸り、エドワードが唇の片端を吊り上げる。
「メレディス王女から頻繁にクウィアンの国王陛下に親書を送っていたそうですよ」
「うつくしい姪御の甘言に乗せられたか」
ギルバートがもたらした情報に、エドワードが渋面となる。
母親がクウィアン国王の妹だからといって、エントウィッスルに損害を与えるとあっては王族としての役割を理解しているとは言えない。相互間に益をもたらし、両国の関係を強固なものにする存在であらねばならないのだ。そのための身分である。ただ単に傅かれるのではないのだ。
「メレディス王女はそこを見誤った」
彼女は自身のうつくしさに自信を持つあまり、それだけを頼みにしていたのだ。
「確かにうつくしさは力であるが、それだけでは用をなさない」
ここに揃った者たちはうつくしさだけでなく、頭脳や武力、政治手腕など、様々な能力に長けた者たちであった。
「父上、叔父上、わたくしも姉上の捜索にお加えください」
ルーファスは緊張の面持ちでジェイラスとギルバートに願い出た。
先だってようやく思いを果たし、内内とはいえ結婚の約束を取り付けたルーファスである。禁止しても、こっそり探そうとするだろう。ならば、目の届く範囲にいる方が良い。ジェイラスとギルバートはそう判断して、許可を出した。
ルーファスは氷の公爵と辣腕の宰相補佐を出し抜けそうであることに、内心安堵していた。




