21.公爵令嬢11
王女と伯爵令嬢はさらに言い募ろうとしたとき、ルーファスがため息交じりで笑って見せた。徐々に加速する不穏な空気に、その行動ひとつで、明確に風穴を開けてみせた。
「そうなんですか?」
ルーファスは具体的な事象を口にせず、ただ、第二王子に意味ありげな視線をやった。
そして、第二王子はしっかりと国王から釘を刺されている。さらには、彼自身もフェアクロフ公爵ならびに宰相補佐の思惑とその手腕を知っている。
だから、ルーファスにこの局面で水を向けられてはこう答えるほかなかった。
「いや、黒鶏の聖獣はこちら側からフェアクロフ公爵令嬢に世話を願い出たことだ」
「そうでしょうとも」
苦々し気に言う第二王子に、ルーファスは淡々と受ける。それ以上に王女は渋い顔つきになる。伯爵令嬢は気まずげだ。しかし、ルーファスの追及はそこで終わらない。
「では、ダヴェンポートの貴人云々とはどういうことでしょうか?」
「いや、それは、その、」
「ダヴェンポートの第四王子ランドルフ殿下は確かに当家においでですが、あくまでわたしの学友としてです。イーズテイル侯爵子息もごいっしょされています。事実無根のことを軽々しく口に出されては、フェアクロフ公爵家としましても、厳正に対処を求めるほかはありません」
ありもしないことで公衆の面前であげつらうなど、フェアクロフ公爵家を敵に回すということだ、相応の覚悟はあるのだろうな、とルーファスは貴族の微笑で言ってのけた。それは迫力をはらんでおり、第二王子などはフェアクロフ公爵や宰相補佐と似た威圧を感じた。今ルーファスが取った手法は後者が取るものに酷似している。宰相補佐は穏やかな風貌、静かな物言いでじわじわと詰めて来る。いつの間にか、手詰まりとなり、降参するほかなくなっているのだ。対して、フェアクロフ公爵からは絶対零度の視線を向けられるだけで思考も舌の根も凍り付いてしまう。
ルーファスの威圧に、侯爵子息だけでなく、王女も伯爵令嬢もまた気圧された。王女は青ざめ、伯爵令嬢は身を固くして涙ぐんですらいる。
それもそのはず、よりによって、リディアを守護するためにあらゆる困難を乗り越えんとするルーファスの前で、彼女を口撃したのだ。あっさり切り返され、反撃する術もない。
「それで、ご自身の振る舞いに対し、どういった対処をされるおつもりでしょうか?」
自分がしでかしたことを、なかったことにはできないとルーファスは王女に迫った。淡々とした口調ながら、言い逃れる余地はなかった。
「わ、わたくしは、その、そんなつもりでは、」
いつもなら、王女という立場やなんならそのうつくしさで相手に妥協させてうやむやに終わらせていた。しかし、今回は相手が悪かった。
「ではどんな意図でおっしゃられたのでしょうか?」
情報収集の大切さをフェアクロフ公爵とギルバートからしっかり教え込まれたルーファスは実戦に移し、王女がことあるごとにリディアに嫌がらせをしているのを掴んでいた。そろそろ明確に反撃に出るべきだと考え、公爵と宰相候補と意見のすり合わせをしていた。
「そ、それは、」
「黒鶏の聖獣のことに関しても、心得違いであることをおっしゃられた謝罪をまだ受けておりません。第二王子は誤謬を認めておられるにもかかわらず」
弟である以前に、第二王位継承者という貴人の言葉を否定するのか、とルーファスは言外に伝える。
王女はすがりつくように、その第二王子に視線を向けた。弟は硬い表情のまま、小さく顎を横に振った。その先にはリディアがおり、謝罪しろと促しているのだ。
メレディスは慌てて残る異性である侯爵子息に目線を移す。彼はさっと視線を逸らした。
メレディスは唖然とした。いつも熱のこもった目で舐め回すように見ていたのに、今は面倒ごとには係わりたくないとばかりである。こんな不誠実な男、こちらから願い下げだと腹を立てる。
そして、最後に伯爵令嬢を見た。彼女は固まったまま、眦に涙を溜めている。
「あなた、なにをしているの?」
「え?」
「フェアクロフ公爵子息のおっしゃるとおりよ。さあ、謝罪なさって」
居並ぶものたちはそれぞれ、呆れ、驚き、失笑した。もちろん、最後のはルーファスである。
「いえ、わたしはメレディス・エントウィッスル王女殿下に申し上げました」
そして、淡々と言い切る。王女の逃げ場をふさぐ。
「フェアクロフ公爵家次期当主として要求します。我が姉リディア・フェアクロフ公爵令嬢を侮辱したことへの謝罪を」
王女だけでなく、第二王子も侯爵子息も伯爵令嬢も、みなが息を呑んだ。そうして、ついにルーファス・フェアクロフ公爵子息は、抗えざる威圧をもってして、王女メレディスに頭を下げさせたのだ。
ジェイラス並びにギルバートもまた、以前から業を煮やしており、国王に改善を求めていた。それが一時は止んでも、ほとぼりがさめたらふたたび起きる。その繰り返しに、ついにはリディアの守護者として、ルーファスに剛腕を振るうことを許可したのだ。
しかし、それがより事態をより混迷させることになるとは思いもよらなかった。
まだ若く、経験の浅いルーファスは、追いつめられたものが破れかぶれの手段、どう考えてもことが露見する、着地点がどこにあるのか分からないようなものに手を出すとは思いもよらなかったのだ。
天才は凡才の心知らず。
フェアクロフ公爵家では再三、メレディス王女の振る舞いについて苦言を奏上していた。王室でも苦慮したが、機会をとらえてフェアクロフ公爵家の次期当主である者が直接王女に働きかけた。それはフェアクロフ公爵家の当主の許可するところでもある。
王家からも厳しく言い渡されたメレディス王女は絡め手を用いることにした。
「ごきげんよう、コフィ伯爵子息ジョシュアさま」
メレディスは嫣然と微笑みながら、煮えたぎる感情を腹に抱えていた。
使用人に探らせたところ、フェアクロフ公爵令嬢リディアが義弟のルーファスと婚約すると知った。
ランドルフ殿下となにもないのであれば、あんなにしつこく追及する必要はないではないか。あのくらいのことで、なんとしつこいことか。自分に謝罪を求め、実際にさせてしまうなど。被害者はこちらの方だ。
さらに言えば、フェアクロフ公爵家子息ルーファスは以前から、ちょっといいなと思っていたのだ。そんな容姿に優れ才能あふれる者を、あの小憎らしい貧弱な小娘が奪っていくのだ。あいつのせいでうつくしいルーファスから詰られたのだ。なよなよした風情で異性の同情を受けようとする性根が腐った女だ。同性から嫌われるタイプだ。その証拠に、メレディスが使用人に調べさせたところ、学院では一年次に友人はひとりもいなかったらしい。
そんなリディアがメレディスのものであるはずなのに、また掠め取って行くのだ。
「フェアクロフ公爵令嬢はわたくしから黒鶏の聖獣を取り上げたばかりか、ランドルフさまの仲まで裂こうというとんでもない女なのですわ」
メレディスは王女の品格を損なわない程度に、困ったふうに微笑みながら、コフィ伯爵子息ジョシュアを見つめた。大抵、男たちはこれで自分の言う通りに行動する。
ジョシュアはリディアとルーファスの幼馴染だ。彼ならふたりに容易に近づける。
メレディスはうっとりと微笑んだ。眼前の気弱そうな伯爵子息もまた、すべからく、うつくしい自分にひざまずき、その命令に従うのだ。




