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19.公爵令嬢10

 

「姉上は少々身分が低くても才能がある方に嫁ぐことを望まれたそうですね」

 ルーファスが言った通りのことを、父に話したことがある。


 聖獣たちの扱いは難しい。国だけでなく周辺諸国への牽制も必要だ。居丈高にならず、けれど、弱腰では決してなく、聖獣が集うことを認めさせなければならない。生半可な気構えでは乗り越えられない。ましてや、気弱ではすぐに破綻するだろう。


 今、自分がのうのうとしていられるのはひとえに父が許容してくれているからだ。しかし、婚姻を結ぶ者がそうできるだけの手腕の持ち主だとは限らない。

 だから、そういったことを上手く対処できる者と婚姻を結びたいと父に伝えたのだ。


 貴族の結婚は義務であるから、もともとそう高望みしてはいけない。それでなくても、聖獣という存在は旨味もあれば弱点ともなり得る。


 頷いたリディアの手をルーファスが握る。そうすることで、互いの距離が縮まる。

「わたしではいけませんか?」

 ルーファスは少し顔に角度をつけ、懇願するような色合いを見せた。

「あなたが? でも、」

 リディアは息を整えて冷静に考えようと努めた。


「わたしなら事情をよくよく存じ上げております」

「それはもちろんだけれど、」

 リディアは考えた。ルーファスは養子になった自分の立場を固めようとしているのではないだろうか。つまりは、公爵家がほしくて自分と結婚しようというのだろう。

 そうでなければおかしい。なぜなら、これほど容姿に優れ、頭も風采も良いのだ。妙な噂が付きまとう自分でなくても、才色兼備の令嬢はたくさんいるだろう。


「姉上は父上におっしゃいましたよね。貴族の結婚は義務だと」

「え、ええ、」

「では、公爵家を存続させ得る存在であれば構わないでしょう?」

「そうね」

「わたしはその条件に該当します」

「でも、あなたならより良い方と縁付けるでしょう?」

 リディアのような面倒ごとを抱えた者でなくても引く手あまただ。


「わたしは姉上が良いのです」

「そうね、公爵家は魅力的でしょうけれど」

 義弟は眉をしかめた。うだうだと言っていないでさっさと了承しろということか。


「で、でも、わたくし、結婚当初から夫に愛人がいるのは、その、」

 やはり、悲しいものは悲しいのだ。

「————わたしは愛人を持つ予定はございませんが」

 ルーファスの声がわずかに低くなった。

「でも、あなた、好きな方がいらっしゃるのでは?」

 義弟の笑顔が凍り付いた。

「どうしてそこまでご存知でありながら、」

 沈痛な表情で額を抑えた。そんな顔をしてもうつくしさは損なわれないのだから、美形というのはすごい。うつくしいというより、ちょっと色っぽい感じがする。


「姉上、聖獣だとか聖女だとかは障害でもなんでもありません」

 ルーファスは本当になんでもないことのように言ってのけた。そして、顔を近づけて来て、あなたの愛を得られるのなら、大したことではない、とささやいた。


「あなたの愛が得られるのであれば、そして、あなたを守るためならば、公爵家を継いでみせましょう、マイディア」

 ルーファスはあくまでも、リディアが欲しいのであって、公爵家を継ぐのはその権利をえるためなのだと説いた。


 ルーファスはリディアのここ数年の懸念を払しょくした。リディアは安堵のため息をつき、思わず涙がこぼれた。歪む視界の最中でも、金色とも見まがう琥珀色はうつくしい色彩を放っていた。幼いころ、魔導書に教わって褒めた、リディアが大好きな色あいだ。




 さて、長年の想いが叶ったルーファスは電光石火で動いた。

 あれよあれよという間に、内々でリディアはルーファスの婚約者に決まったのだ。

 貴族の慣習でいったん養子となった義理の兄弟が婚姻を結ぶことはままある。


「ようやくか」

 そう言ってフェアクロフ公爵ジェイラスの肩に腕を置いてのしかかるエヴァレット公爵エドワードは面白くて仕方がないという顔をしている。対するジェイラスはついに娘が嫁に、といった渋面を作っている。正確には娘が婿取りをするのだが、面白くないのには変わりはないのだ。


「おめでとう、リディア」

「ありがとうございます、叔母上さま、コフィ伯爵夫人」

 いつもならいっしょになって対応する母セシリアはダヴェンボートの第四皇子ランドルフと会話している。フェアクロフ公爵家にしょっちゅうやって来るので慣れたものだ。今回の婚約の内定もフェリシアから聞いて自分も祝いの席に参加したいと申し出たのだ。


 そのフェリシアは「わたくしのリディアを泣かせたら承知しなくてよ」とルーファスににこやかに宣言していた。その隣で、以下同文とばかりに叔父カーライル侯爵子息ギルバートがそこはかとない迫力の漂う穏やかな笑みを浮かべている。


 なお、「そこはかとない」というのには「なんとなく」という意味と「無限の」という意味があるらしく、この表現は魔導書がよく使っている。『アイツ、穏やかな笑顔に、そこはかとなくドス黒さを感じさせるっていう人間離れしたワザを持つからね。なんとなく、でも、しっかり無限に主張し続けるのよ。コワイわあ!』

 そんなことを綴りつつ、魔導書はいつも楽しげである。


 だから、リディアも聖女なんていう大それた立場においてもなんとかここまでやり過ごすことができたのだ。




「フェアクロフ公爵令嬢はほかの方のものが欲しくなってしまわれるご様子ね?」

 そう言って、茶会の席でメレディス・エントウィッスル王女は小首を傾げてほほえんだ。さらりと黒髪が細い肩の上を流れ落ちる。

 おっとりとした仕草ややわらかというよりはやや粘着質な声音で、ぎょっとする内容を話すのに、リディアは息が止まりそうになる。


 同席するのは第二王子アルバート・エントウィッスルと弟のフェアクロフ公爵子息ルーファス、侯爵子息と伯爵令嬢、そしてリディアだ。


「あら、どういうことですの?」

 伯爵令嬢はルーファスが口を開く前に素早くそう尋ねた。後から魔導書が言うことには『きっと打ち合せ済みね』である。


「アルバート殿下の黒鶏の聖獣を掠め取っておいでなのに、ダヴェンポートの貴人のお心をもさらってしまわれようというの」

 可愛らしい声音で、しかし、その緑色の瞳にはありありと憎々し気な光が宿っていた。

 人は自分の行動を正当化しようとするものだが、それにしたって事実無根である。メレディス王女が醜いといって押し付けた黒いヒヨコが長じて黒鶏の聖獣となったのだから。


「まあ! なんて不躾ぶしつけな!」

 伯爵令嬢が高い声で非難する。王女の言葉を受けて、というふうに装ってはいるものの、その意図するところは明白で、侯爵子息は口を挟めずにいた。


 さて、フェアクロフ公爵家の意向を無視できない王室としては、リディアと同じテーブルにルーファスの席を設えた。

 そんなルーファスが、リディアへのいわれなき非難に黙っているはずもなかった。

 琥珀色のうつくしい瞳が口さがない者たちへ向けられ、炯々(けいけい)と光る。




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