13.公爵令嬢7
リディアは元々飛びぬけて優れた容姿の持ち主だが、フェアクロフ公爵と宰相補佐が溺愛するので、そのふたりに恐れをなした男性は近寄らない。その上、今は聖女と認定され、神殿も目を光らせている。
知らずに近寄ってきた者も、リディアの名前を聞いたとたん、及び腰になる。
なお、フェアクロフ公爵と宰相補佐は、その程度の覚悟の者なら切り捨てるスタンスである。
幼少のころからそんなふうなので、リディアは自分には魅力はないものだと思い込んでいた。すっかり自己評価が低くなってしまっている。
後に、せっせとルーファスが口説くのに、ぴんとこないのはこれらが原因である。
実際には、両親や使用人に愛される令嬢になっていた。両親の祖父母や叔父叔母、友人たちからも愛されている。つまり、高位貴族から可愛がられている。なおさら、なかなか手を出すのに勇気がいる令嬢となってしまったのである。
そして、いつの間にか、義弟ルーファスは思春期を迎え、やや避けられ気味で、距離を置かれた。
寂しかったけれど、聖獣たちの世話に明け暮れることで気を紛らわしたリディアである。
王族とも交流を持っている。
内々の茶会に招待された席で王妃に言われた。
「もう、うちの子になっておしまいになれば?」
冗談めかしているが、それは王太子妃に推挙するということだ。とんでもない大役である。愛想笑いを浮かべつつ、内心まごつくリディアに代わって答えたのは、最近幾分そっけないルーファスである。
「王妃殿下、姉上は公爵家の唯一のお血筋ですから」
「あら、そうねえ。婿取りをしなくちゃいけないものね」
リディアは冗談に紛れさせてそんなふうに王妃からですら機会をうかがわれているのである。
十五になり、じきに学院に入学するリディアは幼いころは妖精のようで、成長しつつある今は精霊のようにうつくしいと言われている。
最近、焦りを覚えたルーファスは父であるフェアクロフ公爵に談判した。「姉上と結婚できるのなら、公爵家を継いでも良い」と。
「公爵家はついでか」
ジェイラスは面白そうに笑った。
「その意気や善し」
フェアクロフ公爵はリディアを幸せにする気概がない者に嫁がせるつもりはないのだから、公爵の後継だと易々と認めさせるくらいの男になる必要がある。
ルーファスがついそっけない態度を取ってしまうのは、リディアがどんどん女性らしくなったからどぎまぎしているからだ。それと、あまり近すぎると、「家族」になってしまって「恋人」には見られなくなるという危惧もあった。
しかし、距離を置けばもうそれっきりだということに気が付いてからは積極的にアプローチすることにした。
「お疲れではないですか?」
王妃の茶会でリディアをエスコートする上品な振る舞いに、リディアは純粋に感心した。
久々にちゃんと顔を合わせたルーファスはとんでもなく身長が伸びていた。思わず見上げてしまう。そのため、一歩後ろに下がることとなった。
単に背が伸びただけではない。艶やかな黒髪と琥珀色の瞳、理知的な相貌が神秘的な雰囲気を作り上げていた。
「ご立派になられましたわね」
思わずそう口からでていた。
「姉上も、少しお目にかからないうちにうつくしくなられました。まさしく、花がほころぶようですね」
「あら、」
貴族特有の社交辞令もばっちりだ。義弟の成長ぶりに、リディアは思わず微笑んだ。
ルーファスはリディアを愛するがあまり、彼女を守れるだけの力を手に入れようとした。とんでもない溺愛ぶりである。しかし、それは悲しいことにことごとくすれ違っていたのである。
さて、とうとうリディアはプレスコット学院へ入学した。
王侯貴族が通うため、設備は十分に整っている。
『まかり間違っても、パンを咥えて走るようなカンジじゃないわね。曲がり角で出会いが!ってワケにはいかなさそう』
魔導書は妙なことを綴っていたが、学院でなくてもパンを咥えて走ることはそうそうないと思う。
リディアがそんなふうにぼんやり考えていたのは、誰ともしゃべる相手がいないからだった。
そう、リディアは入学して大分経つのに、いまだ友人を作れていないのだった。
同じクラスにいる王女と面識はあるものの、できれば近づきたくない相手である。さらには、その王女が事あるごとにリディアに遠回しの嫌味を言うものだから、すっかりクラスメートたちに遠巻きにされるようになった。これでは、茶会やガーデンパーティと同じである。
閉鎖的な場所では特定の感情はエスカレートしやすい。
ひとりぼっちでいるだけでなく、聞こえよがしに陰口を言われたり、持ち物が紛失することが多発した。悪意を表すかのように、壊された持ち物は机の上にさらされていた。
魔導書の予言通りである。
聞いていた通り、従者が次々に文房具を渡して来る。なんでも十分なほどに与えられるリディアにとって、さほど不思議なことではない。それよりも、魔導書が綴ったことが思い出される。
「これがワンコ文房具」
ふと笑いが漏れ、こわばっていた心がふんわりほどけた。
そんなふうにして、魔導書が事前に知らせておいてくれたものだから、嫌がらせをされてもあまり深刻に受け止めずに済んだ。
けれど、とうとう、決定的なことが起きる。リディアは王女と、彼女とよく行動する貴族の令嬢たちに人気のない教室で取り囲まれたのだ。嘲笑や粘着質な物言いであれこれとあげつらわれる。直接的な暴力はなかったものの、行動を制限される囲みは十分に威圧的だった。
通りかかって戸口からそれと見て取った者も、足早に行ってしまった。その者が知らせたかどうかは分からないが、やって来た王太子が割って入り、なんとか事は収まった。
「リディア嬢、申し訳ない」
自分がしたことで、兄であり、第一王位継承者であるライオネルが頭を下げたことで、メレディスも引くしかなかった。
いっしょになってリディアを囲んでいた令嬢たちも蒼ざめてそそくさとその場を立ち去る。
妹と令嬢たちが去って行くのを見送ったライオネルはリディアに再度頭を下げた。
「本当に済まないね。メレディスは聖女である君のことが妬ましくて仕方がないんだ」
妹は自分が一番大切に扱われなければ気が済まないのだ。なのに、同学年、同じクラスになにかと目立つリディア・フェアクロフ公爵令嬢がいる。邪魔以外の何物でもないだろう。
一方、リディアはライオネルの言葉を聞いて驚いていた。
「まあ、メレディスさまはあんなにうつくしくていらっしゃるのに」
長い黒髪に緑色の瞳のメレディス・エントウィッスルは妖艶という言葉がぴったりの歳に似合わぬ色香を持つ令嬢だ。傍から見ていても、茶会や園遊会で異性の視線が吸い付くように集中している。
リディアこそ、メレディスは婚活などしなくても引く手あまただろうと羨ましかった。
「わたくしなど、友人作りですら苦戦しておりますのに」
「ああ、君は遠巻きにされてしまうのだろうね」
ライオネルの言うとおり、どこへ行っても腫れもの扱いである。魔導書曰く、『触るな、キケン! 危険物扱いよねえ』である。失礼な話である。
「学院生たちも自分たちが通う時期に聖女がいるから、浮足立っているからね。それがまた、メレディスには面白くないんだろう」
だからといって、自分におもねる者たちを使ってリディアの悪評を流すのはやりすぎだ。
王室として、早急に対応する必要性を感じた。たとえリディア本人が許したとしても、その係累は彼女が不当に扱われることがあればみじんも容赦しないだろう。
ライオネルはそんな想像はおくびにも出さずに続ける。
「しかし、君もまた、異性の視線を集めているだろう。ここでは公爵や宰相補佐の圧力が多少緩むからね」
ライオネルの言うとおり、ちらほら放課後や休日の誘いを受けることもあるが、リディアはすべて断っている。
ルーファスがそうした方が王女のやっかみが薄れるだろうと言ったからだ。そして、事実、そうなった。現場を見ていないというのにその場にいるような助言をするのだから、すごいものである。
さて、噂に敏感な貴族社会であり、その前哨戦とも言える学院で、生徒たちはリディアを遠巻きにする。王女ににらまれたくないからだ。そんな実情を知った王太子がリディアをなにかと気に掛け助けた。
そうしつつ、王太子は王女に注意をする。
「まるでわたくしがいじめているみたいなことをおっしゃるのね」
「君の振る舞いはそのものだ」
聞き入れない妹に、事がエスカレートすることを危惧した王太子は、そうなる前に終息を図ろうと国王に報告する。報告を受けた王は慌てて娘に謹慎を言いつけた。同時に、外国の王族との婚姻を検討し始める。それだけ、公爵令嬢のバックが恐ろしいのだ。今や神殿もついている。
王女はふてくされて、学院を辞めてしまった。あっさりしたものである。
そうして王女が学院に来なくなって、リディアの学院生活は平和なものになる。遠巻きにされ視線すら合うことがなかったクラスメートとも、挨拶くらいはかわすようになった。
王女と言えば、謹慎させられたという不名誉に、さらにリディアに恨みを募らせる。しかし、結果的には、学院を去って良かったのだ。なぜなら、一年足らずでルーファスを始めとするリディアを守らんとする者たちが入学して来るからである。
リディアはとうとう同学年の中では友だちを作れなかった不甲斐なさを感じつつ、一年をやり過ごし、翌年、義弟や従姉妹、幼馴染が入学してきて楽しく過ごす。そこには留学生も加わっていた。




