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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
43/45

第43話 光る森 狼Ⅱ

 どんよりと、灰色の雲が垂れ込める朝だった。

 時折、雨がパラつくので焚き火は諦め、岩屋の中で携行の朝餉を済ませる。

 クジャクの師匠は、夜の間にいなくなっていた。

 クジャクこそ、しょんぼりしているものの、他の連中は、まるで元からいなかったような顔をしている。

 いずれにせよ、本人も言っていたように師匠の出番は終わっていた。だから、いなくなっていても不思議ではないのに何だか後味が悪い。


 カラスバはいつもと変わらぬ妖艶な幼女顔で、今日の作戦の確認を始めた。

〈土〉の元老は、〈ニウ〉の山麓に夏の別荘を持っていて、数日前から、わずかな連れの者と共にそこを訪れていた。

 そして、この三日三晩、元老は、クジャクの師匠がけしかけた獣たちによって自身の屋敷の中に閉じ込められていた。

 カラスバの計画が首尾よくいっているなら、元老は、師匠が張った結界のせいで、助けも呼べず食料も調達できず、恐怖と疲労で神経をギシギシとすり減らしているはずだ。

 また、例の山賊の残党が元老の下に逃げ込んでいる等々の情報も、〈土〉の内通者によって俺たちにもたらされていた。

「山賊の残党は〈ニウ〉の抗夫小屋に紛れ込んでるそうだ。で、内通者からの情報によると、今日は、忌み(縁起の悪い)日だということで抗夫たちはヤマへ入らない。つまり、皆、小屋にいる。」

「賊の長は、あたしがやる。」

 ヒナギクが宣言する。あの時、自分のせいで取り逃がしたことをやはり気にしていたのか。

「残党と抗夫の区別は、どうつければいいんだ?」

 と俺。

「主だった連中の顔は覚えている。その他のは、まあ、抵抗するやつは始末すればよい。」

 カラスバが荒っぽい指示を出す。



 雨はいつの間にか上がっていたが、抗夫小屋はいまだ山霧に包まれていた。

 ところどころ霧が薄くなったあたりに見える光景は、一面、山が削られて、茶色い岩肌がむき出しの鉱山のそれだった。

 俺たちは鉱山口にある抗夫小屋を襲撃した。

 宣言どおり、ヒナギクは賊の長を一撃で片づけた。俺とコマドリで向かってきた数名を始末したが、その他は抗夫らと共に山へ逃げ込んでしまった。が、逃げる者は追わずだ。

 俺たちは急ぎ山を下った。次の標的へと向かうために。

 ない話だとは思うが、逃げた男の誰かが元老に俺たちの急襲を知らせるかもしれない。まあ、知らせに行ったからといって師匠の結界はまだ効いているはずだから、元老が屋敷から逃げ出せるとも思えないが、とカラスバは言った。



 朝からの霧も晴れ、濃緑の山に正午の熱い日射しが照りつけている。

 辺りの木立では、セミがけたたましく鳴き競っていた。

 俺たちは、〈土〉の屋敷の裏山に辿たどり着いていた。

 四方を低い石塀で囲った〈土〉の屋敷のいらかが眼下に見える。

 母屋を中心に、いくつかの棟がコの字に立ち並んでいる。もともと別荘だからか、さして堅牢な守りの屋敷ではなさそうだ。

 門の外に数人の衛兵の姿が見える。だがそれだけだ。オオルリと同じ理由(〈火〉と反目している)で〈火〉の衛兵を屋敷の中へ入れるわけにもいかず、かといって私兵を雇っているようすもない。

 自分たちはダークサイドの側に付いているから安全だ、とでも思っていたんだろうか。


 その時、頭上で一羽のカラスがうるさく鳴き立てた。

 すると、近くの藪でガサゴソと草木が揺れた。ウサギか何かか。

 コマドリが、杖代わりに手にしていた木の枝で茂みを払うと、藪の中にはクジャクの師匠がうずくまっていた。

「やぁ。いま眼が覚めたところでね。」

 呑気そうに伸びをする。

 こんなところで寝てたのか!

 てっきり帰ってしまったと思っていた。

 昼間見る顔は、老人というより壮年のそれだった。こめかみのあたりの髪だけが白くなりかけている。

 カラスバがニマッと笑って、こう言う。

「来ていたのか。」

「あんたの術さばきをここで見届けるよ。」

 そう返答した男の声は、昨夜と違って生気があった。あの時はよほど疲れていたか腹が減っていたのかもしれない。

「勝手にするがいい。」

 カラスバが突き放したように言ったが、まんざらでもない声色だ。昨夜のわだかまりはあっさり解けたのか。さんざん気を揉んで損をした。


 門の外を警護している〈火〉の衛兵は、手筈てはずどおり、俺たちを見るとさっさと山中に逃走した。

 公式には、〈火〉は、このたびの〈土〉への制裁に手を貸していないことになっている。このに及んでも、貴族同士のそんな政治的配慮みたいなものが大切らしい。

 だから、正規の〈火〉の郎党は動けない、動かない。

 そういう事情だからこそ、俺たちにこの仕事のお鉢が回ってきたのだろう。俺たちが〈五族〉のどれにも属さない他所よそ者たちだからだ。

 俺とコマドリは〈火〉に係わりのある者だが、俺は通りすがりの客人でコマドリは下男にすぎない。

 そして、カラスバとヒナギクは、本人たちがいうには埒外らちがい出身なんだそうだ。フルキの国の中にあってその統治が及ばぬ、そんな場所があるらしい。

 実のところ、他所よそ者扱いが俺は気に入っている。俺はパズルの一片で、コンポーズするのはヨシやイカルで、そんな自分の立ち位置が今はものすごく居心地がいい。


 俺は、コマドリと共に屋敷を囲む石塀の上へよじのぼる。

 先にのぼったヒナギクが微妙な表情をしているのを見て、視線の先に目をやった。

 屋敷の庭一面が波打っていた。

 眼を凝らすと、数え切れないほどの蛇が這いずっている。折り重なるようにして。

おぞましすぎて、俺はゴクリと唾を飲んだ。


「何をしておるっ、早くわたくしを引き上げよ!」

 イラついて舌打ちしながら、カラスバが俺を見上げている。

 俺は、人形みたいに軽いその体を石塀の上へ引き上げてやった。

 ところがカラスバは、庭を見るなり、ギャッと叫んで俺の手を振り払った。そしてそのまま、元の場所へ落下した。

むくりと起き上がったカラスバは、眉を吊り上げてクジャクの師匠が潜む藪の方を睨みつけた。

「わたくしは蛇は嫌いじゃ! 嫌がらせか。とっととけよ!」

 カラスバの小さな肩が怒りでプルプル震えている。


 その声が師匠の元に聞こえたとは思えないが、姿は見えているはずだ。

 蛇は一斉に周りの山へと帰り始めた。ザワザワと地面をぐ嫌な音を響かせて。

 ものの数秒で蛇は跡形もなく消えた。

「もう、大丈夫だぞ。」

 俺はカラスバを促し、もう一度その体を引き上げた。

 カラスバは石塀の上に立った。しかし、しばらく庭を見ていてこう言った。

「わたくしを肩車せよ。あの庭には降りとうない。」

 俺は、昨年コハギにしたようにカラスバを肩車して、庭に降り立った。しかし、コハギと同じくらいの背丈なのに異様に軽かった。


 屋敷の中は、しんと静まりかえっているようすだ。家人は生きてるのかしらと危ぶむ雰囲気だ。

 その時、母屋の板戸がうっすらと開いた。

 少しの間、こちらの様子をうかがっているふうだったが、やがて、〈土〉の元老と覚しき初老の男が、ヨロヨロと立ち現れた。眼が虚ろだ。

「うふふっ、あやつ、なかなかのれ具合だのう。」

 カラスバが舌なめずりをしたような。

 元老は、裸足のまま回廊から庭に下りると、そのまま突っ伏すように地面にひれ伏した。土下座である。

「殺さないでくれ! 助けてくれ。このとおりだ。」

 カラスバが男の傍へ行けと耳元でささやく。俺が近づくと、カラスバが突っ伏したままの元老の背中にぴょんと飛び降りた。

それから、SM女王みたいに、グリグリと元老の後頭部を踏みつけた。

「命乞いなどしおって。ならば、どうやって自身の罪の落とし前をつける気なのえ。」

 ねっとりとした声で、カラスバが凄む。

「・・・元老の職を辞す。」

 それを聞いて、カラスバが嘲笑った。

「そんなことで、始まった戦争が終わるとでも? 殺された人間が生き返るとでも?」

 元老の顔から汗が滴る。

「つ、〈土〉は五族有数の資産を有しておる。フルキの富の半分に相当するものだ。・・・それをすべて元老院へ、国へ譲渡じょうといたす。」

 俺は思わず唸った。元老を私刑っても被害者の恨みが晴れるだけだが、だが、これは国の為になるんじゃないか? と。

〈土〉の元老を狩る、はずだったが、すでに結果は出たようだ。予想もしなかった結末ではあったが。

 カラスバの誘導というよりは、元老の土壇場の交渉術の勝利って感じである。

「ほう、なるほどの。よしよし。それでは、それを確かなものとするように、契約を交わしましようぞ。」

 カラスバが、元老の背中の上で、自分の巾着袋をまさぐって一片の白い麻布を取り出した。そして、それを元老の鼻先にポイと投げた。

「ここに、自身の名を自身の血で記すがよい。」

 元老がゆっくりと上体を起こした。

 背中に乗っていたカラスバがもんどり打って後ろに落ちた。両手両足をバタつかせて起きようとしている。が、腰が抜けたのか一向に起き上がれないでいる。

 元老は、自分の置かれた現状に心が奪われているせいか、まるで気づかないで、白い麻布をじっと見つめたままだ。

 俺は、ヒョイとカラスバを拾い上げ、自分の肩に乗せてやった。まったく漫才やってんじゃないよ!

 ヒナギクが元老に小刀を投げてやった。元老がギクリとからだを震わせた。

 俺はその小刀がウサギを捌くのに使われていたのを思い出した。

 元老は、ぎこちない様子で小刀で自分の指先を突いて血を垂らし、ようやく署名を終えた。

 それを見届けたカラスバは、何かを詠唱し始めた。すると、赤い血文字が白い光を放ち始め、やがてゆっくりと麻布から消失した。

「お前の首に、先ほどのお前の言葉をそっくり刻まさせてもらったぞよ。」

 見れば、元老の首には、引っ掻き傷のような赤い文様が出来ていた。資産のすべてを元老院へ・・・といった文字が読み取れる。

 カラスバのやつ、えぐいことを。

「心配しやるな。約束を果たせば、たちまち消えてなくなるのでな。本当の意味で首を懸けるというやつよの。」

 と、カラスバが言葉を続けた。

 

 あっけなく〈ニウ〉での仕事は終わってしまった。

 ある意味で、クジャクの師匠が望んでいたような結末といっていいだろう。

 元老が命を落とすことはなかったんだから。

「このようなわざを使えるとは・・・。お前たちは〈精霊〉の者か?」

 去っていく俺たちに向かって、元老がポツリと言った。

 カラスバが不機嫌そうにふり返った。

「愚か者めが。世の中は、そなたが知るより広大だと知れ。〈五族〉だけが人というわけでもないように、〈精霊〉だけがわざを操れるというわけでもないのじゃ。」

 カラスバは、俺の頭上で、そう吐き捨てた。



 先ほどの藪の前では、クジャクの師匠が待っていた。

 カラスバを前にして、ニマリと笑う。

「うまくいったかね。」

カラスバがフンッと鼻を鳴らす。

「腕の振るいようが、あまりなかったようで残念だったな。相手があっさり投了とはな。」

 カラスバの歯ぎしりが聞こえた。

「では、頼まれた仕事も片づいたことだし、ここらでおいとまするとしよう。貸してあったクジャクを連れ帰ってもよいかね。」

 カラスバに向かって、師匠がそう続けた。カラスバが肩をすくめる。

 返事をしたのはクジャク自身だった。

「いやだ。ここに残りたい。」

 それを聞いて、師匠はヨロリと倒れそうになった。

 無理にでも連れ帰ると言うのかと思ったら、しばらく呆然と突っ立っていた後、一言もなく踵を返して去っていく。

 その後ろ姿がさっきよりいっそうボロボロに見えたのは気のせいか。


 師匠の背中が森の中に消えると、カラスバがクジャクに聞いた。

「それで良いのだな?」

 クジャクは唇をかんで、強くうなずく。

 どうやら女たちの間では、この事態について、事前に話がされていたようだ。

「まぁ、いつかは独り立ちせねばならないのだから。それが、ちょうど今だったというだけのことよの。」

 と、カラスバ。

 どうやら、クジャクの内面に起こっていたこのところの変化に気づかなかったのは、師匠と俺だけだったのかもしれない。

 クジャクは、このたび青虫からさなぎに進化したのか、はたまたさなぎから蝶になったのか、俺には皆目わからない。

 それに、うれしいどころか何だかクジャクが遠くへ行ってしまったようで、ちょっぴり寂しいのはなぜだろう。


 

 俺たちは〈ニウ〉の地を去って、ガズラへの帰路にあった。その帰路の旅の二日目の夜が訪れようとしていた。

 宵闇が茜の空を追い越す頃、俺たちは、とある二又道に差し掛かった。普通のカンテラを手に、先頭を歩いていたカラスバが立ち止まった。

「さて、ココでお別れだの。右へ行けば光る森じゃ。」

 カラスバが俺をふり返りながらそう言った。

 俺は状況が理解出来ず、カラスバを黙って見下ろす。

 そう言えば、光る森という言葉には聞き覚えがあるが、今の今まで忘れていた。確かヒナギクがそんなことを言ってたっけ。だけど、なんでお別れなの?

「ヒナギクとカガヤは光の森へ行くのじゃろ。お前たちにはこのカンテラを貸してやるから森でテキトーに遊んでくるがよい。」

「エッ、皆で行くんじゃないのか。」

 俺はあせって叫んだ。予想外の事態だ。

「はぁ? 二人で行くのに決まっておろう。今さらなことを。光の森に誘うというのは求愛の意味ぞよ。この辺りの山村じゃ常識のようデスが? 」

 と、カラスバが呆れたように言う。

 そんなローカルすぎる求愛の仕方を、俺が知ってるわけないだろ。って、求愛? コレは求愛だったのか!

「え~と、それでは、わたくしは先に帰るとしよう。」

 俺の気持ちなどお構いなしにカラスバは話を進める。

「コレッ、お前たちも、ぞ。」

 コマドリとクジャクにそう言って、二人の袖をグイと引っ張った。

 カラスバに引きずられて遠ざかりながら、クジャクが、俺とヒナギクに向かって手を振った。

 クジャクのやつ、絶対面白がってるな。


 気がつけば、俺たちは二人っきりになっていた。

 そもそも、求愛とかいわれても、胸を見ただけでビンタされる状況なのに、俺は一体どう振る舞えばいいんだ? ヒナギクのやつ、何考えてるんだ。

 ともかく、本人にくしかない気がする。ビンタが飛んできそうですごく恐いけど。できるだけ、さりげなくこう切り出した。

「・・・あのさ。おまえ、俺のこと好きなのか?」

「うーん?・・・そうでもないな。」

 違うんかい!

 何なんだこれ! ビンタよりきついぞ。俺はからかわれてるのかもしれん。

 訳がわからんけど、もうどうでもいいや。何が出ようが出まいが、光の森とやらに行ってやろうじゃないか。

 ホント、マジで狼とか出ても知らないからな!


 見上げれば、濃紺の夜空には夏の星座。

 そして、漆黒の森には、秘めやかな苔のにおいが充ち満ちていた。

 森を包む湿潤な熱気が木霊たちを呼び覚まし、まさに地上は命あふれる季節ときを迎えていた。

「あっ。」

 前を行っていたヒナギクが小さな声を上げた。そして、カンテラの火をフッと消す。

 少しづつ闇に慣れてきた目に、ミドリの発光体が見えてきた。点々と、大地や木の切り株を緑色に染めるモノ。

 俺は近づいて足元にしゃがみ込んだ。その正体は、極小の光るきのこだった。地面に降り積もった枯れ葉まで光っている。

それらによって、辺り一面が、緑色の銀河と化していた。

「きれいだな~。」

 と、ヒナギク。

 まぁ、確かに幻想的ではある。幻惑的でもある。

 出し抜けにヒナギクが言う。

「疲れたー。ちょっと休んでいこうぜい。」

 絶対うそだ。俺でさえ疲れていない。それなのにアマゾネスのヒナギクが、これくらいの森の散歩で疲れるわけがない。

 だが、その言葉を無視するほど人でなしにもなり切れず、俺は適当に苔の大地に腰を下ろす。

ヒナギクがピョンとひとっ飛びして、体育座りしている俺の横にピタリと貼りついて座った。熱を帯びたヒナギクの湿気が、肌を伝って押し寄せてくる。

 ヒナギクの胸がプルプルと緑色にひかってる。プルンプルンとミドリ色に揺らめいている。

 ぬぁっっ!

 俺はヒナギクの胸を思い切りガン見してしまったが、いつものビンタは飛んでこない。

 なぜか胸から視線が外せない。

 や、止めてくれ! 心の準備が出来てない。って、何の準備だヨ。

 えっと、愛とは、言い換えればエロスであって、じゃなくて。

 ルビコン川を渡るべきか渡らざるべきか。 うわぁっっ、俺ってば何言ってるんですかね?

 理性が崩壊する! 崩壊するぞー!

 えい、くそぉ、 ハードル高すぎだろ!


 とうとう、俺は顔を自分の膝頭に埋めて、ささやいた。

「ごめん。」

 ・・・・・。

「あ~ぁ。」

 長い間合いの後、ヒナギクがガッカリした声でそう言った。そして、ドスンと音を立てて大の字に寝そべった。

 ヒナギクは寝そべった姿勢で星を仰ぎ、俺は足元のきのこを意味もなく数え、そのまんま二人、母なる森にいだかれて夏の夜が更けてゆく。

 そして、ぎこちなく朝へと溶けてゆく・・・。






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