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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
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第42話 光る森 狼Ⅰ

 〈ニウ〉の山中で、俺たちは、師匠からの次の連絡とやらを待っていた。

 だが、その日は、何の知らせもないまま一日が過ぎてしまった。


 夕餉のあと、カラスバが、いつものように退屈しのぎの夜話よばなしを披露した。

 一つ眼の人間(妖怪?)たちが登場する『一眼国いちがんこく』というはなしだ。

 はなしの筋は、こんな具合だった。

 ある男が、一つ目人を捕まえて見せ物にしようと一眼国いちがんこくに出掛けた。ところが、逆に一つ眼人たちに捕まってしまう。そして、男を取り囲んだ一つ眼人たちが、『二つ眼がある人間とは珍しい、見せ物にしよう。』と相談し合うところで噺は終わる。

 実にシュールだな。

 まあ、悪いおこないはブーメランのように自分に跳ね返ってくるという教訓話なんだろうな。

 カラスバのする夜話よばなしは、一見不気味だが、オチは案外と道徳的だ。次第に、話のパターンが読めるようになってしまった。

 が、だからと言って、カラスバ自身のことが理解できてるわけではない。

 きのう、カラスバの片眼を見せつけられた俺としては、やつの言動のアンバランスさがますます気になっているところだ。

 見た目はゴスロリ人形なのに、婆ちゃんが孫に聞かせるような道徳めいた夜話よばなしをするが好きで、おまけに邪眼持ちとか、キャラに統一感がなさすぎだ。

 悪人なら悪人らしく、悪人ヅラをして悪いことをしてくれなきゃ困るし、幼女なら幼女らしくその瞳はあどけなくあるべきで、言動も相応に幼くあってほしい。

 じゃないと気持ち悪い。心が落ち着かない。

 ふと、カラスバのあの眼は生まれつきなんだろうか、なんてことが頭をよぎる。が、慌てて、そんな詮索をする気持ちを押し戻した。

 またぞろ邪眼ですごまれるかとカラスバを見やったが、いつものように静かに眼を閉じたままだった。

 さすがにみんなの前で邪眼を開くつもりはないということか、もしくは、別段、俺の思考が読めてるわけではないのか。

 クジャクの力を知って以降、術士あやかしは皆、心が読めてるんじゃないかとビクビクする。


 それにしても、目下、カラスバ以上に脅威なのはヒナギクの方だ。あいつは、一体どうしちゃったんだ?

  妖術よりも恐いのが〈リアル肉弾〉だったとは。

 今も暇に任せて、いたずらに胸を強調している。両腕で器用にはさんだ胸が、すごいことになっている。

 そんなヒナギクの挑発にコマドリが悶絶している。

 止めてやれ。止めてくれ。

 あいつ、コマドリの気でも引きたいのか? ああいう暗いヤツが好みなのか?


 ヒナギクの真意を測りかね、あれやこれやと憶測している最中さなかのことだった。

 どこかで、オオカミの遠吠えがした。

 空を見上げると丸い月には、ぼんやりと雲のかさが掛かっていた。

 もう一度、遠吠えがした。

 いや、遠吠えどころか、けっこう近距離だ!

 俺は思わず腰を上げた。

 コマドリも薪をくべる手を止めて、薄暗い木立を見渡している。俺は、焚き火の火と〈曙光〉と、どっちが狼には有効なんだろうか、と頭を巡らす。

「狼っていうより人臭いゾ。」

 鼻をクンクンさせながら、宙を仰いでいたヒナギクがそう言った。

 俺は、地面に置いていた〈曙光〉をつかんだ。

 その時、バサリと藪を踏みしだく音。

 と同時に、俺の手の甲は、〈曙光〉もろとも湿った地面にムギュッと踏みつけられていた。ふわりと踏まれてるだけなのに、指一本動かせない。

 冷や汗がドッと吹き出す。どうして、もっと早く〈曙光〉を引き寄せて置かなかったんだろう!


「おおっ、お師匠様~。」

 クジャクの弾んだ声がした。

 えっ、と?

 呆気にとられて、俺は、俺の手を踏みつけたままの足の主を振り仰ぐ。

「っと、失礼した。斬りつけられてはかなわんのでね。」

 頭の上で、しわがれた男の声がして、押さえつけていた足をゆっくりと退かした。

 そこには、まるで路上生活者のようなさまの老人が立っていた。

 髪も髭も生え放題、まとっている服はすっかりすり切れて、おまけにひどく臭った。

 男は、いつの間にやら俺の〈曙光〉をつかんでいる。そして、首をかしげて、しばらく眺めていたが、やがて俺の手元に返した。

 この男がクジャクの師匠?

 俺は、勝手に、魔法使いマーリンとかヨーダとか、そんな賢者っぽいキャラを想像していた。

 クジャクは、本当にこんな男に育てられたんだろうか?

「すっかり時間が掛かってしまった。申し訳ない。」

 男はカラスバに向かって、かすれた声で詫びると、焚き火の傍らに、ヨロリとしゃがみこんだ。

 その座っているさまは、まるで類人猿だ、獣だ。おまけに、焚き火に照らし出された手足はミイラみたいに痩せこけていた。

「夕餉など、どうかえ。」

 カラスバが訊ねる。

「ありがたい。」

 男は小さくうなずく。

 カラスバに促され、コマドリが糒と干し魚を少しばかり、袋から出してきた。そして、ぞんざいな手つきで男の前に並べた。 

 たしか、鰻の焼き物が残っていたと思うが、コマドリは気味悪そうに男を睨みつけ、それ以上何かを振るまう気など毛頭なさげだ。

 男が人心地ついたのを見計らって、カラスバが言った。

「で、首尾はいかほどぞ。」

「・・・屋敷の中を確かめたわけではないから、うまくいったかどうかは分かりかねるが、とりあえず、私はあんたらの計画通りに動いたよ。蛇とふくろうをけしかけたところ、〈土〉の元老は半狂乱だ。」

 カラスバが、整った顔を引きつらせて笑う。

「なかなか面白い狩りだったようだの。なんなら、とどめをさしてくれてもよかったのだぞ?」

 男は、かぶりをプルプルと横に振る。 

「そういうことなら、明日〈土〉の屋敷へ乗り込んで自分でやるがよい。私は・・・人殺しは気が向かない。」

 それを聞いて、カラスバが、突然イライラした口調になった。

「うむ、なるほど。大人がそんな具合だから、この国では、子供が己の手を血に染めておる・・と言って、わたくしに説教したのはヨシだがの!」

 カラスバ以外の全員が石のように固まった。

 いきなりけんかとか。

 クールキャラのカラスバらしくなく、感情をあらわにして言葉を続けた。

「それにしても、こんな虫だらけの山へわたくしを来させおって、忌々しい! いくら結界を張っても虫には効かぬのだ。ヨシめ、自分は都でのうのうと茶でも飲んでおるに違いない。わたくしだって好きでこんなところにいるわけじゃない!」

 カラスバの歯ぎしりが聞こえた気がする。

 そしられたクジャクの師匠は、口をポカンとしてカラスバを見つめている。男にとっては思いがけない言葉だったようだ。

 挙げ句の果てに、カラスバは寝床にしている岩屋の方へ駆け去ってしまった。

 男は、金縛りにでもあったように、カラスバのいなくなった空間を凝視している。

 気まずい空気が漂う。

 最初に動き出したのはコマドリだった。これ幸いと焚き火の始末をして、カラスバの後を追った。コマドリが火を消したので、辺りは真っ暗だ。

 師匠の方を気遣わしげに見ていたクジャクも、ヒナギクに促され、しょんぼり岩屋へ向かう。

 さすがに挨拶一つなく去るのは大人気ないと思い、俺は、闇の中でぽつねんとしゃがみ込んでる男に声をかけた。

「あのう。俺たちが寝てる岩屋へ来ませんか。」

 だが、返事はなかった。

 返事はおろか何の反応もない。まるで、俺の声など聞こえなかったようにぼうっと闇を見つめたきりだ。

 別に聞こえないふりをしてるわけではなく、考え事をしているんだと思うが。

 放っておいてほしそうだ。しかたなく俺も男に背を向けた。


 激しい雨の音で眼が覚めた。

 朝になるまでにはまだ時間があるようで、外は漆黒の闇だった。

 岩屋の内は、カラスバの青い炎がやさしく揺らめいていた。どうやらカラスバはまだ起きているらしい。

 ひょっとしてクジャクの師匠が来ているかと岩屋の内を見渡したが、やはりというか姿はなかった。

 俺はカラスバに言った。

「カラスバ。ちょっと、その火を貸してくれないか。」

「・・・あぁ。」

 カラスバが理由も聞かず、蝋燭をこちらへ寄こした。

 俺は、蝋燭を手で覆うようにして(鬼火だから雨で消えたりはしないんだが)、岩屋から駆け出した。

 どこかで雨宿りしてる、と思いたい。

 青い炎をかざし、夕方、焚き火をしていた辺りを見る。すると、ぬば闇の、雨しぶきの中に人影があった。

 おいおい、ここまで来るとさすがに、頭おかしいだろ!

 俺は呆れて男に声をかけた。

「土砂降りじゃないスか。」

 男が振り返った。

「わざわざ来てくれたのかね。やさしい子だな。」

 クジャクの師匠が、感心したようにそう言った。思いがけず人間っぽい会話が成立した。

 もしかして、獣なみの社会性しかないのではと思っていたんだが。

 ところが、続けて発せられた言葉は、やはりと言えばやはりな感じだった。

「こんな暮らしが長いせいか、すっかり夜行性になってしまってね。眠くないんだ。だから私のことは気にしないで、もう行きなさい。」 

 あれ? やんわりと追い払われた気がする。しかも上から目線。

 実際そう言ったきり、クジャクの師匠は再び瞑想?の中へ戻ってしまった。

 雨足はいっそう激しさを増してきた。まるで滝修行だ。

 やはり、この男、相当な変わり者である。半ば呆れ、半ば腹を立て、俺は岩屋へもどった。

 カラスバはそういう結果を見越していたのか、何も訊くことはなかった。




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