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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
41/45

第41話 光る森 フェアリー

フェアリーには胸がない。小さいとかでさえなく。

 さりとて○ンチンがついてるわけでもない。

 二次性徴が出現しない肉体なのか? というか、裸とか見ちゃまずいだろ。


 俺は踵をかえし、川岸を去ろうとした。

 近頃、普通じゃないことにすっかり慣れてしまっている俺にとっては、きれいなものを見せてもらってありがとうという気持ちしかない。

 が、血相変えて、こっちをにらんでいるクジャクの側からすれば、そのまま見逃してもらえる状況ではないようだ。

「・・・私はバケモノだ。」

 追いすがってきたクジャクが、いきなり自虐的なことばを吐く。

 なんと。

 想定外のボールを投げられて、俺は必死で言葉を選ぶ。そして、結局とぼけたことを聞き返す。

「どうして。」

「人と違う。」

 なんとか退勢を挽回したいところだが、またしても哲学的な。

「人と違ってもいいじゃないか。そもそも、バケモノってさげすまれていいのは、心がバケモノなやつだと思うぜ。おまえはどうなんだ?」

「・・・バケモノかも。だって、夕べ君がそう言った。」

 なぬ?

 そんなこと言ったっけ? ・・・言ったかも。

「あのなあ。いたずらはやめろと言いたかっただけだ。軽々しく自分のことをバケモノとか言うなよ。」

 自分のことは棚に上げ、取りあえずクジャクの非をたしなめてしまった。

 怒ってるクジャクには申しわけないが、俺は、絵画ピカレスクのようなさっきの川岸の光景を思い出していた。

「そういえば、遠い国にな。フェアリーって呼ばれる人たちがいるんだ。そいつらは男とか女の区別がなくて、とってもきれいで、人を幸せにする力があるんだ。おまえは、きっとそいつらの仲間なんだよ。」

 クジャクが、俺をじっと見つめている。

 俺ってば、すごくいいこと言ってる気がする。少々話を盛ってて照れるが、ここはクジャクを元気づけるためだ。

「だから、おまえも人のためにその力を、って。」

 消えた。すでに目の前には、空の椀しか残っていなかった。

 ついでに説教を垂れようとしたら、逃げられた。

 

 それにしても、なんであいつ椀なんか持ってたんだ? 俺はクジャクが忘れていった木の椀を拾い上げた。

 そういえば、さっき、これで何かを飲んでいたような。


 それはさておき、昨晩たしかに俺はクジャクを叱った。

 あの時は、何度も寝入りばなを起こされ、しまいにキレてそんな言葉を吐いた気がする。

「いいかげんにしろよ、バケモノめ。」と。

 だけど、俺としては、アホか!ぐらいのノリで言ったつもりだった。言った本人も忘れてたくらいだ。


 昨晩、クジャクと俺たち(カラスバ&ヒナギク、それとコマドリ)は〈ニウ〉の山中で野営をしていた。

 ところが、どうやらクジャクは同世代の〈人間〉が珍しくてしかたないようで、修学旅行の中学生みたいにテンション上がってハシャいだ。

 カラスバからチラリと聞いた話によると、クジャクは、北の山岳地帯で親代わりの師匠と二人きりの暮らしを長らくしてきたらしい。

 だから師匠以外の〈人間〉を見たのは、ほんの二ヶ月ほど前、カラスバ&ヒナギクや俺たちとの出会いが最初だったと。

 だが、そういう同情すべき事情を勘案してもだ。眠りかかった頃合いを見計らうように他人の意識の中に乱入してきて眠らせないとか、マジ拷問だろ!

 俺がキレるのも当然じゃないか?


 って、つい感情が先走ってしまった。気を落ち着けて、順を追って説明しよう。

 クジャクはテレパスだった。

 自分の伝えたい内容を他人の脳に直接伝達する能力を保有している。カズラの中腹の森で、はじめてクジャクに出会った時に感じた違和感は、そういうことだった。

 クジャクは、その能力で動物とも会話できるんだそうだ。ヤギとは特に相性がいいらしい。じつにファンタジーだなぁ。

 だとしてもだ!

 俺は抵抗ある。あり過ぎる。脳内にダイブされる側からすれば、逃げようも避けようもないんだゾ。

 〈火〉の屋敷にいた時、カンナが勝手に部屋に入って来るのを不満に思っていたが、今回はそれどころじゃない。

 加えて、意志の送信が出来るんなら受信(読心)も出来そうなものだ。自分の気持ちが相手に筒抜けとか想像しただけでも恐ろしい。

 俺は顔を引きつらせて、クジャクにこう訊いた。俺の心が読めるってことかと。

 が、クジャクはハグらかして一向に答えない。だからその疑念は残ったままだ。読めるのかもしれない。

 クジャクが言うには、カラスバなどは、心に鍵を掛けてクジャクの侵入を拒絶しているそうだ。

 ヒナギクはというと、元々ヤギ同然の野生児だから、すっかりクジャクの流儀になじんでいる。

 コマドリは不気味がって近づこうとしない。それが普通だ。しごく普通の人間の反応だ。

 正直、俺はクジャクをきれいだと思う。心が持っていかれそうなくらいだ。

 だけど、カラスバみたいに心に鍵を掛けるすべでも身につけない限り、俺はクジャクの傍に堂々と立つことなど出来ない。したくない。

 クジャクに心の中を読み切られて、なお平気でいられるほど俺は人間が大きくないんだ。


 それにしても、クジャクは自己評価が低すぎないか?

 だって、容姿端麗な上に術士あやかしだなんて、アドバンテージ有り過ぎだろ、と俺は思ってた。

 だから、そんなクジャクが、些細ささいな言葉尻を気にするとは思いもしなかったんだ。

 そう。

 些細な・・・そう思い込み、そうでないとは思いもしなかったってこと。

 だがクジャクにいじけられ、改めて、よく考えてみれば、たしかに俺は鈍感だったかもしれない。いや、鈍感だったんだろう。

 言葉の暴力とかハラスメントってのは、加害者のほうが無自覚だからやってしまうわけで。

 俺は、自分が思っている以上に、無自覚のうちに周りの人間を傷つけているのかもしれないと思い至り、けっこう凹んだ。

 しばらく林間をさまよって、心を整理する時間が必要だった程度には凹んだ。


 野営地にもどると、野ウサギが焚き火の上に吊されて、こんがりと食べ頃になっていた。

 半時ほど前に話をもどすが、俺たちは夕餉の焚き火にちょうどいい空き地を見つけて腰を落ち着けていた。

 カラスバは地面にバタリと突っ伏して息を荒げていた。この面子の中で一番体力がないのは、カラスバなのでしかたない。

 俺はコマドリを手伝って手頃な薪を集めることにした。

 ヒナギクはというとジッとしていられない猟犬のように、そこらを走り回っていた。と思うと、じきに野ウサギをぶら下げて帰って来た。

 旅の日程に合わせた食料は、充分持ってきているにも関わらずだ。

 しかも、目の前でそれをさばき始めたので、俺は青くなってその場から逃げ出したのだった。

 そして、川岸をブラブラしてる時に、クジャクが沐浴しているところを見てしまったというわけだ。



 一羽のフクロウが飛んできたのは、へしゃげた月が南天にかかる頃だった。

 そして、焚き火の近くの木の梢に止まってホウホウッと鳴いた。

「明日はここで時を待つことになりそうだのう。」

 カラスバが、こずえを振り仰ぎながらそう言った。

 フクロウは、クジャクの師匠からの伝令だった。その師匠ひともまた、鳥獣を使役できる術士あやかしらしい。

「さてさて、ならば休むとしよう。」

 カラスバが伸びをしながら腰を上げると、さっさと岩屋へ向かった。

 夜露を凌ぐため、昼間見つけておいた岩屋だ。


 三畳ほどの岩屋の奥に女たちが陣取ったので、俺とコマドリは岩屋の口に寝ることになった。

 しかし、山の夜は、夏とは思えないほど冷え込む。昨夜も、明け方などは寒くて眠れなかったくらいだ。だから、俺はヒナギクの足元あたりまでにじり寄って、寝場所を構えた。

 屈強な女たちに、妙な遠慮をする必要もないだろう。俺なんか〈曙光〉がなければそこらへんのガキと変わらない。

 入り口を背にし、半ば岩屋からはみ出るように寝転がってるコマドリに目をやると、コマドリの視線が、ヒナギクの胸に吸い寄せられていた。

 見てはいけないものを見るように、上目遣いして。

 おいおい、そういう視線は逆にいやらしいぞ。見るんだったら堂々とガン見しましょうよ。下心なんてこれっぽちもありませんよって感じで。

 そんなことを心の中で考えながら、俺は、にこやかな笑顔を作って、ヒナギクの方を振り返った。

 すると、そこにはヒナギクの剣呑な視線が待ち構えていた。で、気づいた時にはビンタされてた!

 どういうことだ?

 俺がチラリとでも見ようものならビンタが飛んでくるのに、コマドリのは何で黙認なんだ?

 それどころか、うれしそうに、わざと胸を揺らしてる気がする。まったく俺の何がいけないのか誰か教えてくれ!



 クジャクにちゃんと謝ろうと決めて、昨夜から機会をうかがっていたが、なかなか無いまま時間が過ぎた。

 俺たちは今日一日、この場所でスタンバイ状態だ。なので、他の連中は、岩屋の辺りでブラブラして過ごしているというのにヒナギクときたら。偵察などと言っては、クジャクを連れて山中へ消えた。行くんだったら一人で行けばいいのに。

 それでもさすがに、昼時になるとちゃんと帰って来たようだ。

 クジャクとヒナギクは、谷際の大きな岩の上にすわって、下流で鰻の筒仕掛コロバシを引き上げているコマドリを眺めていた。

 見れば、クジャクは見覚えのある器で、何かを飲んでいる。いったい何を飲んでるんだろう。

「ちょっと、いいか?」

 クジャクが俺をふり返って、迷惑そうな顔をした。

 俺は、一瞬、言葉に詰まった。そして、楽な話題から入るほうを選んでしまった。後から思えば、少なくとも先に詫びの言葉を言うべきだったのに。

「何飲んでんだ?」

 そんな問いに答えを返したのは、クジャクではなく横にいたヒナギクの方だった。

「あぁ、カラスバが煎じたコレな。あたしみたいになりたいんだってサ。クジャクっておかしいよな。こんなもの、重いだけだゾ。」

 そう言いながら、自分の胸を両手でムギュムギュとつかんだ。

 え?

 クジャクが顔を真っ赤にして俺をにらんでる。涙目だ。

 それから、すごい勢いで岩から飛び降りて走り去った。ヒナギクが脳天気な調子で、オーイどうしたんだぁ?とか言いながらその後を追う。

 取り残されて呆然とする俺。

 ものすごく気まずい。

 これって敵に塩を送る、じゃなかった、クジャクの傷にさらに塩を塗りつけた状況じゃないのか?

 まずい。何やってんだ俺。

 だが待てよ。冷静に考え直してみれば、俺はヒナギクにからかわれたのかもしれない。あるいは、ヒナギクが嘘を信じ込まされてる可能性もある。ヒナギクなら大いに有り得ることだ。

 いずれにせよ、昨夕あんな光景を目撃してしまっただけに、ますます捨て置けない気持ちでいっぱいた。と言うか、正直、これ以上、クジャクに嫌な奴だと思われたくない。

 そんなことを、あれやこれやと考えていると訳が分からなくなってきた。

 これはもう、本人に確かめるしかないな。本人とは煎じた張本人の方だけど。


 カラスバは、谷の対岸で薬草を採取していた。

「ちょっと、聞いてもいいか?」

 そう言いながら、せせらぎに点々と坐す岩を渡っていった。

「お前が煎じてやったんだって? クジャクが飲んでるクスリ。つまり・・・。」

 いざ言葉に出そうとすると、こっ恥ずかし過ぎて、思わずどもってしまった。

「あ、あのクスリで、ほんとに、む、胸が成長したりするのか?」

「・・・は?」

「つまり、クジャクは胸を大きくしたがってるんだろう?」

 と、ほとんどヤケになって叫ぶ。

「あぁ、そんなことか、お前が訊きたかったのは。・・・ほんと、ありのままで充分よいのにな。」

 からかわれるかと思ったが、カラスバが一瞬だが神妙な表情をしたような。が、それも束の間、シレッとこう続けた。

「あれは、偽薬ぞよ。とゆうか美肌効果があるので、時々、わたくしも飲んでおる。クジャクのあれは、薬でどうこう出来るものではない。しかし本人にとっては簡単に納得出来るもんではなかろう。だから気休めにでもなればと思うてのう。」

 とはいえ偽薬だなんて。

あとで知った時、傷つくだけじゃないのか? それに・・・

「まさか、クジャクの気持ちにつけ込んで、その偽薬を高値で売りつけたんじゃないだろうな。」

 俺は、鬼退治事件の時の護符の一件を思い出し、そう言った。

「かっ、子供を欺すほど落ちぶれておらぬわ。・・・それにしてもお前もお節介だの。女子のこととなると。ことにおっぱいのこととなると。」

 と呆れた口調で言う。

 誤解だと言い返そうとして、俺は言葉を吞みこんだ。おっぱいはともかく、お節介なのは事実かもしれない、と妙に納得してしまったからだ。


 それにしてもクジャクを子供扱いするカラスバは、いったい何歳なんだ?

 見かけはクジャクよりうんと幼くはある。まぁ、見かけどおりの年齢じゃあないだろうとは、なんとなく察しがつくが。

 その時、カラスバが、ふいに片眼を開けてこちらを凝視した。まるでウインクしてるみたいに小首をかしげて。

 白目のない黒い瞳が俺を捕らえていた。背筋に冷たいものが走る。

 一瞬の間に眼は閉じられ、表情のない顔がこちらを向いていた。

「ふむ、わたくしとしたことが。」

 カラスバが、あたふたと、パタパタと遠ざかる。


 恐かった! 呪われるのかと思った。

 カラスバのコトを詮索したのがまずかったのかと焦ったんだが。

 それにしても、何やら慌てて去っていったような。

 日頃のカラスバとはキャラが違っていた。が、その百倍のキャラどおりの視線をも残していった。その二重人格っぽい感じが意味不明で、余計に怖い。

 一つ、たしかに言えることは、あのカラスバを怒らせたら、ビンタどころじゃないエグい仕打ちを受けそうだってことだ。そう思わせるに充分な黒だった。充分な闇だった。



 森の夜は早い。

 カラスバは、昨夜から寝床にしている岩屋に結界を張り終えると、さっさと寝息をたて始めた。コマドリも焚き火の後始末を終えると岩屋の口に寝転んだ。

 俺はクジャクの姿を探して、辺りを見渡す。

 クジャクは、岩屋の近くの大岩に腰掛けて、ヒナギクと共に少しへしゃげた月を見上げていた。

 肉感的なヒナギクと小さくてスレンダーなクジャクの影が、姉妹のように寄り添っている。

 この二人、すっかり気が合ったようだ。女子って仲良しになるといつも一緒にいたがるもんだとは知っていたが、それにしてもこの二人がねえ・・・。

 俺は岩を見上げ、思い切ってクジャクに声を掛けた。

「ごめん。バケモノなんて言って悪かった。」

 そして平身低頭、頭を垂れた。

「おぅ? このひとは何を言っているのだろうか。いつ、私のことをバケモノなんて言ったのだ! ひどい人だな~。」

 クジャクが、とぼけたふうにそう言って肩をすくめた。

 またしても予想外の反応で戸惑うが、たぶん、許してくれたということだろう。

 その時、ヒナギクが、ふいと横から口をはさんだ。

「あっそうそう、この近くになぁ、光る森があるんだ。」

「光る森? 何だそれ。」

「夏の間だけ、森中が、銀河みたいにきらきら光る場所があるんだ。すっごいきれいなんだから! 帰りに見に寄らないか?」

 なるほど、女子はキラキラが大好きだもんな。クジャクも機嫌を直してくれたみたいだし、皆でそういう遊興も悪くない。

「あーいいね。じゃあ、帰りに寄ろうぜぃ。」

 俺は、ヒナギクのその乙女チックな提案に、上機嫌で乗ったのだった。



不手際により、話の末尾がすっとんでました。7/23 貼り直しましたー。



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