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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
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第38話 あの時も こんな夜だった

 キノ村での拉致騒動と、それに続く(盗賊に捕らわれてた女子供をガズラに連れ帰った)出来事以降、クマサは、俺を遠ざけている気がする。戦力外扱いというか・・・。

 カラスバとヒナギクの企てた〈鬼退治〉に協力したことについても、九の一に拉致されたんですとは言い出せず、自分の意志で参加したような話になってしまったので、当然のこと、俺への不信感はつのるばかりだ。


 逆にコマドリはというと、驚くべきことに、すっかりクマサの信頼を勝ちえていた。

 飯炊き、牛飼い、薪割り、狩猟の手伝い、と何をやらせても早い、うまい、物覚えがいい。

 無駄口一つたたかずよく働く。こんな役立つ人間をガズラに送り込んでくれてイカル様には感謝申し上げたい、と。

 たしかにコマドリのそういう生活サバイバル能力は凄い。この国では、貴族の子弟でもなければ、物心がついた頃から大人の手伝いをするんだから、家事のスキルが身についているのは当たり前だが、コマドリがとりわけ優秀なのはそうなんだろう。

 以前、イカルがコマドリを『なかなか使えるやつだ』と評していたのを思い出したが、こういうことを言っていたんだろうか。


 やつが都の〈火〉の屋敷で、周囲から浮いていたのは、仕事が出来ないからではない。人間関係に気遣いをしなかったからだ。

 仲間になろうとか、気に入られようとか。

 それどころか、周りがうんざりするほど他人に背を向けて。特に俺には敵意さえ・・・。

 ところが、この辺境の砦・ガズラでは、コマドリのそうした欠点は、大した欠点とは見なされないようだ。

 都と違ってここでは、人間関係を上手く回せるやつより、生活サバイバル能力が高いヤツの方が信頼されるのだ。

 考えてみれば、刀匠の里を訪れた時にも、たしかにそういう空気感はあったが、客人目線だった俺は、そこらへんのことを軽く考えていた。ましてや、山の砦で働くとなれば、俺にとっては未経験な能力がタンマリ必要だったというのにな。

 俺なんぞ、イカルの紹介がなければとっくに首だったはずだ。が、クマサにしてみれば首にするわけにもいかない。

 で、結果、俺は、ひどく宙ぶらりんな立場に立たされることになってしまった。


 そんなワケで、この数日、俺は暇をもてあましていた。

 自由と言えば自由なのだが、むしろ、こういう自由さは心を腐らせる。涼やかな高原の空も、ひどく色あせてみえるほどに。

 そのせいかどうか、俺は、とうとう熱を出してとこせってしまった。

 喉が痛い。つばを飲み込むのもつらい。頭痛や関節の痛みは熱のせいだろう。

 ただの喉風邪ならいいんだけど。

 去年の夏の終わりの悪夢が頭をよぎる。


悶々と伏せっていたら、コマドリが部屋の戸口に突っ立っていた。

 熱がありそうだといったら、スイカズラを煎じたものを枕元に置いていった。

夕餉の鹿肉の入ったおかゆのようなものも。

 俺は小さな声で礼を言った。

 ふと、鍾乳洞での件を聞いてみようかと考える。が、結局、俺はやつに背を向けたままやり過ごしてしまった。


 コマドリが去ったあと、寝床から這い出て、煎じ薬だけ飲んだ。食欲は全然ない。

 喉風邪なら、一日かニ日寝れば治るだろう。というか寝て治すしかない。

 此処には病院があるわけでも医者がいるわけでもないんだ。それに、この世界のチガヤの医療所にしても都まで行かないとならない。


 俺はため息をついて、枕元の油皿の火を吹き消した。

 部屋のすみに現れた暗がりにゾクリとなる。

 しばらく忘れていた感情だった。あわてて寝床にもぐり込み、俺は堅く目を閉じた。

 

 あぁ、アイスクリームが食べたい。冷たくて濃厚なやつが。

 定番メニューなら、ハーゲン□ッツのラムレーズンが第一希望だ。イチゴもありだろう。

 ・・・そういえば、メロンってあったっけ。それも悪くない。なにしろ目の前にメロンが二つ。

 あれっ? んなわけはない、よな?


 俺はいつの間にかウトウトしていたようだ。

目を覚ました俺の目の前で揺れていたのは、薄暗がりの中に浮かぶメロンのような、ヒナギクの胸だった。

 なんで?

 なんでヒナギクが俺の顔をのぞき込んでるんだ?

 俺が驚いて跳ね起きようとすると、ヒナギクが片手で俺の顔をワシづかみにして枕へたたきもどした。

「あたしに喰いつくなってっ!」

「意外と油断できぬやつじゃのぅ。」

 ヒナギクのうしろに青い炎をともしたゴスロリ人形がいた。

 カラスバ、お前もか!

「熱出してるっていうから、心配して見に来てやったのにぃ。」

 なんでそれを知ってる?

 あきらか、俺は行動を監視されてる。前回といい。

 俺は、砦の宿舎の、狭い自分用の部屋を見回す。隠し部屋でもあるとか?

 いったい俺の行動はどこまで暴かれているんだよ? こえぇよ!

 水晶玉とかのぞいたら、俺の部屋が見えるのか。どんな術を使ってるのか知らないが、お願いだから、お前らには俺のプライバシーの心配をしてほしい。

「砦の飯炊きの婆さんが知り合いでさ。アンタが伏せってるって聞いたから。」

 ・・・考え過ぎてた。

 意外と、普通な手段だったのね。


 俺は気を取りなおし、見舞いに対して礼を述べた。

 それにしても夜中なんですが。

 二日ほど寝食を共にしただけの仲なので、大して話題もないし。喉痛いし。

 じきに話題が途切れがちになった。

 ヒナギクが遠慮のない大あくびをしてこう言う。

「退屈だなー。また何かおもしろい話を聞かせてくれよ~。」

 ヒナギクが、カラスバに退屈しのぎの夜話をせがむ。

 カラスバが、ヒナギクの注文に応じて口を開いた。

「・・・人形が一つ、人形が二つ、人形が三つ。」

「むむっ、ねむくなるわっ!」

 ヒナギクが口をとがらせる。

 カラスバが、唇に人指し指をあてて、ヒナギクを黙らせる。

「しー。」

 芝居っ気たっぷりに、しかし、一瞬何かを念じたような。

 ヒナギクが術にハマったのか、すっかりおとなしくなって、体育座りしてカラスバをジッと見つめる。

 カラスバ怖す。



 今の都が、人の住むひなでさえなかった時代のことだ。

フルキの古都カムナビの西方には、雲をつらぬく霊峰が連なっていて、そのふところ深くにヨミ坂と呼ばれる山道があった。

 ヨミは〈黄泉〉と書くのかも知れないが、文字もなかった昔から、そこはそう呼ばれてきた。

 そのヨミ坂をどこまでも登っていくと、切り立った岩山に行き当たる。岩山は、まっ縦にひび割れが走る奇岩で出来ていた。

 ひび割れは地中深くに通じ、そこは神が命の創造と再生をりおこなう場所だという。それは神だけに許される行為だ。

 だから、昔から、人はこう言い伝えてきた。

 岩戸の向こうを決して見てはいけない。人が人であるうちは。

 もしも、生きている人間が足を踏み入れたなら、魂を抜き取られ、肉体は人形ひとがたとなってしまう。

 その形は、老若男女の区別もなく、まるでマネキンのように人としての符号に過ぎないシロモノと化す。


 しかし、人間とはどうしようもなく愚かだ。見るなと言われれば見たくなる。するなと言われればしたくなる。

 だから、そうした人間のなれの果てが、一つ、二つ、三つと地中へ続く道のあちらこちらに落ちているそうだ。

 そして、人間とは愚かな上に、はてしなく欲深い。

 ある時、とうとう、地中に散らばっている人形をしろとし、自分の魂をそれに移して生きながらえようとする者が現れた。


 それは、雨がしとしとと降る夜だった。

 かつては偉大な巫女と呼ばれた一人の老婆が、岩戸の奥をさまよっていた。

 手に掲げている青い鬼火のせいで、神は、老婆を死霊とみなして見逃してしまった。

 老婆の肉体は、まもなく終わろうとしていた。さまざまな術で取りつくろってきたものの、もはやどうしようもなくなった。

 しかし、老婆はここに至っても、いまだ生きながらえたいという欲望に身を焦がし、地中へ続く道に横たわる人形の肩に手を掛けた。それを自身の魂の依り代とするために。


 それから一刻ほども過ぎただろうか。

 一体の人形が岩戸をでて、雨のそぼ降る闇のヨミ坂をトコトコと人の世界へと下っていった。


 百年後の雨の降る夜。

 すっかり古びてしまった一体の人形が、新しいしろを求めて、岩戸の中を物色していた。もっと新しくて魅力的な人形はないものか、と。

 やがて、手頃なものを見つけたのか、その古びた人形は、落ちている人形の一つに手を掛けた。

 そして、自らの魂をそちらへと乗り移らせた。

 ところが、その時、何かに耐えかねたようなバキリという音がして、地中に落ちていた人形の首が真っ二つに砕け散った。

人形は首折れながら、クルリとこちらに顔を向けた。

 そして抑揚のない口調で、こう言った。

「ああそうだ、あの時もこんな夜だったな。」

 ・・・それにしてもわしも焼きが回った。よりによって元の肉体さやのなれの果てを選ぶとは!

 しろを失った魂が虚空にかき消える刹那の、それが最後の思念ことばだった。

 その後、岩戸から帰って来れたモノは、人であれ人形であれ誰もいないとさ。



「こわっ!」

 ヒナギクが、両肩を抱えてブルッと身震いした。幼稚園児か。

 それにしても、こんな陰惨な話を、なんでわざわざ見舞いにきておいてするかなぁ。気が滅入るだろ!

「口直しに、もう一個頼むぅ。」

 ヒナギクがおねだりした。まだやるのか。



 風の強い夜だった。

式部省の上級官吏・アリスイの屋敷は、その夜、奇妙な出来事に見まわれていた。

 暗くなってきたので、家人がろうそくの火をつけようとしたのだが、まるで雨漏りのように水が垂れてきて、火を消してしまうのだ。

 何度つけ直しても、またすぐに空中から水滴が垂れて、火を消してしまった。

 家人は皆、気持ち悪がって一つ所に集まって途方にくれるばかりだった。

 それを苛立たしい様子でながめていた屋敷の主人・アリスイの脳裏に、ふと、長らく思い出すことがなかった若い頃のある記憶がよみがえった。


 アリスイには、昔、ヒタキという友人がいた。大学寮の頃からの仲間で、共に官吏になり、省の頂点をめざして切磋琢磨したものだった。

 ヒタキは、博学卓識にして真っ直ぐな性格の男だった。誰からも愛され、信頼された。そんな男なので、上司の覚えもめでたく、いつしか同期の中の出世頭と言われるようになっていた。

 それに対して、アリスイはというと、日々、ヒタキへの嫉妬をつのらせていった。

 あいつが憎い。これほど神に祝福された人間が存在するなんて、世の中、不公平過ぎる。

 上司は、どうして自分を認めないのだ? 世間は、どうして自分を賞賛しないのだ?

あいつさえいなければ・・・。


 アリスイが、そんな苦々しい記憶に悄然しょうぜんとなっている時のことだった。

 下男が、かどに旅人が来ていて、泊めてほしいと言っていると告げた。

 しかし、アリスイは、それどころではない状況なので断るようにと言うが、下男が続けて言うには、旅人いわく『この家の怪異については、承知している。泊めてもらえるなら、取り鎮めて差しあげます』とのことだった。

 アリスイがかどに出てみると、風柄のりんとした老修験者が立っていた。アリスイは、これは、いずれ高名な他国の貴人の仮の姿かもしれないと、屋敷に上げることにした。

アリスイの屋敷の玄関先で修験者が何やら念じると、水滴はピタリと止まり、ろうそくの火が消えることはなくなった。

 不思議なこともあるものだと、修験者の願力に驚き、また少々気味悪くも思った。

 が、酒など出して飲み交わしているうちに話がはずみ、すっかり打ち解けた。

 なんだか、学生のころにもどったような忌憚のないやりとりが続き、なつかしささえ感じる。

アリスイは、修験者がどういう氏素性の人間なのか知りたくてたまらなくなった。そして、とうとう、ぜひ身の上を教えてはくれまいかと頼んだ。

 断られるかと思ったが、修験者は笑いながらこんな話を始めた。


 老修験者は、若いころ官吏であったという。

 ある日、仲の良かった友人に誘われ、都の郊外へ花見遊山に出掛けた。

 一日楽しく過ごし、都近くの川に架かる橋までもどって来た時には、すっかり暗くなっていた。しだいに風も強くなってきたので、早く家へもどらねばと思った時だった。

 友人が、河原で若い女が泣いているようだと言って、橋の下を指さした。驚いて、老修験者が指さされたあたりを見ようと欄干から身を乗り出した時だった・・・。


 ようやく、話のオチが見えてきたアリスイは、あえぎながら修験者をにらみつけた。

 それを見て、修験者がぼそりとつぶやいた。

「そういえば、あの時もこんな風の強い夜だったなぁ。」

 旅の修験者の顔は、いつの間にか、昔、自分が橋から突き落として殺した男の顔に変わっていた。

 あまりのことに、アリスイは腰を抜かして恐怖に打ち震えたが、それでも一分の後悔の念があったのか、アリスイは、友人に懺悔し、詫び、許しをこうた。

 友人は、そんなアリスイを悲しそうに見つめていたが、やがて、何も言わずにフッと虚空にかき消えた。


 後日、アリスイは家財をすっかり売り払い、友人の廟を建てて厚くとむらったということだ。

 そして、自身は巡礼者に身をやつし、生涯、友人を供養する旅を続けたんだそうだ。



「どうだ?」

 話し終えたカラスバが感想を求めてきた。

 俺は、どう答えりゃいいんだと困惑しながら、こう言った。

「と、とても、ためになる説話ですね・・・。」

 カラスバが俺の方を向いて、アレッという表情をした。

「うむ? 何も変わらぬのかぇ。話の中に、元気のまじないをかけておいたのだがのぅ。」


そうだったのか? そんな、ややこしいまじないの方法があるとは。

 が、たしかに、少し体調が良くなった気がする。それに、なぜか、むしょうに眠くなってきた・・・。


 眠りに落ちる前に、ヒナギクが軽い調子で、また一緒に冒険しようぜ~と言った気がした。


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