第37話 百鬼夜行《ひゃっきやこう》
昔むかし、名門貴族・某という男がいた。
ある夏の夜のことだった。男は、その何番目かの愛人のもとへ行く途中、都の北東から土御門大路の方へと歩いてくる百ばかりの鬼の集団に出会ってしまった。
さまざまな様相の鬼たちは、てんでに松明をかざし、この世のものとは思えぬ不気味な声でわめき立てながら練り歩いている。
鬼たちは男を見つけると、目をひんむき、生臭い獣のような息を吐きながら追いすがってくるではないか。それは、見るも恐ろしいありさまで、男は今にも気を失いそうであった。
ところで、男は大変金持ちであったので、有名な祈祷師に念を入れさせた高価な護符を、日頃から服に縫いつけてあった。恐ろしさのあまり、すっかり忘れていたが、鬼が男につかみかかろうとすると、その護符が金色の光を放って男を包んだ。
すると、見るまに鬼の集団は空中霧散してかき消え、あたりは、いつもの静かな夜にもどっていた。
こうして、男は、護符のおかげで命拾いをしたそうな。
めでたし、めでたし。
ん、なんだろ? この微妙なオチは。
俺は頭をかしげた。なんか違う話になってないか?
「チッ、喰われりゃよかったのに。」
息を殺してカラスバのする話に聞き入っていたヒナギクが、舌打ちした。
相変わらず口汚い。
「男なんて、全員死ねばいい。」
悲しいことを言う。昔、誰かに、つらい思いでもさせられたのか。
そんな同情的な気分でヒナギクの言葉を聞いていた俺は、いきなりビンタを喰らってしまった。
「胸見んな。」
・・・前言撤回だ。やっぱり、ただガサツなだけだろ、この女!
俺は、今、夜ふけの山中にいる。
焚き火の向こうには、ゴスロリ人形。そして、俺の隣には、胸がでかいだけが取り柄なんじゃないかと思える九の一がいた。
カラスバとヒナギクによって拉致されたのは、きのうのことだった。
聞けば、こいつらの事前の計画では、俺を呼び出して、ちゃんと話を持ちかける手はずだった。
ところが、事が進行し始めると、あれこれ説明するのが面倒くさいという理由で、ヒナギクが暴走し、俺は伸されたうえ、かっさらわれたらしい。
どうやら、あの時の俺の返答がどうであれ、こうして無理矢理、こいつらがいうところの〈鬼退治〉計画とやらに引きずり込まれていたもようだ。
それにしても、農作業用の背負籠に俺を詰めこんで、こんな山の奥までスタコラかついできたというヒナギクの強靱な肉体には敬服するが。
まぁ考えてみれば、あの時、フツーに話を持ちかけられていたら、即決でこいつらについて行ったとは思えない。〈火〉の連中に一言の相談もなしにだ。
恐ろしいことに、俺は、またもや、無断でガズラでの任務から抜けたことになってる。
クマサの顔を思い出して胃が痛くなった。
「よいか、盗賊のかしらを捕まえて、密輸の相手をしゃべらせるのが今回の任務ぞよ。ヒナギクと二人で適当に暴れて怖がらせ、かしらを追い詰めてくれればよいのだ。」
「ああ、わかったよ。それにしても、ちょうど曙光を持っててよかった。いつも携えてるわけじゃないからな。」
なにげなく俺がそう言った。
すると、カラスバとヒナギクが顔を見合わせた。
それから、ヒナギクが容赦なくこう断じた。
「何言ってんのかなぁー。カラスバがアンタに術をかけて持ってこさせたんじゃン。魔刀剣なしのアンタとか、何の役に立つのやりっ。」
「・・・・・・。」
語尾がおかしい。じゃなくて。俺が悪かった。
「今夜は水無月の巳の日。一年のうちでも数日だけの血沸き肉躍る、もとい、鬼がざわつき、われらの験力がいや増すときぞ。」
カラスバによれば、今夜は、怪異が起こりやすくも起こしやすくもあり、〈鬼退治〉には絶好の機会なんだと。ヴァルプルギスの夜みたいなもんか?
その言葉を受け、ヒナギクが、胸の谷間から布袋を取り出した。そして、こちらに投げてよこしながらこう言った。
「アンタは、コレを敵に投げつける役。」
俺は受け取った布袋の口を開いて、中をのぞく。あずき色の小さな粒がザクザクと詰まってた。
ていうか・・・小豆ですよね。
いっそ、大豆でもいいのでは? と思ってしまった。どう考えても、ただの豆まきにしか思えない。
からかっているのかと、ヒナギクを見返すが、大まじめっぽい。俺は、しかたなく黙って、懐にそれをしまった。
それを見ていたカラスバが、こう言う。
「鬼よけの護符を用意してやっても良いが、高いぞよ。」
なんと、さっきの話は、護符を売りつける商売の伏線だったのか!
「いらんわ!」
どっちにしろ無一文だから護符なんて買えないし。
月を見上げて、ヒナギクが、そろそろ丑の刻だと言う。
カラスバが、レースの縁取りのついたビロード布の巾着から一本の蝋燭を取り出した。何やら唱えると青白い炎がともる。
「これ、便利なんだぞ。アタシたち以外には見えない火なんだ。」
ヒナギクが、のんきな口調で説明をする。しかし、どう見ても尋常な火じゃあない。こういうものを鬼火と、いうんじゃないのか?
ヒナギクが、手ぎわよく焚き火をもみ消し立ち上がった。それに促され、カラスバと俺が立ち上がる。
いよいよ、〈鬼退治〉とやらに出発だ。
半陰りの月の下、俺たちの影が賊の砦へと移ろっていく。ヒタヒタと、ヒタヒタと。
先頭をゆくのは鬼火をかざしたゴスロリ人形。しんがりは、巨乳をピョンピョン踊らせながらついてくる九の一。その間にはさまれて、ひょろりと伸びた俺、の影。
あやかしの夜が更けてゆく。山中深く更けてゆく。
賊の砦は、とある洞窟の中にあった。
一本の古木の前でカラスバが立ち止まった。
カムフラージュ用の木の枝を除けると、人一人がようやく通れるくらいの洞がある。ヒナギクのあとに続いて、身を屈めて滑り込むと、内は乳白色の岩肌がテカる鍾乳洞だった。
天井からは、つらら状の鍾乳管。足元には棚田のようなリムストーンが。
それにしても、何だか見覚えがあるような・・・。
「これって!」
「そうじゃよ。知らぬは〈火〉ばかりというやつじゃなぁ。」
と、カラスバ。
そこは、ミソグの滝の裏にある鍾乳洞だった。
カラスバたちの得た情報によると二、三年前から盗賊はここを根城としていたようだ。
鍾乳洞の中は、新たな通路がいたるところに作られ、すっかりアリの巣状態になっているという。
〈土〉と共謀している賊にとっては、〈火〉に気づかれず洞窟を掘削することなど朝飯前だったろう。掘削道具も、場合によっては技師も〈土〉が提供してくれるのだろうから。
〈火〉がここを封鎖したのをいいことに、やつらは、ますます我がもの顔に振るまっていることだろう。まさに灯台下、暗しだ。
俺は、あんぐり口を開けてあたりを見渡す。
複雑だったであろう洞窟内は、火薬やら手掘りやらで、大改造されていた。
俺が以前、あれほど怖い思いをした鍾乳洞ダンジョンの壁一枚隔てた場所が、こんなことになっていたとは。
これじゃあ、盗賊のみならず刺客だって出入りし放題だろう。
・・・ということはコマドリは、やはりシロだったのか?
「くれぐれも言うておくが、賊のかしらとの交渉は私に任せておくれ。人をたぶらかすのは得意なのでの。」
カラスバが俺たちをふり返って念をおす。
おそらくだが、催眠術でもかけるんだろう。俺に曙光を持ってこさせたように。
カラスバが順路の説明を始めた。
「奥へ進むと地下水路に出くわす。それに沿ってしばらく遡ると、上方へいく階段が見えてくる。それを登り切り、続くトンネルをまっすぐ進むとやつらの砦だ。砦は丸太柵で囲われているが、中へ入れば、奥までずっと大した障害物はなさそうじゃ。」
そう言い終えると、カラスバが蝋燭の青い炎をスッと吹き消す。俺たち三人は闇に包まれた。
「洞窟の中の全ての火が消えた・・・鬼どもは、よーく寝ておるわ。」
カラスバがささやくように言う。
「では暗視能力をそなたらに分けるぞ。この能力は私が詠唱を止めると、数分で失効してしまうので、そのつもりでの。それと、この能力を分けるかわりに、そなたらの命を少し使わせてもらうぞよ。心配するでない。まあ、せいぜい二、三ヶ月分じゃよ。」
否と言う前に、カラスバの冷たい指が俺とヒナギクの額に伸びていた。
気のせいかも知れないが、一瞬、魂が抜かれたような嫌な気分になる。が、その威力はてきめんだった。
色彩こそ白黒だったが、鍾乳洞の岩肌が克明に見える。陰影がないので、まるで、機械で計測したデータを画像化しているような違和感があるが。
「刻が来た。いざ。」
カラスバの決めぜりふと共に、俺たちの作戦が始まった。
「カタシハヤ、エカセニクリニ、タメルサケ、テエヒ、アシエヒ、ワレシ・・・。」
カラスバの詠唱が続く中、ヒナギクが軽やかに跳躍しながら、鍾乳洞の奥に消えた。
相手が野獣系とはいえ、女子の後陣を配するわけにはいかない。俺はヒナギクを追って猛ダッシュした。水路を走り抜け、階段を駆け上り。
ヒナギクが、砦の丸太柵の前でこちらを振り返る。そして、自分の背中を指さして俺を手招きする。前振りもなく、何をやらせるんだ!
一瞬ためらったが、俺は猛ダッシュの勢いのまま、ヒナギクの背中を踏み切り板にして柵を飛び越えた。
ヒナギクはどうするかと思えば、柵の途中の出っ張りを使って器用に柵によじ登り、俺の横にヒラリと着地した。
で、その足で地面を蹴って、近くに寝ていた男の上に飛んだ。こんなところに誰かいたとは。
男の悲鳴で、さすがに盗賊たちが異変に気づき、砦は騒然となった。
暗闇の中、手も足も出ない連中を相手に、ヒナギクが快進撃を続けていた。ボクッ、ゴキッと骨がきしむ擬音が飛び、そのたびに野太いうめき声が響く。
俺は、さきほどのヒナギクの言葉を思い出し、懐から例の袋を取り出した。そして小豆を一つかみし、右往左往しているやつらに投げつける。
豆はパラパラと軽い音を立ててあたりに散った、と思われるが、その音さえ喧噪にかき消されて聞こえない。当たり前だが、何も起こらない。
やっぱりな。まんまとだまされた。
あとで俺のことをからかうつもりだろう。
その時、ヒナギクのなじり声が飛んだ。
「心で念じるんダヨ!」
ヒナギクが舌打ちをして、俺の手から袋をもぎ取ると、一気に中身を空中にぶちまけた。
なんと、まき敷かれた小豆は、ムクムクと巨大化した。そして、人の形となって盗賊たちを襲う。
マジか!
人形は盗賊たちにも可視できるらしく、盗賊は身をのけぞらせて逃げまどった。
中には、人形に向かって武器を振りかざしている者もいるが、空を切るばかりだ。そのうち幻覚だと気づきそうだが。
相手がこっちを見えてないとはいえ、ヒナギクは、凄まじいペースで盗賊を戦闘不能状態にしていった。ヒナギクの唯一最強の武器、手拳のみで。
俺が、その美しくさえある動きに見ほれていると、洞窟の奥から、光点が二つ三つ四つとこちらへ向かってくる。連中が松明をつけ直したようだ。近くにカラスバは居なさそうだ。
やがて、盗賊たちの松明は、次々に男どもを伸していくヒナギクの姿を照らし出した。
ヒナギクの動きがふと止まり、いきなり、取ってつけたようなニコニコ顔を盗賊たちに向けた。
「あ~、あの時のおっさんだー。アンタがここのお頭だろ?」
ヒナギクが、およそ場違いな黄色い声を上げ、ピョンピョンしながら一人の男に近づく。
ヒナギクに指さされたその男は、けげんな顔をした。
「ほらー、何日か前に、山で捕まってやっただろっ。そのよしみで、アンタが誰と連んでるのか教えろよ。」
おいっ!
当然のことながら、男たちは、にわかに殺気立って、単身殴り込みをかけた体の若い娘に躍りかかった。
「ちょっとぉ、だから、話をしに来たんだってば!」
ヒナギクが、スルリスルリと身をかわしながら、そう言いつのる。が、すでに交渉は決裂していた。始まる前に終わっていた。
アホ過ぎる!
俺は〈曙光〉を抜き放ち、ヒナギクと賊の間に割って入る。
あいにく〈曙光〉は、使うと人死にが出る。ミネ打ちなんていう高度な剣術は出来そうもないし。
相手は数にかかって、俺とヒナギクに容赦なく襲いかかってくる。
俺は、先頭の男に〈曙光〉をふるう。そして、松明の火にゆらめく二人目の人影を、さらに次の人影を。
その時、松明の火が再びいっせいに消えた。カラスバだ。
真っ暗闇の中、ただならぬ妖気を帯びて青く燃えさかる〈曙光〉が浮かび上がった。
いつもの〈曙光〉でさえない。
俺は思わず刀を取り落としそうになる。
が、その異様なさまに恐れをなしたのは、俺以上に盗賊の方だった。
正気を失い、鍾乳洞の奥へと逃げ込む男たち。ヒナギクが逃げ遅れた男たちを押し倒していく。
俺の腰のあたりで、ふいにカラスバの声がした。
「私から、離れるで、ない!」
き然とした口調だったが、肩で息をしている。
そして、俺の上着の裾をギュッとつかんで、パタパタと駆けだした。俺は引きずられるようにしてついていく。目の前でヒナギクが、寝技に持ち込んで誰かの腕をへし折っていた。
カラスバがヒナギクの頭を思いきり踏みつけながら、こう言った。
「暴走するな言うたやろ! 猿め。」
えっー、まさかの関西弁!
「あんたが、遅いからだろ!」
すかさずヒナギクが悪態をついたが、カラスバは顧みることなく、俺を引きずって鍾乳洞の奥へ駆けていく。
驚いたことに、カラスバは走るのがものすごく遅い。おまけにゼーゼー言ってる。身体能力はかなり低いと思われる。
見た目どおり、といえばそうなんだが、それを補う何らかの術を持っているんだろうと勝手に思い込んでいた。
その時、俺たちの横を併走していたヒナギクが、急に横道にそれた。
カラスバが見とがめて叫んだ。
「私の、命令を聞けというに!」
ヒナギグが駆け去りながら言った。
「子供のにおいがする。待っててヨ、すぐもどるから。」
「誰かいるか~?」
遠くで、ヒナギクの声がこだまする。ほどなく、ヒナギクの声。
「居た居た! いっぱい子供が捕まってるゾ!」
なんてこった。
「いや、私たちは鬼を追おう。」
カラスバが俺の上着の裾をグイと引いた。
「しかし。」
ここは連中のアジトだ。このまま敵を追っても意味があるんだろうか。
暗闇とはいえ、相手は内部の構造に通じている。俺たちは暗視力はあるものの、不案内だ。はたして敵の土俵で連中を追い詰められるだろうか?
すでに、山中に脱出してしまっているかもしれない。
などと、ためらっていると、ヒナギクの叫び声が再び響いた。
「やばい、火事だ!」
俺は声の方にダッシュした。カラスバの手から、俺の上着の裾がビュンと抜けた。
「まったく、どいつもこいつも・・・。」
カラスバの恨み節が小さく聞こえた。
竹を組んで作られた牢には、十数人ほどの女子供が閉じ込められていた。あたりは悲鳴や泣き声で騒然となっていた。
鍾乳洞の奥で赤い炎が拡がっていた。煙がどんどんと流れてきて、焦げた臭いがきつくなってゆく。
火の手はまだ遠いが、煙が充満しはじめていた。
ヒナギクは、すでに竹柵を飛び越えて中に入り、子供たちをつないでいる紐を次々に切っている。
だが、竹柵の出入り口を壊さないことには出られない。ヒナギクの腕力で、子供を一人ずつ柵の外に投げるなんてことは出来ないだろうか。
「早く、切れ! その刀で両断せよ!」
ようやく追いついたカラスバが、焦れたように命じた。
俺は、あわてて、命ぜられるままに、目の前の柵を刀ではらった。
バリバリと小気味よい音を立てて竹柵が切れていく。が、しまいにガキッと嫌な音がして、刀の動きが阻まれた。
見れば、刃が南京錠に食い込んで止まっている。こんなものが付いていたとは、うっかりしていた。
「そこ、どいてー!」
言い終わる前に、柵が砕け散って、ヒナギクが飛び出てきた。南京錠もどこかへすっ飛んだ。
「にげろ!」
ヒナギクが幼い子供を三~四人横抱えにすると、来た方角へ駆け出した。
が、他の者たちは、煙にまかれて咳き込みながら、つっ立ったままだ。
無理もない。この子たちは、暗闇の中で何も見えてないんだった。肝心のカラスバもひどく咳き込んでて、詠唱どころではないありさまだ。
カラスバが何かを拾って、俺の手につかませた。咳き込みながら、鍾乳洞の奥で燃えさかっている火を指さし、俺の背中を押した。
俺は自分が握っているモノを凝視した。燃えさしの松明だった。
俺は、鼻と口を服の端で覆って、炎に向かって走った。火事の時は姿勢を低くしろとかいうが、屈んで走るとか無理だろ。息を止める。
盗賊たちは油をまいて火を放ったらしく、山積みの荷箱と共に洞窟の床が燃えていた。
松明を炎に突っ込む。目がしみる。息が苦しい。熱い。
早く着火してくれ!
・・・・・・もうだめだ、思わず息を吸った。激しく咳き込む。
炎に背を向け、駆けもどる。
運良く、手元の松明は、パチパチと音を立てて燃えはじめていた。
にも関わらず、先ほどまでに比べると、あたりは恐ろしく暗い。いつの間にか、俺の暗視能力は失効していた。
俺とカラスバと子供たちは、ゴホゴホッ、ゼーゼーと咳き込みながら、来た道を駆けもどる。
魔力の庇護も失い、ひたすら逃げる。
地下水路までもどったところで、カラスバがみんなを止めた。
煙は、ここまでは来ていなかった。冷たい水で喉を洗う。鼻の中もグリグリ洗ったが煤の臭いが貼りついて取れない。
「やあっ、遅かったなあ。」
前方の岩のくぼみから、ヒナギクの声がした。
そう言えば、暗視能力が消失したはずのヒナギクがどうしているか、気にしてやらなきゃいけなかったんだが、すっかり忘れていた。しかし、ヒナギクは、当たり前のように先にたどりついて、俺たちを待っていた。
「よく、ここまでたどりついたなぁ。」
半ばあきれつつ、労いのことばをかける。
ほめられたと思ったのか、はずんだ声が返ってきた。
「においだよ~。水のにおいをたどったらここにもどれたんサ。」
そういえば、さっきは、子供の臭いに気がついたよな。すごい嗅覚だ。ひょっとして、こいつ山犬にでも育てられたのか?
ヒナギクは、カラスバを見つけて脳天気な口調でこう言った。
「待ってたんだぜ。早くアンシリョク、かけておくれよ。」
人心地ついたようすのカラスバだったが、それを聞いて、困ったような顔をした。
「いや。ここまでくれば、じきに出口なのでな。松明だけで大丈夫じゃろう。」
そう言って、ちらりと子供たちの方を見る。ことたりれば、巻き込みたくないといった表情だ。
「そっか。じゃぁ、とっとと出ちまおうオ。」
何ごともこだわらない質らしいヒナギクが、ぽいと立ち上がった。その姿が松明の光の中に浮かび上がる。まじまじと眺めて絶句した。
左右の腕にそれぞれ二人の子をかかえ、もう一人の子を肩車にしている。
しかも、全員すっかりなついたようすで、その胸のあたりにかじりついている。その胸の!
「ア、甘やかしすぎだろっ。」
俺は子供たちの尻をつかんで、ヒナギクから次々に引きはがす。
「あはっ、やっぱ楽だなぁー。ありがとなン。」
身軽になったヒナギクが、首をゴキゴキさせながら礼を述べた。
別にヒナギクを楽にしたかったワケではないんだ。が、そのへんのことを、わざわざ言うつもりはない。
ほどなく、俺たち三人と盗賊にさらわれていた哀れな子供たちは、鍾乳洞の穴から山中にまろびでた。
東の空は、白々と明け始めていた。あやかしの夜が溶けていく。
「やったぁ、任務完了、鬼退治終了~。」
ヒナギクが、小躍りして喜んでいる。
しかし、ずっと思ってたんだが、術士と九の一と魔刀剣使い、 どう考えても俺たちの方が、よほど鬼だった気がするんだが。
それに、のんきなこと言ってるが、お前のせいで盗賊のかしらを取り逃がしたこと、もう忘れてるのか?。
とはいえ、まあ、頭の方はともかく、運動能力は桁外れの九の一であることは確かだった。
「あ~ぁ、やっちまった。」
俺は、朝日に〈曙光〉の刃先をかざして、うめいた。
刃こぼれしている。さすがに南京錠は切れないよな。
心なしか、刃の青味も弱々しげだ。
「切る時に、ためらいがあったのではないか? 魔刀剣というなら南京錠くらい切れんでどうする。」
横からのぞき込んだカラスバが、しれっと言う。
それを聞いて、ピョンピョン跳ねながら、そばによってきたヒナギクが言った。
「そーいえば、小豆をなげる時、うたがってただろ。あの時、アンタは、カラスバさんの術を信用してなかったよなぁー。うたがい深いやつはソンするぞ。ほれ、昔から、信じる者はスクわれるっていうだろ! 」
さて、後日談になるが、盗賊にさらわれ国外に売られる寸前だった女子供は、ひとまず、ガズラの関に連れ帰った。
その後、都に連絡を取って、カンナに来てもらい、それぞれ親元に帰す手はずを整えてもらった。が、中には、孤児やワケありの親もいて、そうした帰る家のない子らは、アヤメが今度はじめる食堂で働くことになった。
カンナは、『 私は駆け込み寺か! 』などどぼやきながらも、けっこう楽しそうだ。月に何度も、アヤメたちの近況報告を、俺に書いてよこす気の入れようだった。




