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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
36/45

第36話 白廟の髑髏《しゃれこうべ》 (カンナ談)

おもいっきり鬱々《うつうつ》としたカンナの独り言です。


      

         挿絵(By みてみん)


 辺境での出来事だと思っていた天変地異が、今や、都に取りいて離れる気配もない。

 常緑木は、精気のない冬のくら緑のままだった。それ以上に深刻なのは、秋に葉を落とした木々だった。とうに芽吹きの季節は過ぎているのに、いまだに裸の枝を天に差しのべ、青ざめて佇立している。

 私は、ほこりっぽいやぐらの上にいた。

 風と埃よけの毛布にくるまって、陰鬱な灰色の空に張り出した見張り台の床に、うずくまってる。

 北方の海での小競こぜり合いやら、都の中枢への見えざる敵の画策。血なまぐさくて荒廃した日々には、もううんざりだ。

 こんなまち、さっさと滅んでしまえばいいんだ・・・。


 いつの間にそんな時間になったんだろうか。振りむくと、誰かが交代のためにやぐらの上に登ってきた。

 ・・・あいつのかわりに、見張りの仕事を引き受けたが、気づけばボンヤリしていた。やれやれ、私は見張り役失格だ。



 都を去ったばかりのあいつから、今朝、手紙が来た。

 別に寂しいなどと言ってくるのを期待したわけではないし、予想通り、そんな内容ではなかった。ちょっとした用事を頼まれただけ。

 ちょっとした用事なので、私はさっさとそれを片づけるつもりだが、だけど、それを片づける前に、私は父たちに会わなければならない。

 むしょうにそういう気分なのだ。


 私は屋敷の北に設けられたびょうへ向かった。屋敷林の奥にそれはある。

 石灰石を積んで出来ている廟は、どんよりした雲のもとでさえ白々ときわだっていた。

 アーチ型の丸天井。異国ゴシック趣味だ。祖父の故郷の聖堂に似せて造られたそうだ。

 樫の重い扉を押して中へ。

 明かり取りの天窓から射し込む弱い光が、床の上に置かれた石棺をぼんやりと照らし出す。

 石棺は、〈火〉の家紋で縁取られていた。別名〈永遠の命〉と呼ばれている紋章だ。

 そして、石棺のふたには、異国のことばで祖父の作った詩碑ポエムが刻まれている。

 父が何度も兄と私に読んで聞かせ、私が数え切れないほど幾度も反芻はんすうした詩碑ポエムだ。

 祖父が意図したかどうかは知らないが、それは、まるで謎かけのようだった。



 この世での わずかな時の間に

 すり切れてしまった魂よ

 真偽の網をくぐりぬけて よみがえれ

 もう一度 黄昏の中で笑え

 もう一度 朝露にため息をつけ


 魂よ 約束アヴァロンの地へと飛べ

 太陽と月 洞窟と森

 川とせせらぎとの

 神秘な友愛の栄える国で

 われらは ふたたびまみえよう



 近頃、いっそう祖父の詩碑ポエムに惹かれる。が、私には、祖父がこれに込めた謎かけの答えはまだ見つからない。

 あと少しで、その魂に触れられそうな予感はあるのだが。

 重い石棺のふたを、私はそっと開けた。

 そして、中に置かれている二つの髑髏しゃれこうべをじっと見る。父と祖父と。

 髑髏しゃれこうべは、祖父が故郷からたずさえてきた古い剣や、十字架の首飾りと共に納められている。

この古い剣のことを、祖父は〈私のエクスカリバー〉と呼んでいたそうだ。祖父の故郷に伝わる伝説の王剣の名なんだと。


 私は、石の床にひざまずく。そして、一通の手紙をふところから取り出した。何度も読み返したそれを、もう一度読む。

手紙には、アヤメというを頼むと書いてある。

 

 ・・・笑っちゃうよね、父様、祖父様。

 あーぁ、どうしてこうなっちゃうのかなぁ。


 私は、石棺の下に手紙を置いた。

 それから、腕を伸ばして、髑髏しゃれこうべを取り出し胸に抱く。


 私の祖父は遠い国からきた。

 世界の中心・オスマンより、はるか北西にある辺境の国の出だそうだ。燃えるような赤い髪をした勇猛な男だった。

 ある時、ふらりとこの国にやってきて、最初は傭兵のようなことをしていたらしい。やがて、フルキ一のつわものと呼ばれるようになった。

 で、ついには、その腕をかわれ〈火〉の姫だった祖母と結婚し、〈火〉の長となった。

 しかし、本当は・・・。

 家族の前では、とっても寂しがりやで、それに詩人の心を持っていた。

 数年前まで生きていた祖母が言うことには、夜中に、よくうなされていたそうだ。

 そんな繊細な男が、なにが悲しくて故郷を捨て、こんな世界の果てまでやってきたんだろうねぇ。


 屋敷の庭に廟が建てられたのは、祖父の遺言によるものだった。

 祖父は、フルキのしきたりによって鳥葬に伏されたあとの自分の骨を、屋敷に連れ帰ってほしいと父に頼んだそうだ。祖父の生まれた国では、墓は家の近くに作るもんなんだと。

 天へ召されるのもいいけどね、おまえたちのそばにいたいんだ。

 祖父は死にぎわに、そんなことを言いのこしたらしい。

 父親の髑髏しゃれこうべの方は、私が兄様に頼んで持って帰ってもらった。私たち家族のそばにずっといてほしかったから。そして、私の独り言をこうして聞いてほしかったから。


 見た目と中身が違うのは、わが家の血なのかもしれないと思う。

 私も、そう。

 私って、こんな変な髪の色だし、男みたいにでかいし、根暗だし。そう、あいつは知らないが、私はホントは根暗なんだ。根暗で弱虫。

 傷つくのが怖くて、ビクビクしている。だけど、傷ついてると思われたくないから、陽気なふりしているだけ。


 〈精霊〉の屋敷で、あいつに初めてあった時、あいつはとてもいじけた目をしてたんだ。あぁ、私と同じだって思った。わかり合えるかもって。

 でも、あいつときたら、遠くのほうばかり見てる。強い者が好き、正しい者が好き。光に恋している、こがれてる。

 

 ・・・まあでも、人は普通はそうなんだろう。そう在るべきなんだろう。

 こんな話を、髑髏しゃれこうべに聞かせてる私は、病んだ人間なんだ。

 根暗で病んでる・・・。

 うとまれて当然だ。


 もしも、キキョウみたいに、素直で気立てのいい娘だったら(まるで春の陽だまりのように)、もっと違った人生があったのかもしれないな。

 いいひとに出会って、結婚して子を産んで。

 

 私はため息をついて、髑髏しゃれこうべひつぎの中へもどす。きっちり二つ並べて。

 また、じきに会いにくるね。

 父様、祖父様。


 白廟の樫の扉を開くと、一陣の風が吹いた。

 廟の中に舞いこんだつむじ風が、棺の下に置き忘れていた手紙をかっさらっていく。そして、それを天窓から灰色の空へと巻きあげた。

 やがて、小さな点になっていくあいつの手紙を、私はじっと見送った。



 しばらくぶりに、ガランとしたあいつの部屋へ入った。ちゃんとドアをノックしたりして。私だって、あいつがいなければ普通にふるまえるのだ。


 金子きんすは、手紙に書いてあったとおり、寝床の下にあった。

 かがんで、それをひっぱり出す。


 この部屋に、もう用事はないのだが、少しの間、あいつの寝台に寝そべってみる。

 ・・・天井に描かれた〈火〉の家紋が目にとまった。

 始まりも終わりもない輪をからみあわせて作られた文様〈永遠の命〉。


 永遠。

 でも、それは、ひとりの人間の不死や不滅を意味しない。

 むしろ、流転する輪なんだ。

 昨日きのうからきょう、そして明日へ。あるいは、祖先から子孫へ。一つの時代から次の時代へ。

 もしくは星の終わりから新たな星の誕生へと、継がれていく自然の摂理。

 人は、そんな〈永遠〉を乗せる乗り物に過ぎないと父は言った。たしか母が死んだ時だった。

 だけど、私は納得できなかった。

 そして、今でも。たとえ父が言った言葉だとしても、これだけは。

 私は乗り物なんかじゃないし。

 死にたくなんかないよ、父や母のように。

 誰かがいなくなるなんて辛すぎる。自分が消えてしまうなんて、怖すぎる。


 ねえ、聞こえてる?






*墓碑の詩は、イエイツの詩がオリジナル。

 カンナの祖父様は、ケルト系のアイルランド人という設定です。

 ケルト文化圏の人たちによって伝承されてきた「アーサー王物語」を、祖父様も母親から聞いて育ったんでしょう。

 エクスカリバーという呼称は、もう少し時代があとになって生まれたようですが、通りがいいので使わせてもらいました。

 祖父様は、「冥土アヴァロンでまた会おう」と言ってるんだと思うんですが、カンナは深読みしたがっている。


 次話は『百鬼夜行』3/12

 キノ村で拉致された主人公のその後は・・・

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