第36話 白廟の髑髏《しゃれこうべ》 (カンナ談)
おもいっきり鬱々《うつうつ》としたカンナの独り言です。
辺境での出来事だと思っていた天変地異が、今や、都に取り憑いて離れる気配もない。
常緑木は、精気のない冬の暗緑のままだった。それ以上に深刻なのは、秋に葉を落とした木々だった。とうに芽吹きの季節は過ぎているのに、いまだに裸の枝を天に差しのべ、青ざめて佇立している。
私は、埃っぽい櫓の上にいた。
風と埃よけの毛布にくるまって、陰鬱な灰色の空に張り出した見張り台の床に、うずくまってる。
北方の海での小競り合いやら、都の中枢への見えざる敵の画策。血なまぐさくて荒廃した日々には、もううんざりだ。
こんな都、さっさと滅んでしまえばいいんだ・・・。
いつの間にそんな時間になったんだろうか。振りむくと、誰かが交代のために櫓の上に登ってきた。
・・・あいつのかわりに、見張りの仕事を引き受けたが、気づけばボンヤリしていた。やれやれ、私は見張り役失格だ。
都を去ったばかりのあいつから、今朝、手紙が来た。
別に寂しいなどと言ってくるのを期待したわけではないし、予想通り、そんな内容ではなかった。ちょっとした用事を頼まれただけ。
ちょっとした用事なので、私はさっさとそれを片づけるつもりだが、だけど、それを片づける前に、私は父たちに会わなければならない。
むしょうにそういう気分なのだ。
私は屋敷の北に設けられた廟へ向かった。屋敷林の奥にそれはある。
石灰石を積んで出来ている廟は、どんよりした雲の下でさえ白々ときわだっていた。
アーチ型の丸天井。異国趣味だ。祖父の故郷の聖堂に似せて造られたそうだ。
樫の重い扉を押して中へ。
明かり取りの天窓から射し込む弱い光が、床の上に置かれた石棺をぼんやりと照らし出す。
石棺は、〈火〉の家紋で縁取られていた。別名〈永遠の命〉と呼ばれている紋章だ。
そして、石棺の蓋には、異国のことばで祖父の作った詩碑が刻まれている。
父が何度も兄と私に読んで聞かせ、私が数え切れないほど幾度も反芻した詩碑だ。
祖父が意図したかどうかは知らないが、それは、まるで謎かけのようだった。
この世での わずかな時の間に
すり切れてしまった魂よ
真偽の網をくぐりぬけて よみがえれ
もう一度 黄昏の中で笑え
もう一度 朝露にため息をつけ
魂よ 約束の地へと飛べ
太陽と月 洞窟と森
川とせせらぎとの
神秘な友愛の栄える国で
われらは ふたたび見えよう
近頃、いっそう祖父の詩碑に惹かれる。が、私には、祖父がこれに込めた謎かけの答えはまだ見つからない。
あと少しで、その魂に触れられそうな予感はあるのだが。
重い石棺の蓋を、私はそっと開けた。
そして、中に置かれている二つの髑髏をじっと見る。父と祖父と。
髑髏は、祖父が故郷から携えてきた古い剣や、十字架の首飾りと共に納められている。
この古い剣のことを、祖父は〈私のエクスカリバー〉と呼んでいたそうだ。祖父の故郷に伝わる伝説の王剣の名なんだと。
私は、石の床にひざまずく。そして、一通の手紙をふところから取り出した。何度も読み返したそれを、もう一度読む。
手紙には、アヤメという娘を頼むと書いてある。
・・・笑っちゃうよね、父様、祖父様。
あーぁ、どうしてこうなっちゃうのかなぁ。
私は、石棺の下に手紙を置いた。
それから、腕を伸ばして、髑髏を取り出し胸に抱く。
私の祖父は遠い国からきた。
世界の中心・オスマンより、はるか北西にある辺境の国の出だそうだ。燃えるような赤い髪をした勇猛な男だった。
ある時、ふらりとこの国にやってきて、最初は傭兵のようなことをしていたらしい。やがて、フルキ一のつわものと呼ばれるようになった。
で、ついには、その腕をかわれ〈火〉の姫だった祖母と結婚し、〈火〉の長となった。
しかし、本当は・・・。
家族の前では、とっても寂しがりやで、それに詩人の心を持っていた。
数年前まで生きていた祖母が言うことには、夜中に、よくうなされていたそうだ。
そんな繊細な男が、なにが悲しくて故郷を捨て、こんな世界の果てまでやってきたんだろうねぇ。
屋敷の庭に廟が建てられたのは、祖父の遺言によるものだった。
祖父は、国のしきたりによって鳥葬に伏されたあとの自分の骨を、屋敷に連れ帰ってほしいと父に頼んだそうだ。祖父の生まれた国では、墓は家の近くに作るもんなんだと。
天へ召されるのもいいけどね、おまえたちのそばにいたいんだ。
祖父は死にぎわに、そんなことを言い遺したらしい。
父親の髑髏の方は、私が兄様に頼んで持って帰ってもらった。私たち家族のそばにずっといてほしかったから。そして、私の独り言をこうして聞いてほしかったから。
見た目と中身が違うのは、わが家の血なのかもしれないと思う。
私も、そう。
私って、こんな変な髪の色だし、男みたいにでかいし、根暗だし。そう、あいつは知らないが、私はホントは根暗なんだ。根暗で弱虫。
傷つくのが怖くて、ビクビクしている。だけど、傷ついてると思われたくないから、陽気なふりしているだけ。
〈精霊〉の屋敷で、あいつに初めてあった時、あいつはとてもいじけた目をしてたんだ。あぁ、私と同じだって思った。わかり合えるかもって。
でも、あいつときたら、遠くのほうばかり見てる。強い者が好き、正しい者が好き。光に恋している、憧れてる。
・・・まあでも、人は普通はそうなんだろう。そう在るべきなんだろう。
こんな話を、髑髏に聞かせてる私は、病んだ人間なんだ。
根暗で病んでる・・・。
うとまれて当然だ。
もしも、キキョウみたいに、素直で気立てのいい娘だったら(まるで春の陽だまりのように)、もっと違った人生があったのかもしれないな。
いい夫に出会って、結婚して子を産んで。
私はため息をついて、髑髏を棺の中へもどす。きっちり二つ並べて。
また、じきに会いにくるね。
父様、祖父様。
白廟の樫の扉を開くと、一陣の風が吹いた。
廟の中に舞いこんだつむじ風が、棺の下に置き忘れていた手紙をかっさらっていく。そして、それを天窓から灰色の空へと巻きあげた。
やがて、小さな点になっていくあいつの手紙を、私はじっと見送った。
しばらくぶりに、ガランとしたあいつの部屋へ入った。ちゃんとドアをノックしたりして。私だって、あいつがいなければ普通にふるまえるのだ。
金子は、手紙に書いてあったとおり、寝床の下にあった。
かがんで、それをひっぱり出す。
この部屋に、もう用事はないのだが、少しの間、あいつの寝台に寝そべってみる。
・・・天井に描かれた〈火〉の家紋が目にとまった。
始まりも終わりもない輪を絡みあわせて作られた文様〈永遠の命〉。
永遠。
でも、それは、ひとりの人間の不死や不滅を意味しない。
むしろ、流転する輪なんだ。
昨日からきょう、そして明日へ。あるいは、祖先から子孫へ。一つの時代から次の時代へ。
もしくは星の終わりから新たな星の誕生へと、継がれていく自然の摂理。
人は、そんな〈永遠〉を乗せる乗り物に過ぎないと父は言った。たしか母が死んだ時だった。
だけど、私は納得できなかった。
そして、今でも。たとえ父が言った言葉だとしても、これだけは。
私は乗り物なんかじゃないし。
死にたくなんかないよ、父や母のように。
誰かがいなくなるなんて辛すぎる。自分が消えてしまうなんて、怖すぎる。
ねえ、聞こえてる?
*墓碑の詩は、イエイツの詩がオリジナル。
カンナの祖父様は、ケルト系のアイルランド人という設定です。
ケルト文化圏の人たちによって伝承されてきた「アーサー王物語」を、祖父様も母親から聞いて育ったんでしょう。
エクスカリバーという呼称は、もう少し時代があとになって生まれたようですが、通りがいいので使わせてもらいました。
祖父様は、「冥土でまた会おう」と言ってるんだと思うんですが、カンナは深読みしたがっている。
次話は『百鬼夜行』3/12
キノ村で拉致された主人公のその後は・・・




