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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
35/45

第35話 石泥棒

 茜色が夜空に消え入って間もなく、俺たちはガズラの関に到着した。

そして馬車の扉を開けると、二人の女の姿はかき消えていた・・・。


かわりに座席には、こぶし大の黒い石が一つ置いてある。

よく見ると石の下に、折りたたんだ紙切れが。俺は石をポイとけて紙切れを拡げた。


【 さっきの石泥棒さんから取り返してやったョ。で、いまから逃げた残党を追うけどさ。それにしても、あたしたち、つかまったふりして石泥棒さんのアジトへ潜入しようとしてたのに、バカヤロー死んでわびろ 】


俺とコマドリが同時に、黒い石を見やった。

コマドリがボソッとこう言う。

「これって、〈悪魔の目〉。」

俺は、あわてて石を拾い上げる。これが〈悪魔の目〉と呼ばれる鉱石なのか?

メタリックな漆黒に赤黒い縞目しまめ。ひんやりと重い。

俺の馬車の中に転がってていい代物じゃない。ご禁制の鉱物だし。どうやら盗品だし。

いったいあいつらは誰なんだ?

 敵か味方かというと味方なんだろう。どうやら、盗賊から石を取り返してくれたようだし。

たしか、カラスバとヒナギクだったっけ。何やらあわただしい連中だ。口汚いし。それに術士あやかしだ。

 それに、さっきのあれは〈精霊〉の技? だが、アトリの話では〈精霊〉に使い手はもういないはずだが。まるで状況がわからない。

 もっと説明が欲しいところだが、二人は、風のように消えてしまった。

 が、まあ、じきに舞いもどってくるだろう、なんてふと思う。そんな予感がする、というのも変な話だが。



 ガズラの関は、刀匠の里への表玄関だ。

 深く切り立った渓谷の崖の上に、その堅牢な石の砦はあった。そして、渓谷に架かる刀匠の里へ通じる吊り橋の守備こそが、関守せきもりの大事な任務である。と、つい、さっきまで思っていた。

 だが、俺のガズラでの最初の仕事は、どうやら〈牛飼い〉ということになりそうだった。

きょうは、下の牛舎で冬を越した牛たちを、高原へ移動させる日なのだという。


話を聞けば、どうやら、ここの関守せきもりたちは半農半兵であった。 

 昼間、砦の留守を預かる者は、ほんの数人で、ほかの者は、薪の調達やら狩猟に従事するため砦の外に出かけてしまうらしい。

 牛や馬、ヤギなどの放牧も主要な関守の仕事だとリーダー役のクマサは言った。 ・・・なんとも働き者の兵士たちである。

平和が長く続いたせいで、関守せきもりの仕事も、ずいぶんユニークな変化を遂げてしまったということか。


そういうわけで、クマサに命じられ、俺はコマドリと下の牛舎へ向かう。

 早朝の高原は、肌寒かった。

 針葉樹とササ原の群生地が入り組む高原を、半時はんときほど下ると、まわりの風景は、いつしか雑木林へと入れ替わってゆく。ブナやナラの丸い葉が日差しに透けてきらめく。

 そんな、新緑の瑞々《みずみず》しい林間に、数軒の農家と牛舎が寄り添うように建っていた。


農家の男が、牛舎の柵を開くと、牛たちがいっせいに動き始めた。

 集落の少年が犬を使って、巧みに牛の群れを山の上へと追い上げる。手慣れたものだ。

 俺は、少年から四頭のヤギを頼まれたが、ヤギたちは、牛の群れにつられて自然と移動していく。

 俺はヤギの群れのうしろをただ歩くだけ。ときどき、道ばたの草をはみ始めるヤギの尻をペタペタ叩いて歩かせて。

なんて牧歌的なんだ。

 すべて世は事もなし。

 ただし、牛がひんぱんに落としていくふんを踏みつけないようにだけ気をつけねばな。


山の高度が上がるにつれて、雑木林が再び針葉樹林へと変わる。

 このあたりまで来ると、山の斜面にはササの群生地が拡がる。その中をゆるいS字を描いて高原の道が続く。道のには、点々とアザミが咲いて、高原に色を添えている。


その時、一頭のヤギが群れを離れてトコトコと駆けだした。

 山上のガズラに背を向け、うしろにもどっていってる!

 ところが、少年も犬も、一向に気づかないようすで、高原の道を登っていく。

 「うそだろ? おいっ、もどれよ!」

 俺が叫んだところで戻るわけもなく、ヤギは群れからどんどん離れていく。

俺は、あわてて追いかけた。残りの群れはコマドリたちにまかせることにして。

 

はぐれヤギは、ササ原を、けっこうな早さで駆け下りていく。

 そして、とうとう針葉樹の深い木立の中へ消えた。

かなりマズイ気がする。見つからなかったらどうなるんだろうなどと、ぼんやり思いながら、木々の間をあっちこっち探しまわる。

ようやく、木立のはるけた場所で草をはむヤギの白い姿を見つけた。


 ヤギのそばには、小さな人影があった。近づいてみると、十二歳前後のおかっぱ頭の子がヤギをなでている。

 俺がそばまでいくと、ヤギと子供がこっちを振り向く。

『うへぇ、面倒くさい。人間としゃべるの、嫌い!』

と、ヤギが言った。

 違えた。しゃべったのは、その横にいる子供の方だ。きっと。

 だけど、子供の唇、動いてなかったような。まさかね。

 けげんな顔をしてる俺に、子供がたたみかける。

「もっとうれしそうな顔したらどう? 私がわざわざお出まししてあげたのに。」

今度は唇動いてた。さっきのは錯覚だろう。

 子供は、声も容貌も中性的だった。

 うーん、男?女? まあ、男だとしたらかなり端正。女だとしてもかなり凛々《りり》しい。

 そういう下世話なことが気になって、そいつの話が頭に入ってこない。

「あいつら、バカだから、状況をきみにしっかり説明しなかったみたいから。私がその尻ぬぐいに来てあげたわけ。」

「あいつらって?」

「夕べ、きみが山で拾った女二人組のことだけど?」

イラッとした口調が返ってきた。

「あぁ、〈悪魔の目〉の鉱石を置いていった女たちな。」

子供は、お稚児ちご風の狩衣かりぎぬのそでで口元を隠しながら、こう続けた。

「で、その石は今どこに!」

「取りあえず、ガズラの関で預かってるけど? 〈土〉の元老が関わって外国へ横流ししてるって噂もあるから、まさかノコノコと〈土〉に返すわけにもいかないしな。」

俺がそう言うと、子供はあからさまに残念そうな顔をした。

「なんだ、知ってんだ。なんだ、なんだ!」

そして、長すぎる袖を振りまわしながら、じだんだ踏んだ。

子供だなあ。

「私が来たのは無駄だったってことなの? 気にいらない、気にいらない。」

うわぁ。

狩衣かりぎぬ姿には不釣り合いな高下駄で、地面をちらしてる。

「まぁ落ちつけって。知ってることはそれだけだから!」

相手は、上目遣いにこちらをにらんでいる。

「ホントに?」

もちろんだ。月見の宴のおり、カンナがチラリと話していたことが、俺の知ってることの全てだった。

俺は自信をもってうなずいた。


 気を取り直したその子が、なぜかまた口元を袖でおおいながら、語った話というのはこうだ。


〈土〉の一族が管理する、とある鉱山がニウ地方にある。そこは、ガズラからは三日の旅程だった。

 ニウからは、武器製造に必要な鉱物が、定期的に、ガズラ経由で刀匠の里に運ばれてくる。

しかし、この数年、輸送途中で盗賊に鉱物を奪取されるという、あってはならない事件が一度ならず起こっていた。しかも、その鉱物とはご禁制の〈悪魔の目〉だった。

〈土〉はそのことを公には認めていないが、〈火〉を始め、世間は〈土〉への疑念を強くしている。

当初は、不運にも盗賊の餌食になったのかと思われたが、どうやら、わざと盗賊に盗ませていると思われた。盗賊は、それを国外に持ち出して売りさばいている模様だが、その密輸ルートは、とても強固に隠匿されている。つまり、組織の内側に入り込むのに苦労している。

 で、もっか、カラスバとヒナギクが盗賊のアジトへの潜入を試みていて、何かわかれば、そのつど状況が報告される手はずになっている。


そんなことを話し終えると、子供はようやく口元から袖を下ろした。そして、形のいい唇をさらしながら言葉を続けた。

「・・・という現状をきみに説明しておくように、お師匠様に命じられたわけさ。」

「お師匠様? お師匠様って、俺のことを知ってる誰かなのかな。」

「さぁ、どうかな。お師匠様に、普通の人間の知り合いとかいない気がするけど。でも、お師匠様はカラスバに頼まれ、カラスバはヨシという人に頼まれたって言ってた。」

「ヨシ!」

 思いがけず、なつかしい名前が飛び出してきて驚く。

事情は、いまだ半分しか飲み込めないが、ヨシが加担している話なら安心できる気がした。


「じゃあ、いうこと全部、伝えたんで帰っていい?」

「お、おう。そういえば、ヤギ捕まえてくれてありがとな。」

「はあ。」

 その子は、ちょっと微妙な顔をした。どうしてだろう。

「俺、カガヤ。おまえ名前は?」

「え? えっと・・・えー・・・ああ、そうそう、クジャク。」

「・・・怪しいな。」

 自分の名前がすぐ出てこないとか。

「しかたないでしょう? 名前を名乗りあうなんていう人間的な営みを、しばらくしてなかったんだから。」

どんな生活してたら、そうなるんだよ。

 もしかして無人島で引き籠もり? にしても、いったい何十年人と会わずに過ごしたら、自分の名前を忘れられるもんなんだか。

「ま、いいか。で、クジャクってことは、鳥の名前だから、お前、男?」

 軽くそう尋ねた。つもりだったのに、なにやら不穏な空気。

「・・・・・。」

 しばしの沈黙のあと、クジャクは、じだんだ踏んでののしった。

「死ね! しね、しね、しね!」

そう言い捨てると、クジャクは、身をひるがえして空中に消えた。文字通り、空気に溶け入るように消滅し、あとには俺とヤギだけが取り残された。


しばし呆気にとられて立ちすくんでた俺が、ヤギの方に目をやると、ヤギは、いきなりピョコピョコと駆けだした。

 竜宮城へは亀が、大判小判の壺へは犬が。ここは、ヤギが帰り道を案内してくれるのが、おとぎ話のお決まりである。


 俺は、ヤギの後を追って針葉樹の森を抜け、さっきコマドリたちと別れたササ原までもどってきた。

このあたりまで来れば、朝下りてきた見覚えのある道だった。おまけに、山上に向かって、地面が、牛の足跡と糞ですっかり荒らされているので、もしもヤギの奴が気まぐれ起こして案内役を投げ出したとしても、ガズラへ帰るのは容易そうだ。

 が、そいつは、道草みちくさをするでもなく、高原をいっしんに登っていく。なんて健気けなげな奴。


ようやく放牧場が、やがては石の砦が見えてきた。のんびりと放牧場で草をはむ牛やヤギの姿も。

そして、お騒がせヤギはというと、何ごともなかったかのように仲間のそばへと駆けもどっていった。


 コマドリたちは、だいぶん前にガズラへたどり着いていた。

 俺は、牛たちのようすを見ているクマサに、帰ったことを報告した。

 が、なんと、牛の世話をするのはお好きでないようだ、とクマサに言われてしまった。どうやら、さぼったと思われている。

 俺は一人でどこかへ行ってしまったことになっていた。コマドリは、はぐれたヤギを追いかけた事情を話してくれてはいないようだ。やつの悪意を感じ、俺はドロリとした感情に支配される。

 それ以上、クマサに言いわけする気にもなれず、俺は押し黙った。



東の空に低くかかる雲は、金色に輝いて、一日がきょうも力強く始まろうとしていた。

 急峻な山の斜面に、冷たい朝霧がわき立つ。

 そんな中を、俺と案内の男は、荷車を引く牛と共に、キノという村へ向かっていた。ガズラの関のある高原からは、歩いて一時いっときほど山を下ったところにその村はあるらしい。

 コマドリはというと、キノへの道を知らないというので、関に置いてきた。

 すがすがしい朝だ。

 きょうは積み荷が少ないので、荷車に乗ってもいいと案内の男に言われたが、何となく牛と連れだって歩く。牛歩暮スローライフらしも悪くない。

 関に、馬はいるにはいるが、都との緊急の往来用だった。この分では、せっかく乗馬の練習をしたのに活かされることは、当分なさそうだな。


やがて、山の中腹に拡がる谷間に、雑木林に囲まれた村が見えてきた。

 集落の裏山には、コンモリした緑色のうねが広がっていて、うねのあちらこちらで野良作業をする人影が。

案内の男が、朝摘みの茶葉を摘んでいるのだと教えてくれた。

のどかな村だ。

 おりしも、村の鐘が、たつの刻(八時頃)を知らせてカンカンと鳴り響く。

 俺は、道沿いに続く茶の木畑の横を幸せな気分で通り過ぎていく。じきに到着するはずの村の店でガズラからの荷を降ろし、ガズラでの暮らしに必要な物資を調達すれば、きょうの仕事はおしまい、のはずだった。


ところが、まさにその時だ。

 茶の木の茂みから、ぬっと突き出てきた手によって、俺は、どうやら拉致された。


記憶が飛んだのは、一瞬のことだったと思う。

俺の顔は、なにやら柔らかい二つの丸みの間に思い切り押しつけられていた。イ、イキができない!

「シッ、じっとしてて!」

耳元で剣呑けんのんな声がした。声に合わせて、二つの丸みがブルンブルン揺れる。

「じたばたあばれたら、チューして口をふさぐか、痴漢~って大声出すからね!」

意味不明、理解不能な振りだ。が、混乱した俺は、同じくらい支離滅裂なことを口走ってた。

「ではチューの方で・・・。」

言いおわる前に、みぞおちに重い痛みが走り、意識が遠のいていった・・・。








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