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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第3章
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第34話 ガズラの関へ

 数日後、俺は刀匠の里へ向かう馬車の中にいた。またぞろ、あとをつけられたりしないようにとイカルが馬車を手配したのだ。

 だが、衝撃的だったのはコマドリを同伴させられたことだ。

 奴は今、御者台で馬車を御している。


 コマドリを連れていくように命じられた時、俺は猛然とイカルに抗議した。こっちは命がかかってるんだから、遠慮などしていられる状況じゃなかった。

 しかし、イカルは、コマドリは白だと言う。

 コマドリに過失があるとすれば、滝の氷柱を穿うがったことだそうだ。

 俺たちが通過したあと、何日もの間、滝の裏の洞窟が丸見えになってしまった。おそらく俺たちは、都からずっと後をつけられてて、敵は容易に洞窟に進入できた。

そして容易だったかどうかは分からないが、あの洞窟から脱出できたのだと。

 ありえない、と俺は叫んだ。

 秘密の言葉を知らない者が、あの洞窟を抜け出せるなんて。

 イカルは、ヘマをしたのは自分たちであって、コマドリも俺も悪くないと繰り返す。

 滝が凍ったままだったことも、俺たちがつけられることも想定できなかった。その結果、コマドリにも注意をうながすことができなかったと。

 コマドリの疑惑については、慎重に調査を進めるつもりだと言う。しかし、今は、ほかのあれやこれやで手一杯なので、取りあえず洞窟は閉鎖したと。

 それから、イカルは俺の両肩をグイとつかんで、懇願するようにこう言った。

「もしも、コマドリが洞窟の秘密を漏らしたとしたら、コマドリはもちろん、イネとその子供たちを、私はくびることになるのだぞ。だから、軽々に結果を出すな。容疑が固まるまでは仲間を信じてやれ。」

 俺はなにも言えなくなった。言えるわけがない。

俺だって、イネや子供たちが処刑されることなんて考えたくもない。

しかし、あの時、コマドリが俺を見捨てたのは事実なんだ。

・・・だが、これ以上は何も言うまい。そして、自分の身は自分で守るしかないと覚悟した。仲間であるはずのコマドリからも、だ。


馬車は何かを避けて、急に速度を落とした。

 俺は、なにげなく御簾みす越しに外を見やる。

そして、商家の立ち並ぶ通りに、とある人影を見つけてハッとした。

ほんの一瞬のことだったが、まちがいなくアヤメとコハギだった。

 アヤメは見慣れない質素なお仕着せを着ていた。そのアヤメのうしろに隠れるように張りついているコハギは、哀れなほど薄汚れたなりをしていた。幼すぎて店にも出ないコハギには服も与えられないんだろう。

 客なのか通行人なのか、数人の若い男がアヤメにひやかしの声を掛けているようすだが、アヤメは無表情な顔で何やら言うと、踵をかえして店の中にもどっていく。

男たちが未練がましい顔でそれを見送る。


 アヤメたちまで屋敷を去っていたとは・・・。

 それにしても、あんな調子では、気丈なアヤメもいつまでもは持つまい。


コハギの怯えた顔が頭から離れない。

 ショックだ。どう考えていいかわからない。

 アトリに知らせるべきか?と思ったが、すぐにその考えを打ち消す。

 アトリにとっても状況は一変してしまったわけで、今さらどうか出来ることじゃないんだった。

 俺に金があったらなぁ。アヤメがなにか小さな商売でも始められるような・・・。

 人生で初めて金が欲しいと思う。

 律儀りちぎぶって、アトリに路銀りょひを返してしまったことを後悔した。

 金、金、金・・・金?

おおっ、あるじゃないか、金!

俺の金じゃないのですっかり忘れていたが、いや、無理に忘れようとしていたのかも知れないが、そんなこと言ってられないだろう?

 すっかりケチのついた金。ヨイチの遺した例の・・・。

でも、アヤメとコハギには必要な金だ。あいつらの人生がかかってるんだ。

金を活かすとは、まさにこのことだろ。ヨイチもきっと納得してくれる。


ガズラに着いたら、さっそく都へ伝令を頼もう。カンナに。

〈火〉の屋敷の俺の寝床の下に金子袋がある。それをあいつらに。

カンナなら、きっと親身になってあいつらの面倒を見てくれるだろう。

 

 考えて見れば、〈火〉の屋敷を出てどれほどもたたないうちに、もうカンナをあてにしている。

微妙な気分だったが、ここはアヤメとコハギのためだ。


・・・そもそも、今度の〈刀匠の里〉行きだが、聞けば、俺の宿泊場所は〈結〉ではなく〈ガズラの関〉らしい。

そうしてみると、カンナのあの言いがかりは、なんの意味があったんだ? 嫁候補が続出なんてのも、どうせ作り話だったんだろう。


俺以外誰もいない馬車の中で、しばしカンナの愚痴をこぼし、アヤメとコハギに思いはせ、いるのかいないのかわからない嫁候補の姿を妄想している、まさにその時だった。

 馬車が急停車したのは。

 馬が興奮したようにいななく。


御者台の背側の小窓が開いて、御者台のコマドリがぼそりと言った。

「道を違えた。」

 はぁっっっ? 何をシレッとした声で言ってんだよ!

 近頃、沸点が低くなってる俺は、怒りにまかせて馬車の扉を跳ね開けた。


 外は、いつの間にか夕暮れている。あたりは、一軒の家も見当たらぬ山中だった。

 そして、驚いたことに馬車のまわりには人がいた。一人ならず。

 しかも、てんでに物騒なモノを振りかざしている。

「それに、囲まれた。」

御者台のコマドリが、驚くようすもなくそう続けた。


何なんだ、この既視感は。

どうやら、また俺は殺されようとしている?

しかし、わき上がったのは恐怖ではなく、怒りだった。

「いったい、ナンなんだ?」

 と、俺はすごんだ。

「・・・ば、馬車をおいて行け! それと金目かねめのもんもな!」

 盗賊だ。ざっと数えて十数人か。

 槍やら半月刀やらをかざしながら、じりじりと包囲網を縮めてくる。

 もう一度言うが、近頃沸点が低くなってる俺は、ブチリと切れてしまった。

「うっざけんじゃネェーーヨッ。」

 叫び声とともに、馬車から飛び降りた。すでに〈曙光あけみつ〉は抜き身になっている。

夕闇の中で青白く発光スパークするさまは、いっそう毒々しい。

 男たちがギョッと立ちすくむ。

近くにいた数人を両断し、逃げる相手に追いすがると、賊たちは大きな袋を二つ俺の方に投げつけて走り去る。

袋の中から女の声が上がった。

「いててて。」「あれぇー。」

 あっけにとられて、俺はモゴモゴと動く麻袋を見下ろす。

袋のひもをほどくと、中から腕を縛られた若い女が出てきた。二人の女はキョロキョロとあたりを見回して、状況を確かめている。

しばらく沈黙が続いたあと、二人は同時に声を上げた。

「チッ、られりゃよかったのに。」

「迷惑なのよ。」

どうやら助けた相手にののしられた。ここは地獄か!

俺は、きびすを返して馬車に飛び乗り、扉を閉めようとした。

「あぁっ、待ってよ!」

「ガズラ関への道を、教えてあげてもよいのよ?」

取ってつけたような猫なで声が俺を呼びとめる。

そういえば迷子の身だというのを忘れていた。


 俺は馬車を下りて、ゆっくりもどっていった。改めて二人を眺める。

一人は、俺と同じ歳くらいのフツーの。ショートヘアー。

 もう一人は、銀白のロングヘアーに人形のように端正な顔。

「・・・道を知ってるんだな?」

ショートヘアが首を縦にプルプルふる。

縄をほどいてやりながら、さらに問い詰める。

「何で俺たちがガズラへ行ってるとわかるんだ?」

ロングヘアーが、服のほこりを払いながら立ち上がった。幼女のように小柄だ。

「そんな異形いぎょうの刀を振りまわしてる男といえば、〈火〉の眷属しかないではないか。しかもこの山系で〈火〉の拠点といえばガズラだけ。」

 ロングヘアーがつまらなさそうにそう答え、さっさと馬車へ乗り込んだ。

 そして、座席に積んであった俺の荷物を隅に押しやり、優雅に座った。ゴスロリっぽいドレスがキマってる。

 それから、くつろいだ態度でこう言った。

「わたくしの名はカラスバ。ガズラまで一緒に参ろうぞ?」

「あたしはヒナギク~。」

ヒナギクと名乗るは、ピョンピョンとウサギ跳びで、カラスバの隣の席に収まった。

「おじゃましまーす。」


「ああ、そうだ、そこの子。」

カラスバが、コマドリをチョイチョイと手招きした。

つっ立ていたコマドリが、ふらりとカラスバに歩み寄る。

「もう大丈夫。今度は、ちゃんとガズラに着きますぞ。この山にほどこしてあった結界を解いたのでな。お前は、同じ道をグルグルしておったのだ。」

カラスバがからかうように、コンッと言って狐のまねをした。

「俺たちを迷わせるためにか。」

俺はカラスバに言った。

 すると、ヒナギクがムッとした声を上げた。

「だから、逆だってば! あんたらが結界の中に迷い込んで来たせいで、こっちの計画がおじゃんになったんだから。」

「ま、ま、詳しいことはいずれ・・・。」

カラスバが眠そうに大あくびしながら、そう言う。


俺は、荷物と二人の女で満席になった馬車の扉を閉めて、御者台によじ登る。そして、一人用の台にコマドリとせり合ってすわった。

 コマドリが馬にむちをあてて、馬車を出発させた。


その時、どこにいたのか数羽のからすがバサバサと空に舞い立った。

 そして、うるさくきかいながら、つかの、馬車を追いかけてくるようにみえたが、やがて、茜色がわずかに残る西の山へと飛んでいった。

 俺は、二人の女のことを考えた。

そういえば、カラスバは、ずっと目を閉じたままだった。出会った時からずっと。それなのにどうやら普通に見えている。あきらかに、いろいろ尋常ではない。

いったい何者なんだ・・・。

案外、ガズラに着いて馬車の扉を開けたら、誰も乗っていなかったりするのかも知れない。


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