第34話 ガズラの関へ
数日後、俺は刀匠の里へ向かう馬車の中にいた。またぞろ、あとをつけられたりしないようにとイカルが馬車を手配したのだ。
だが、衝撃的だったのはコマドリを同伴させられたことだ。
奴は今、御者台で馬車を御している。
コマドリを連れていくように命じられた時、俺は猛然とイカルに抗議した。こっちは命がかかってるんだから、遠慮などしていられる状況じゃなかった。
しかし、イカルは、コマドリは白だと言う。
コマドリに過失があるとすれば、滝の氷柱を穿ったことだそうだ。
俺たちが通過したあと、何日もの間、滝の裏の洞窟が丸見えになってしまった。おそらく俺たちは、都からずっと後をつけられてて、敵は容易に洞窟に進入できた。
そして容易だったかどうかは分からないが、あの洞窟から脱出できたのだと。
ありえない、と俺は叫んだ。
秘密の言葉を知らない者が、あの洞窟を抜け出せるなんて。
イカルは、ヘマをしたのは自分たちであって、コマドリも俺も悪くないと繰り返す。
滝が凍ったままだったことも、俺たちがつけられることも想定できなかった。その結果、コマドリにも注意をうながすことができなかったと。
コマドリの疑惑については、慎重に調査を進めるつもりだと言う。しかし、今は、ほかのあれやこれやで手一杯なので、取りあえず洞窟は閉鎖したと。
それから、イカルは俺の両肩をグイとつかんで、懇願するようにこう言った。
「もしも、コマドリが洞窟の秘密を漏らしたとしたら、コマドリはもちろん、イネとその子供たちを、私は括ることになるのだぞ。だから、軽々に結果を出すな。容疑が固まるまでは仲間を信じてやれ。」
俺はなにも言えなくなった。言えるわけがない。
俺だって、イネや子供たちが処刑されることなんて考えたくもない。
しかし、あの時、コマドリが俺を見捨てたのは事実なんだ。
・・・だが、これ以上は何も言うまい。そして、自分の身は自分で守るしかないと覚悟した。仲間であるはずのコマドリからも、だ。
馬車は何かを避けて、急に速度を落とした。
俺は、なにげなく御簾越しに外を見やる。
そして、商家の立ち並ぶ通りに、とある人影を見つけてハッとした。
ほんの一瞬のことだったが、まちがいなくアヤメとコハギだった。
アヤメは見慣れない質素なお仕着せを着ていた。そのアヤメのうしろに隠れるように張りついているコハギは、哀れなほど薄汚れたなりをしていた。幼すぎて店にも出ないコハギには服も与えられないんだろう。
客なのか通行人なのか、数人の若い男がアヤメにひやかしの声を掛けているようすだが、アヤメは無表情な顔で何やら言うと、踵をかえして店の中にもどっていく。
男たちが未練がましい顔でそれを見送る。
アヤメたちまで屋敷を去っていたとは・・・。
それにしても、あんな調子では、気丈なアヤメもいつまでもは持つまい。
コハギの怯えた顔が頭から離れない。
ショックだ。どう考えていいかわからない。
アトリに知らせるべきか?と思ったが、すぐにその考えを打ち消す。
アトリにとっても状況は一変してしまったわけで、今さらどうか出来ることじゃないんだった。
俺に金があったらなぁ。アヤメがなにか小さな商売でも始められるような・・・。
人生で初めて金が欲しいと思う。
律儀ぶって、アトリに路銀を返してしまったことを後悔した。
金、金、金・・・金?
おおっ、あるじゃないか、金!
俺の金じゃないのですっかり忘れていたが、いや、無理に忘れようとしていたのかも知れないが、そんなこと言ってられないだろう?
すっかりケチのついた金。ヨイチの遺した例の・・・。
でも、アヤメとコハギには必要な金だ。あいつらの人生が係ってるんだ。
金を活かすとは、まさにこのことだろ。ヨイチもきっと納得してくれる。
ガズラに着いたら、さっそく都へ伝令を頼もう。カンナに。
〈火〉の屋敷の俺の寝床の下に金子袋がある。それをあいつらに。
カンナなら、きっと親身になってあいつらの面倒を見てくれるだろう。
考えて見れば、〈火〉の屋敷を出てどれほどもたたないうちに、もうカンナをあてにしている。
微妙な気分だったが、ここはアヤメとコハギのためだ。
・・・そもそも、今度の〈刀匠の里〉行きだが、聞けば、俺の宿泊場所は〈結〉ではなく〈ガズラの関〉らしい。
そうしてみると、カンナのあの言いがかりは、なんの意味があったんだ? 嫁候補が続出なんてのも、どうせ作り話だったんだろう。
俺以外誰もいない馬車の中で、しばしカンナの愚痴をこぼし、アヤメとコハギに思いはせ、いるのかいないのかわからない嫁候補の姿を妄想している、まさにその時だった。
馬車が急停車したのは。
馬が興奮したようにいななく。
御者台の背側の小窓が開いて、御者台のコマドリがぼそりと言った。
「道を違えた。」
はぁっっっ? 何をシレッとした声で言ってんだよ!
近頃、沸点が低くなってる俺は、怒りにまかせて馬車の扉を跳ね開けた。
外は、いつの間にか夕暮れている。あたりは、一軒の家も見当たらぬ山中だった。
そして、驚いたことに馬車のまわりには人がいた。一人ならず。
しかも、てんでに物騒なモノを振りかざしている。
「それに、囲まれた。」
御者台のコマドリが、驚くようすもなくそう続けた。
何なんだ、この既視感は。
どうやら、また俺は殺されようとしている?
しかし、わき上がったのは恐怖ではなく、怒りだった。
「いったい、ナンなんだ?」
と、俺はすごんだ。
「・・・ば、馬車をおいて行け! それと金目のもんもな!」
盗賊だ。ざっと数えて十数人か。
槍やら半月刀やらをかざしながら、じりじりと包囲網を縮めてくる。
もう一度言うが、近頃沸点が低くなってる俺は、ブチリと切れてしまった。
「うっざけんじゃネェーーヨッ。」
叫び声とともに、馬車から飛び降りた。すでに〈曙光〉は抜き身になっている。
夕闇の中で青白く発光するさまは、いっそう毒々しい。
男たちがギョッと立ちすくむ。
近くにいた数人を両断し、逃げる相手に追いすがると、賊たちは大きな袋を二つ俺の方に投げつけて走り去る。
袋の中から女の声が上がった。
「いててて。」「あれぇー。」
あっけにとられて、俺はモゴモゴと動く麻袋を見下ろす。
袋の紐をほどくと、中から腕を縛られた若い女が出てきた。二人の女はキョロキョロとあたりを見回して、状況を確かめている。
しばらく沈黙が続いたあと、二人は同時に声を上げた。
「チッ、殺られりゃよかったのに。」
「迷惑なのよ。」
どうやら助けた相手に罵られた。ここは地獄か!
俺は、きびすを返して馬車に飛び乗り、扉を閉めようとした。
「あぁっ、待ってよ!」
「ガズラ関への道を、教えてあげてもよいのよ?」
取ってつけたような猫なで声が俺を呼びとめる。
そういえば迷子の身だというのを忘れていた。
俺は馬車を下りて、ゆっくりもどっていった。改めて二人を眺める。
一人は、俺と同じ歳くらいのフツーの女。ショートヘアー。
もう一人は、銀白のロングヘアーに人形のように端正な顔。
「・・・道を知ってるんだな?」
ショートヘアが首を縦にプルプルふる。
縄をほどいてやりながら、さらに問い詰める。
「何で俺たちがガズラへ行ってるとわかるんだ?」
ロングヘアーが、服のほこりを払いながら立ち上がった。幼女のように小柄だ。
「そんな異形の刀を振りまわしてる男といえば、〈火〉の眷属しかないではないか。しかもこの山系で〈火〉の拠点といえばガズラだけ。」
ロングヘアーがつまらなさそうにそう答え、さっさと馬車へ乗り込んだ。
そして、座席に積んであった俺の荷物を隅に押しやり、優雅に座った。ゴスロリっぽいドレスがキマってる。
それから、くつろいだ態度でこう言った。
「わたくしの名はカラスバ。ガズラまで一緒に参ろうぞ?」
「あたしはヒナギク~。」
ヒナギクと名乗る女は、ピョンピョンとウサギ跳びで、カラスバの隣の席に収まった。
「おじゃましまーす。」
「ああ、そうだ、そこの子。」
カラスバが、コマドリをチョイチョイと手招きした。
つっ立ていたコマドリが、ふらりとカラスバに歩み寄る。
「もう大丈夫。今度は、ちゃんとガズラに着きますぞ。この山に施してあった結界を解いたのでな。お前は、同じ道をグルグルしておったのだ。」
カラスバがからかうように、コンッと言って狐のまねをした。
「俺たちを迷わせるためにか。」
俺はカラスバに言った。
すると、ヒナギクがムッとした声を上げた。
「だから、逆だってば! あんたらが結界の中に迷い込んで来たせいで、こっちの計画がおじゃんになったんだから。」
「ま、ま、詳しいことはいずれ・・・。」
カラスバが眠そうに大あくびしながら、そう言う。
俺は、荷物と二人の女で満席になった馬車の扉を閉めて、御者台によじ登る。そして、一人用の台にコマドリとせり合ってすわった。
コマドリが馬に鞭をあてて、馬車を出発させた。
その時、どこにいたのか数羽の烏がバサバサと空に舞い立った。
そして、うるさく啼きかいながら、つかの間、馬車を追いかけてくるようにみえたが、やがて、茜色がわずかに残る西の山へと飛んでいった。
俺は、二人の女のことを考えた。
そういえば、カラスバは、ずっと目を閉じたままだった。出会った時からずっと。それなのにどうやら普通に見えている。あきらかに、いろいろ尋常ではない。
いったい何者なんだ・・・。
案外、ガズラに着いて馬車の扉を開けたら、誰も乗っていなかったりするのかも知れない。




