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奈半利の門(ナハリ・ゲート)  作者: 茅花
第2章
32/45

第32話 迷い道

世界は光と影で出来ていて、人生も吉と凶で出来ていて、そのどちらか都合のいい方だけを選ぶことなどできない。


一ヶ月が過ぎたが、都をおおう砂塵はいっこうに晴れる気配がなかった。

 

 だが、刀匠の里に設けられた結界は、そんな天候不順さえ跳ねかえしてしまうのだろうか。ここでは、いまも季節が力強く巡っていた・・・。


 俺は、再びこの里をおとずれている。

あいにくの雨だったが、それさえ、季節を次へと推し進めるための大事な営みなのだろう。

 里の四方を取りまく山々では、シャクナゲやドウダンツツジの薄紅の花が、喜々として雨のしずくをまとい咲き乱れていた。


 ガズラの関で、俺とコマドリは都からの荷馬車を下りた。半月に一度、都から運ばれてくる物資に便乗してきたのだ。

 俺たちは、手土産の魚の干物やら何やらをそれぞれ背負い、霧雨ミストにぼんやりとけむる山道を歩いて〈ゆい〉にたどりついた。

 

 俺は、イネに手土産を渡し、雨よけの装束をいた。

気づけば、またしてもコマドリは居なくなっていた。

 おくどさんの上がりがまちにすわって、雨にぬれた手足を拭いていると、マトリョーシカ兄弟が駆け寄ってきた。

 口々にカガヤさんカガヤさんと呼びかけて袖を引っ張る。イネも、玄関へ回れとは言わない。

「カガヤさん、刀、できとるよ!」

「刀を受け取りにきたんよね!」

兄弟が一斉いっせいに訊いてくる。

 イネの姿が見えなくなると、兄弟は一目ひとめでいいから刀を見たいと懇願した。俺はもちろん快諾した。ところが、イネはそれを聞いていたらしく、刀は見せ物やない! とドヤされてしまった。

 そうこうしているうちに、つかいの男がやってきて、エナガの仕事場へ行くように告げられた。


 俺は、雨にぬれないように、軒下の犬走りを駆けてエナガの仕事場に着いた。

 そして、引き戸に手を掛けようとした時だった。

「おれも号の入った刀が欲しい。」

 中からコマドリの声がして、俺は思わず手を止めた。

「なぁ、ったもんでなくてえエからよ。」

「イカル様の許しがねえぞ。」

 エナガの声だった。

「イカルなんか! 爺が内緒ないしょで作ってくれたらえェやか。」

 吐き捨てるようにコマドリ。

「そんな心根こころねだから、認められんのぞ。もうよい!」

エナガがたしなめるように語気をあらげた。

 中でバタバタと足音がしたと思うと、引き戸が乱暴に開かれてコマドリが飛び出てきた。

 俺を見て、ばつが悪そうに顔をゆがめたが、いなおったようすで肩を怒らせて立ち去った。

開け放たれたままの戸口から、俺はそっと中をのぞいた。

 部屋の奥に、むこうを向いたエナガが座っていた。心なしか背中が寂しげに見える。

出直したほうがいいのではと思案していると、エナガが肩越しに振り返った。

「これは。さあさ、こちらへ。」

 そう言いながら、胡座あぐらをかいていた脚をただして、静かなものごしで俺を迎え入れた。

 俺は、エナガと向かい合う形で板間に正座した。

 エナガの顔は、長のそれにもどっていた。

「ご依頼の刀を。その前に、わしの言葉をどうか覚えておいてくだされ。」

 エナガは、あらたまった面もちで言った。

「お前様は、これによって生かされ、これによって死す・・・。武器をたずさえる者は、以後この言葉を心にとめて生きなぁあきません。」

 そう言うと、じっと俺を見た。

 不穏な響きを持つその言葉を、俺は反芻はんすうした。

 平たく言えば、武器使用に当たっての最大のメリットと最悪のデメリットを、忌憚きたんなく語ってくれたということだろう。異論はない。

 俺はコクリとうなずいた。

 エナガは自分の上手かみてに敷かれた白布の方に身を傾けた。白布の上には一振りの刀が置いてあった。

「これが、曙光あけみつです。」

 エナガが、節くれだった両手でそれをささげ持ち、俺の前に差し出した。

曙光あけみつ?」

 俺は、説明を求めてエナガを振り返った。

「お前様の刀のなまえです。」

 エナガはそう言って、仕上がったばかりの刀を俺に持たせた。

「〈黎明れいめいの光〉を織り込み、わしら刀匠の魂をけずって鍛え上げました。」

 俺は曙光と命名された刀を、しっかりと両手でつかんだ。黒塗りのさやには精緻な文様が描かれている。無限ループのケルト風文様、光の矢だ。

「お前様は精霊に属するお方だったとうかごうておりますが、わしらの仕事も似たようなところがありましてな。物を作っているのではのうて、命を与えているような心持ちでおります。一太刀、一太刀、会心の物をと念じて手がけはしますが、いつも思うようにいくとはかぎりません。だが、これは・・・ご覧なさい。」

 エナガにうながされ、俺は曙光あけみつさやから抜いた。

 刀剣の目利めききでない俺でさえ、数打物かずうちものとの違いは歴然だった。

 刀を軽く振ると、やいばから、かすかに閃光スパークが散った。

「すげっっ・・・。うおぁ、やいばが、青い?」

俺の感想を聞いて、エナガが身を乗り出してこう言った。

「〈黎明れいめいの光〉と、わしらが呼んでおる鉱物が使われておるからです。こうした貴重な鉱物とわしらの技が合わさって、このような魔刀剣が出来るのです。」

「魔刀剣!」

 俺は、オオルリの屋敷で目にした大剣を思い出し、思わず大声を上げてしまった。これは魔刀剣! イカルがこんなモノを俺に授けようとしてたとは。

 あせって、思考回路が軽く混乱した。

 話を続けるエナガの声に、さらに熱がこもった。

「わしらは遠国の刀剣もずいぶんと見聞しております。手前味噌ではありますが、この里の刀剣を越えるものに出会ったことはございませぬ。この曙光あけみつは、まこと天下無双の出来でございますぞ。」

 エナガが胸を張ってそう言った。それから、やや間を置いてこう付け加えた。

「いや、ちょっと言い過ぎました。わしは、およそ二十振りあまりの魔刀剣を、これまでに「火」の方々にお作りいたした。つまり二十振りの無双の一つという事になりますな。」

エナガが照れながら訂正をする。お茶目だ。天下無双とか。

 というか、こんなに饒舌じょうぜつなエナガを見て意外に思う。さぞや今回、得心のいく仕事が出来たんだろうか。

「魔刀剣は、いずれもイカル様からの信任の厚い、立派な武将方の手元にございます。どうか、お前様も、この曙光あけみつと共にお進みなされ。」

俺は礼を述べた後、魔刀剣について尋ねた。

 エナガはうれしそうに語り始めた。

 大きく分けて魔刀剣と呼ばれる物には三種類ある。

〈悪魔の目〉、〈黎明れいめいの光〉、〈萌芽ほうが〉だ。使用する鉱物の違いで、呼び分けられているらしい。

 イカルの愛剣〈いかづち〉は、〈悪魔の目〉に分類される珠玉だ、とエナガは語った。

 剛腕の剣とも言われ、甲冑諸共、骨まで一撃で粉砕できると言う。まあ、それに関しては先日体験済みだ。

〈萌芽〉は、しなやかな剣とか再生の剣と言われ、最大の特徴は連続使用時の耐久性が半端ないという事のようだ。

 そして〈黎明れいめいの光〉は、祈りの剣と呼ばれている。希望の剣と呼ぶ人もいるらしい。特徴は・・・。

「これの特徴は・・・少々つかみどころがないという点でして。つまり、取り柄が有るような無いような。」

あれっ? あれっ?

黎明れいめいの光〉などという、キレキレのネーミングのくせして、かなりお間抜けな魔刀剣じゃありませんか? 俺は心の中でツッ込んだ。

 ちょっとガッカリな気もしたが、まあ考えてみれば、俺には、おあつらえ向きの代物だワと自虐気味に納得した。

 俺なんかが所有してても許されそうというか、後ろめたくないというか。


「それにしても、どうしてイカルは俺に魔刀剣なんかを・・・。」

 エナガは何も言わないで俺を見ている。

 イカルのやる事に間違いはない、そんな目だ。

 


 出立の朝、俺は〈曙光あけみつ〉を腰にはいた。コマドリが、いよいよイラ立っている気がしたが、やり過ごすほかない。


 イネに、コマドリの両親の家へ立ち寄るようにと言われたので、俺たちは、〈結〉を後にして、人里離れた山道を登っていった。

 やがて、急な山肌を開墾して作った段々畑が見えてきた。

 畑では、きゅうりやら茄子が、パラパラと実をつけ始めていた。

 コマドリが、プッチリと太ったきゅうりに手を伸ばし、それを乱暴にもいでかじった。

「悪りぃことをしやった!」

突然、なじるような声がした。きゅうりのつるの向こうから幼女がこっちを見ている。

 コマドリがムッした声を上げる。

「わしんくの畑じゃ。」

歳は六~七歳くらいだろうか。幼女は仁王立ちしてコマドリをにらみつけた。

「嘘はいかんちゃ。ここは、うちんくや。」

「?・・・・・・おまん、オダマキか・・・」

「あんた誰ね。」

「・・・コマにいやろう、覚えとらんのか。」

 コマドリが、決まり悪そうにゴニョゴニョと返答した。

 しかし、どうやらこの流れからすると、覚えていなかったのはコマドリも同じなんじゃないのか。

 それにしても、身内に顔を忘れられてるとは、いい気味だ。故郷に寄りつこうとしないからだ。

 幼女はあごを突き出して、兄をにらんでいたが、今度はクイッと俺をふり返って言った。

「おいちゃん(おじさん)は、誰ね。」

おいちゃん。今、おいちゃんって呼ばれた・・・。

 人生最初のおいちゃん呼ばわりを経験してしまった。予想以上の破壊力だ・・・。

 まあ、たしかに、此処では二十歳くらいで妻帯者とか結構いたりするし。


 そんなこんなののち、コマドリのたった一人の妹オダマキが先に立ち、俺たちはつましい一軒の家(というより、小屋と言ったほうが実態をよく表しているだろう)に着いた。

コマドリの父母は、俺たちが来るのを待ちかねていたようで、コマドリの姿を見てこの上ない喜びようだった。コマドリの父は妻の肩にそっと手を置いて、満面の笑みを浮かべている。なんだか優しそうな人じゃないか。

 コマドリは押し黙ったまま、しかし、父に向かって深く頭を下げた。

 だが、母親に座敷に上がるように言われると、すげない態度で首を横に振った。

土間に突っ立ったままのコマドリに、母親は気を取り直したようすで、座敷の奥から何やら包みを持ち出してきた。

「これをな、もらってくれんかね。」

 照れくさそうにそう言って、母親は青い木綿の着物をコマドリに差し出した。

 正直言って、コマドリの母親は縫い物仕事が得意ではないようだ。コマドリに初めて出会った時に、奴が着ていた獣皮のチャンチャンコを思い出した。俺はてっきりコマドリが縫ったのかと思っていたんだが。

 コマドリはぞんざいに着物を受け取って、背負い袋の中に押し込んだ。押し込みながら言った。

「ほな、急ぐけぇ、もう行くわ。」

「・・・あぁ、ほんなら、またねぇ。」

 母親はそう言いながら、いとおしそうにコマドリの腕に触れようとした。しかし、コマドリがピクッと身を引いたので、その手が宙で止まった。そして、歳のわりに節くれだった手をそっと引っ込めた。


 別れ際に、父親が俺に向かってこう言った。

「夏には蕎麦そばくけえ、それが実る秋には、また何か用事をこさえて来てくれや。あんたに蕎麦そばをご馳走したいけに。」

 俺に向かって言っているが、コマドリにという気持ちだろう。精一杯の親心だと俺にもわかった。

「はい、コマドリと一緒に必ず来ます。」

 父親はコマドリを振り返り、うれしそうに目を細めた。コマドリは困ったように顔をそむけたが、いつもの刺々しさはなかった。

名残を惜しむ父と母に見送られ、俺たちは里を立った。


 昨日降った雨のせいで、山の道はぬかるんでいた。

刀匠の里を俗世から遠ざける竹林を抜け、ナラやニレがうっそうと茂る山中に俺たちはいた。

 時おり差しこむ木漏れ日が、苔むした木立の緑を、一段ときわだたせる。あたりには、むせ返るような栗の花の臭いが立ち込めていた。


前方の曲がり角から、ふいと、みのを着た旅装束の男が現れた時には、最初、猪《いのしし》かと思った。

 この道で人に出会ったのは初めてだった。

 かさを深くかぶり、腰には長刀をつっている。旅が長いのか、陽に焼けた男は、スタスタとこちらへ近づいてくる。

「精霊の。」

 前から来る男に呼び止められ、俺は驚いた。

 どうやら、俺はそいつを知らないが、あっちは俺のことを知っているようだ。どこかであったのかしらと俺がぼんやり記憶をたぐっていると、横にいたコマドリが、唸り声を上げてふところから小刀を引き出した。

「刺客!」

 刺客?

コマドリが、抜き身をかざしたのを見て、そいつは、せせら笑った。

雑人輩ぞうにんばらに用はないワ。ね!」

 そうすごんだ男は、俺を睨みつけたまま刀の鯉口こいくちを切った。

 コマドリが歯ぎしりした。浅黒い肌を通してさえわかるほど、顔が真っ赤になった。 よくはわからないが、恐らく侮蔑ぶべつの言葉を言われたんだろう。しかし、そんなことでくじけるコマドリでは・・・。

 だが、その時、俺が見た光景は想像も出来ないものだった。刺客と思しき男が、ぎらつく眼で仁王立ちしている姿の百倍の恐怖が、俺の脳天を叩きのめした。

 信じられないことに、コマドリがきびすを返し、脱兎だっとのごとくやぶの中に駆け去っていったのだ!


 はぁ? なにっっっっ?

 心の中で、俺は絶叫した。

 驚天動地、絶体絶命、一気に頭から血の気が引いていく。


 やっとの思いで、こちら側に自分の意識を引きもどし、状況を理解しようと努めた。もしかして、自分も逃げるべきじゃないのか? いや、逃げるべきだろ!

ところが意に反し、身体がピクリとも動かない。真っ白になっていきそうな意識をおしとどめようと俺は必死で目を見開いた。


 二人ならともかく、一人で立ち向かっても、とうてい勝ち目はないだろう。相手は刺客プロだ。全身の毛が逆立つ。

男がスルスルと間合いをつめてきた。そして、有無を言わさず振り下ろされた刀が、俺の顔面をいだ。


 とっさに、俺は右手の甲で顔をおおっていた。

 激痛が腕に走る。いっ 痛すぎる!!!

 が、その痛みが、恐怖による呪縛から俺を引きもどしてくれた。

 相手は、俺の傷ついた右手を満足げにチラリと見やった。勝利を確信したようすで、二振り目が繰り出されようとした。


しかし、俺の動きは、そんなに速かったんだろうか。それとも、左手で刀を抜くとは予想もしなかったのか。

 俺自身、熟慮した行動だったわけではない。気がつけば、鞘から抜きざまに、逆袈裟斬ぎゃくけさぎり状態に刀を引き上げていた。

 テニスのバックハンドに似た軌跡を描いて〈 曙光あけみつ〉が舞った。


 ともかく、男は、首から激しく血を吹き出しながらくずおれ、やがて、白目をむいて動かなくなった。

 ことは終わっていた。


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